4弾・6話 脱獄者の仕掛けた罠


 ジーナとウッダルトはセブリス州の北部チュネットにいた脱獄者でガラシャ前女王の部下でもあったならず者、グリエルモとどうやって戦おうか考えていた。

(あたしが救済者として目覚めて最初に戦った相手は持ち主の性能を模して動く魔変人形(ミスティックプーペ)だった。ガラシャ一味の後は〈霊界の口〉の悪霊で、前の二組は人間じゃなかったからまだ良かった。だけど……)

 グリエルモは粗暴で体力もあるが所詮は人間。救済者のマナピースを使って戦ったら、相手に危害が及ぶと思ったからだ。

「ジーナ、何迷っているんだよ!? 早くとっちめようぜ!」

 ウッダルトはジーナに声をかけるが、ジーナはためらっていた。

「だって! 相手は犯罪者だけど人間なんだよ!? あまり傷つけないで生け捕りにしたいんだよ!」

 ジーナがウッダルトに言い返すとグリエルモがジーナに左拳を向けてきてジーナは咄嗟にかすめた。それでジーナは後方に転倒して腰を床にぶつけた。

「ジーナさん!」

 キオーロがジーナに近づいて体を支えた。

「大丈夫だよ。だけれど相手が普通の人間だとねぇ……」

 ジーナが悩んでいるとキオーロがジーナにとって都合のいい報せを伝えてきた。

「先程、イルゼーラ女王がチュネットの憲兵隊を通じて救済者のマナピース使用許可を出してきました。もしそれに差し支えがあるなら、レベルの低い攻撃用マナピースの使い方をオペレートしますが……」

 それを聞いてジーナは一瞬静止した。イルゼーラが救済者のマナピースを脱獄者退治に使ってもいいことを。てっきり穏健なイルゼーラのことだから望まないと思っていたが……。ジーナは口元を緩ませて起き上がった。

「わかったよ。イルゼーラ女王が救済者のマナピースを使ってもいい許可が出たのなら……」

 ジーナは常に持ち歩いていた救済者のマナピースを懐の小さな巾着から出すと、深緑色のスターターにはめ込んで、スターターが救済者のマナピースと同じ白と虹色が混ざった光を出してきて、ジーナとウッダルトが包まれる。

「フュージョナル=スピアリー、セット!!」

 二人の掛け声と共にジーナとウッダルトは合体して光が弾けると、姿を変えたジーナが出現する。

 髪の毛が木の葉を連ねたような三つ編みポニーテールに変化して、頭部には細木を編んだようなヘッドギア、胴体は樹皮のような色と模様のコンビネゾン風の衣装に焦げ茶色のグローブとブーツに緑色の木の葉型の飾りがちりばめられていた。そして左手首にはスターターが変化した六角形のブレスレットは銀色でマナピースをはめ込む正方形の窪みもあった。

「おおっ! これが救済者の本領発揮の姿! 何とも素晴らしい!!」

 キオーロが初めて守護精霊と一体化した救済者を見て歓喜の声を震わせる。

「かかってこいや、救済者の姐ちゃん!」

 グリエルモが挑発をかけてきたのでジーナは感情に流されて行動せず、なるべくグリエルモを傷つけないように捕まえようとしてマナピースを選んで左手首のブレスレットにはめ込んだ。

「〈バインアップ〉、〈エネミーバインド〉セット!」

 ジーナは樹属性の蔓を生やす緑色のマナピースと白い半透明の相手を拘束する無属性のマナピースを選んで、ジーナの背中から複数の蔓が出てきて、グリエルモを捕らえようとした。しかしグリエルモは両手で半分ずつジーナの出した蔓を掴んで、縄跳びでもするようにジーナを真上へ放り投げたのだった。

「ジーナさん!!」

 キオーロがその様子を見て狼狽するが、ジーナは天井の吊り下がった傘型の照明に足首を引っかけてきた。力いっぱい足首を動かして照明器を引っ張って、照明器は真っ逆さまに落下してきて、グリエルモもキオーロもそこから離れてガッシャーン! という盛大な音と共に照明器が落ちてきて照明ガラスなどの破片が埃と共に散らばった。

 エホッエホッとキオーロが照明器にたまっていた埃でむせるもグリエルモも急いで商品棚の後ろに隠れて逃げたので無傷だった。

「危ねぇ女だな。どこに行った!?」

 グリエルモが天井や他の棚を見まわすがジーナの姿がない。ジーナは照明器を落下させた後に巨大な風船を出して自分が落ちるのを回避させていた。風属性の〈バルーン〉のマナピースである。

 グリエルモもジーナが出てきたらぶつけてやろうと果物や魚などの商品を入れる空き樽を持ち上げて、ジーナが現れるのを待った。グリエルモは後ろに気配を感じたので空き樽を投げつけた。しかし空き樽はバラバラになって床にタガや木片が落ちた。

