6弾・1話  サッカーの試合の後


「いけ、いけーっ!!」

 六月第二土曜日の快晴の昼。栃木県最西区にある織姫町の河川敷の一ヶ所で地元の少年サッカーの試合が行われていた。

 渡良瀬川の河岸から離れた所にサッカー場と同じ刈り取り場所が草の緑と対比して薄茶色の地に白線が引かれ、その両端にサッカーのゴール。

小学生四〜六年生の男子と少数の女子がボールを奪い合っていた。

「いけー! 康志(やすし)ー!」

 平地のサッカー場と違って斜面に灰色の敷ブロックが詰めてられている見学席のギャラリーの中に男子高校生が舎弟の少年を応援していた。

「康志〜、いいよ〜」

「お兄ちゃん、頑張れ〜!」

 敵のチームからボールを上手く奪った少年の姉と妹も応援した。

 黒地に黄色ラインと背中に『織姫ダッシャーズ』と書かれたユニフォームの少年が白地に緑ラインのユニフォームの敵を上手く避けて、敵方のゴールにシュートを決めた。敵方のキーパーがボールを弾こうとしたが、シュートの摩擦熱の方が強くかすれてボールがゴールネットに入った。

 ピピーッ、と審判のホイッスルが鳴って試合終了の合図となる。

「よっしゃあ! 太田ブレイズに勝ったぞ!!」

 康志とチームメイトが敵に勝たことに喜び、応援席にいた康志の姉妹と友人の男子高校生らが康志のいるチームの勝利に歓喜する。

 敵方のチームは「折角練習しまくったのにな」「甘く見てたな」などといいながら東武線駅の方へ向かって帰っていったのだった。

 一方で康志のチームは打ち上げでJR駅前の焼き肉店へ行き、応援に来ていた康志の兄貴分と姉妹、それからもう一人のポニーテールの少女は東武線の駅の方へ向かっていった。

「いや〜、康志が同点で終わらせずに活躍してくれてホッとしたぜ」

 康志の兄貴分の男子高校生、玉多俊岐(たまだ・としき)が今日の小学生サッカーチームを見て感激したことに述べる。

「あ〜あ。あたしも焼き肉屋に行きたかったな〜」

 康志の妹の晶加(あきか)が兄だけ打ち上げに行ってしまったことにむくれる。晶加は長い天然パーマをツインテールにして黄色のフリルシャツのワンピースを着ていた。

「何言ってんの。チームメンバーとコーチの人だけだよ。それに晶加はお母さんがケバブ弁当を持たせてくれたでしょ」

 晶加の姉で天然パーマのショートヘアにピンク紫のバイカラーのデイパックを背負った一伊達稜加(いちだて・りょうか)が妹に言った。稜加はTシャツにサブリナパンツ、デニムシャツを羽織った服装でJRの駅から弟の試合を見に河川敷に直接来たのだった。

「稜加、ご両親との約束とはいえ、わざわざJR駅から距離ある河川敷まで来てくれるなんて、姉としては立派だよ」

 ポニーテールに稜加より背高の少女が声をかけてきた。稜加の中学校時代の友人、百坂佳美(ももさか・よしみ)である。

「佳美は一人っ子だろ?  まぁ、おれも小学生サッカーチームや中学校の県大会は兄貴や姉貴が応援に来てくれたから」

 俊岐が佳美に言った。俊岐は一伊達姉弟が千葉県幕張市から栃木県織姫町に引っ越してきてから交友があり、中学校時代も稜加と三年間同じクラスだった。だけども俊岐は同い年の稜加よりも年下の康志の方と馬が合った。

 一伊達稜加は中三受験生の時に南栃木にある県立陽之原(ひのはら)高校の服飾科を受験して入学し、更に織姫町の自宅を出て高校の寮に入った。授業のない土日は自宅のある織姫町に帰宅して両親と弟妹と過ごしていた。

 一方で俊岐は織姫町の東隣にある町の県立灰鷹(はいたか)高校を受験して電車通学、佳美は隣の群馬県にあるけど東武駅から三駅先の県立芳桟(ほうせん)高校を受験して入学してバレーボール部に入った。

