2弾・3話 稜加の幼なじみ


 稜加たち織姫中学校三年生の修学旅行は順調であった。生徒たちは幕張市内のモールへ行ったり、海浜幕張駅近くのアウトレットパークへ足を運んだり、夕方四時までにホテルに間に合えばならバスや電車で移動しても構わなかった。稜加は<約束の時間>までに三井アウトレットパークで千葉県のお土産を買い、また佳美に付き添ってもらって稜加が栃木県に引っ越す前までに住んでいたマンションへ移動していったのだった。

 稜加一家が過ごしていたマンションは海浜幕張駅とJR幕張駅の間にある住宅街とレストラン街の中にあった。南側にファミリーレストランやコンビニなどの店が並び、北側にアパートや一戸建て住宅が並んで間に二車線道路、海浜幕張駅から歩いて十分の場所にピンクベージュの七階建てマンション『チェリーマンション幕張』があった。

『チェリーマンション幕張』は一階が駐車場や駐輪場、二階以降が各世帯の居住区で三十世帯までが住めるようになっていた。何よりチェリーマンションの真後ろは公園になっているのが特徴だ。

「ここが稜加が小学生まで住んでいたとこか」

 稜加の同行者となった佳美がチェリーマンションを目にして呟く。佳美は気づいていなかったが、稜加が持っているファスナー付き手提げバッグにはデコリとスターターとマナピースの巾着が入れられており、デコリもバッグの隙間からマンションをのぞき見する。

「おーい、稜加〜!」

 マンションのエントランスホールの出入口に三人の女の子が立っていた。稜加は自分を呼んだ声の主を目にして返事をする。

「みんな、久しぶりー!」

 稜加はエントランスホールの出入口の三人と対面する。稜加は自分を呼んだ声の主を目にして返事をする。

「みんな、久しぶりー!」

 稜加はエントランスホールの出入口の三人と対面する。三人のうち二人は幕張市内の公立中学校の襟と袖が白い紺色のセーラー服に白いネクタイの制服で、もう一人は私立中学校の制服らしく校章のついた茶色のベストに紺色のリボンタイ付きの白いシャツに灰色のタータンチェックのスカートの服装だった。

「みんなー、小学校卒業してからの春休み以来だね! 随分と背が伸びたよね」

 稜加は三人の幼なじみと対面すると、栃木県にいた時よりも活き活きとした表情になった。佳美もバッグの中にいるデコリも、いつもとは違う稜加の姿を目にして不思議そうにしていた。

「そうだ、よっちゃん。この子たちは、わたしの小学校入学以来からの友達。紹介するね」

 稜加は佳美にこう言ってくると、一人ずつ紹介していく。

 公立の幕張第二中学校の制服で一番背が高くて筋肉質の体にショートボブの少女は小田嶋香世(おだじま・かよ)で柔道部の副部長を務めており勝気で正義感が強く、小六の時はある中学校の不良グループ四人を一人でやっつけた遍歴を持つ。

 香世と同じ中学校で中三でも一四六センチの可賀谷未知恵(かがや・みちえ)はやせ型で左右の三つ編みを肩に垂らし、アニメと漫画が好きで大人しいながらも我慢強さを持っている。

 稜加と同じ背丈で標準体型の神宮寺輝子(じんぐうじ・てるこ)は自動車会社の社長令嬢で今は別の町の私立中学生でセミロングの髪を団子状にくくって三人の中では美人で勉強が得意でしっかり者。稜加は栃木県に引っ越すまで香世たちと過ごしてきたのだった。

「稜加も元気そうで良かったじゃな〜い。修学旅行で幕張に来たって信じられないよね〜」

 香世が尋ねてくると稜加はこう返事をした。

「うん。ここに来られたのって、幸運!」

「あ、リョーちゃんの今の学校の友達?」

 未知恵が佳美を目にして訊いてくると、佳美は顔を稜加の幼なじみに向けてあいさつする。

「は、初めまして。百坂佳美です」

 佳美と対面すると輝子が稜加に言う。

「リョーちゃん、わたしたちと別れて向こうでは一人でいるんじゃないかと心配した時もあるけれど、栃木県の子と仲良くなれてたのね」

「うん。だけど、お父さんがおじいちゃんの店を継いでお母さんも働くようになってからは、わたし自分のやりたいようにやれなくて……」

 稜加は香世たちに自分と佳美の馴れ初めを語り出してきた。二年前に栃木県に引っ越ししてきて織姫中学校に入学した頃、この時は生徒は全員クラブ活動と委員会に参加する規則がった。しかし稜加は水曜日は店が休業のため毎週水曜日の校内委員会には参加できたが、弟妹の小学校と幼稚園の送迎及び家事のためにクラブ活動の免除を当時の担任の先生に頼み込んだのだった。

