稜加やイルゼーラたちの目の前で、塩水に漬けられ満月の光を浴びたトネリコの木の人形が人の姿として形成され、それは稜かそっくりの少女になった。 「稜加?」 デコリが思わずつぶやいたが、稜加はすぐ隣にいる。稜加と同じ天然パーマのショートヘア、丸目に縦寄りの丸顔、ほっそりした体にはベージュの半袖ブラウスと藍色のAラインスカート。 「もしかして、おばあちゃん!?」 稜加はそう思って声を出した。稜加の世界では幽霊や亡霊は亡くなった時点での姿で現れることが多い。だけど稜加の目の前に現れた祖母・利恵子は今の稜加と同い年の姿だ。 「利恵子……」 デコリが目の前に現れた若き日の利恵子を目にして叫んだ。 「この人が、稜加の祖母(ばあ)さん……」 サヴェリオも霊魂の利恵子を見て呟いた。イルゼーラもジーナもエドマンドもパーシーも、彼らのスピアリーも初めて見る自分より前の代の救済者を見てぼう然となった。 「久しぶりね、デコリ。まさか、あなたがわたしの孫のパートナーになっていたなんてね」 「利恵子……。本物の、利恵子なんだね」 デコリも目の前に現れた利恵子を見て目を潤ませた。 「言っておくけど、今のわたしは霊界から魔力のこもった木の人形を依り代にしただけの存在。満月の光が消えた時、この効果は消えて失せるわ」 利恵子の説明を聞いて稜加はハッとなった。利恵子を一時的に霊界と通じるように降霊術を起こしたのは、利恵子にいくつか尋ねたいことがあるからだ、と。決して仲間たちへの見世物ではなく。 「おばあちゃん、訊きたいことがあるの」 稜加は思い切って利恵子に尋ねてきたのだった。 「稜加、わたしが霊界に旅立ってから、すっかりわたしが救済者としていた時と同じになったわね」 利恵子の幻霊が稜加に目を向けてきた。 「うん。わたしが小学校を卒業する前におじいちゃんが急に亡くなって、お父さんが店を継いでお母さんと一緒に働いているよ。 弟の康志も妹の晶加も家事をしてくれるようになって、わたしも高校の寮で暮らしていて……」 稜加は利恵子の幻霊に自分の家族の現状を伝える。 「ええ、知っているわ。霊界からずっと見てきたわ。それと、今ここに集まっている人たちは稜加のエルザミーナでの仲間たちね」 利恵子は王城内のサロンに集まっている面々を目にして尋ねてくる。稜加の仲間たちは利恵子の幻霊に自己紹介をし、パーシーに至っては十半ばの時に知り合ったマッテオの孫だと知っていた。 「パーシーちゃんは本当にマッテオの若い頃にそっくりなのね。あなたのお祖母さん、ルクレツィアから聞いているわ」 「あ、そうなんですか。まさか、わたしの祖母と霊界で会っていたとは」 パーシーは数年前に亡くなった祖母、が霊界で稜加の祖母と面識があったことに歯がゆく感じる。 「あの、おばあちゃん。わたしがおばあちゃんに訊きたいことは……」 稜加は思い切って利恵子に今訊きたいことを言ってきた。 「デコリって、今いくつ?」 稜加の祖母への質問があまりにも率直すぎたので、サロンにいる面々は思わずキョトンとなった。 「え、何でだよ」 サヴェリオが稜加に訊くと、稜加はこう返事をしたのだった。 「いや〜、だってスピアリーで三〇〇年も生きられるとはいえ、おばあちゃんのパートナーだったんだよ? だけど、おばあちゃんは知らなかったとはいえ、デコリは眠りのマナピースで五十五年も眠っていたし……」 もしかしたら眠っていた期間もカウントされるのかも、と思って。すると利恵子の幻霊はこう答えてきたのだった。 「稜加。眠りのマナピースで眠らされた生命体は一歳どころか、一分も老けないのよ。眠り姫と一緒よ。