5弾・14話   予想外のマナピース


 オリエスナ大陸のバラム共和国でデコリとトルナーが帰国前の朝食を食べている時
だった。

 オリエスナ大陸とウォルカン大陸の間にある海域上空で一台の飛行艇がバラム共和
国へ向かっていた。その飛行艇は現実世界のコンコルド飛行機に似ているが、コンコ
ルドより小さめで十人が乗れる程の中型飛行艇であった。

 機体は白地に紫のライン、盾と槍を現すレザーリンド王国最新型高速飛行艇フォル
テソフィアス号であった。フォルテソフィアス号の中は風のマナブロックを燃料にし
ている動力室、他にも小ぶりのキッチンやトイレ、シャワールーム。背もたれを横に
すればベッドにもなるリクライニング式の座席が十、前頭はサヴェリオが操縦する操
縦席で操作レバーで動かし、無線機やら高度計なども搭載されていた。操縦席の後方
の座席は試験が終わって得るザミーナに来てみるも、オリエスナ大陸の怪魔の存在を
知った稜加。アルヴァ山のマナピース工房から来てくれたエドマンドとラッション。
カンテネレ村でいつものように林業をしていたジーナと精霊ウッダルトが乗ってい
た。

「早く着かないかなぁ。イルザーらがシラム号より速く飛べる飛行艇をよこしてくれ
たといはいえ」

 席の一角で稜加がそわそわしながら座っていた。

「稜加、デコリがオリエスナ大陸の怪魔に襲われているんじゃないか、ってのは気に
なるけど、焦ったってどうにもならないんじゃないの?」

 ジーナがなだめる。イルゼーラは女王なので公務が手放せず、学校に通っているパ
ーシーは試験を二教科不合格点を採ってしまった為に補習を受けていた。仮にパーシ
ーが不合格点を採っていなくても、学校不在時のレポートを書かなくてはならないの
は確かだった。

「ぼくも時々、アルヴァ山のマナブロック坑で怪魔を見かけることはあるよ。でも、
そこに出てくる怪魔は力の弱い猫ぐらいの大きさばかりだ。怪魔ってのは人間の方か
ら攻めてこない限り襲わないんだよ」

エドマンドが稜加に怪魔の説明をする。

「う〜ん、でもなぁ。山と同じ位の怪魔がエルザミーナにもいるっていうじゃない。
そうでなくても、象や虎と同じ大きさの怪魔だったら……」

 稜加はフォルテソフィアス号に乗る前に、アレスティア侯爵邸で調べた怪魔の資料
を思い出す。現実世界の妖怪や妖精と同じように小指と同じ大きさから数百メートル
の山と同じ位の怪魔がいることを知ったのだった。

「小山ぐらいの怪魔はどっちかっていうと北国の山中や広い海域の深い場所に潜んで
いて、基本は怪魔の方から来ることはないんだよ。怖がることはないさ」

「そうそう。それに怪魔が凶暴だったら、あたしたちには救済者のマナピースがある
んだから」

 エドマンドとジーナが気を落ち着かせているのに対し、稜加は不安でたまらなかっ
た。

(デコリとトルナーが怪魔に襲われて命を落としてしまったら、わたしはどうしたら
いいの……?)

 その時、操縦席にいるサヴェリオがレーダー画面に映る地形と二つの点、ピンクの
光を現すデコリと水色の光を現すトルナーの場所を見つけたのだ。

「みんな、デコリとトルナーはオリエスナ大陸の中にあるバラム共和国の〈紅い砂
漠〉と呼ばれる塩山を越えた所にいる!」

 操縦席からサヴェリオが音声機を使ってみんなに伝えてきた。


 一方でデコリとトルナー、白雁のシナゥは近くの村人が家畜を奪い我が子を育てる
栄養に化えてきた母親の怪魔を殺そうと口々に声を上げていて、村の男たちは怪魔が
潜んでいる菩提樹の周りを囲っていた。

「くそー、犯人がわかったからって、こんな仕打ちを仕掛けてくるなんて」

 トルナーが男たちの様子を見て呟き、デコリも自分たちを囲む猟犬の唸る姿を見て
怯えており、シナゥも固まっていた。更に男たちから怪魔を庇ったりしないようにマ
ナピースも取り上げられていた。

「みんな、流石にこれは酷すぎるんじゃないのか? せめてこの怪魔をマナピースで封
印するか怪魔の世界に送り帰そうとかしないのか?」

 ダバンが他の男たちを止めたが、誰も聞く耳を持たない。

「何を言っているんだ。封印したって解けたら同じことを繰り返す。怪魔を闇の世界
に送り帰すマナピースは古代の産物で、今はそれを作れる浮彫師もいないんだ。お前
は甘すぎる」