「本当はクラブ活動に出たかったんですけど……」

「まぁ、一伊達さんの家の状況がご両親共働きで弟妹も小さいから、仕方がないわね」

 中一の稜加の担任だった菊沢先生は五十近い女の先生でセミショートのパーマヘアに四角眼鏡の小太りの国語の先生で、一見怖そうに見えるが稜加の家庭状況を聞いた時には理解してくれた。

「本当にすみません。クラブ活動の免除をありがとうございます」

 教室に戻ろうとした所、廊下で稜加と菊沢先生の話を立ち聞きした稜加と同じクラスの女子二人が稜加のクラブ免除の件をふっかけてきたのだった。

「一伊達さん、家の状況が手に負えないからってクラブやらないなんてズルーイ」

「わたしだってやりたいクラブがなかったから他のクラブにしたというのに……」

 クラスの女子に責められて稜加はどうしたらいいかまごついた。

「ええと、わ、わたしだって本当はクラブに出たかったんだけど、弟は小二で妹は幼稚園児だし、わたしが共働きの両親に代わって送り迎えを……」

 だけど二人の同級生は稜加の話を「言い逃れだ」と決めつけた。

(こんな時、香世ちゃんたちがいてくれたら、わたしの肩を持ってくれてたのに……)

 稜加がオドオドしていると、一人の女子が稜加を庇ってくれた。

「やめなよ。一伊達さんは本当に困っているようなんだから。クラブの免除くらい許してやりなよ」

 稜加より長身で意志の強い別のクラスの女子のおかげで稜加の言い分が正当になった。

「まぁ、あんたがそう言うのなら仕方がないわね」

「わかったわよ。クラブの免除はもういいわ」

 二人の女子は稜加の味方をしてくれた女子の出現に退散していった。

「あ、ありがとう。わたしのこと、わかってくれて……」

「いいのよ。ああいう子は家が忙しい人の気持ちなんて一つもわかりっこしないんだから」

「でも良かったよ。これで弟妹の世話と家事がやれるよ。わたしは三組の一伊達稜加」

「あたしは二組の百坂佳美よ。クラブはバレーボール。そういや一伊達さんって他の県から来たんだっけ? どこの小学校の出身かなー、って思って」

「うん、千葉県の幕張市から。おじいちゃんが亡くなったから、お父さんが千葉の会社を辞めておじいちゃんのお店を継ぐことになったから」

 稜加の話を聞いて佳美は稜加の家庭の事情が本当に複雑だと知って気まずく感じた。

「ああ、そうだったんだ。だからクラブ免除を求めてきたんだ」

「わたしは気にしてないからいいよ」

 中学一年のその日から稜加の栃木県での最初の友人が佳美だったのだ。

「それでわたしとリョーちゃんの再会についてきてくれたのね」

 輝子が佳美が今ここにいる理由を聞いて納得する。デコリもバッグの隙間から稜加たちの会話を聞いていた。

「そういや稜加、四月の終わりに交通事故に遭ったんだって?」

 香世が訊いてきたので、稜加はそのことに心が動揺した。

「う、うん……。三日も眠っていたの……」

 四月四週目の日曜日の昼前に稜加は昼食の材料を買いに行く雨の中、突っ込んできた自動車にはねられそうになった。だが事故に遭う前の日の家内の掃除で天井裏にあった祖母の遺品の本と色板によって異世界に飛ばされて異世界の救済者となって冒険して役目を終えた後に自分の世界に戻ってきたことは口に出さずに。

「でも稜加は雨でずぶ濡れになっていたけど、病院に運ばれた時はどこもケガしてなくって骨や歯も折れてなくって脳波も正常だったんだ。あたしも他のクラスメイトも稜加が事故に遭って入院した時は驚いたけど……」

