4弾・7話 催眠術師メルギァーロ


 エドマンドとラッションが催眠術師メルギァーロと対峙しようとしたら、メルギァーロが指を弾くと墓地の周辺からぞろぞろと人々が出てきた。黒い制服を着ていたので憲兵隊員だとわかった。年齢も外見も性別も異なるが、誰もが焦点の合っていない虚ろな目をしていることであった。

「エドマンド、フュージョナルだ!」

 ラッションがエドマンドに声をかけ、エドマンドは持ち歩いている白地に虹色のマナピース、〈フュージョナル〉のマナピースと自身の赤いスターターを取り出して、スターターのくぼみにはめ込んで、二人は白と虹色の混ざった光に包まれる。

「フュージョナルスピアリー、セット!!」

 光が弾けるとエドマンドとラッションが合体した姿――素体はエドマンドだが、ラッションの鋭角さを現す黄色いパーツが頭や肩などに付いている赤い装甲の戦士が現れる。

「あれが救済者の力……」

 メルギァーロを止めた少女がラッションと合体したエドマンドを見て呟く。

 メルギァーロは目の付いたカードを催眠術をかけた憲兵たちに向けて操り、憲兵たちは一斉にエドマンドに向かってくる。エドマンドは速さを司る精霊と一体化していたので、操られている憲兵たちから飛び跳ねるように避けて更に迂回するように駆け足で駆けて、左手首のスターターが変化した銀色の六角ブレスのくぼみの一ヶ所にマナピースをはめ込んで近くの木の太い枝の付け根にジャンプして、操られている憲兵に小型拳銃を向けてきた。無属性の〈ピストル・レベル1〉である。

「ま、待って! その人たちは操られているだけだから撃っちゃ駄目!」

 少女がエドマンドに向かって叫ぶと、エドマンドはこう返事をする。

「中に入っているのは弾丸とかじゃないよ!」

 そう言ってエドマンドは拳銃の引鉄を引いて銃口からピンクの霧状のものが勢いよく発射された。それを浴びた憲兵たちは次々に意欲を失った安らかな表情になり、次第にバタバタと倒れて眠ってしまった。

「樹属性の〈アロマフレッシュ〉と風属性の〈ミスティフィールド〉さ」

〈アロマフレッシュ〉は緑色に草花の浮彫、〈ミスティフィールド〉は桃色の地に霧の浮彫が刻まれていた。エドマンドは素早く拳銃を出した後に他の二つを合わせて発動させたのだった。

「良かった……。危なっかしい技じゃなくって……」

 少女は胸をなでおろしてエドマンドの戦いを見守る。集めた憲兵を眠らされたの目にしてメルギァーロは「フン」と口を尖らせる。

「お見事。だけど、わたしが操られるのは人間とは限らないんでね」

 そう言ってメルギァーロは指笛を鳴らし。ヒュウッという音と共に空から数十羽の黒い影がエドマンドの方に迫ってきた。

「カア! カア!」

 この町の一帯に棲息するカラスであった。カラスの群れはエドマンドに向かってきて、カラスの蹴爪や嘴がエドマンドに突っついてきた。

「うわっ。こんなことは予想していなかった!」

 カラスはバタバタと黒い羽毛を舞わせてエドマンドは自慢の素早さを出したくても出せない状態であった。

「くっくっ……。わたしは高い地位も財産も要らないが、ガラシャ女王の無念は晴らしておかないとねぇ」

 メルギァーロはほくそ笑んだ。メルギァーロは子供の頃から蟻などの虫から象などの大型の生き物に催眠術をかけて操ることが出来た。メルギァーロの父親は稀代の詐欺師だった。多くの人たちを上手く騙して毎月一人から数万ルーを払わせて荒稼ぎしていた。

 メルギァーロの父親が多くの人たちを騙して破産や家庭崩壊、挙句自殺に追いやった罪で実刑五年のちの死刑になって、メルギァーロも亡き母方の親族から虐げられて叔父が営む牧場の馬の一頭の世話をしながら毎日こう呟き続けていた。

「お前がぼくの家来だったらなぁ」

 そんな中、叔父夫婦から馬に呪いの言葉をかけている処を見られたメルギァーロは叔父に怒られそうになった時、馬の一頭が暴れ出して叔父夫婦に怪我を負わせたのが、彼の催眠術師としての始まりだった。

 メルギァーロは叔父一家の元から逃げ出すと町の縄張り争いを起こすヤクザの一団についたり、自分ではやらず他の人に盗みをさせて生き抜いてきた。

 それからイルゼーラ父王、ロカン王が崩御してからメルギァーロはガラシャ女王に採用されたのだった。しかしガラシャ女王が亡くなった後にメルギァーロはレザーリンド王国南部のテルシュバン州のある都市に派遣されていた時に王室近衛兵に捕まったのだった。

「くやしいか? 何も出来ずに攻められて」

 メルギァーロがカラスたちにエドマンドを襲わせている時だった。メルギァーロの背後から炎の矢が飛んできてその気配に気づいたメルギァーロは危険を察知して炎の矢を避けるが、炎の矢はメルギァーロが催眠術に使う目付きのカードを貫いて燃えて、黒い燃えカスとなって地面に落ちたのだった。

 するとエドマンドを襲っていたカラスの群れが正気を取り戻し、エドマンドの周りから飛び去っていった。

「一体誰が……!?」

 メルギァーロが自分の邪魔をした者を探るとエドマンドを止めたさっきの少女が弓矢を出す〈アロー・レベル1〉と火の粉を出す〈ファイヤーダスト〉のマナピースを使って、メルギァーロを止めたのだった。彼女は弓を構えてメルギァーロに向けた姿勢であった。