「そんな……」

ダバンの意見が一蹴されてしまい、男たちは持っている赤い炎のマナピースを取り出
してスターターにはめ込もうとしてきた。

「ちょっと待ったぁ!!」

 怪魔のいる菩提樹に火を着けようとした村人はその声を聞いて止まった。そこには
赤い髪に長身の少女と灰茶の髪の少年、そのパートナー精霊、それからショートの天
然パーマの少女が現れたのだった。

「稜加ぁ! みんな!」

デコリは村人が怪魔を処刑しようとした処で現れた一行の姿を見て叫んだ。

「お仲間ですか?」

「ああ。レザーリンド王国で災いが起きた時に出会った仲間だ」

 シナゥの質問にトルナーが答える。

「何だ、お前らは!? 政府の役人なのか?」

 男の一人が稜加一行に向かって叫ぶと、ジーナが即答する。

「そんな訳、ないでしょう!! だけど怪魔がいるからって、火を着けたらいけないでし
ょ!」

「みんな、やめてくれ! これは怪魔に対するリンチだ!」

 エドマンドも止めてきた。だが男たちの憎しみは消えることはなく、声を上げてき
た。

「怪魔に対するリンチだと!? こっちは生活の糧を奪われたんだぞ!」

「怪魔に権利などない!」

「情けや憐れみを駆ける必要もない!」

 中でも一番荒々しい男が扇動してきた。

「みんな、こいつらを取り押さえろ! その間に怪魔をやるんだ!」

「おおーっ!!」

 男たちが一斉になって、稜加一行を取り押さえようとしたその時だった。すると空
から白雁の群れがやって来て、男たちの前ではばたきながら嘴や水かきの爪先で攻撃
してきたのだ。

「うわっ、何をする!」

「やめろっ! 突っついてくるな!」

「お、おれは羽毛アレルギーもちなんだ! ハックション!」

 またデコリとトルナーとシナゥを取り囲っていた猟犬たちも雁の群れに吠えたてて
きた。その隙に二人と一羽は抜け出してきたのだ。

「稜加―!」

「デコリ! 無事で良かったぁ」

 デコリは稜加に飛びついてきて、現実の世界で十日ぶりに会えたことに喜んだ。

「再開の時はともかく、怪魔はどうするんだよ?」

「村人たちは怪魔を憎んでいるんだぞ? のんびりしていたら、罪のない怪魔の子供が
危ないんだぞ」

 ウッダルトとラッションがデコリに問いかける。

「エドマンド。あんたマナピース浮彫師だから、怪魔に関するマナピースのことぐら
いはご存じでしょ?」

 ジーナがエドマンドに訊いてくると、エドマンドはこう返答してきた。

「あるっちゃあるけど、怪魔を元いた世界に返すマナピースの製造や販売は現在、行
われていないんだよ。いかんせん、古代のマナピース使用者がそれを使った時に怪魔
が大勢出てきた為に世界が困惑した時代があったから」

それを聞いて誰もが肩を落とした。このままでは怪魔の親子が村人に殺されてしまう
……。

「ねぇ、君たち。怪魔をこの世界から怪魔の世界に送り帰したいんだろう?」

 村の青年ダバンが稜加一行に話しかけてきた。

「そりゃあ、そうしたいけど……。どうやればいいのよ」

 ジーナがダバンに尋ねてくると、ダバンは一枚のマナピースを懐から出してきた。

 そのマナピースは基準に沿った正方形で掌大であるが、色は漆黒で透明感もなく、
また不気味な一つ目と黒い鬼か悪魔の手を思わせる浮彫が刻まれていた。

「これ……マナピースなの?」

「見たことない色と浮彫りだ。まさか違法の人工マナピースか!?」

 稜加がダバンの持っていたマナピースを見て不思議がり、エドマンドが違う属性を
溶かして混ぜ合わせた人工マナピースか、と疑った。

「いや。これはマナピースだ。それも純粋な。ぼくは闇のマナピースと呼んでいる」

「闇のマナピース?」

 ダバンの話を聞いてジーナが訊いてくる。

「ぼくたちこの周辺の住人は〈紅い砂漠〉の岩塩の中から出てくるマナブロックを見
つけて生活している。しかも日ごとに採掘されるマナブロックの色が異なる。このマ
ナピースも〈紅い砂漠〉の岩場から出てきた物だ。といっても、月に一度の新月にだ
け出てくるんだ」

「え……!?」

 稜加はそれを聞いて考えだした。闇のマナブロックの存在は初耳だが、出現条件が
光のない新月であることは想像がつく。

「でも何で、あんたがそんなマナピースを持っているんだよ?」

 トルナーが尋ねてくると、ダバンは簡潔に説明してきた。

「ああ、これか? ぼくの亡くなった祖父と父が持っていたんだ。ぼくはこのマナピー
スを不吉だと信じて使うことはなかったんだ。このマナピースは怪魔に関係している
んじゃないか、と最近気づいたんだ」

