2弾・10話 康志と俊岐


 北関東の春初めの空は南関東よりも冷たく感じるが、街路樹や建物の敷地内の木の枝には芽が吹き花の咲く木は白や桃色の蕾をつけていた。

 地元の織姫東小学校を卒業してから二週間が経ち、玉多俊岐は四月から通う織姫中学校の入学説明会に参加したり、町内会のゴミ拾いや町内イベントの群馬県伊勢崎市の遊園地来訪に加わったりと過ごしていた。

 俊岐の家は織姫町の東地区の町中にある玉多整骨院を営む父と医療事務を担う母、父の後を継ぐために医学大学に進学した六歳上の兄、四月から受験した群馬県太田市の太田高校に入学が決まった姉が俊岐の家族である。

 俊岐は幼い頃からサッカーが好きで小学四年生からサッカー部に入り、六年生にはレギュラー入りして織姫東小学校のフォワードになり、小学校の地区大会で準優勝まで行った程の実力の持ち主である。

 俊岐の家は整骨院であるが、両親が営む整骨院は自宅と織姫東小学校の間にあり、自宅は表に二車線のある住宅街の中にあって二階建てのソーラーパネルのあるモダン洋風の一戸建てで屋根はダークグレーで壁は灰色、庭には白いコブシの木が植えられていた。

 俊岐は中学生になる身とはいえ、春休みのこの時は兄は高校時代の友人と短期旅行に出かけており、姉は女友達と外食映画館に行っていて、両親も休診の日曜午後と木曜日以外は整骨院に勤めていた。俊岐の友達は塾の春講習に行っていたり家族で旅行や法事があってとてつもなく暇だった。

 家にいても勉強する気はなくサッカーをしたい気持ちもなかった。行き詰っていたテレビゲームは三日かけてラスボスクリアをしてしまったし、好きな漫画の発売日は一ヶ月後……という具合だった。

「折角の春休みなのに、みんなして何だよ」

 自宅の六畳間のベッドの上で俊岐は転がっていた。昼食は幸い母がレタスチャーハンを作ってくれていて、それの付け合わせとして簡易サラダとインスタントみそ汁で空腹を満たした。

 この時三月三十一日でその翌週が入学式で、いつもとは違う車のエンジン音が聞こえてきたので俊岐は自分の家の近くだと気づくと窓から顔を覗かせた。

 玉多邸は共同駐車場より東の道路の真向い側で駐車場の西の道路に引っ越しのトラックと千葉県ナンバーの乗用車が停まったのだった。

(新しい住人か? 停まっている先は……)

 俊岐の家から歩いて三分もかからない場所のえんじ色の屋根にダークオークの板壁の平屋の一戸建ての家だった。

「あそこって確か、二車線道路の前にあるクリーニング店のおじいさんが住んでいた……」

 俊岐はここ三週間の間に起きた近所の出来事を思い出す。

「あの家に住んでいたおじいさんが店の作業中に倒れて入院したけど亡くなって、葬式は市内のセレモニーホールでやった後に、おじいさんの子供の人たちが家の中に入っていったんだよな。んで、そしたら……」

 俊岐が記憶を引き出そうとしたが、次に自動車から夫婦と三姉弟が出てきたのを目にする。長女、長男、次女といったところだろう。このまま様子を見ようと思っていたら、家電が鳴ったので俊岐は急いで電話に出たのだった。

 電話は塾が終わった友達からの誘いで一緒に遊ばないかと言われて、俊岐はそれに応じて家を出ていった。引っ越しトラックから運び手が家具や家電を家の中へ運び、一家も乗用車から荷物を取り出して家の中に運んでいるのを目にしてから俊岐は友達のいる市民会館前の公園へ自転車で向かっていった。

 新しい住人が来た日の夕方に俊岐は帰宅し、同じく病院から返ってきた母から引っ越してきた一家のことを教えてもらった。

「今日引っ越してきた一伊達さん、おじいさんが亡くなったから息子さんが奥さんとお子さんを連れてきて店を継ぐことになったんですって。一番上の女の子が俊岐と同じ学年で同じ織姫中学校に入るから、この町のことを教えてやってちょうだい」

「そうなんだ。でも中学生が同じだからって、町の新入りの女の子におれが教えるってのもなぁ……」

 俊岐は母からそう言われるも何か恥ずかしいと思って口ごもる。

「何を言っているの。稜加ちゃんは昨日まで住んでいた千葉県を離れて新しい土地で暮らすことになったんだから、生まれてからずっと織姫町に住んでいる人たちがサポートしなくちゃいけないのは当然でしょ」

