5弾・6話   稜加は初めて、現実世界で旅する


「それで稜加のばあさんのルーツを探しに、ばあさんの生まれ故郷に行くことにした
のかよ」

 レザーリンド王国の城下町をぶらつきながら、サヴェリオが稜加に訊いてきた。城
下町は建物の中の店、屋台で色々な物が売られていた。食べ物屋からスパイスのきい
た肉料理やパンの焼ける匂い、花屋からはかぐわしい香りが漂い、今は春が始まった
頃で、白やピンクや黄色の花が中心で鉢植えのクロッカスやヒヤシンスもあった。

「うん……。おばあちゃんは、わたしより前の救済者だったとはいえ誰にも教えない
まま亡くなったからね。わたしは利恵子おばあちゃんの孫なのに何も知らなくて…
…」

 売り買いする人や走り回る人の中で稜加はサヴェリオにしか聞こえないように話し
た。稜加は家族にエルザミーナやデコリたち精霊のことがばれてしま多日の夜、誰も
が寝入った深夜に一人でエルザミーナに来たのだった(デコリは熟睡していたので日
本の栃木県の自宅に残してきた)。また服装もパジャマのままで行くのも寒くて格好
悪かったので、自宅の押し入れからヘンリーネックの藍色のスウェットワンピースと
靴下と帰省の時に履いてきた靴を身に着けて、レザーリンド王国のイルゼーラの自室
に来たのだった。

 稜加はイルゼーラがまた公務中なので恋人であるサヴェリオを頼って、サヴェリオ
は他の近衛兵を城に残して自主練の命を与えて、城下町のデートに出たのだった。サ
ヴェリオも律義に訓練用の軍服から普段着の赤いジャケットと中シャツとズボンに着
替えてくれた。

「稜加のばあさんがあと十年くらい生きてくれていたら、利恵子さんがエルザミーナ
の救済者になった訳や自分の生い立ちを教えてくれていたのにな」

「仕方ないよ。おじいちゃんもおばあちゃんも老体による内臓疾患だったんだもの。
せめて死後の世界とのやり取りが出来ていたらなぁ」

 稜加がそう呟くと、ふと気づいた。そういえば二度目のエルザミーナ来訪の時、レ
ザーリンド王国内のキレール州にある〈霊界の口〉で悪霊と戦ったことを思い出し
た。

「確か……〈霊界の口〉って文字通り、霊界つまり死後の世界と関係があるんだよ
ね!?」

 稜加はその疑問をサヴェリオに尋ねてきた。

「ああ。〈霊界の口〉っていうからな。死後の世界とつながっている……のは確かな
んだけど……。おれは民俗学はそこまで詳しくないからな」

 その時サヴェリオが思いついたのは、ある施設のことであった。

「あそこに行けば、霊界関連の本が見つかるかもしれない……」


 サヴェリオに連れられて稜加が訪れたのはレザーリンド国立図書館であった。エル
ザミーナの各国には図書館が多数点在しているが、王都や共和国の主要都市には国立
図書館が設けられていた。レザーリンド王国の国立図書館は城下町を出て南下一キロ
先にあった。

 国立図書館は大学と同じくらいの敷地にレンガと金属材と表裏でガラスの色が違う
合わせガラスを使った二階建ての建物で、住人や精霊が多く利用していた。

中も稜加の世界の図書館と違って児童書室や成人図書室、雑誌・新聞室とジャンルご
とに壁で区切られていた。稜加の世界の図書館なら本棚によって分けられているのに
対し、エルザミーナ界ではきっちり部屋があてがわれていた。しかもご丁寧に各室に
は図書館員が必ず数人いて、時間ごとに受付や書棚整理などの仕事を交代していた。

「ええ〜と、霊界にまつわっていそうな所は……、この辺りかな」

サヴェリオは風土・習慣資料を見つけて、その部屋の中に入る。図書室内は壁付けが
十段、床に設置された本棚は十二段で背の低い人が高い段に届くように脚立や踏み台
もあった。

 本は作者のアルファベット順、もしくは版元のアルファベット順に置かれており、
何より本棚が普通に梯子(はしご)状になっているのではなく、Vの字にくりぬいたよ
うな構造になっていることであった。レザーリンド王国などは本の題名が横に刻まれ
ているため、梯子状の本棚だと題名を読み取るために首を曲げなくてはならないから
だ。一般家庭では梯子状の本棚がよく使われているが、これは図書館程の本の量では
ないからだ。

