5弾・15話   一先ずは一件落着


 バラム共和国に行っていたデコリとトルナーを迎えに行ったレザーリンド王国王室
の最新高速飛行艇フォルテソフィアス号は一般の飛行艇の片道なら半日のところ、六
時間で移動できた為、デコリとトルナーがレザーリンド王国からバラム共和国の旅四
日目のうちに帰れたのだった。

 その後日、レザーリンド王城内のサロンで現代の救済者五人組が集まっていた。サ
ロンは壁と天井が白く黒い蔓草状のシャンデリアが吊り下がり、チョコレート色の絨
毯、テーブルも椅子も他の家具も黒い蔓草状の装飾であった。

「あーあ、わたしもバラム共和国の怪魔を見てみたかったわ」

 現代の救済者の中で集まれなかったパーシーがテーブルの上のプチケーキタワーや
マカロンタワーから次々と取りながら呟いた。

「何言ってんですか、パーシーは。外国が二教科も不合格だったから補習を受けてい
て当然だったんですから」

 パートナー精霊のフォントがきつく言ってきた。姉のウルスラと違って平凡である
パーシーはこの数日レザーリンド王国周辺国の語学はともかく、レザーリンドのある
ウォルカン大陸より北上のペルト帝国の言語や学術用語として用いられているイウス
語が苦手で試験の不合格の補習を受けていた。

「まぁ、怪魔に家畜を奪われた村の人たちは役人を目指しているダバンって人の調査
のおかげでジャングルの粘土を見つけてレンガとかを作って凌げられるようになった
から」

「ホントだよな。〈幸運は目の前にあらず〉だもんな」

 ジーナが事件解決後のバラム国の辺境の村人のその後を語り、ウッダルトが述べて
くる。〈幸運は目の前にあらず〉はエルザミーナのことわざの一つで、現代日本の
〈棚からぼた餅〉に値する。

「あとそれと、ぼくがダバンさんから受け取った闇のマナピースについて調べてみた
ら、闇のマナピースが製造も流通もしなくなった理由がわかったよ」

がわかったよ」

 エドマンドがサロンにいる面々に伝えてくる。それを聞いてされもが耳を傾けてく
る。

「闇のマナピースは古代では呪いや闇の者の召喚に用いりられていたからだ」

 それを聞いて誰もが「やっぱりな……」の表情をする。

「闇のマナピースは、わたしの世界でいうとこの黒魔術、悪魔降臨や呪怨がけに使わ
れていたっていうの?」

 稜加が尋ねてくると、イルゼーラが答えてくる。

「そうよ。今のエルザミーナでも原始的な生活を送っている民族は稜加が言うように
怪しげな術を使う習慣が現在でも行われているそうよ。闇のマナブロックは月に一度
の新月の時だけ出現して、闇のマナブロックの"声"が聞こえる浮彫師が闇のマナピー
スを作る。更に霊感の強い人物が闇のマナピースの操り手になれたそうよ」

「また書物の方もマナピースの資料は文面だけで、浮彫の紋様は描かれていない」

 イルゼーラと共に公務に励んでいたアレサナが補足してきた。

「それはそうと、闇のマナピースは光沢紙に包んで封印しよう。ガラシャ女王みたい
な輩に使われたら、これこそ大惨事だからね」

 エドマンドがそう言って説明してきた。かくして怪魔を闇の世界に送り帰す闇のマ
ナピースは両面とも真珠のような光沢を出す紙に包まれ、イルゼーラが特殊な箱の中
に入れて封印することとなった。

 バラム共和国の怪魔の件で集まっていた五組の救済者はまた各々の日常と場所へと
戻っていった。


 稜加はテスト期間中はエルザミーナに預けていたデコリを迎えに行ってからの五日
程、レザーリンド王国で親友イルゼーラのいる王城と恋人サヴェリオの実家のあるア
レスティア村を行き来しながら過ごしていった。

