稜加とデコリとサヴェリオは〈霊界の口〉へ行く為のアイテム、〈悪霊払いの聖水〉の材料であるカトラージ州南のビアンカアラン山脈にある天然水の回収にかつての旅の仲間であるパシフィシェル=ウォーレスとウォーレス家の精霊フォントを連れて、ビアンカアラン山脈の方へ向かっていった。 シラム号はパーシーとフォントを連れていったのはオスカード市に着いてから翌日だった。稜加とデコリとサヴェリオはウォーレス家との交渉が成立すると、住宅街と商業街の間にあるシティホテルで一泊してから旅立ったのだった。 「同じ塾に通う人が巻き込まれただけでなく、〈霊界の口〉に飛ばされちゃったのか……。稜加ちゃんが夢の中で見た得体の知れない敵って〈霊界の口〉にいる幽霊のことなんだろうね」 シラム号の操縦席の後ろでパーシーが稜加から聞いて納得した。パーシーの隣では三等身に流水状の髪に金色の楕円型の眼を持ち、噴水型の帽子と流水のドレスをまとった精霊フォントがおどおどしていた。 「うん。レザーリンドの王国を支配していた女王がいなくなって、わたしの役目も終わって高校受験生の中学生として過ごそうと思っていたら、デコリもついてきちゃって……は良かったんだけど、またエルザミーナに飛ばされたからなぁ」 パーシーとフォントが座っている席の対の席で稜加がため息をつきながら語る。 「それはそれで大変だったろうけど、わたしとしては稜加ちゃんにお礼を言いたかったのよ。『優等生ウルスラの妹』としてではなく、『パシフィシェル個人』として振舞うことにしたら友達が出来たし、学校生活もそこまで堅苦しくなくなったし」 パーシーはマッテオによく似た笑顔を向けてきた。稜加の席に座っていたデコリは稜加は本当にかつてのパートナーである利恵子と同じ顔だし、パーシーもマッテオ老人の面影を思い浮かべていた。 「お前ら、もうすぐビアンカアランの集落に着くぞー」 操縦席のサヴェリオが二組の少女と精霊に向かって声を飛ばす。窓の景色から見える白い山、ビアンカアランは名の通り白い岩の山脈で、山に生える木々は針葉樹と裸子植物が多く、集落もいくつか点在していた。 シラム号を平たい地表に着陸させると、三人と二体はビアンカアランの城さと空の青さが見事に映えていることに魅了された。それから山の上は空気が冷ややかなので。ヤッケやダウンベストなどの登山向けの服装に着替えていた。 シラム号を停泊させた場所から歩いて五〇〇歩の所に集落があった。その集落は岩壁に穴を空けてくり抜き、また中を棚や台や椅子などの家具にして削り、竈や暖炉は炎のマナピースを使って煮炊きしたりといった生活様式であった。地元民の服装も高地暮らしなので動物の皮衣を植物繊維の服の上に着て更に毛皮の羽織を着て、足元は皮のブーツであった。 またマナピースショップもあり、一行は予備のマナピースをいくつか買った。ただ高地暮らしの人々は乗り物は歯車やネジなどを使った機械ではなく、ヤギや大型の鳥、カモシカを捕らえて家畜化させて鞍を乗せたり荷車を引かせたりと生活していた。 「ビアンカアランの飲み水が欲しかったら土産物店で売ってますよ。わざわざ湧水を取りに行くなんて……」 飲料水工房のひげ面の親方が稜加一行に言ってくると、フォントは湧水でないといけないと訴えた。 「飲料水だと雑菌とかをこす為の加工がなされているから聖水の原料には向いてないんですの。純度一〇〇%の天然水でないと……」 親方の後ろの工房では職人の男が石の櫃に玉砂利などが入ったろ過装置に外から汲んできた樽の水を入れて、ろ過装置から栓をひねると女の職人がじょうごで水を分量よく分けて瓶に入れて、更に他の女性がラベルを貼っておじいさんが木箱に詰めていた。 「わかったよ。工房で作った水でいけないのなら、湧き場所を教えてやろう。