 稜加は一度自分の町に帰宅した時、フラワーパークから帰ってきた俊岐と佳美と対面し、更にこの二人が中学卒業を機に付き合っている知ると目を丸くした。

だけども、それは稜加にとって二人の友人の吉報であった。

 四人がJRの駅よりも小ぶりで造りもシンプルな東武織姫駅に着くと、佳美と別れた。東武駅は私鉄だけど夕方近い今は他へ帰る人や他から帰ってきた人を多く見かけた。

「それじゃあ、また今度ね」

「おう、またな」

 佳美は改札口に入り俊岐は稜加姉妹と共に見送る。また俊岐も稜加姉妹を家の近くに送ってから自分の家である整形外科の裏にある方へ帰っていった。一伊達姉弟と俊岐は近所同士であったが。

 稜加と晶加は住宅街の中の三方が垣根でえんじ色の屋根にダークオークの板壁の平屋の一戸建て住宅の中に入る。ここが一伊達家である。

 引き戸の玄関を開けて手洗いとうがいを済ませて、居間の雨戸を開けて晶加は洗濯物を取り込んで稜加はデイパックのジッパーを開封して、そこから一体の人形が出てきたのだった。

 いや正確にはその人形は生物でスピアリーと呼ばれる精霊の類だった。

「あ〜あ。ずっとバッグの中に入りっぱなしだったから、体が硬くなっちゃったよ」

「ごめんね、デコリ。駅に着いてすぐ康志のサッカーの試合に行ったもんだから……」

稜加はデコリというスピアリーにそう言った。ごそ、とデコリはデイパックから出てきてのびや上半身を回して体をほぐした。

デコリは身の丈三十センチの三等身で、水色とピンクと白のリボンは髪の毛のようになっていて、また髪の毛リボンと同じ色のワンピース型の服をまとい、腕と頭は丸みを帯びているが手は五本指で足は水色のブーツをはいていて楕円型のソーダブルーの眼の可愛らしい姿である。動いていなければ人形と思われる位である。

 そもそもデコリはエルザミーナという異世界の出身で、稜加の亡き祖母である利恵子(りえこ)のかつてのパートナーで稜加自体もエルザミーナに災厄が訪れた時の救済者として選ばれ、エルザミーナ世界のレザーリンド王国の災厄を仲間たちと共に打ち破ったのだった。

 現実世界出身の救済者が災厄を打ち破った後は現実世界に戻るのがお約束なのだが、稜加はその後で二回もエルザミーナ界のレザーリンド国の災厄を打ち破ったのだった。

「お姉ちゃ〜ん、洗濯物畳むの手伝ってよ〜」

 晶加が姉を呼びかけると、稜加は洗濯籠に入ったタオルや下着を畳みだした。ストレッチをしたデコリが姉妹に声をかけてきた。

「晶加ちゃん、デコリは何をすればいい?」

 デコリはエルザミーナに行ったことのある稜加だけの秘密だったが、高校生になってから一伊達家にその存在が知れたにも関わらず、父母と弟妹はデコリから事情を聞くと家族の一員として受け入れたのだった。

「じゃあ、デコリはお兄ちゃんの服を畳んで。畳んだらお兄ちゃんの部屋においてね」

 晶加によって分けられた衣類の山を見て、スポーティな服が多いのが康志のだと把握するとTシャツやスウェットは四角く畳んでズボンも長方形に畳んで靴下は同じ色柄を合わせて履き口を丸める。それが終わるとデコリは居間を出て康志の服を台所の西隣にある康志の部屋に置いたのだった。

 その後の夕方六時半に姉妹の母・知晴(ちはる)が夫より早めにクリーニング店を切り上げて帰ってきた。クリーニング店は父方祖父母が営んでいたが、二人とも亡くなった為に長男である姉弟の父・銀治(ぎんじ)が千葉県の会社を退職して継いだのだった。

 この日の母は姉妹と同じ天然パーマの髪を一括りにして七分袖のカットソーと薄手のロングパンツにベージュやオレンジなどのコスメでナチュラルメイクに仕上げていた。

「ただいまー」

「お母さん、お帰りなさーい」

 晶加が母親に駆け寄ってきて、稜加がタオルやパジャマを玄関の真向かいの脱衣室に運んできた。

「稜加、康志のことはメールで知ったから。夕飯作り手伝って」

「はーい」

 小学校を卒業してすぐ祖父が急病で亡くなり両親がクリーニング店で共働きしだして、年長子である稜加が母親に代わって掃除・洗濯・自炊・片付け・アイロンがけなどの家事、栃木県の小学校や幼稚園に通うなった弟妹の送り迎え及び家での世話を受けてきた。その経験のおかげで稜加は寮制高校の寮での登板をこなせた。