「それじゃあ、わたしとデコリは現代日本に戻るわ。アレスティア侯爵、デコリを預
かってくれてありがとうございます」

「ああ、達者でな」

 サヴェリオの父のアレスティア侯爵は稜加にいとまを告げた。

「稜加、またな」

「うん。次はいつになるかわからないけど」

 そう言って稜加はアレスティア侯爵邸の書斎でサヴェリオ親子に別れを告げると、
次元移動のマナピース〈パラレルブリッジ〉をスターターにはめ込んで発動させ、金
色の光に包まれてデコリと共に現代日本栃木県南栃木市の陽之原高校の女子寮に戻っ
ていったのだった。


 陽之原高校は稜加がエルザミーナに預けたデコリを迎えに行った時から三十分しか
経っていなかった。稜加と同室の丹深はまだ隣のロフトの布団で眠っていた。

 その後日にテストが戻ってきて、誰もがどの教科が上でどれが下かと口々に言って
いた。稜加は苦手の数学Tはギリギリで生活基礎や情報Tなどは八十点前後だった。

「ああーっ、くっそー! 数学と英語、追試しなくちゃなんねぇ!!」

「あたしも数学と英語と情報Tの追試だよ〜」

 碧登といすずがその教科の追試をしなくちゃいけないことに悲観した。

「あんなにわたしが教えてあげたのに、いすずちゃん、情報Tの追試って!?」

 清音が自分の教えは何だったんだ、といすずにつっこんできた(清音はどの教科も
上から数えて早かった)。

「どうしてこうなったんかねぇ……」

 同じく清音と上から数えて早い聖亜良が同じ班の二人を見て呟いた。

 それでも寮生は学校が終わっても自習を受け、日ごとに替わる当番を行い、授業や
クラブ、委員会を受けてきた。

 稜加は学校の平日の火曜日と木曜日にやる文芸部で執筆した生徒の原稿の誤字脱字
を探し、校内誌の製本に取り組んできた。月曜日は学校行事委員会に出て、テスト明
けの球技大会の会議に取り組んでいた。

 それからテスト期間の為、二週間延ばしていた実家への帰省。北関東は首都三県よ
りも早めの夏が訪れていた。暑くて梅雨も近づいていて湿気もあったけど和風な造り
のJR駅やモダンな町並み、他地方や外国人の観光客が賑わい、タクシーやバスなど
が自動車路を走り、渡良瀬川を架ける橋から涼しい風が吹く。

 稜加は久しぶりに織姫町を歩いてデコリがとても久しぶりに目を通した稜加の自宅
のある町はどんなんだったか、とデイパックの隙間から覗いて確かめて見た。

(やっぱりエルザミーナとは違うんだな、稜加と利恵子の世界って。マナピースもデ
コリ以外の精霊もないけれど、稜加のテストが終わるまでエルザミーナにいた時は思
っていたより長いと感じなかったな)

 湿気と暑さが混ざる中で稜加はJR駅から歩く距離の中、二週間ぶりに住宅街の中
の平屋のダークオークの板壁にえんじ色の屋根の家にたどり着いたのだった。

家では弟の康志が居間で服のアイロンがけをし、妹の晶加が自室で宿題をしていた頃
に稜加が帰ってきたのだった。

「リョーねぇ、テストやってたからって二週間も待たせやがって。夕飯(ゆうめし)は
リョーねぇがやれよな」

「デコリー、お姉ちゃん、お帰りなさ〜い」

 康志が帰宅してきた姉に嫌味を言い、晶加は久しぶりにデコリに会えたと喜んで抱
き着いたのだった。

「わかったよ、康志。ただいま」

 稜加は二週間ぶりに会った弟妹にあいさつした。もちろん仏間にある祖父母の遺影
にも声をかけ、夕方六時になると母の知晴が帰ってきて、稜加と一緒に夕食を作っ
た。筑前煮に使う根菜やこんにゃくや鶏ももを小さく切ったりなどと、両親が共働き
してからの自炊は高校の寮生活で進歩していた。

 夜七時になると父の銀治がクリーニング店を閉めて帰ってきて康志が風呂の準備を
した。夜七時半に入る頃は夕食が出来ていて、居間で全員がそろって食べた。今では
デコリも入れて。