「何で? 一体?」

 グリエルモが不思議がっていると、そこには手斧を持ったジーナが立っていたのだ。

「樵の必需品って知ってる? 斧よ!」

 ジーナはマナピース、鋼属性の〈アックス・レベル1〉を出していたのだ。

「うっ、くそ……」

 グリエルモは女だと思ってなめていたジーナが自身の思惑とは裏腹に準備の出来ていると知ると後退し、その隙にキオーロが大きな布を持ってきてグリエルモに被せて目隠しして、急いで商品の麻縄で足首を縛って拘束したのだった。

「うわっ、見えねぇ!! 何しやがるんだ!」

 グリエルモはもがいたが結局お縄にかかったのだった。


 その後グリエルモは眠りのマナピース〈スリーピング〉によって眠らされ、憲兵隊が七、八人がかりでグリエルモを運んで憲兵隊の護送車の中に回収された。護送車の後部は鉄格子がはまっていて、内側からは出られない仕組みである。それから閉鎖中の百貨店で盗みをしていた青年も別の護送車に入れられる途中、ジーナに言った。

「ちゃんと罪は償うよ。それと……おれたちを脱獄者から助けてくれてありがとう」

「朗報が来るのを待っているよ。それじゃあね」

 一台の憲兵護送車はグリエルモを、もう一台は窃盗犯の若者を運んで去っていった。

「一先ず、ジーナさんの任務は通過しましたね。報告書を上げておきますね」

 キオーロがジーナに言った。脱獄者を捕らえる為とはいえ、百貨店の中を荒らしてしまったジーナであったが、それはチュネット市政府が片付けてくれるので問題なかった。


 場所は変わってレザーリンド王国の内西部に位置するキレール州。そこに派遣されたのはエドマンド=ヒューリーと精霊ラッション、王室近衛兵のチャンフォであった。チャンフォは百八十センチ半ばの背丈にいかり肩、四角いあごと太い眉、筋肉質の体に赤茶色の髪と褐色の眼の二十六、七歳の男であった。

 エドマンドとラッションは以前にもキレール州に来たことはあるが、その時はキレール南部の〈霊界の口〉の悪霊に捕まった稜加の友人を助けに行った時で、今回はキレール州の西に訪れていた。監獄のあるジョルフラン州の境目だからである。

 キレール州の西は辺鄙な場所で居住区は小さな村や町がいい所で脱獄者がいないか一ヶ所ずつ回っていたのだが、その情報はなかなか見つからなかった。

「そうですか。ご協力ありがとうございました」

 エドマンド一行はキレール州の西の町村の住人に礼を言うが、住人は彼らにこう言った。

「脱獄者を探してくれるのは兎も角、一刻でも見つけて下さいな。でないと我々の日々の稼ぎがなくなってしまいそうで……」

 キレール州西部の住民の大方は自給自足で作物や家畜を育てており、また森林部に住んでいるのもあって樹属性のマナブロックの産出も行(おこな)っていたのだ。

 自然エネルギーの残りかすが結晶化したマナブロックは樹属性なら森や草原、水属性なら水辺や海で見つかる。エルザミーナの住人や精霊は古来からマナブロックを小さな板にして浮き彫りを入れることでその効果を発して生活してきた。故に森の民によって自分では入手できない炎や鋼のマナピースは日々の暮らしに欠かせられない存在である。

 キレール州西へ来た時のエドマンドは拳大の樹のマナブロックや橙色の土のマナブロック、白い半透明の無属性のマナブロックを回収しており、また携帯用のマナピース研磨機を使ってマナピースを作り、また新しいマナピースに相応しい浮き彫りを入れる浮彫師の経験を活かして予備のマナピースを作ってきてたのだ。数日の間に五つの町村を訪れたエドマンド一行はキレール州の西部の都市でシラム号の燃料マナブロックを交換することにした。

 キレール州西の都市、本キレールは八ヶ所の方角に街道があることが有名で、またマナピース生活用品の工業株式会社が多いことでも有名であった。

 本キレールの都はレンガ造りや瀝青造りの建物が多く、今は脱獄者が徘徊している可能性があるからと住民は自宅で待機し、庭やベランダに落ちてきた王室からの支給品を受け取って生活していた。どの街道も町の通りも王室派遣兵と憲兵が巡回していた。

 チャンフォはシラム号を本キレールの飛行艇停泊場に着陸させ、色褪せてひびだらけの風のマナブロックを新しいのと交換した。飛行艇停泊場は富裕者の所有物である小型や中型の飛行艇、公用の大型飛行艇が泊められていたが今は誰も利用していない。