後、デコリはわたしと出会った時で前の主人を亡くしてさまよっていた時に出会ったの。わたしと初めて出会った時、五十歳だって答えていたわ」 「ご、ごじゅっさい!?」 稜加は思わず耳を疑った。デコリが眠りのマナピースで眠っていても、一歳も老けることなかったとはいえ、祖母と会っていた時点で五十歳だったことに驚いた。だけどもスピアリーの五十歳は若い方なのかもしれない。 「稜加、もしかしてわたしを霊界から呼んだのって、デコリが三〇〇歳近かったら、って不安だったの? 大丈夫よ。デコリはあなたの一生についていくようだから」 利恵子の幻霊がにっこり笑う。 「うん……。でも、わたしが八〇歳まで生きられたとしても、デコリは誰と……」 稜加が別の不安を持つも、利恵子はこう力づけてくれた。 「稜加。あなたの子孫、そうでなくても、他の人たちがスピアリーを求めてくれるわ。わたしは霊界にいても、デコリとの思い出は残っているんだもの。それよりも、デコリや息子の銀治のことを頼んだわよ。今のお友達も大切にね」 利恵子にこう言われて、稜加は胸を張った。他の面々も稜加と利恵子の絆を見られたことに感心していた。すると窓の外に雲が出てきて月を隠してしまった。 すると利恵子の幻霊が次第に薄れて、仄青い霧が消えてあとには塩水の張った金盥とトネリコの木の人形だけが残った。 「稜加、良かったな。祖母さんと話が出来て」 サヴェリオが稜加の肩を叩いてきた。 「うん。おばあちゃんとまた話せてよかった」 稜加は呟いた。 「あと、お願いがあるんだけど……」 稜加はサヴェリオにこう言った後……。 * 「全く稜加ちゃんが包丁で手を切った時、病院で縫合になるかと思っていたよ」 「ごめんね。心配かけさせて……」 高校の食堂での昼食時、稜加は向かい側に座る丹深にわびる。稜加の左の掌には包帯が巻かれており、稜加は左手で食器を掴む時は痛くないように気を付けた。 稜加の左手の傷はエルザミーナから帰る時の工作であった。エルザミーナのレザーリンド城から現実界の陽之原高校に戻る時、朝食作りの時に抜け出したのはケガをしたことは事実にする為に、本当に手を切ったのだった。レザーリンド国の服から高校の制服とエプロンに着替えた後、サヴェリオに手を切ってほしいと頼んだのだった。 「いくら稜加の頼みとはいえ、恋人の手を切るのも何か……」 サヴェリオはためらうも、稜加に言われて火で消毒したナイフで稜加の手を切りつけ、制服やエプロンに血が付かないようにした。その様子を見ていたデコリとトルナーは思わず引くも、稜加が他の人から〈嘘つき〉呼ばわりされないようにする為なのだと仕方なく思っていた。 稜加とデコリが〈パラレルブリッジ〉のマナピースを使って、レザーリンド王城から陽之原高校女子寮の一階トイレに飛ばされた時、デコリは急いでスターターとマナピースの巾着を持って稜加の通学バッグの中に入れ、自身もスターターの中に隠れた。 エルザミーナにいた時は四時間ほどだったのに対し、現実界では五分だけ進んでいたのもあって、稜加は女子寮の医務室で手当てを受けたのだった。後から来た寮母先生と寮長の三年生が上手く処置してくれた。 また校内清掃の時間も、床磨きの机移動は同じ班の人がやってくれて稜加は誇りを塵取りで受け止めてごみ箱に捨てるのとモップで床磨きを担うことになった。 翌日の土曜日に稜加は家族との約束で織姫町の自宅に帰って、日曜日の朝食まで過ごした。両親も弟妹も稜加のケガにギョッとしたが「通院する程じゃないから」と説明したのだった。 そのおかげで自宅にいる時の稜加は家事を免除されて、弟の康志と妹の晶加が家事を引き受けることになった。 