白雁たちは自分たちの領域に怪魔が出た、と騒いでデコリとトルナーをオリエスナ 大陸に案内したシナゥに伝えてきたのだった。 「怪魔ってどんな姿で?」 「ああ。毛むくじゃらで灰色で赤ら顔で羊位の大きさだ。何でも近く村でオスのロバ を一頭盗んできた、っていうらしい……」 他の雁からの話を聞いてシナゥは無関係のデコリとトルナーを巻き込んではいけな い、と悟って二人のいる岩壁へ飛んでいった。 デコリとトルナーは〈フードグレイス〉のマナピースで出した朝食、厚焼き卵と梅 干入りの海苔付きとゆかりご飯とわかめご飯のおにぎりを食べていた。黄色と白黒と 紫と緑の食欲をそそる色で、急須の中身は緑茶であった。 「お二人さ〜ん! 大変なことが起きました〜!!」 シナゥが慌てて現れたので、デコリとトルナーもシナゥが腹ペコで何か食べさせて くれ、と申し立ててきたのかと思った。 「えーと、そのー、近くの村で大変なことが……」 「まぁまぁ、落ち着けよ。ほら、お茶とおにぎり」 トルナーがおにぎりの残りと緑茶の湯飲みを出してきたので、シナゥはおにぎりを 食べて茶を飲んだ後、落ち着きを取り戻して二人に説明してきた。 「えええっ!? 近くの村に怪魔が現れたぁ!?」 デコリとトルナーはシナゥの話を聞いて驚いて口をそろえた。 「はい……。何でも近くの村でオスロバ一頭が盗まれた、と仲間たちが教えてくれた んで……。しかもここ二ヶ月の間に村の家畜や家畜からの乳製品が盗まれるので、と うとう村の男たちがしびれを切らして怪魔退治へ乗り出していったようなんです… …」 シナゥの話を聞いてトルナーは沈黙し、デコリも〈怪魔〉の言葉を聞いて、五十五 年前のことを思い出したのだった。 (そういえば利恵子と旅していた時、怪魔と遭遇したことがあったっけ……。だけ ど、その時の怪魔は……) 一方で森の中では村の家畜を次々と盗んでいく怪魔を退治しに、村の男たちが猟銃 や銛、鋤や鍬を持って村を出て怪魔を探していた。中には役人を目指すダバン青年も 二十メートル以上ある木々や石の埋まった地面、さらさらと流れる川辺を見回してい た。 (怪魔は壁のすり抜けが出来るからな。どこで足跡か毛とかがあるかもしれない) そうでなくても盗んできた家畜の毛や食べられた痕の骨。中には猟犬や番犬を連れ てきた男もいて、怪魔や家畜の匂いを嗅いでいた。 オリエスナ大陸は南方だからか短毛種で耳の立った犬種が多く、大型の犬は猟犬や 番犬、違法薬物探しの警察犬として鍛えられていた。犬の一匹が怪魔の匂いを見つけ たのか、「ワン、ワン!」と吠え出した。 「見つけたのか? よし、教えてくれた」 匂いを嗅ぎつけた茶白ブチの犬の飼い主が犬を先に歩かせて犬は地面を嗅ぎながら 進んでいった。他の男たちも茶白ブチの犬の後についていった。 シナゥから〈紅い砂漠〉周辺に棲む怪魔の話を聞いてデコリは五十五年前に出会っ た怪魔を思い出していた。 利恵子と他数人の救済者と旅をしていた時、デコリは野宿の焚き木集めをしていた ら、一匹の野生動物と遭遇した。ウサギのように耳長で尻尾はイタチのように長く眼 は赤く鋭く黒い長毛の生き物であった。 スピアリーは人間にはない異種生命の察知能力もあった為、その耳長の生き物が怪 魔であると気づいた。怪魔は恐ろしくて獰猛だと利恵子の仲間の一人から教えられて いたので、助けを呼ぶ暇もなく襲われると思って固まっていた。 ところが、その怪魔はデコリには警戒していたが襲ってはこなかった。その怪魔は 右脇腹にケガを負っていたのだ。怪魔の血は紫色で脇腹には仕掛け弓からの矢とおぼ しき物が刺さっていたのだ。 