3弾・12話 二度目の旅の後のエルザミーナ人


 一伊達稜加が〈霊界の口〉での件を終えてまた向こうの世界へ帰っていってから。エルザミーナの東のウォルカン大陸の内陸にあるレザーリンド王国では、農夫は土を耕して種をまいて水をかけてこれからの季節の作物を育てていく頃になっていた。

 東部内にあるチェチア州の北西にあるカンテネレ村。森の周囲に村が造られ、人々は円筒形の三角屋根の家で暮らして樵は木を切り牛や豚や羊などの家畜を飼育している業者は野原へ連れていって放牧させて、薬草師は薬になる野草や茸や木の実を調合して注文者に手渡して糧を得ていた。

 モスグリーンの屋根に薄茶色のレンガ壁がジーナ=ベックの家だった。ジーナは父が早くに亡くなった為、ジーナが樵となって稼ぎ頭となり、母は洗濯や炊事などの合間には機織りをして村人や他の村へ売っていた。ジーナの母が織る布は地味な色と柄だが長持ちする。年上の弟ダールと妹ニーナは長姉と母が他所へ行っている間に下の弟ヴァールと妹フィーナの面倒を見ながら母に代わって家事をしていた。

 だけど長女のジーナがイルゼーラ女王からの召集を受けて〈霊界の口〉から超属性のマナブロックをいくつか手に入れて、それらを市井や地主に売ったら金貨三〇ルーになって数ヶ月は余裕な額が手に入り、ベック家は家具や衣服、なべなどの金属製品の古くなって破れて壊れた物を新しい物に替えられたのだった。

 ジーナはウッダルトと共に毎日森へ行って木を切りに行って、それを村まで運んで依頼人に渡して報酬の現金か食糧か調度品と換える或いは細かくした木を薪にして村人に必需品と交換する生活をしていた。

「ジーナ、これから暑くなるぞ。夏になると嵐も多くなるし」

 ウッダルトがジーナに言った。ジーナは母親が作ってくれた手提げかごの弁当のパンやハムやチーズを齧りながら返事をした。

「あたしゃ二年前から父さんに代わって樵やってんのよ。嵐の日には休めることが出来るからいいでしょ」

「そういうもんかなぁ」

 ウッダルトは心配してジーナに言ったのだが、ジーナはこう返事をしてきた。

「あたしが樵やっててケガしちゃったりしたら、母さんも妹も弟も大変になるとわかっているからさ、ずい分と前から貯金しているの。今はそんなにないけれど」

「貯金?」

 ウッダルトはジーナが貯金していることには初耳だった。

「薬草師学校に入るか薬草師の資格試験のお金をね」

 ジーナは勉強は苦手だが亡き父や他の村人から教えてもらった薬草の知識には恵まれていたので、病気やケガをしたらの保険として薬草師学校か薬草師の資格を得る為の試験料金及び参考書購入の貯金をコツコツやっていたのだ。

「まぁ、確かに薬草師でも食っていけるよな。そしたらダールに林業を学ばせた方がいいかな?」

 ウッダルトがそう言うと、ジーナは一番上の弟がやってくれるかまではわからないと思いつつも、樵の仕事がやれなくなるまで樵を続けようと意に決めていた。


 レザーリンド北部のインブリフ州アルヴァ山の集落にあるマナピース工房では、エドマンド=フューリーと精霊ラッションはマナピース作りとその雑用に取り組んでいた。

 マナピース工房はマナブロックを四角い板状のピースにする機械は巨体の先輩、レフィード=ピッツが上手く平等に切り分けており、ひょろ長に丸眼鏡の先輩チェッコ=マンゾが板状になったマナピースの粗を減らす為にヤスリを使って削っていた。最後に浮彫師のエドマンドが彫刻刀を使って属性とその板の状態に合わせた浮彫を彫っていた。

 浮彫されたマナピースは四角い顔に口髭のデュルト親方が一枚ずつ粗削りや浮彫の模様、数のばらつきがないか確かめていた。点検が済んだマナピースは箱詰めにして発注先の店や地域に送るのだ。

