「あぁ〜っ。やっと高校最初の試験、全部終わったぁ〜」 陽之原高校女子寮内の食堂で稜加は夕食をほおばりながら、試験勉強の終わりと保 健体育とデザイン造形を除く教科の試験が済んだことに歓喜を上げる。稜加の近隣に は聖亜良と丹深も座って食べていた。中間試験最後の日の夕食はトマトソースがけチ ーズハンバーグ、グリーンサラダ、コーンポタージュ、雑穀ご飯、デザートとして苺 ミルク寒天。 「稜加ちゃんの言う通り全部の試験が終わると、ご飯が美味しく感じるよね」 「そういや試験期間は知的に良いメニューばっかりだったような気がするわ。青魚の 素焼きや漬けニシンそばとか。肉料理はあっても豚の生姜焼きや牛野菜炒めなのが多 かったわ」 丹深が稜加の意見に賛同して、聖亜良が試験期間中の寮と学校の献立を振り返る。 唐揚げなどの揚げ物やポークソテーなどのこってりしたおかずだと、胃に不調が起こ りやすく頭が回らないそうだ。寮でも学校でも栄養士が生徒の体調や健康状態に合わ せた献立を考えて出してくれているのだ。 稜加と同じ服飾科で同じ班の聖亜良も寮暮らしで彼女の実家が東北地方の宮城県に ある為、寮のある高校に入学していた。 ハンバーグを箸で小さくして口に入れながら稜加は思った。 (もう試験も終わったし、デコリを迎えに行くか。だけども、お風呂が先だな〜) エルザミーナ界、オリエスナ大陸のバラム共和国内陸の渓谷。外側が灰色で内側が 所々半透明な塩壁とその周辺に白い透明な大小の岩石、更に中には白い砂状の塩が敷 き詰められた〈紅い砂漠〉。その高所でデコリとトルナー、白雁のシナゥが夕暮れに なるのを待っていた。 オリエスナ大陸は南方にあっても明け方と夕方以降は昼間と違って温度差が出る 為、二人と一羽は次第に寒さを感じていった。 「お日様が西に行くたんびに寒くなってきたなぁ」 デコリがそう呟くとトルナーが持っていた荷物のうちのマナピースを一枚取り出し た。 「侯爵がもしもの時のマナピースを渡してくれたから、待ってろ」 そう言ってトルナーはスピアリー用のマナピースをはめ込んで、センサーに手を振 る。するとマナピースが仄かに光りだして、小さな箱型テントが出てきたのだ。 「侯爵が用意してくれた〈ポップアップテント〉だ。これで寒さと雨露を凌げるさ」 「わーい。助かった〜」 デコリがトルナーの出してくれたテントを見て喜び、デコリとトルナーは塩の砂地 が赤くなるまで待機した。デコリとトルナー、テントの中に首を伸ばしたシナゥはデ コリが持っている〈フードグレイス〉の発動によるティーポット、人数分のカップ、 更に南洋の菓子マサラダというドーナッツも出てきた。 ティーポットの中身はドライパイントドライフィッグの粒が入った南国風でココナ ッツの粉で練って揚げたマサラダとよく合った。マサラダの柔らかな生地に粉砂糖を まぶし中にはカスタードクリームが入っていて、程よい甘さだった。 デコリとトルナーは紅茶とマサラダをほおばり、シナゥも首しか入れないテントか ら食べさせてもらった。するとシナゥが、空がすっかり赤くなったのを目にしてトル ナーとデコリに言った。 「今がこの時です! さぁ、早く!」 シナゥに促されてトルナーとデコリはテントから飛び出した。 するとまぁ、本当に岩塩の砂地が夕日によって赤く染まっていたのだ。大小問わず の岩壁や中央に広がる塩の砂地も美しい紅色になっていた。 「〈紅い砂漠〉、本当にあったんだな……!」 「うん」 トルナーもデコリも感激していた。エルザミーナの世界には、国や地域によって異 なる神秘があるのは現実の世界とそんなに変わらないようだ。 