怪魔は闇を糧にする存在で生命であるが、特殊な成分を配合した薬を使えば絶命さ せられる。デコリはその怪魔の傷を調べてみた。怪魔用の毒の匂いとかは矢に付着し ていなかった。おそらく猛獣を捕獲する為の罠でケガをしたのだろう、と。 「ガウウ……」 怪魔はケガで気性が高ぶっており、デコリは噛みつかれると恐れたがデコリの体に ついているリボンを振って、リボンの動きで見とれる怪魔を見計らって矢を抜いた。 怪魔はガウッ、と唸ったが傷は思っていたより浅く、また怪魔は回復力が高い為、傷 が徐々に塞がっていった。すると怪魔は森の奥の闇夜の中に消えていったのをデコリ は目にしていた。 (怪魔と会ったことはあるけれど、あの時はケガをしていたし、あたしが助けたら闇 の中に去っていったんだっけ。でも、今〈紅い砂漠〉の近くにいる怪魔は……) デコリは要注意な怪魔なのだろう、と予感した。 「それにしても村の連中が気になるな。シナゥ、案内してくれないか?」 トルナーがシナゥにそう頼むと、シナゥは案内するとデコリを背に乗せて飛び立 ち、トルナーも風に乗って後をついていった。 村人たちも猟犬が怪魔の匂いを嗅ぎつけて、怪魔が通ったおぼしきルートを歩いて いた。オリエスナ大陸は世界の南にある為、熱帯や亜熱帯の地域が多く森に至っては 湿度が高くて蒸していて体に汗をかき、汗の匂いで虫が寄ってきて差されることもあ る。だけど熱帯に住む人たちは香木や香草が虫よけになると知ると、持ち歩ける香炉 を作って虫から凌いできたのだった。 「ヒーホ、ヒーホ……」 何かの動物の鳴き声がしたので怪魔か、と村人は声のしてきた茂みをかき分けた。 そこにいたのはつる草で出来た縄を首にかけられ、一本の木に結わえられたロバだっ たのだ。 「あっ! ゲインんとこのロバじゃないか! こんな所にいたとはな……」 村人の一人がロバに駆け寄り首につながれた縄をほどいてやった。 「うわっ、何だこりゃ!?」 他の村人がロバの近くにあった物を見て声を上げた。そこにはバターやミルクの壺 が転がっている他、ニワトリや羊や豚の骨が散らばっていたのだ。 「これは酷い……。怪魔が食べた後なのか……」 ダバンもこの様子を目にして引いた。 その頃、森の上空ではシナゥの背中にデコリ、トルナーが風に乗って怪魔を探して いると、デコリとトルナーは怪魔の気配を感じ取った。 「北の方に怪魔の気配がする……」 トルナーがそのことをシナゥに伝えると、シナゥは怪魔がいるとおぼしき森の北方 へ飛んでいった。 森の中に大きくつながれた菩提樹があった。そのウロの中に怪魔が潜んでいたの だ。 「この中に怪魔がいるんですか? あんたたち、取って喰われるんじゃねぇですか?」 シナゥがぶるぶると震えてデコリとトルナーに言った。 「でも、おれたちマナピースを持っているからって、怪魔と戦える力までは持ってい ないぞ……」 「わかっているよ」 菩提樹の近くでトルナーがデコリに話しかける。その上、菩提樹の周りには怪魔が近 くの村から盗んできた家畜の骨や羽毛、乳製品の壺の破片が落ちていた。他にも菩提 樹の周りの木々には羊や豚などの皮も干されて吊るされていた。 「ひぃぃ。あの羊などの皮は怪魔に近づくとこうなる、の見せしめでしょうか!?」 シナゥが羊や豚の皮を見て怯える。その時、デコリはあることを思いつく。 「こうなったら、あの吊るされた皮をかぶってウロの中を覗いてみよう。そうすれば 怪魔も人間やスピアリーじゃないからって騙されるだろうし」 「随分と豪胆だな〜。よし、ここはデコリの意見に乗ろう」 トルナーも賛成して、すぐ近くの羊の皮をかぶって二人と一羽はウロの中を覗いて みることにした。 