「どうっせなら、この辺りがいいんじゃないのか? 『冥界入門』や『死者との交信術
42』。それと『初心者向け霊媒』。まぁ、稜加はヴェステ文字の読み書きが出来るか
ら大丈夫だろ?」

 そう言ってサヴェリオは本棚から三冊ほどの本を取り出して稜加に渡してきた。そ
の本は現実世界の新書版ほどの大きさで、しかも一〇〇ページ位の軽い本だった。図
書館内の各室には机と椅子もあって、稜加はもしものために持ってきたルーズリーフ
とペンケースのサインペンで霊界や死者とのやり取りの重要になりそうな箇所を書き
写すことにした。

 レザーリンド王国とその周辺国ではヴェステ文字という現実のABCによく似た文
字を使って生活し、稜加もエルザミーナに来た時にヴェステ文字の読み書きを学ん
で、更にヴェステ文字を日本語に訳すという方法を習得していた。

 しかしサヴェリオがすすめてくれた本を読んでみると、「新月の夜に十三本のろう
そくをともせば死者と交信できる」とか「死者の鉱物である誕生前の鳥の雛もしくは
獣の胎児の血が必要」とか「真夜中の十二時に暗闇の中で自分の姿を鏡に映せば死者
とやり取りができる」といった結構怖い内容だった。

(もっと安全なのはないの〜!?)

 稜加がそう思って『冥界入門』をめくっていると、木を使った方法があることに気
づいた。それは死者が宿る木で作った人形に呼びたい死者の名前を刻んで塩水に漬け
ることで死者と交信できるという方法だった。

「これなら、わたしでも出来そうだな」

 更に死霊が宿る木を調べていると、樫や白樺や柊などといった魔よけの効力のある
木だった。


 稜加はエルザミーナでの祖母に関する情報を集めた後、現実世界の真夜中の自宅の
私室に戻り、ワンピースを脱いでパジャマに着替えて、傍らでデコリが眠っている布
団に入って明日のつくば市行きに備えて寝入ったのだった。

 稜加は大きめのドラムバッグに数日分の着替えと下着、学校でも専門科目以外(語
学と数学と地理と情報)の教科書の教科書、折り畳み傘とスマートフォンの充電器、
ソーイングセットと児童文庫数冊、マナピースの巾着とスターターを入れて、スマー
トフォンと財布、エコバッグと通帳はウェストバッグの中に入れて旅立つことになっ
た。

 朝八時に起きて朝食を食べてすぐ、家を出たのだった。荷物が重たそうだからと父
が自動車まで駅まで送ってくれた。

「行ってらっしゃい、気を付けてね」

「迷子になったからって、狼狽えるんじゃねーぞ」

「デコリ〜、待ってるからね〜」

 母と弟と妹が見送ってくれたけど、康志は姉に対する嫌味で晶加はデコリの方に気
をかけていた。

(康志は心配してんのか、からかってんのか。晶加は姉よりデコリの方がいいのか)

 稜加はそう感じたがデコリがいるとはいえ、たった一人でそれも現実の世界で旅を
するのは初めてだった。春連休の道路は渋滞してしまうが、朝方はまだ空いているか
ら大丈夫だった。

 午前九時台に東武線織姫駅に到着し、自国九時二十分台の各駅停車に乗り、えんじ
色の電車に乗って稜加とデコリはほかの乗客にまじって四人座りの席から車窓を見つ
めた。真っ青な空に深緑の山の稜線、カラフルな町並みと対比した明るい緑の田んぼ
や畑、織姫町とは違った町並みの駅周辺――。デコリは他の人間にバレないようにこ
の景色を目に焼き付けていた。

 乗車から十分後に終点となる群馬県館林の東武駅に着いて、稜加とデコリは次は銀
色に緑ラインの車両の東武スカイツリーラインの準急行列車に乗って次の乗り換えと
なる東武動物公園駅まで乗っていったのだった。

 準急行は各駅ならば停まる駅を飛ばして走るので、デコリは素通りする駅が可哀そ
うに見えた。

「わたしが前に住んでいた千葉県はJRも私鉄も急行なんて珍しくもなかったんだ
よ」

「次の乗り換えの東武動物公園って、どんな動物がいるの? 動物園っていうから」

「わたしも中学生の時は年一家族で行っていたけど、ゾウもサイもキリンもライオン
もトラも水牛もいて、何十種類かがいるよ。夏休みになったら連れていってあげる
よ」

「ホント? 約束だよ」

 デコリはバッグからかを出していたが、他の乗客は居眠りしているかスマホニュー
スを覗いているか、音楽を聴いている客が多かったので稜加とデコリには誰も見てい
なかった。