「こンの小娘……! だったらお前をここにいる虫どもに襲わせてやる……!」

 メルギァーロは目の付いたカードを失くしてしまったが、彼の左手中指にはめられていた指輪に念じた。指輪も目の形をしており、ハエやアリ、ムカデやクモなどの蟲たちがぞろぞろと出てきて少女の周りを囲った。

「きゃあ!」

 少女が蟲の群れを見て怯えるも、炎をまとった風が少女を囲っていた蟲たちが燃えて、生き残った蟲たちは散り散りに逃げ出した。カラスの群れから解放されたエドマンドが圧力をかけた空気〈エアプレス〉と弱い炎を出す〈リトルフレア〉を合わせて出してきたのだ。そのおかげで少女は火傷をせず、彼女に群がる蟲だけを燃やしたのだった。

 その時だった。チャンフォが他の王室派遣兵と憲兵たちを連れてきたのだ。

「うわっ。こんなに虫がいっぱい……!」

「墓地区で鳥の群れやら硝煙が出ていると思って駆けつけてみたら……」

 憲兵たちが炎に驚いた蟲の群れの逃げ出す様を見て引くも、チャンフォがメルギァーロとラッションと合体したエドマンドを見て脱獄者が発見されたことを確認する。

 メルギァーロは逃げ出そうとしたが、エドマンドの方が速く、メルギァーロを押さえつけたのだった。


 メルギァーロは他の王室近衛兵に逮捕されて、またメルギァーロに操られていた憲兵たちも正気を取り戻していたけど、メルギァーロに操られていたことはあまり覚えていなかった。

「ありがとう。君のおかげで助かったよ」

 エドマンドはラッションとの合体を解除して少女に駆け寄る。少女はエドマンドと同世代のようで、細長の体型に色白の肌、栗色のウェーブヘア、青緑色の縦長の眼、灰色のワンピースのスカートが長めで足元は焦げ茶色のベルトショートブーツ。

「いいんです。困っている方を放っておけなくて」

 少女が返事をするとチャンフォは少女に尋ねてくる。

「ところで君は何故表に出ていたんだね?」

「あ、それはすみませんでした。この子――ラッションを見た時、アルヴァ山の町の浮彫師のパートナー精霊だってわかったんです。わたしもマナピース浮彫師なので」

 それを聞いてエドマンドとラッションは不思議がる。

「君もマナピース浮彫師なのか? そうは見えない……」

 すると少女はエドマンドに言った。

「あら? 本キレールでは名の知れている浮彫師、カローラ=ミルフェッロをご存知ではないの? わたしは三ツ星マナピース製造販売会社の社長令嬢なのよ!」

「えええっ!?」

 それを聞いて更にエドマンドとラッションはたまげた後、数ヶ月前にエドマンドが〈霊界の口〉へ向かう旅の時、自分の留守中にアルヴァ山集落のマナピース工房の臨時の浮彫師のことを思い出した。

「もしかして君がぼくの住んでいる町のマナピース工房に来た浮彫師……」

「そうよ。あの時、アルヴァ山のマナピースを手に入れてサンプルにしようと訪れていたのよ」

「その節はありがとな。カローラのおかげでおれたちは脱獄者を捕らえることが出来た」

 ラッションはカローラに礼を言った。エドマンドも本キレールの都市で善いと悪いの出会いを果たすなんて思ってもいなかった。

 キレール州に逃走した脱獄者の件は解決してキレール州の住人は外に出られたのだった。


 場所は変わってレザーリンド王国の北西にあるカラドニス州。そこに派遣されたのはパーシーと精霊フォントとその二人のお供となった近衛兵テオドーラである。

 テオドーラは背が一六〇センチより下回るが二十歳の女性で小豆色(ラセット)の髪を肩までボブカットにして黄味のある緑(アップルグリーン)眼、一見柔和そうに見えるが芯は固く綿あめの中にカチコチの飴のようであった。

 彼女たちは州の境目のにある西南がジョルフラン州とつながっている町に来ていた。リッジという町で町は城壁に囲まれていて数百年前までは敵からの侵入よけに建てられた。現在はかなりの年期が入っていて、レンガが割れていたり漆喰に孔が空いていた。

 城壁の中の町も階段状に建物が造られ、町長の住む場所は町の一番上にあり、一番下は平地なので商店や学校などの公共施設が並ぶ公的区である。

 パーシー一行はリッジに来る前もジョルフラン州との境目の町に何ヵ所も来ていたが、脱獄者の噂はなかった。町は王室からの派遣兵と憲兵の人ばかりで、一般人の姿はどこにも見えない。幸い空から王室からの物資が届けられ、また水も近くの川から流れてくるので水不足にはならなかった。

 花壇や街路樹の土には雑草が生え、シナモンのような茶色のレンガ壁や地面の見栄えを損なわせている。

(救済者とはいえ、女王からの指令よりも学校の方がまだいいよ……)

 小うるさい男子がいるけれど、優しい先生や笑いを取ってくれる先生、姉もウルスラに親友のヴァレリア=サンティことヴァリーもいる。

 パーシーが学校生活を恋しがっていると、誰かの視線を感じた。てっきり脱獄者かと振り向いてみると、その姿はなかった。アーチ状の渡り道路の下の向こう側は柱が三本並ぶ広場だった。

「何か見張られている感じ……?」

 パーシーは首をかしげるも、一先ずは水辺で休んでいるフォントの所へ向かうことにしたのだった。