今いる集落の西の方へ行けば、水の湧き場所がある。だけど猛獣が出てくるから気をつけろよ」 親方が稜加一行に教えてあげると、「はい。教えてくれてありがとうございます」と返事をした。猛獣が出た時のマナピースも備えてきたのもあって。 稜加一行は集落を出て、水の精霊であるフォントに水の出る場所をこぎつけられるようにと先頭にして、集落の西にある水の湧き場所へ進んでいった。湧き場所への道程は平坦ではあったが、猛獣には気をつけなくてはならなかった。 とはいえ、山の森の中は空気が澄んでいて松や椎やブナによく似た木々が生え、リスや野ウサギや山ネズミや鹿、カケスや山鳩などの鳥、白い紋のタテハチョウや緑色のガなどの虫、足元には鬼百合やヒナギクなどの花も咲いていた。 (そういや受験勉強していたから、自然と触れ合う機会がなかったな……) 稜加が目的のアイテムを手に入れる処とはいえ、異世界エルザミーナの自然の中の散策に浸っていると目の前の茂みガサガサとして、サヴェリオが身構えた。もしかしたらビアンカアランの集落の住人が言っていた猛獣のことかもしれない。 「じっとしていろ。猛獣は動き回る相手を襲ってくる……」 サヴェリオが稜加とパーシーと二精霊に言った。すると茂みから二頭の子熊が出てきたのだ。大きさは一メートルくらいで黒い毛に白い三日月が胸にあるツキノワグマや茶色のヒグマ、世界最強の熊グリズリーとは違った黄色い被毛に茶色の四肢を持つ珍しい毛色の熊だった。 「子供の熊かぁ……。子熊だったらそこまで怖くないか。にしても黄色と茶色の毛なんて珍しくて可愛いな〜」 稜加が二色の毛色の子熊を見つめていると、パーシーが教えてくる。 「この熊はミツグサグマといって雑食だけど、主に蜂蜜や草花や果物といった草食が多い熊だよ。他の山の集落の人はミツグサグマを蜂蜜探しの家畜として扱うこともあるんだよ」 しかしサヴェリオが深刻に言ってきた。 「だけどよ、子熊がいるってことはよ、親もいるってことだろ?」 そう言った時だった。子熊が出てきた茂みが激しく軋む音がしてきて、少なくとも二メートルはある親熊が出てきたのだ。サヴェリオは人差し指を顔の前に立てて稜加とパーシーと二精霊に「声を出すな」と合図をする。猛獣の前で声を出したり動いたりしたら、獲物として襲われるからだ。稜加とパーシーはその場で固まり、デコリとフォントも子熊の上で浮いたまま静止していた。その時、子熊がのそのそと親熊の方へ歩み寄った。一同は親熊に視線を向けると、親熊の後ろの左足が赤く染まっているのを目にしたのだった。 「ケガしている。どうしよう?」 デコリが母熊の足を見てみんなに訊いてくる。稜加も難しい顔をする。 「ケガをした野良犬野良猫、野生動物は気配に敏感になっているから気性が荒いのよ」 稜加がそう教えると、パーシーが思いつく。 「そうだ。治療のマナピースである〈リライブメディカル〉があればいいんだけど……」 「さっきの集落では〈リライブメディカル〉は都市よりも三倍の値段で売っていたから買わなかった。あれはレア度星三つだが、ここでは星五つなんだ……」 それを聞いて誰もがうなだれる。稜加は〈リライブメディカル〉のマナピースを持っているが、これは祖母の遺品でしかも何回使ったかわからないので、いつ砕けて風化してもおかしくなかった。だが……。 「デコリ、おばあちゃん、ごめん。これは使わせてもらうよ」 「えっ!」 「おい、折角の貴重なマナピースを熊の為に使うなんて……」 デコリとサヴェリオが治療のマナピースを使おうとする稜加を止めてきた。 「確かにレア度の高いマナピースは維持した方がいいだろうけどさぁ、でもお母さん熊を放っておけないよ!」 