「ふーん、そんなことがあったんかぁ」

 康志はデコリがエルザミーナに預けられていた時の出来事を聞いてうなずく。

「あっちの世界にも妖怪や悪魔なる存在がいて、それを解決する為にデコリくんは地
元民ともめ合っていたのか……」

 エルザミーナ界の南にあるバラム共和国で起こったことを聞いて銀治はそういうテ
レビドラマを見ているような感覚であった。

「父さん、エルザミーナは普通に人間と精霊が一緒に生活していける世界なんなか
ら、悪霊や怪魔がいてもおかしくねーんじゃ……」

 康志が父にそう言うと、晶加も加わってこう言ってきた。

「わたしたちの世界だって妖怪やUMAの特番や本があるから、怪魔もその分類に入
ると思うよ?」

「そうなのかな……」

 エルザミーナの旅人であった自分の母と違って、ずっと現実世界で育ってきた銀治
は現実思考の持ち主である。幽霊や悪魔や妖精が出てくるファンタジーよりも宇宙進
出や文明先進や人体改造を扱うSFの方を信じる性分であった。

 まぁ、何やかんやで学校休みの一泊二日の我が家は平穏であった。

 稜加は風呂上りに自分の部屋に入って押し入れから布団を出して、寝る支度をし
た。目覚まし時計はまだ夜の十時を示していたので、稜加は一時間ばかし寝るのを先
延ばしした。

 一緒に入浴していたデコリも稜加の方に寄ってきて、一泊分の着替えと数冊の教科
書と一緒に持ってきた本型の道具――スターターを開いて、更にデコリがバラム共和
国へ行く途中に身寄りがなく余命いくばくもない老女に新設したお礼のマナピースを
スターターのマスの一つにはめ込んで発動させた。

 するとスターターが軽く紫の光を発して、更に窓部分にエルザミーナにいる恋人、
サヴェリオの姿が立体的に映し出される。サヴェリオの他には何人かの兵士や城仕え
の人がいて座って食べていた。どうやら王城の食堂で昼食の真っ最中のようだった。

 このマナピースは超属性の〈テレパスリンク〉でレア度は星四つ。二枚一組のマナ
ピースで同じマナブロックから造られた物でしか共鳴できない。バラム共和国から帰
ってきた後で調べると、個人番号なしで通信可能であることがわかった。

 現実世界の電話にもなるマナピースはスターターもしくは筒型通信機体と個人番号
を使わないといけないが、〈テレパスリンク〉は地底だろうが上空一万メートルだろ
うが別次元だろうが通信できるのだ。

 それで〈テレパスリンク〉は稜加とデコリ、サヴェリオとトルナーが所持しあうこ
ととなった。

「サヴェリオ、わたし久しぶりに自分の家に帰ってきたんだ。テストが終わったから
ね」

 すると映像のサヴェリオが返事をする。

『そうか。ご両親も弟も妹も元気か? おれは相変わらず被災地の派遣とかだよ』

 サヴェリオはこう答えてきたのだ。〈テレパスリンク〉は超属性である為、違う場
所にいてもお互いの国や次元の言葉で翻訳されるようだった。

 後でわかったのだが、デコリとトルナーに〈テレパスリンク〉のマナピースを委ね
た老女はバラム共和国から帰ってきてから三日後に亡くなっていたと稜加とデコリは
派遣された兵から聞かされた。また老女には本当に身寄りがなかったので、村の共同
墓地に葬られていた。老女の件は残念だったが、弔われたのが救いだった。

『稜加はテストが終わったら次はどうするんだ?』

「うん、六月に入ったら一年生は校外学習で群馬県にある赤城って所に行くことにな
ってね……」

 稜加は予定した就寝時間になるまで、サヴェリオと会話し合った。

 現実世界での稜加の高校の寮と自宅、それからエルザミーナ世界で恋人や友人と過
ごす――。それが稜加の日常と化していた。

今回の件は思っていたよりやることが多かったが、今は一先ず平穏の時に留まらせて
おこう。


〈第5弾・完〉