「それはそうなんだろうけど……」

 せめて男同士なら上手くやれそうだけど、女の子となると周りから変に思われるんじゃないかと俊岐は思ったが口に出さなかった。


 次の日から一伊達家は織姫町に住みだし、夫妻は後日から始める店の準備と市役所に尋ねたりと忙しく、家の中にいる子供たちはまだ続いている荷物の整理をしていた。ようやく三日目の午後で三姉弟が家を出て引っ越し先の新しい町の公園へ向かおうとしだした。

 しかし住宅街はどこも似たような家の並びと道の造りで三姉弟はどこが公園だとうろつきまくっていた。そんな一伊達姉弟を救ってくれたのが俊岐だった。

「一体どうしたんだよ。何度も同じとこをウロウロしまくってて」

 弟妹を連れて公園に行こうとしたら迷ってしまい、稜加は声をかけてくれたのが先住の男の子だと気づくと戸惑った表情をして返事をする。

「え、あの、えっと……」

「いいから来いよ。ここから近い公園の場所を教えてやっから」

 俊岐は稜加姉弟を促して自宅から近い公園の道案内をしてあげた。歩きながら稜加は俊岐に礼を言った。

「あ、あの、ありがとう……」

「いいんだよ。おれも暇だったし。おれ玉多俊岐。もうすぐ織姫中学校に入る」

 俊岐は名乗ると稜加の脇を歩く弟妹が自己紹介をする。

「おれ、一伊達康志っていいます。初めまして」

「あたし、一伊達晶加。初めまして」

 弟妹があいさつしたのを目にして稜加も俊岐に自己紹介をする。

「あ、改めて、は、初めまして。わたし一伊達稜加。わたしも織姫中学校に入学するの……」

 そんなことをしているうちに一柳家から近い距離の町中公園に到着した。町中公園にはポプラやマロニエなどの樹が植えられ、公衆トイレや自販機、ブランコに滑り台にジャングルジムに鉄棒の遊具、ベンチもあって晶加と歳の近い子とその母親、康志と同じ位の男の子が二、三人いたりの様子であった。

「じゃ、おれはここで。帰りは自分たちでやれよ」

 そう言って俊岐は稜加姉弟と別れていった。


 二日後には康志と晶加が転入先の小学校と幼稚園の送り迎えをすることになった稜加であったが、やはり俊岐に案内を受けてもらい遅刻せずに済んだ。

 稜加一家が織姫町に引っ越ししてから一週間目には稜加も織姫中学校に通うことになったが、康志と晶加を小学校と幼稚園に送り届けた後、俊岐がやはりリードしてくれたのだった。

「三度も助けてもらっちゃって、本当に申し訳ないよ……」

 稜加は俊岐に礼を言うと、俊岐は稜加より五歩先にいながら稜加に返事をした。

「母さんに言われたんだ。新しい住人は助けろ、って……」

 稜加と俊岐の住んでいる場所から北東へ歩いて東小を中間に西へ十五分先の場所に織姫中学校があり、男子は黄色い縁取りの黒い詰襟とスラックス、女子は黒いブレザーに赤いリボンタイ付きの白いシャツと黒白千鳥格子のサイドタックスカートの制服をまとっていた。

 稜加は幕張市にいたら襟とネクタイが白い紺のセーラー服を着られると思っていたら、まさかの引っ越しで織姫中学校の制服を着なくてはならないと知った時は着ようとする気が起こらなかったが、思っていたよりレトロだがスカートの柄が良かったので気兼ねなく着れた。住んでいる場所は俊岐と同じだが中学校の一年目と二年目は違うクラスであった。

 一伊達一家が栃木県織姫町に来てから二、三週間経った頃、俊岐は母から総菜をたくさん作ったから一伊達家にお裾分けを届けるようにと言われた。

 俊岐は中学校に入学してから間もなくサッカー部に入った。一年生の時はボール磨きや基礎体力作りや先輩の試合の後片付けといった役目であるが、実力次第で一年生でも補欠入りに選ばれることもある。

 俊岐は母が作った総菜をタッパに入れて共同駐車場の角を西に曲がったえんじ色の屋根にダークオークの板壁の平屋の一伊達家を訪問する。玄関の反対側の居間とその隣の台所とおぼしき部屋には照明がついていた。