 稜加とデコリが始発駅に乗ってから約一時間後、東武動物公園駅に到着して今度は
春日部行きの電車に乗って向かうことになった。デコリが電車に乗る前にお腹を空か
せて、稜加は他の乗客や駅員の邪魔にならないようにホームの階段下でフードグレイ
スのマナピースをスターターで発動させて、二人の目の前にドーナツ型の生地に色砂
糖やチョコソースや生クリームで味付けしたエルザミーナ界の菓子・ロコノが出てき
た。ロコノは見た目はドーナツだが生地はカステラと同じで、五つあったロコノのう
ち三つはデコリが平らげたのだった。

 軽く腹ごしらえした後は東武快速の春日部駅まで乗っていった。栃木県を南下し続
けていくと、田畑のある地域と住宅街の景色や町中の様子が窺えられた。人の数も駅
によって多さと少なさや乗降の差があった。

 春日部に着いたら今度はアーバンパークラインの白地に青ラインの車両に乗り換え
て、千葉県流山おおたかの森駅まで向かっていった。千葉県は平地のため住宅街や駅
周辺にいくつも公園が見られ、形の異なる乗用車が道路を走り、十階越えのビルやマ
ンションも見られた。以前稜加の中三の修学旅行についていった時は幕張市で、同じ
千葉県でも幕張市とは違うのだとデコリは感じた。

 十一時半近くにアーバンパークラインの電車からつくばエクスプレスの電車に乗り
換えた。つくばエクスプレスの電車の車体はJRや他の電車線とは違った趣(おもむ
き)で、銀色の地に赤い配色及び一両目と最後尾の車体の形がと特徴的だった。電車に
乗る人も旅行用のトランクやスーツケースを持った人も見られて、この人はどこへ行
くのだろう、と稜加もデコリも思っていた。

 車窓からはまた見慣れぬ景色で、道路のアスファルトはダークグレイ、歩道のブロ
ックは白っぽい灰色、街路樹や垣根は緑のコントラストが多く、デコリはこの光景に
うっとりしていた。

「つくば市は未来都市ともいわれていて、八十年代の人たちが数十年後の世界を想定
して造った説もあるそうよ」

 稜加はデコリに教えていると、アナウンスが流れてきた。

『次はつくば、つくば。お降りの際には忘れ物にご注意ください』

 ようやくつくばだと気づいた稜加はデコリを旅行バッグの中に入れて、電車が停ま
ると降車した。

「あ〜、やっと着いたぁ。おばあちゃんが十八まで住んでいた町に……」

 時刻は十二時十五分前を示しており、駅のホームには大学案内やホテルなどの看板
があり、稜加は一先ず改札口をくぐって駅構内に入っていった。

メタリックな天井と柱、灰色のタイル床、切符売り場に緑の窓口売り場、販売店の他
に土産物屋もあり、地元の女子高生の集まりや観光に来た外国人や市外県外の集団、
子供を連れて市外のデパートへ行く主婦などであふれていた。

「駅の中だけでも未来っぽいね」

 バッグの隙間からデコリが顔を覗かせてきた。

「そうだね。あーあ、電車の中では座席の方が多かったから、歩いて体をほぐさいな
いと」

「それより稜加、お腹空いたぁ。ここの食べ物屋さんに行きた〜い」

 デコリが催促してきたので稜加は駅員さんに飲食店がどこにあるか尋ねてみた。

「駅の東口を出て一番近いのはキュートという駅ビルがあるから、そこに行けばいい
よ」

「ありがとうございます」

 稜加は荷物を詰めたショルダーバッグを持って駅構内を出た。そこは数色のタイル
を使った広場とバスロータリーやタクシープール、駅周辺のビルは一階がコンビニや
ドラッグストアで二・三階が飲食店、それ以上が会社になっているものが多く、何よ
り地下鉄用のエレベーターがガラス張りの小さな塔だったのみ魅力的だ。人々もバス
に乗る人やタクシーを拾う老人、自転車で移動する若者と様々だった。

「お腹空いたし、美味しいもの探しに行こう」

 稜加は飲食店のある駅ビルの一つに入っていった。