「召集で何日も工房を空けていたとはいえ、その分働いてもらうぞ!」

 親方やレフィードに言われてエドマンドはせっせと働いた。もうすぐ暑い時期になるところだが工房は涼風のマナピースを壁付の装置に入れていたから問題なかった。それからエドマンドが〈霊界の口〉から超属性のマナブロックを少量だが持って帰ってきてくれたのには誰もが大いに喜んだ。超属性は売ればそれ也の額になるからだ。

 ラッションは人間たちが働いている間に窓拭きや床磨き、埃掃きや休憩のお茶とお茶菓子の用意に勤しんだ。

 エドマンドがレザーリンド城から帰ってきてから三日目の午後休憩の時だった。エドマンドや親方たちはラッションが入れてくれたベリーティーと焼き菓子を口にしていると、レフィードがエドマンド不在中に浮彫の穴埋めに来てくれた人物のことを話してきた。

「エドマンドが女王さまに呼ばれてから丁度次の日だった。おれたちや親方はマナピースの研磨だけをやって、エドマンドが帰ってきたら浮彫を頼もうとしたんだ。そしたら工房に見知らぬ人がいてな、自分に浮彫をさせてくれって頼んできたんだ」

「その人って?」

 エドマンドが訊くとデュルト親方が語ってきた。

「若い女だったよ。それも美人でな。華奢な体つきだったからマナピースの浮彫という力のいる仕事なんて向いてなさそうなのが第一印象だった。試しに一日だけ頼んでみたら、浮彫を丁寧にやってくれたんだよ。

 見た目は貴族のお嬢様っぽいのに、掃除も片付けも調理も一般の娘さんのようにこなしていたよ。そしてお前が帰ってくるとわかるとお暇したよ。名前は……なんていってたかな」

 親方が頭をひねっているとチェッコが言ってくる。

「確か……、カタリナだったかカロンヌだったと思いますよ」

「そうそう。その"カ"のつく娘さんがエドマンドのいない時に工房の助っ人に来てくれて助かったんだよ」

 親方の話を聞いてエドマンドは自分の知らないうちに工房でこのような出来事があったのには知らなかった。


 エドマンドの住む地域の西隣のカトラージ州の南部にあるオスカード市の真北隣にある白と茶色のタイル造りが多いヌフェール市の一角。

 大学並の敷地に校舎の他には学生寮や運動校舎もある国立ゼネカ学院。生徒たちは男子は黒い半袖シャツに白いボタンベストとグレイッシュブルーのスラックス、女子は黒い半袖ブラウスに白いロングベストとグレイッシュブルーのハイウェストスカート。男子の襟のスカーフと女子の襟のリボンタイの色は学科ごとに色分けされていた。

 パシフィシェル=ウォーレスはその学校の生徒で総合学科の証の黄色いリボンタイをブラウスの襟に下げていた。

 パーシーがオスカード市に戻り、またゼネカ学院に通いだして、また学校があと七日で修了式になって長期休みに入る頃、パーシーは職員室で学校を休んでいた時のレポートを担任のスザンネ=ヘクター先生に見せていた。職員室は教室よりも広くて教員たちがデスクワークをし印刷機を動かしてプリントを作り通信に出る様子が見られた。スザンネ先生は栗色の巻き毛が室内の涼風によって揺れていて瑠璃色の眼でパーシーの課題レポートを読んでいた。

「内容は『キレール州イニャッツォの町における生活状況』ね。成程。そこに行って調査報告をしてきたのなら合格点をあげましょう」

「ありがとうございます」

 パーシーは学校休みの補習の免除のレポートを出すことが出来て安堵した。長期休みに入ったら前学年の復習などの宿題が出てくるけれど、新学期までによく過ごせそうだと思った。パーシーが職員室を出て廊下を歩いていると、アッシュブロンドを小高いアップにして赤茶色の垂れ目に左目下に泣きぼくろにそばかす顔の少女が教室の出入り口の前に立っていた。

