1弾・12話 稜加の帰還


 イルゼーラの王位継承祝いは三日続いた。稜加たち救い手も精霊たちも海の幸や山の幸、ドラジェやタルトなどの菓子を食べ、多くの国民から褒め称えられた。稜加もジーナたちもレザーリンド王国の人々がガラシャ女王の政権を叩きつぶしてくれたとはいえ、多くの人々から感謝されるなんて思ってもいなかったのだ。子供や老人が握手を求めてきたり、頭を下げてきたりとしてきたのだから。救い手たちもジーナとウッダルトは王城のコック長に故郷の母と弟妹のお土産の手配を頼んでいたり、エドマンドとラッションは若い女の子たちに囲まれてタジタジになっていたり、パーシーとフォントは王城に訪れた家族に自分の活躍談を語ったりとしていた。

 四日目に入ると、人々は学校や各々の職場へ行くなどの生活に戻り、王城にいる稜加たちも帰る仕度を始めた。

 稜加も自分の世界に帰る準備をし、アレスティア侯爵も来て稜加がエルザミーナの世界に来た時のレインコートなどの服を届けに来てくれた。

「侯爵さまも自分の仕事があるというのに、わざわざ来てくれてありがとうございます」

 稜加はアレスティア侯爵に礼を言い、レインコートと人間界の服をまとった。

「いや、いいんだよ。それより稜加。よく頑張ってくれた。イルゼーラが女王になった今、レザーリンド王国は良い国に戻るだろう。黄泉の国でもロカン王もマルティナも喜んでいるだろうよ」

「伯父上、わたしとしては稜加と同じくガラシャには生きて罪を償ってもらいたかったのですが……」

 イルゼーラはアレスティア侯爵にこう告げてきた。

「これは自業自得で因果応報だ。それより、稜加。準備は終わったのだろう」

 アレスティア侯爵は稜加に訊いてくると稜加はうなずく。稜加を元の世界に帰すには仲間の人間と精霊の合わせた念によって行うものだった。王間にはジーナたちも集まっていた。稜加の四方にイルゼーラとジーナとエドマンドとパーシーが立ち、その間に五体の精霊が立つ。

「稜加、本当に来てくれてありがとう。あなたがいなかったら、わたしは女王になれなかった」

 女王即位時と違って飾りの少ないドレス姿のイルゼーラが目を潤ませながら、稜加に別れを告げてきた。

「稜加とみんなと過ごした時は楽しかったよ」

「向こうに帰っても上手くやれよ」

「わたしも稜加ちゃんのおかげで、家族や同級生と向き合うことにしたよ」

 ジーナとエドマンドとパーシーも別れの言葉を述べてくる。

「本当にありがとうですわ。後のことはわたしたちにお任せを」

「元気でな」

「じゃあね」

「稜加さんのおかげでパーシーが素直になれました」

 アレサナ、ウッダルト、ラッションも稜加に別れのあいさつを告げ、フォントに至っては自分のパートナーの変化の礼を言い、パーシーは顔を赤くする。

「稜加、おれは救い手じゃないけど、イルゼーラが王位を取り戻すのを手伝ってくれてありがとう」

 見送りのサヴェリオが稜加に礼を言ってきた。

「ううん、わたしもサヴェリオに感謝しているよ」

「ああ、向こうに帰っても達者でな」

 それからデコリはというと、エルザミーナの世界の生命体なので、別れることになったのだった。

「おばあちゃんの時はどうしてスターターの中にいたのかわからなかったけど、わたしは元の世界に戻ったら、自分のやるべきことに向かっていくから」

 稜加はスターターとマナピースもイルゼーラに渡そうとしたが、祖母の形見ということで、稜加が持つことになったのだった。

「意識を集中させて」

 アレスティア侯爵がイルゼーラたちに言った。イルゼーラたち四人と五精霊はまぶたを閉ざし、心を無にして稜加を元いた世界に戻す術を発する。

 すると稜加の周囲に金色の光が出てきて、稜加はその眩しさにまぶたを強く閉ざし、光が治まると、稜加の姿はなかった。それからイルゼーラはデコリの姿がなくなったことに気づいた。

「もしかして……、デコリもあっちの世界に?」

 イルゼーラたちは気づいた。稜加はともかく、デコリもエルザミーナの世界から消えていったのを……。


 稜加は金色の光に包まれた後、その眩しさのあまり気を失い、意識は暗闇の中にいるようだった。やがて時間が経つにつれて白じんてきて、稜加が目覚めた時は病院の一室のベッドにいた。稜加が事故に遭った日、父と母は病院からの報せを聞いて、店を飛び出してきて駆けつけた。稜加は自動車にはねられたのに、ケガもなく骨も折っておらず脳波にも異常がなかったのに、三日間も眠っていたという。稜加が目覚めた時、母は涙を流し長女の心配から救われていたような表情をしていた。

