「それって……どういうこと!?」 稜加はアレサナの発言を聞いて、イルゼーラとギラルドが前にも会っていたのか、と首をかしげる。 「だけども、それだったらギラルドがイルゼーラと結婚したがっている理由も辻褄があるんじゃないか、と……」 サヴェリオがその論を述べると、イルゼーラは口ごもる。 「おれがイルゼーラと随分前に会っていた? どうだったかな〜」 ギラルドも自分が昔から女王や王女と結婚したがるようになったかを考えだす。 「脳筋……」 トルナーがギラルドにそう嫌味った。 その後でオッタビアが料理用カートに四人分と四精霊の取り分け皿を乗せた夕餉を運んできてくれた。バハト人であるギラルドを気遣って、豚肉を使わない料理である。また味付けもエヌマヌル風にしてある。 複数の香辛料とライムなどの柑橘類が中心で、それを肉と付け込んで竈で焼いた鶏肉や牛肉や羊肉、魚も切り分けたカマスやコイで魚の生臭いのが嫌いな人でも食べやすいように味付けされていた。 他にもレタスやキャベツやキュウリなどの生野菜のサラダ、玉ねぎとパクチーを煮込んだスープ、デザートは白芋を裏ごししたペーストとミルクを混ぜ合わせた蒸し菓子で、中にはドライフルーツやプレーンのデザートチーズが入っていた。飲み物はペパーミントを入れた冷やし紅茶。 「んんっ。エヌマヌルの料理、スパイスが効いていて刺激的……」 デコリがエヌマヌル風ローストマトンをかじって唸る。 「そう? わたしの地元のアジア料理みたいで美味しいけれど」 稜加はナイフとフォークでスパイスチキンを上手く切り分けて食べていた。 「わざわざとおれの故郷に合わせてくれた夕めし、作ってもらって……」 この数日間、林の木の実と非正規野菜で凌いできたギラルドがイルゼーラに礼を言いながら、がつがつ食べていた。フーモックや他の精霊もエヌマヌル料理を小皿に取り分けてもらって食べていた。 外は雨が降っていて道が水浸しになる程の激しさだった。人間と暮らしているスピアリーはともかく、野生のスピアリーは雨水を凌げる場所へ行って過ごしていた。炎のスピアリーは水に弱く、廃屋の竈や暖炉、洞窟で水気から逃れ、鋼のスピアリーも水に打たれると錆びつくので水の入ることのない所で雨水を凌いでいた。 夕餉を食べ終えた後、イルゼーラはかつてギラルドと出会っていたか確かめる為に、あるマナピースを使うことになったのだった。紫色のマナピースは特殊能力が主で、以前稜加も目にしたことのある〈メモリーロード〉であった。 「〈メモリーロード〉のマナピースは単に記憶を別の内容に上書きするだけでなく、複数で使うことで、お互いの記憶が読めるのよ」 アレサナが稜加やデコリに説明した。その場合は〈メモリーロード〉のマナピースを人数分使い、スターターのセンサーに手を触れるとマナピースが共鳴し合って、お互いの記憶が流れるそうだ。 幸い王城に〈メモリーロード〉のマナピースがいくつかあったので、イルゼーラの持つ薄紫のスターターとギラルドの持つアッシュグレイのスターターに〈メモリーロード〉をはめ込んで、二人は向かい合った状態でセンサーに手を触れて、幼い時の記憶が互いに流れ込んできたのだった。稜加とデコリ、サヴェリオとトルナー、フーモックとアレサナは二人の様子を見守る。 イルゼーラの中に流れ込んできたのは、森と湖と山に囲まれた石造りの町。そこにある球状の屋根の王宮、宮下町にはギラルドが着ているような編み紐のシャツやチュニック、カシュクールのような上着を着た人たちが町を行き交い、男はズボン、女は長めのスカートを穿いて足元はふとベルトのサンダルやフラットシューズ、精霊たちも人間の手伝いをしていて竈を熱したり、洗濯のしわをのばす糊を付けたり、家主の赤ん坊の子守をしていた。 