二人と一羽が見つけた羊の皮は何日も前に干されていたのか太陽の乾きによって、 やたらと硬くなっていた。血臭さはあまり感じず、かぶった毛皮を引きずってトルナ ーとデコリ、シナゥは怪魔のいる木のウロの中を覗いてみた。 木のウロの中は思っていたより広く薄暗かったが、中には灰色の毛むくじゃらに赤 ら顔の怪魔がいたのだ。大きさは大人の羊というか、それより二回り小さめだが力強 そうだった。更に不思議だったのは、その怪魔には三匹の灰色の毛並みに色白顔の小 さくてか細い怪魔がいたのだ。 「もしかしてこの怪魔は親子なのか?」 トルナーが怪魔を見て呟いた。するとシナゥが毛皮の裾から首を軽く出して様子を うかがう。 「この怪魔はメスなんですか? そうか、この怪魔は森の野生動物だと捕らえるのが下 手で近くの村から家畜やミルクを奪って、栄養をつけて子に母乳を与えていたんでし ょうな」 デコリは利恵子と旅をして、また自分が助けた怪魔のことを思い出して、トルナー とシナゥに言った。 「ねぇ、村の人たちに上手く説明して、この怪魔を赦してもらおうよ。小さな子を育 てなくちゃいけないお母さんだったんだよ?」 「え? でもなぁ、どうしたら……」 トルナーが考えようとしたその時だった。 「ワンワンワン!」 犬の吠え声を聞いてデコリとトルナーもシナゥもハッとなり、母親の怪魔は犬の吠 え声を聞いて警戒する。 二人と一羽が羊の皮を脱いで菩提樹のウロから出ると、母親の怪魔に家畜や乳製品 を奪われた村の男たちが猟銃や鋤や鍬や捕獲器などを持っていたのだ。 「何だ、お前らは? あの怪魔の仲間か?」 一番屈強そうな男がデコリとトルナーに尋ねてくる。 「おれはウォルカン大陸にあるレザーリンド王国出身のスピアリー、トルナーだ。こ の子はデコリ。それからおれたちを〈紅い砂漠〉に案内してくれたシナゥだ」 トルナーが村の男たちに言った。すると若者の一人、ダバンが歩み出て二人と一羽 に話しかけてくる。 「君たちは他の国から来たスピアリーなのか。ぼくはこの近くの村から来たダバン だ。君たち、怪魔を庇っているのは本当なのか?」 「あの、それはね……」 デコリはダバンに説明した。怪魔が乳飲み子を抱えた母親で、野生動物を捕えるの が下手だった為に村の家畜や乳製品を盗んで我が子に栄養を与えていたことを教えて いた。 「そうだったのか。怪魔にも事情があったんだな。でもこれ以上、あの怪魔に家畜を 奪われ続けていたら、ぼくたちの村の生活は貧しくなる。だからといって怪魔を殺し たら、母親を殺された怪魔は人間を恨み、人間を滅ぼすのは確かだ」 ダバンの言葉を聞いた男の一人が鍬を地面にダンッと着けて口を開いた。 「いいや! あの怪魔は赦しておけねぇ。親子もろとも始末すべきだ! 最初の火種も 次の火種も、今ここで消しておくべきだ!」 鍬の男の言葉を聞いて他の男たちも口々に言いだした。 「そうだ! 親子もろとも始末だ!」 「我々が滅ぼされる前に殺せ!」 ダバンを除く村の男たちが家畜を奪われ生活の糧を削られた怒りが、デコリ一行にも 伝わってきた。人々の目が禍々しくなっている。 (まるで稜加の世界の魔女狩りだ) デコリから見てそう感じた。だけど魔女や異端で死刑にされた人々は対外が無実 で、そういう人たちは死刑にした連中の悪意で殺されたのが真相であった。 子の怪魔は怯え母親の方は威嚇しながら、木のウロの外を見つけていた。 |
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