「ヴァリー!」

「お帰り、パーシー」

 そばかす顔の少女はヴァレリア=サンティ。通称ヴァリーでパーシーの友人であった。

「先に帰ってても良かったのに」

「今日は家の人が遅くなるから、普段家にいるママもブティックの人との話し合いで時間かかるって」

「そしたらどうするの?」

「駅前の商店街でお菓子食べようよ」

 ヴァリーが下校時の暇つぶしを出してきた。ところがパーシーは、

「わたし、お姉ちゃんと帰らないといけないから……」

 パーシーは登校も下校も姉と一緒でまさか同い年の子と同行するなんて思ってもいなかったのだ。すると二人の会話中に一人の少女が入ってくる。パーシーと同じ藍色の髪を二本の三つ編みにして丸眼鏡をかけて黄褐色の垂れ目、制服のリボンタイは紺と白の縞模様で商業科の証であった。

「わたしがどうかしたって?」

「お、お姉ちゃん!」

 パーシーの姉、ウルスラだった。

「あ、どうも……」

 ヴァリーはウルスラにあいさつをする。

 そこでパーシーとウルスラとヴァリーの三人でゼネカ学院の最寄り駅近くのカフェで一息つくことにしたのだった。ゼネカ学院の最寄り駅の東ヌフェール駅は北口も南口も飲食店や商店が建てられ、ゼネカ学院の生徒の他にも大学生や他の上級学校生、ヌフェール市勤めの大人たちが集まっていた。

 その一つのカフェで三人は今日のおやつをいただいた。パーシー一行の他にも若い女性やカップルの客が来ており、パーシーはイチゴヨーグルトのマーブルババロア、ヴァリーは白いバニラアイスに青いソーダのフロート、ウルスラはブラックコーヒーに米粉シフォンケーキでコーヒーを飲んでからケーキを一すくいずつ食べていた。

(何か、友達やお姉ちゃんとそろって食べるのって珍しいよなぁ……)

 いつもとは違うことをやってパーシーはそう感じた。ゼネカ学院に入ってからのパーシーは一人で昼食を食べていたし、同い年の子もしくは姉と過ごしたことなんてなかった。

 救済者の時は同じ立場同士だったから王族であるイルゼーラや異世界人の稜加、すでに働いていて年上のジーナとエドマンドと同じ席で食べて同じ場所で寝て行動するのはその時だけだったからともかく。

(だけど、こうやって友達やお姉ちゃんと過ごすのも)

 ゼネカ学院では優等生ウルスラの妹として見られていたパーシーは姉にヤキモチを焼くこともあって相手を信用することが出来なかったけれど、番組や本の物語のこういうシチュエーションに憧れていたのだと自覚したのだった。

 パートナー精霊のフォントはウォーレス邸で姉妹が帰ってくるのを待っていたが。


 円状の外壁に守られ、六ヶ所に城門が設けられ、三角屋根の塔がいくつも本殿から生えるようなピンクブラウンの外壁に青緑の屋根、レザーリンド王城。

 城内では女王としての役職に戻ったイルゼーラが甲斐甲斐しく働いていた。稜加とデコリがエルザミーナに来訪して〈霊界の口〉で近衛隊長だったマルクスは大臣や将校、他の近衛隊員との討論で王立監獄に護送してからのことだった。

 イルゼーラは女王といえど何日も城にこもっているとストレスを感じて、私室のベッドにどさっと横たわる。

「イルゼーラ、せめて横になるのならドレスから着替えてからにしてくださいな」

 アレサナが注意してきてイルゼーラは呼び鈴を鳴らして白いヘッドフリルを頭にかぶり白いフリルエプロンに紺色のワンピースをまとったメイドが一人、イルゼーラの私室に入ってきた。

「失礼します、陛下」

 レザーリンド王城には兵士・大臣・メイドなどの使用人がざっと五〇〇人もいる。兵士や使用人は人員が欠ければ城下町や国内に募集の広告を出し、中には志願者も出てくる。大臣や将校は親族からのコネもあれば一般人の使用人・兵士から格上がりする者もいる。メイドは掃除要員でも女王・大臣の世話係でも王族に仕えられる誇りがもてるのだ。