そう言って稜加は背中のリュックサックからピンク色の本型の装置、スターターを出して〈リライブメディカル〉のマナピースを六マスある所のはめ込み口に入れた。すると、白い光の波が緩やかに出てきて、母熊の足が治ったのだった。 それと同時に〈リライブメディカル〉のマナピースもひび割れて砕けて風化していったのだった。 「あ〜あ、〈リライブメディカル〉が……」 デコリも治療のマナピースが失くなくなったのを目にして呟くも、母熊が稜加一行についてくるように案内して歩き出した。 ミツグサグマの親子に導かれて稜加一行は土と葉と草と生き物の匂いのする所から清らかな水の匂いのある場所にたどり着く。そこは白樺林でその中に周囲三メートル程の泉があって、そこに棲息する鹿や鳥や野ウサギが飲みに来ていた。 「フォント、ここは……」 パーシーが訊ねてくるとフォントは泉の水を飲んで確かめる。 「これです! 清らかなビアンカアランの泉の水の出る処!!」 稜加とデコリも喜んで、目的の水が湧く所に着けたとはしゃぐ。早速リュックサックの中に詰んでいた小型の樽に泉の水を汲んで、こぼれないようにしっかり栓もして、ミツグサグマの親子に礼を言った。 「熊さん、ありがとう! これで関門を一つ突破できたよ!」 「さぁ、シラム号に戻るぞ」 サヴェリオが稜加に促した。 ビアンカアランの泉の水を手に入れて集落に戻ってきた時は太陽が西の方へ向いていた。シラム号の中でサヴェリオは通信機を使ってレザーリンドの王城にいるイルゼーラにビアンカアランの泉の水の回収の報告をしてきた。 『まぁ、ミツグサグマのお母さんを助けたら泉の水のある場所を教えてもらった……? 良かったわ、上手くいって』 「だけども、たった一枚の治療のマナピースをお母さん熊のケガを治すのに使って失くなちゃったのよね……」 稜加は苦笑いして返答してきた。 『それは仕方のないことだと思うわ。泉の水を手に入れる為に持っているマナピースを失ったのは同等の対価ってやつよ。ああ、あとそれと他の場所に派遣を頼んだジーナとエドマンドだけど、経過次第報告するわ。じゃあ、また後で』 ここでイルゼーラとの通信は切れて画面が暗くなった。ふとパーシーが窓の外を見てみるといつの間にか空は分厚い雲に覆われていた。 「ありゃ。さっきまで晴れていたのに」 「山の天候は変わり易いんですよ。後でにわか雨が降るそうで」 フォントがパーシーに教えてくる。 (これで〈霊界の口〉へ行く為のビアンカアランの泉の水は手に入った。今は山の雨で一時停止になってしまったけれど、ジーナとエドマンドが他の二つの材料を回収してくれるまで待とう) それから稜加はサヴェリオとパーシー、二精霊に声をかけてきた。 「ねぇ、どうせなら今夜は集落で晩御飯を食べない? その土地特有の料理を知りたいんだ」 それを聞いてデコリとフォントとパーシーが賛成してきた。サヴェリオも肩をすくめて答えてくる。 「しゃあねぇなぁ、稜加がそう言うんなら……」 ビアンカアランの集落の店や家はくり抜かれた岩の中に家具状に削られた家具や水道などの生活関連の他、壁には照明の筒がマナピースで中を明るく照れしており、また雷のマナピースでラジオや映像などの娯楽を閲覧できたり他所への通信も出来た。山の集落の住民は野生動物を狩っているので猪のハムや鹿のロースト、山鳥のパイ包み焼きといったジビエがおおく、川魚はスープか素焼き、野菜は少ない方で山菜や根菜が中心だった。それでも稜加もパーシーもサヴェリオも精霊たちも舌つづみを打ち、食事を終えるとシラム号の中でひと眠りした。 ここで稜加とパーシーとサヴェリオとその精霊たちの談は一まず閉じて、ジーナとエドマンドの談に移るとしよう。 |
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