「え? デコリはトルナーと一緒にオリエスナ大陸にある〈紅い砂漠〉へ行ったぁ!?」 高校最初の定期試験が終わった日の深夜、稜加は〈パラレルブリッジ〉のままピー スでエルザミーナ界レザーリンド王国内のアレスティア侯爵邸に訪れていて、侯爵と サヴェリオからデコリとトルナーの行方を聞いて思わず仰天した。稜加は青いデニム のジャンパースカートと黄色いヘンリーネックシャツの服装である。 「ああ。レザーリンド王国にいるのも退屈だから、って旅の白雁から〈紅い砂漠〉の ことを教えてもらってな」 侯爵は書斎で机に座りながらデコリとトルナーのことを教えた。 「あ〜。テストが終わって迎えに来たら、コレかぁ。旅の鳥さんの案内でスピアリー 二人で大丈夫なの?」 稜加はそれが気になって呟くと、サヴェリオが答える。 「人間と違って精霊は戸籍とか必要ないから、他国の出入りは自由なんだよ。だけど も、この世界は人間と精霊、多くの動植物の他に怪魔(かいま)もいるからな」 「かいま? それって、わたしの世界でいうとこの妖怪や魔物みたいなもの?」 稜加はサヴェリオに尋ねる。以前、稜加が中三の夏にエルザミーナに来た時に同じ 塾の冴草くんも巻き込んでしまって、冴草くんは〈霊界の口〉の悪霊に捕まってしま ったのを思い出した。多分、悪霊と怪魔は別物なのだろう。 「そうだ。悪霊は清水と塩、聖なる言霊には弱いが怪魔は違う。怪魔はかつてエルザ ミーナとは別の次元からやって来た、もしくは何者かが持ち込んだ災いだと云われて いる。 怪魔は闇の中に生き、闇を力と化える。そういう者たちだ」 侯爵から怪魔の話を聞いて、稜加は現実の世界の物語の内容と似ていると思った。 よくファンタジー文学には魔物と魔界やら魔女やら闇の勢力といった人物や用語がよ く出てくるからだ。エルザミーナにも怪魔という闇の異形がいたことには初耳だった が。 「怪魔といっても恐ろしい姿や獰猛な心の持ち主ばかりとは限らない。中には人間や 精霊のような穏やかな性質の怪魔もいるんだが……」 サヴェリオが稜加に教えた。だけど稜加はデコリがオリエスナ大陸の怪魔に襲われ るのではないか、と不安を感じていた。 デコリとトルナーはバラム共和国内の〈紅い砂漠〉を見られたことに満足して、夜 になると明日の早朝に備えてテントの中で寝入ったのだった。シナゥもテントの傍ら で翼を畳んで首をうずめて眠っていた。 二人と一羽は知らなかったが〈紅い砂漠〉の西の方に集落があった。デコリ一行が 〈紅い砂漠〉に着く前に見つけた集落と似ており、高床式の家屋や食糧庫、石と木材 と藁で出来た家畜小屋、平地が少ない為に斜面を削って造った棚田や段畑。水の張っ た棚田には月がぼんやりと映っていた。 この日の夜は半月を過ぎた十八夜でもうすぐ新月になろうとしている時期で、月が 細い三日月形になっていた。多くの怪魔は新月前後の時期に活性化するのだ。 どこの家も消灯しているが、一軒だけ灯りが着いている家があった。そこの家の青 年が役人になる為の勉強をしており、母親と妹が就寝中で彼は〈グロウアップ〉のマ ナピースを入れたカンテラで灯りをともしていて問題集を解いていた。 「コケーッ、コッコッコ!」 彼の家のニワトリ小屋で異変が起きた。青年がそれに気づいて、机から立ち上がっ た。 (泥棒か? それとも野生の獣か!?) 青年は勉強に使っていたカンテラを持って住居の隣のニワトリ小屋へ行った。家畜 小屋は石を詰めた瀝青の基礎に木材の壁と茅葺き屋根。中には家畜が夜冷えしないよ うに藁を敷き詰めている。 「あっ!」 青年が家畜小屋を覗いてみると、ニワトリたちのリーダーである黒い雄鶏の頸が裂 かれ、喉から出た血が藁を赤く染めていたのだ。