 稜加はその後病院で検査を受けて二日後に退院し、夕方父が自動車に乗って迎えに来てくれた。家に帰ると、弟と妹が事故に遭った姉を心配しており、父も祖父の店を継いだ後、弟妹の世話や家事を任せていた稜加に負担をかけさせていたことに反省し、その夜は一家全員で話し合って稜加は学校と受験勉強に専念することで、掃除や皿洗いや風呂掃除は康志がやることにして、晶加も洗濯物を畳んだり一人でシャンプーや髪型をまとめることにしたのだった。

 学校に通えるようになると、佳美や玉多くんや多くの同級生や先生が事故に遭った稜加を気遣ってくれた。病院の退院の日から稜加は受験勉強をしたり、市外の高校へ行けるようにと電車に乗ったりするようになった。それから高校は普通科に限らず園芸科や服飾科も受けようと決めたのだった。

 稜加が自分の世界に帰ってきた後、スターターとマナピースは風呂敷に包まれた状態で母が稜加の部屋に置いていてくれた。だけど、稜加はエルザミーナの世界にいたのは事実だけど、言っても家族も友人も信じてくれなさそうだったので、稜加だけの秘密になったのだった。

 ある日の夕方、空も朱色に染まる頃、稜加は一旦ドリルを閉じて、本棚の一角に入れてあるスターターとマナピースを取り出す。スターターは何度やっても開くことはなかったけれど、稜加はエルザミーナの世界での思い出を時々思い出して、受験勉強や日常の辛さを紛らわせていた。

「稜加」

 どこかで聞いたことのある声がして、稜加はハッとする。

「デ、デコリ? ……って、ここは人間界よ。幻聴に決まっている」

 稜加はそう思ってスターターとマナピースを本棚に戻そうとした時、スターターが開いてスターターの画面から三等身のマスコットが出てきたのだ。このピンクのリボン状の髪の毛に体にリボンがついたこのキャラクターは……。

「稜加、久しぶりっ?」

「デ、デコリ? あなたエルザミーナの世界に残ったんじゃあ……」

 稜加はデコリの出現に驚くも弟妹に聞かれないようにしてデコリに訊いてくる。デコリはこう答えてきたのだ。

「稜加が自分の世界に帰ろうとした時、デコリもついてきちゃった。理恵子の時と同じように」

「ええ? 気づかなかった……。でも、おばあちゃんの時は五十年以上もスターターの中で眠っていて、わたしがエルザミーナの世界から帰ってきてからは二週間しか経ってないのに……」

 それを訊かれてデコリは思い出したように手を叩く。

「理恵子の時は世界移動の時の衝撃の強さで気を失っていて、理恵子もスターターの中にデコリがいたことに気づかないで、しかも相手を眠らせる〈スリーピング〉のマナピースがはめ込まれていたみたいで、ずっと眠っていたみたいなの。でも、いつの間にかマナピースに寿命がきたみたいで、目覚めたんだけれど、理恵子の気配がして声をかけてみたら、稜加が見つけてくれたんだった」

 デコリの話を聞いて稜加は納得し、軽く笑った。

「お、おばあちゃん、自分のかつての仲間の精霊がついてきてことに気づかないで、スターターを閉まったままにしてたのか……。でも、デコリが何十年も眠っていた後に、わたしと出会えたのはおばあちゃんの導きかもしれない……」

 稜加はデコリを抱きかかえると、顔を見合わせた。

「稜加、デコリはこれからずっと、そばにいるよ」

「デコリ、わたしもあなたと一緒なら、この世界で嫌なことや辛いことがあったって、デコリがいれば乗り越えていけそうな気がするよ」

 人間の稜加と精霊のデコリ。エルザミーナの世界へ行けなくなったとしても、二人はいつまでも共にいられることが何よりも嬉しいことだった。


 エルザミーナの世界、レザーリンド王国では人々は新しい女王の下で、学んだり働いたりしていた。ガラシャの追っ手や部下たちは国外れの監獄で服役を受け、救い手のジーナ、エドマンド、パーシーとその精霊は自分の出身地へ戻り、イルゼーラも公務や政治に勤しんでいたり、また自らレザーリンド王国内の暮らしぶりを目にして、問題があったらの対策を練るようになった。

 従兄のサヴェリオも城の衛兵として務めており、時折稜加との出会いと行動を思い出していた。精霊のデコリが稜加をかつての世界に送りかえす時についていったことには後で気づいたけれど、サヴェリオもイルゼーラもデコリなら稜加と共にやっていけると信じていたのだ。