宮下町は旅行者や巡礼、修行僧も訪れており、市場では温暖な土地に成る果物や穀物や野菜、肉や野菜は調理して売り、衣裳店は新しい柄の上衣や帯を売り、飲食店も多く花や薬草を使った茶の店、粘り気のある菓子を売る店、パンは平たく焼いたのが主流で、肉や野菜を挟んで食べることもあった。 王宮では今は共和国になっている為、大統領が治めていたが観光地の一つとして扱われていた。大理石の床に雪花石膏(アラバスター)の壁や柱、部屋には色柄の多々なじゅうたんが敷かれていてクッションやタペストリーも展示されていた。 その観光客に雑じって行動する異地の親子とその守護精霊も来訪していた。その夫婦はワイン色のビロードのガウンを羽織った父親と青い絹のドレスをまとった母親はプラチナブロンド、その夫婦と共に行動する女の子は七、八歳でプラチナブロンドにエメラルドの双眸、ラベンダー色の絹のドレスを着ていた。それからオッドアイのスピアリーもいたのだ。幼い頃のイルゼーラと生前のロカン王とマルティナ王妃である。マルティナ王妃はイルゼーラが九歳の時に重病で他界、ロカン王は後妻として取り入ったガラシャの企みで、衰弱で臥せって亡くなっていたが。 また別の場面では石造りの家屋が多い片田舎、ギュルバ村にカーキ色の髪にオレンジブラウンの目の七、八歳の男の子が母親らしき人と村の女性たちと共に綿花畑にいた。綿が成ったので生ったので村の女性たちはせっせと布にする為の綿花を摘み、連れてきている子供たちは母親や祖母や姉のそばにしっかりとついてきていた。 カーキ色の髪の少年、ギラルドは他国の高貴な親子がギュルバ村を訪れていると知ると、他の村の子供たちと共に見物しに行った。 夫妻は美男美女でその娘も色白の金髪でバハト国やその近隣国の住人が着るようなドレスとは違ったドレスをまとっていて、それが魅惑的だった。もちろん彼らが連れているスピアリーも。 その親子が村を歩いていると娘が転んでしまい、更に馬を急いで走らせている丸太を詰んだ荷車が凄い勢いで異国の娘を轢きそうになった。 ギラルドはその娘を助ける為に飛び出し、荷車引きの車夫が急停止させた処、荷車が傾いて丸太がゴロゴロと地面に落下したのだった。 「キャーッ!!」 アレサナが叫んだ。車夫と夫婦、村人が集まってきて二人は丸太の下敷きになってしまったのではないか、と探った時、ギラルドと少女は運良く建物の路地裏に転がり込んでいたのだった。 「良かった! 二人とも生きているぞーっ!!」 村の男の一人が二人の無事を確かめる。幸いギラルドが少女を引っ張って路地裏に転がり、その時ギラルドは右ひじと左こめかみをケガをしてしまったが、生きていたのだ。 「あ、ありがとう! 君のおかげで娘が助かった!!」 異国の紳士がギラルドに駆け寄った。娘の方はドレスや髪が泥や土で汚れていたがケガはなかった。血を流した男の子を見て名家の娘は怯えていたけれど、自分を助けてくれたと悟って礼を言ったのだった。 「助けてくれて、ありがとう……」 名家の娘は拙いバハト語でギラルドに礼を言ったのだった。そして少年の顔を見て、こう言ったのだった。 「もし良ければ、わたしのお婿さんになって下さる?」 しかしその後、少女を助けたギラルドは気を失い、病院で手当てを施されると、あの少女は両親とスピアリーと共に帰国していったと教えてもらったのは二日後のことだった。 ギラルドは少女が帰国してしまった後、少女の「お婿さんになってくれる?」の言葉を忘れずにいた。 その後で金髪に緑眼の王侯貴族の少女の情報を国外広報誌で調べていったが、なかなかヒットせず、だけど最近になってレザーリンド王国の王女が国を乗っ取った継母を退治して女王になったと知った時、七歳の時に出会った子だと気づいたのだった。 そして今年になって親兄弟の反対を押し切りつつも、祖母のグルカの助言によってイルゼーラに会いに来たのだった。 