それだけでなく他の雄鶏数羽もいな くなっていた。他のニワトリたちもヒヨコもパニック状態に陥っていて、翼をバタバ タさせてコケコケピィピィ、と騒いでいた。 夜が明けて次の日、村人たちが青年の家の雄鶏が殺されていたことを知ると、怪魔 の仕業だと口々に言ってきた。 「怪魔は壁をすり抜けられるから、ダバンの家のニワトリを盗んだんだ」 「折角、怪魔の罠も作ったのに無駄だったか」 すると青年ダバンの母親が息子から夕べのことを訊くと、ダバンはわかりやすく説 明したのだった。 「死んだ雄鶏は埋めて血の付いた藁も捨てたよ。不衛生だしね。だけど怪魔が一番強 い雄鶏を殺したってことは、弱者には手を出さなかったぐらいしか、わからなかっ た」 「ああ、そうなんだ。てっきり怪魔って弱いのは子供年寄りばっかり狙ってくるのか と思っていた」 ダバンの妹が言った。ダバンは十八歳に対して妹はまだ十歳。だけど妹はまだ村の 学校に通っていて、学校が終われば卵や焚き木や肥えたニワトリを売りに行く母親が 不在の間は役人試験を受ける兄と留守番していた。 「前はおれの所の雄ヤギを奪っていった」 「わしは牝牛の出したチーズとバターを盗まれたんじゃ」 他の村人も自分とこの家畜や乳製品が怪魔に奪われたことに腹を立てていた。 (ぼくが役人になって自治区長に頼み込めば、村の被害が減るはずだ。もし家畜が奪 われたり作物の田畑も不作になったら、政府の保護監察地に行かなくてはならない) ダバンはこう予測した。政府の保護監察地とは田畑の飢饉などで食糧や水不足にな った場合は、政府に申し立てすれば都市部に近い公共の居住区に移住することが出来 るのだ。もちろん職務や住居も与えられるのだが、生まれも育ちも価値観も違う者同 士が同じ建物や敷地に住む為、いさかいも多い。 例えば平等にやるべき当番を仮病使ってずる休み、家族数が多ければ多いほど支援 金の差も出て中には親族の子を家族として偽って余分にもらう、一番たちが悪いのは 偽の障碍者身分証明の作成で他の世帯より多く助成金を手にいれることだった。 (せめて怪魔の弱点がわかればなぁ……) ダバンは何とか自分の村の住人が保護監察地に行かなくていいように、と常々思っ ていたが、その解決策は出てくることはなかった。 一方でデコリとトルナーは白雁のシナゥの案内でバラム共和国の〈紅い砂漠〉を見 られたことに満足して一夜を過ごしてからレザーリンド王国に帰ろうとしていた。 「すみませんが、あっしはここでお別れさせてもらいます。渡り鳥は長く飛び続けて いると、体がもたないんでね……」 シナゥはデコリにそう言ってきた。 「ええ!? じゃあ、あたしは何で帰ればいいの?」 デコリがそのことを訊いてくると、シナゥはこう返事をしてきた。 「ああ。この近くの川辺にあっしの従弟がいるんでね、彼に頼んできますわ」 「なるべく早めに戻ってきてくれよ」 トルナーはシナゥにそう言い、シナゥは〈紅い砂漠〉の塩山から飛び去って行っ た。 シナゥが塩山の川辺を探っていると、よからぬ気配を察した。塩山よりやや近くの西 の方の森と集落と川辺の方だった。 それは森の方から十数羽の白雁の群れが出てきて、誰もがバタバタと翼をはばたか せてシナゥのいる森の上空に現れたのだった。 「み、みんな。どうしたんで?」 何があったのか、とシナゥは仲間の雁に尋ねてきた。 「か、怪魔だよ。怪魔が現れたんだよ! とてつもなく恐ろしいのが!」 一羽の雁がシナゥに向かって答えてきた。 「な、何だってぇ!?」 |
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