「寝間着を持ってきてちょうだい。薄いピンクのサテンにフリルが付いたのを」

「かしこまりました」

 メイドがイルゼーラの元から去るとアレサナが言ってくる。

「夜までまだ時間ありますわよ?」

「うん……。だけど夕暮れになるまで休眠させて」

 女王だけど一人の十代の若い生娘であるイルゼーラでも流石に公務や政務には音が出てしまう。最近行ってきた〈霊界の口〉の近くのイニャッツォの町の生活改善の件まで加わってしまったのもあって。イルゼーラはメイドが持ってきてくれた寝間着に着替えると夕暮れになるまで休眠したのだった。

 イルゼーラの従兄であるサヴェリオ=アレスティアはマルクスの暴行を止めて捕まえた手柄として近衛兵長に昇進した。王城内の敷地で一等から三等兵の鍛錬に指示を出し、手を抜く者やへこたれる者にはビシッと注意を出してきた。

「手を抜くのは心がたるんでいる証拠だ! 周りについていけないようだったらこの国や人を守れずすぐに退場してしまうぞ! 努力と忍耐が兵力を築き上げるんだ!」

「は、はいっ!」

 兵隊は位が上がれば立場や給料だけでなく、その役職に対する自覚と責任感も上がってくる。サヴェリオは兵長としての威厳を見せておくと決意した。

 二人一組で組手をする鍛錬には兵士たちに向かってこう指示した。

「訓練だから面倒だと思っているからやる気がなくなるんだ! 目の前の相手を敵だと思え! 本当の戦を頭で描いて動くんだ!」

 サヴェリオのこの言葉で兵士たちは真面目に組手に取り組んでいた。夕暮れになると兵士の訓練が終わって、兵士たちは次々に城内の一般共同浴場に向かっていった。

 サヴェリオもひと汗かいて湯あみした後、兵士と使用人が利用する食堂で腹ごしらえをした。城内食堂は王族や使用人が使う豪勢な食堂と違って、座れる長椅子が長い食卓が並んで百人が座れて兵士・使用人は安い金属製の食器でスープやパンや粥やサラダを平等に入れて空いている席に座って食べる。兵士とメイドの中には仲良くなる者もいて、羨ましがられたりからかってくる者もいた。

 レザーリンド王城の大広間から出たバルコニーでサヴェリオは夜には涼風の吹く場所で夕暮れまでの鍛錬で火照りと食堂での騒がしさをほぐす為に大の字になっていた。

 そこから見える瑠璃色の夜空にはいくつかの星々が瞬き、一等星と二等星以下をつなぐと一つの星座になるものもあって、月は十六夜で白銀に輝いていた。

「あら、あなたもここにいたのね」

 サヴェリオが一人でバルコニーにいると飛び跳ねたように起き上がって顔を上げると、簡素なドレス姿のイルゼーラが現れた。

「何だよ、驚かせやがって……」

「小さい時みたいなこと言ってきて、わたしもサヴェリオも静けさを求めるところは同じなんだから」

 イルゼーラはバルコニーの手すりに身を寄せ、二度目の旅の件についてを思い返してきた。

「ねぇ、二度あることは三度あるって信じる?」

「え? もしかして他に災厄が?」

 サヴェリオが訊くと、イルゼーラは首を横に振る。

「そっちじゃなくって、いい方のこと。運命とか奇跡とか」

「運命? 奇跡? そう言われてもなぁ……」

「わたしはね、稜加と出会えてガラシャから国を取り戻せられたのは運命だって信じているの。運命の相手は異性だとは限らないっていうじゃない?」

「もしかしてイルゼーラって、稜加と二度会えたのは運命で奇跡と言いたい訳?」

 イルゼーラは軽くうなずいた。

「運命の、相手かぁ……」

 サヴェリオは呟いた。稜加とまた旅に出ることになったのは偶然よりも運命なのだろうとサヴェリオにそんな思考が出てきた。

 こうして稜加の中学三年生の夏と今のエルザミーナの救済者たちの二度目の旅はここで終わるのだが、三度目の旅と運命と奇跡はもっと先のこと……。