「ったく、リョーねえがケガしたからって、リョーねえのいない時と変わらないじゃないか」 康志がぶつぶつ小言をもらしながらアイロンがけをしていた。 「仕方ないでしょ。傷が塞がるまでこのままなんだから」 稜加は居間のテレビで夕方のテレビアニメを視聴していて、デコリは膝上に座っていた。 夕方六時以降になると母の知晴、さらに遅れて父の銀治がクリーニング店から帰ってきて、母が康志の手を借りて作った夕食を食べた。ケガをした稜加の為にレバニラ炒めとかき玉子スープと鯖缶のサラダだ。 「随分と滋養のあるメニューだなぁ」 父が母と康志が作った夕食を見つめながら、レバニラ炒めをほおばる。ニンニクと唐辛子も効いていて スタミナもつく。 「この前、エルザミーナに行った時……」 デコリが話し出してきて稜加は思わず奇声を上げる。 「ハァッ!! デコリ!!」 ケガをしたことを高校の人たちに嘘ではないと確信させる為に、サヴェリオに頼んでいたことがバレると思って狼狽える。 「どうしたのよ、一体?」 母が狼狽えた稜加を見て引くも尋ねる。康志と晶加も姉の奇声を聞いてビビるも、視線を向ける。 「何だよ、驚かせやがって……」 「お姉ちゃん、変」 「まぁ、エルザミーナで何があった、っていうんだ?」 父が訊いてきたので稜加は一たん落ち着いてから、エルザミーナに行って起こったことを教える。 「実はおばあちゃんの霊を呼び出そうと降霊術をやってね……」 「ハァ……」 稜加の話を聞いて家族は生返事をする。 「おばあちゃんって利恵子ばあちゃんの方か。ばあちゃん、何言ってたんだよ?」 康志が訊いてくると、稜加は降霊術の出来事を上手く両親と弟妹に教えたのだった。 「そうか。母さん、稜加のことを天国から見守ってくれていたんだな……」 父が稜加が亡くなった祖母とやり取りしていたことにしんみりする。 「だけども幽霊の話なんて、少し早いんじゃねぇの?」 康志が余計な一言を言うと、稜加が制した。 「そんなことはいいの。ホント、康志ってロマンがないんだから」 しかし何やかんやで楽しい夕餉を過ごしたのだった。 所変わって、エルザミーナの世界。花嫁となる女王もしくは王女を探しに、わざわざエヌマヌル大陸からやって来た少年は西の方へ向かって進んでいった。 時には歩いて時には荷車に乗って、路面列車(トラム)や大型自動車といったマナブロックで動く乗り物には乗らず、いくつかの町村を乗り越えて、レザーリンド王国 キフェルス州の最東端にやってきたのだった。 「やっと来たぞ! おれの花嫁のいる国へ!!」 少年は石造りの街道の先にあるキフェルス州の街並みを目にして叫んだ。 「ホントに長かったよなー……。ここまで来るのにどれ位かかった?」 灰色の煙のスピアリーが少年に尋ねてくる。 「ん……十日だ」 「惜しいな。十二日だ。故郷を出て一日半、船で三日、ウォルカン大陸に着いてから七日半だ。この国に着くまで農家や林業者の元で手伝いしながら食糧を分けてもらっていたのはともかく、本当にギラルドの求めている花嫁がいるのか?」 少年――ギラルドが連れているスピアリーが疑うように言った。 「何を言っているんだ。おれがチビだった時からの夢が、もうすぐ叶うっていうんだ! 今更後戻りや引き返しなんてしないさ!!」 ギラルドは胸を張った。 「さぁ、後は国境警備兵に身分証明を見せて、この国に入るだけ! 行くぜ、フーモック。夢の花嫁の元へ!!」 「へぇへぇ」 ギラルドとフーモックは花嫁がいるレザーリンド王国に足を踏み入れたのだった。 |
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