 その時、ドォンと銃声が鳴って雁の群れ驚いて、グワグワ鳴きながらが散り散りに
なって逃げだしていった。

「怪魔を殺せー!!」

 猟銃を持った男を筆頭に押し寄せてきた。ダバンは持っていたマナピースをデコリ
に渡した。デコリとトルナーのスターターは村人に取り上げられてなかった。

「……君たちが一年位前にレザーリンド王国の悪しき輩を打ち倒した救済者なんだろ
う? 直接ではないけど、君たちのことは存じているよ。正しき心の持ち主である君た
ちなら、このマナピースを使えるだろう」

「わかったよ。このマナピースで怪魔の親子を助けるよ」

 デコリは闇のマナピースを受け取ると、トルナーと共に菩提樹の中に入っていっ
た。怪魔を殺そうとしている男たちの前に稜加・ジーナ・エドマンド・ダバンが立ち
ふさがる。

 デコリとトルナーは何とか菩提樹のウロの中に入って、警戒している怪魔の親子に
余計な刺激を与えたりしないようにして姿を見せた。

「怪魔さん。怖がらないで。このマナピースであなたたちを助けてあげる」

 デコリはそう言って、闇のマナピースを精霊用のスターターにはめ込んで、スター
ターから出た暗闇の玉が怪魔の親子に向かってきて、怪魔の親子を包んでいった。

「やっぱり、闇のマナピースは怪魔に関係していたんだな」

 トルナーがその様子を見て呟き、この後どうなるか確かめていた。デコリとトルナ
ーの頭の中に"声"が聞こえてきた。

『……わたしは、確かに狩りが苦手で人里から家畜を盗んで我が子に栄養を与えてい
たのは本当です。家畜を盗まれた里の人間がわたしを殺そうとしてきたのは、仕方が
ないと思っていました。わたしは死んでも構わないから子供たちだけでも生きてほし
かった……。

 だけど、あなたたちもおかげで、わたしは怪魔の世界に戻れることが出来ます。あ
りがとう』

 それは母親の怪魔がデコリとトルナーの心に飛ばした声だったのだ。怪魔の親子を
包んでいた闇の玉は木の中の闇に吸い込まれて消えていったのだった。


 その後、村人は怪魔の親子が闇の中に消えて去っていったのを知ると、怪魔の件は
ともかく残った少ない家畜と農作物だけで生活していけるのか、と不安がっていた。

「だからといって森を切り拓いていって農耕地にしたら、森の動植物の背板奇形が狂
っちゃうしね」

 ジーナがこう言うと、エドマンドも別の案を出してくるが却下になると思ってい
た。

「かといってマナピースなどを作る工業中心にしたら、職種のバランスがとれなくな
るしな」

「やっぱり村の人たちは政府の保護監察地に行かなくちゃいけないのかしら……」

 稜加は家畜泥棒の件は解決できても村人の生活の今後がどうなるか、を気にしてい
た。その時ダバンが怪魔探しの時に森のある場所のことを話してきた。

「ぼくは他の村人と怪魔を探している時に森の、それも水辺から近い場所の地面に草
が生えていないことに気づいた。もしかしたら、あの地面の下に粘土があるんじゃな
いか、って。それを固めて焼いてレンガや甕として作って売ればいいんじゃないのか
な」

 ダバンの調査力の高さに誰もが小さな期待を抱いた。村人はダバンの言った通りの
水辺から近い草の少ない地面を掘ると、確かに粘土質の土が沢山出てきたのだ。

「家畜を失った分は粘土を形にして焼いて売ろう」

「レンガや甕や壺を売ったら、それで他所から家畜を買い取って育てよう」

 村人はダバンの案に賛成して、森の中の粘土を集めて形にして焼いて売ることにな
った。

 その後で稜加一行はバラム共和国の〈紅い砂漠〉を去り、塩山の麓で待機していた
サヴェリオが乗るフォルテソフィアス号に戻って、レザーリンド王国へ戻っていっ
た。

「みなさん、お達者で〜!!」

 白雁のシナゥが仲間の雁と共にフォルテソフィアス号を見送っていた。

「デコリが無事で良かったよ。怪魔に襲われていたら、どうしようもなかったんだか
らね」

「稜加、心配かけさせてごめんね。でも、〈紅い砂漠〉を見られたんだよ」

 席の一角でデコリは稜加の膝上に座って、旅の報告をしていた。他の席にエドマン
ドやラッションはダバンが持っていた闇のマナピースを見つめていた。闇のマナピー
スは他にあるかもしれない、と祖国に帰ったら調べる必要があるからだ。ジーナはキ
ッチンでウッダルトと共にお茶とお茶菓子を作っていた。トルナーもサヴェリオの隣
の操縦席に座っていた。

 デコリとトルナーのバラム共和国での活躍は一先ずおしまいである。