 マナブロックもマナピースにも寿命があって、色褪せてひびが入れば砕けて砂塵になって無に還る。といってもマナブロックは大きさ、マナピースはレア度の高さの分だけ長持ちする。チャンフォは寿命がきて桃色がすっかりなくなって白くなった風のマナブロックを飛行艇の外に出してマナブロックは砕けて砂塵になって風に飛ばされていった。

「また……マナブロックになってくるさ」

 エドマンドが風に還っていったマナブロックを見て呟いた。

「我々の暮らしでは当たり前の存在でも、無くなったら寂しいものですなぁ」

 チャンフォがエドマンドに言うと、ラッションはこう返す。

「エドマンドはマナブロックの言葉がわかる人間だから」

 マナピース浮彫師はマナブロックがどんなマナピースになりたいか、どんな所で活躍したいかなど理解できるという能力を持っているといわれているが、エドマンドも幼い頃からマナブロックの気持ちがわかる人間だった。彼の両親が事故で亡くなってアルヴァ山の集落に住んでマナピース工房のデュルト親方と先輩二人と働くことになってからも浮彫師として生き、現世代の救済者となってガラシャ女王の部下とも戦ってきたのだった。

 その後は憲兵たちと共に脱獄者かその情報を探しに本キレールの町を巡回した。本キレールは先程でも述べたように八つの街道があるが現在は脱獄者による被害を出さないように封鎖されていた。

 エドマンドとラッションは北西の街道の地域を探り、そこは階段状の墓地と境界、公民館や公園のある場所で公民館も公園も人はなく、木の手入れも隙間の雑草も放置されていて教会もそこに住んでいる孤児や身寄りのない老人たちが僧正やシスターたちと共に外へ出られるようにと毎日祈っていた。

 エドマンドとラッション三段になっている墓地の上段の半ば辺りに人がいるのを見つけた。その男はそこの修道士なのか一般人なのか黒づくめの服を着ていた。

「あのっ、すみません。地元の人ですか? 今は監獄からの脱獄者がいるから危険ですよ」

 エドマンドは思わずその男性に声をかけた。男性は二十代半ばから三十歳くらいの印象で三角形の顔に短く刈った栗色の髪、眼は横に細長でわずかな暗灰色の眼が見え、元から細い体格とはいえ黒い革コートと黒いスラックスとブーティで更に細く見えた。細長の眼の上に四角い茶色縁に眼鏡に何より?のような白い肌が目立った。

「ああ、忠告どうもありがとう。しかしね、わたしは静かな場所が好きなんだよ」

 黒いコートの男がエドマンドに低いけど独特のある声を出して返事をした。

「だけど避難しておいた方がいいぞ?」

 ラッションが男に言った。

「わたしの心配をしてくれるのはわかる。だけど自分の心配の方が上だっていうのは世の常ではないかね?」

 男が冷たいながらも穏やかな笑みを浮かべた。

(あれっ、この人どこかで見たことがあるような……)

 エドマンドは男の顔をよく見つめる。初めてかと思っていたが、前にも見たことがあると思い出そうとした。

(確か今より前にも見た筈だけど……、誰だったけな……)

 エドマンドもラッションも記憶を手繰り寄せようとしたがなかなか出てこない。更に男は懐から一枚のカードを出してきて、そのカードには眼の形をした模様が入っていた。

「さぁ、このカードの眼を見つめているんだ」

 エドマンドとラッションはカードの眼を見つめて意識が遠のいた。男の声しかわからない。風の音も小鳥のさえずりも枝が揺れる音も耳に入らなかった。

 ところがエドマンドは何者かが投げつけてボールが背中に当たって、前のめりに倒れラッションも巻き添えで地面に伏した。

「なっ、何!?」

 男はエドマンドとラッションが突然転んだことに目を見張るも、二人にボールを投げつけてきたのが若い娘と知って自分のやっていることがバレたと後ずさりした。

「いたたた……。ぼくは何をしていて……」

 エドマンドとラッションは転んだ拍子で正気に戻って起き上がり、若い娘が二人に向かって叫んだ。

「その男の術にはまっては駄目! その男は催眠術師よ!」

 女性が二人に教え、エドマンドとラッションは改めて男の顔を見てみた。エドマンドは男の肌の白さで脱獄者の一人だと気づいた。眼鏡が丸から四角に変わっていてから記憶が引っかかっていたのだ。

「フン。バレては仕方がない。わたしはかつてガラシャ女王の配下、催眠術マスターのメルギァーロだ!」

 エドマンドは自分に催眠術をかけてきたのがガラシャ女王の配下で、しかも催眠術を使って悪行していた脱獄者と知ると、自分も危うくメルギァーロに操られてチャンフォや憲兵と戦わされそうになっていたかと知ると、怒りを募らせた。

「他の人を利用するなんて卑劣だ! 赦さない!」