 夜七時半にオールバックに四角い眼鏡、紺色のポロシャツと灰色の薄手パンツ姿の父・銀治が康志を連れて帰ってきた。父は少年サッカーの試合の打ち上げに行っていた康志をJR駅前まで迎えに行っていた。

 康志のサッカーの試合のあった日の夜はエビチリ・牛肉春巻き・ビーンズサラダ・雑穀米・豆腐となめこの味噌汁である。康志はすでにサッカーチームの打ち上げで焼き肉を食べてきたので食べなかったが、牛肉春巻きは美味しそうだと羨ましい顔をしていた。

「ちゃんと康志の分、とっておいてあるから。明日食べればいいでしょ」

 稜加は康志にそう言った。デコリもままごとセットのような食器で春巻きやエビチリを食べていた。

「ちぇっ。後で美味しそうな春巻きが夕飯になるってわかっていたら、負けた後のなぐさめとして食べられていたのに」

「康志。焼き肉も食べて春巻きを食べたら肥満になるに決まっているだろ。明日の朝食として待つんだな」

 父がそう言った後にこう付け加えた。

「風呂掃除をして湯を入れておけよ」

「はーい……」

 康志はしぶしぶと風呂場へ行き、父に言われて風呂掃除をした。

 その後康志は不貞腐れた状態で自分の部屋へ行き、本棚から好きな漫画の一つ、『アームドウォーリアーズ』の三巻を読みだした。この漫画はドラゴンやユニコーンなどの伝説獣を模した鎧で宇宙の悪魔軍団と戦う作品である。

 すると康志の部屋のふすま戸が叩かれ、康志は誰かと思ってふすま戸を引くとデコリが立っていた。

「何だ、デコリか……」

 てっきり春巻きぐらいで不貞腐れている康志を叱りにきた父母かと思っていたら、そうでないことに安心した。

「はい、デザートのデコポン。康志くん、食べていなかったでしょ」

 デコリは小さなスープボウルに入れたオレンジの房の果実を康志に差し出した。

「ああ、ありがと……。デザートのこと、忘れていたよ」

 康志はデコリから皿を受け取ってデコポンを食べ始めた。

「康志くん。春巻き食べられなかったけど、デザートは食べておきなよ」

 デコリの気遣いを見て康志はうなずいた。

「デコリは精霊だけどさ、気遣いが出来て愛嬌あるのって、利恵子ばあちゃんから受け継いだのか?」

 康志がデコリの精霊像(人物の置き換え)を見て尋ねてきた。

「そうなのかなぁ。利恵子は自分の親が亡くなった後は養護施設『ひなぎく園』にいたけれど」

「まぁ、利恵子ばあちゃんが孤児になって養護施設に入ったのは知っているよ。養護施設って人の入れ替えが毎年あるから、ばあちゃんが気遣いできる人になったのもあるんだろうけど」

 康志は春の連休で姉がデコリを連れて祖母のルーツを探しに茨城県つくば市まで旅行した内容を稜加から聞いていた。

「よく言うじゃん。飼い犬飼い猫は飼い主に似るって」

「デコリはペットじゃなくって友達だもん。利恵子はもういないけど、利恵子の孫の稜加がいるし」

 デコリは康志から犬猫と同じ扱いをされたことにむくれるも、今は平気だからと素振りを見せる。

「ごめんごめん。そんな感じがしてさぁ……。デコリ、デザート持ってきてくれてありがとうな」

 デコリは康志の機嫌が良くなったと知ると、デザートの皿を持って台所まで運んだ。

 夜は両親の寝室になる居間の北隣には祖父母の仏壇のある仏間があった。仏間は四畳の広さで客用寝室にもなるが、普段は雨戸を閉めて埃っぽい。週二回は掃除をして毎日お供えを置いていた。

 仏壇には父や康志に似た面影の老人と稜加に似た老女の写真が建てられていた。

 父方祖父の文吾(ぶんご)と父方祖母の利恵子である。その二人の遺影の近くにデコポンが一つ置かれていた。