〈メモリーロード〉のマナピースの互換効果が終わった処で、イルゼーラは幼少時の記憶を思い出したのだった。 「そうだった。わたし、七つの時にバハト共和国を訪ねていったんだわ。父や母やアレサナと共に。馬に轢かれそうになったことは覚えていたけど、助けてくれたのがあなただったなんて……」 イルゼーラは〈メモリーロード〉のマナピースを通じて、七つの時の記憶を蘇らせたのだった。 「仕方がないよ。記憶なんて忘れてしまう場合と、いつまでも残っている場合があるんだから」 稜加がイルゼーラに言った。またギラルドも幼い頃についた右ひじと左こめかみの傷に手を触れる。その傷は今はすっかり薄れているが、何針を縫う程の大ケガだった。 「レザーリンド王国、現女王としてあなたに告げます」 イルゼーラがギラルドに向かってこう伝えてきたのを目にして、稜加やサヴェリオ、スピアリーたちは沈黙して息を呑む。 「ギラルド=テズル、あなたをわたしの未来の夫君になってもらうことを命じます」 それを聞いて、誰もが声を荒げてしまった。 「えええええ!?」 ギラルドも仰天するも戸惑っており、稜加に至っては親友の宣言を聞いて狼狽える。 「流石にこの時点で、結婚は早すぎるんじゃないのぉ!?」 「そうだよ! 気が早いって!!」 デコリもイルゼーラに問いかけてくる。だけどイルゼーラは、こう答える。 「違うわよ。一たんは交際よ、交際。ギラルドにはレザーリンド王国の文化や語学などを学んでもらって、近衛兵や派遣兵と同じ任務に就かせて、わたしが王城で報告を受け取るの。何ヶ月かしたら婚約発表をして、式典とかを準備してから結婚するの」 それを聞いて、誰もが一安心する。 「これでイルゼーラ一人での政務の負担は何とかなりますわ」 アレサナが万事解決の台詞を言い放つ。 その後日、ギラルドはレザーリンド王城に住むことになり、国の近衛兵見習いとなって先輩や上官の下で行動することとなった。 ギラルドは他の新人兵士や下級兵と共に王城の敷地内をランニングしたり、組み手をしたり、実践訓練の模造刀などの片づけをして真面目に取り組んでいた。 イルゼーラも公務の分担を稜加やサヴェリオにも頼んで、町中の窃盗や詐欺の犯罪者の取り締まりに携わった。 稜加とデコリはエルザミーナ界のレザーリンド王国を四日間過ごし、公務に疲れたイルゼーラにとって好都合なこととイルゼーラの婿に相応しい男があられたことを喜んだ。また稜加はサヴェリオの任務の合間にデートをして、現実世界での日常の義務を忘れさせてくれる癒しを楽しんだのだった。 四日目の昼に稜加は王城内の私室で臨海学校の体操着とジャージの姿で自分の世界に帰ることになった。イルゼーラは公務中でギラルドは横柄指導を受け、サヴェリオも任務に行っていたので、書置きを残していった。 稜加は〈パラレルブリッジ〉のマナピースをスターターにはめ込んで、デコリもつかまって金色の光に包まれて、臨海学校の宿泊先の旅館の中に戻っていったのだった。 稜加と同じ班の女子が眠る宿泊室の出入り口前のトイレが仄かに光り、稜加とデコリはここに現れた。 「えっ!? よりによって、トイレなの?」 帰ってきた先がトイレだと驚きつつも、自分の世界に帰ってこられたことに安堵する。それからトイレのドアをそっと開けると、聖亜良と清音といすずがまだ寝ていることに一息ついた。外はカーテンで閉ざされていたが、白じんでいるこよから夜明けだと知った。 デコリは稜加のスターターに入って、スターターを稜加のリュックサックに入れると、あとはみんなと同じように振る舞って布団に中に入っていった。 この日は臨海学校の二日目で、朝食の後は海水浴だ。稜加はそれが楽しみで、待つことにした。 |
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