 ピンポーン、とインターホンが鳴ったので台所で夕飯の野菜を刻んでいる稜加は居間で夕方の再放送のアニメを晶加と一緒に観ている康志に言った。

「康志、出てくれない? お姉ちゃん手が離せないから〜」

 姉に言われて康志はしぶしぶと立ち上がって玄関に向かっていった。玄関の戸を開けると稜加と同い年の少年が立っていたのだ。

「こんばんは。玉多だけど……」

 康志は俊岐を見て引っ越してきたばかりの自分たちを助けてくれ同じ近所に住むお兄さんだと感知した。

「あ、ああ。玉多さんとこの……。こんばんは。何か?」

「これ、うちの母さんから家の総菜のお裾分け。良かったら食べてってくれ」

「わざわざありがとう……。あとでお母さんたちに言っておくよ」

 康志は俊岐から総菜のタッパを受け取ると、俊岐は康志に尋ねてくる。

「だろうな。一伊達のお母さん、夕飯作っている最中だしな」

 俊岐が言ってきたので康志はこう答えてきた。

「違うよ。夕飯を作っているのはリョーねえだよ。お母さんはお父さんと一緒にクリーニング店にいるんだよ」

 それを聞いて俊岐は目を丸くする。まさか姉弟の年長とはいえ、中学生の稜加が夕飯準備をしていることを。

「そ、そうか。おれは帰るよ。またお裾分け持ってくるかもしれない」

 俊岐は一伊達家を去り、西日が沈みかけて空も暗くなる中を早足で帰っていった。


 一伊達家に総菜のお裾分けをした日から俊岐は稜加の家では夫婦が働いていて年長子である稜加が家事をやっていて、弟と妹と家で過ごしていることだと知ったのだった。

 とはいっても同じ中学の同学年で俊岐と稜加は別のクラスで、クラブや委員会も違っていたので二人が中一の時に同じなることは少ない方だった。俊岐はサッカー部で朝練や土日の練習もあって稜加と関わる機会はなかったけれど、中一の四月終わりに俊岐はクラブの日は休みでいつもより早く帰宅出来たが、母からお使いを頼まれて織姫町内のスーパーマーケットに来ていた。

 夕方は老若男女の多くの客が来ており、俊岐は買い物メモの商品を店内カゴの中に入れていると、偶然店内をうろついている康志を見つけたのだった。

「あれっ、一伊達の弟……。どうしてこんな所に?」

 俊岐は康志を見つけて訊いてくると、康志は俊岐と目が合って駆け寄ってくる。

「あっ、玉多のお兄ちゃん。リョーねえと晶加見なかった?」

 どうやら康志は姉妹とはぐれたらしい。俊岐は康志と一緒に稜加と晶加を探すことに。

「なぁ。一伊達って家や学校で何やってんだ?」

 俊岐は康志に尋ねてくると、康志は一瞬思い出して返事をする。

「おれんち、お父さんとお母さんが亡くなったおじいちゃんの店を継いで働いてるんだ。リョーねえが掃除や洗濯の干し畳みや夕飯作りをやってんだ」

「クラブと委員会は?」

「委員会と店の休みが水曜日だから保健委員会に入ったよ。だけどクラブは入っていない。家事があるからって、学校の先生に免除もらってね」

 稜加の家の事情を俊岐は納得した。稜加とクラスは別だが自分の知らない間は何をやっていたのかを。

「あのさぁ、玉多のお兄ちゃん。おれの友達になってくれないかなぁ。転校先の小学校でも友達できたけど、近所に年の近い友達がいないからさ」

 それを聞かれて俊岐は一瞬驚いたけど、俊岐は末っ子だし一伊達家と玉多家の近所には俊岐と稜加姉弟の同世代がいなかったのを思い出してから答えた。

「ああ、いいぜ。お前の友達になってやるよ。おれのことは俊岐って呼んでいいから」

「やったぁ。ありがとー、俊岐兄ちゃん!」

 二人が話し合っていると、歳の離れた姉妹が康志と俊岐を見つけて小走りしてきた。

「やっと見つかった〜。康志、探したんだからね。あっ、玉多くん。康志を見つけてくれてありがとう。じゃあ、またね」

 稜加は康志と晶加を連れて会計レジコーナーへ向かっていった。

(姉弟の一番上とはいえ、一伊達は健気だな。本当はクラブもやりたかったんだろうけど、弟と妹の世話をしながら家事をやっているのは……)

 自分はまだ恵まれている方だ、と俊岐は一柳姉弟の様子を目にしながら感じていた。

 それから康志と俊岐は休日の時は一緒に公園で遊んだり、漫画やゲームソフトの貸し借りやレンタルDVD店へ行くような関係になった。康志は姉妹に囲まれて育ったからか、俊岐が兄のように思えて俊岐も弟が出来た感じで嬉しかったのだ。

 それから二年後、稜加と俊岐は高校進学を迎える受験生となり稜加の事故がきっかけで康志が姉に替わって家事の大方を担うようになった。それでも二人の友情は変わることなくあり続けていた。