 佳美も稜加の事故の件を香世たちに教える。しかし事故の三日目の午後に稜加は意識を取り戻し、検査に引っかかることもなく二日で退院できた。そして家族との話し合いで稜加の家事は休日の昼食作りと弟妹の送迎だけになり、受験勉強も進めていき、日曜日には市外の高校探しも始めた。

「でもリョーちゃん本当に元気そうで良かったよ。どこか行きたい高校は?」

 未知恵が尋ねてくると稜加は考えてから返事をする。

「今住んでいるちいきゅの隣町か稜のある高校に入ろうって考えている。自宅通いなら普通科に限らず園芸科や服飾科といった学科の高校にして、寮のある高校は都市の陽之原(ひのはら)高校にしようと」

 陽之原高校と聞いて佳美は思わず声を上げてしまい、バッグの中のデコリもびくつくも声を出さないようにした。

「えーっ、陽之原高校って……。あそこは偏差値はともかく、織姫町から電車で一時間以上かかるとこだよ? 稜加のお父さんとお母さんか聞いたら流石に反対するんじゃ……」

「いいの。反対されても、わたしは陽之原高校を選ぶよ。寮に入ったら

規則に従わなくちゃいけないけど、家よりもやりたいことがやれるから」


 稜加の志を聞いていた香世たちも稜加は本気だと知って、輝子が口を開いた。

「だけど深く考えずに適当に選んで損をするよりは、ちゃんと目的を決めてから受けるのがいいわ。わたしは中高一貫私立学校に入ったから、他の高校入試は受けないけど……。自分の意志って大事よ」

 輝子が稜加の目的に同感した。それから香世と未知恵も稜加の志望先の高校に入れるようにと応援した。

「志望の高校に入れるといいね」

「高校決まったら手紙で教えてね」

 その時佳美が手首の腕時計を目にして稜加に言ってきた。

「稜加、もう三時半過ぎたからそろそろホテルに戻ろう。先生に怒られるよ」

 それを聞いて稜加はそうだったと思い出すと、香世たちに言う。

「ねぇ、帰る前に記念撮影しておきたいな。二年ぶりの再会の証として」

「それなら、いいよ」

 佳美が稜加の旅行用の使い捨てカメラでチェリーマンションの前で稜加たち四人の撮影をした。次はいつ会えるかわからないこともあって。稜加は撮影を終えると香世たちに別れを告げた。

「みんな、今日はありがとう。それじゃあね」

 稜加は佳美と共に宿泊先のホテルに戻り、香世たちも稜加を見送った。

「じゃあね、稜加」


 ホテルに戻った稜加と佳美は夕食と入浴の時間までに宿泊室のベッドで横になったり椅子に座ったりして休んでいた。

「明日でようやく帰れるのかー。修学旅行の次の日が学校休みで良かったよ」

「うん。わたしとしてはやりたかったことがやれたしね」

 稜加は椅子の上で幼なじみと再会できた願いが叶ったことに満足していた。

「あの子たちって修学旅行もうやったの?」

「ああ。香世ちゃんとみっちゃんは六月の初めに山梨県で、輝ちゃんは私立学校だったからか長崎県のハウステンボスに行ったって」

「へー。だけど高校は自分で決める代わりに入学試験があるからね。稜加が陽之原の寮生活を目指してんなら、あたしは群馬県の今の成績に見合った高校を探すよ」

 やがて夕食の時間に入り、夕食後は全クラスのレクリエーションとしてビンゴ大会も開かれた。何と玉多くんが一等のスマートウォッチを手に入れたのだった。

 大会が終わり入浴も済ませると、生徒たちは就寝に入り、二段ベッドの上で稜加はデコリをこっそりと出して一緒に眠る。下段の佳美は旅行疲れでグゥグゥ寝ていた。

「デコリ、修学旅行中は大人しくしてくれてありがとう。明日には家へ帰れるよ」

「稜加、前住んでいた町の友達に会っていた時、すごく活き活きしていたよ。デコリね、思い出したの」

「思い出したって? おばあちゃんとの救済の時?」

「ううん。稜加がエルザミーナのレザーリンド王国に飛ばされた救い手になってイルゼーラ姫や他の救い手と一緒に災厄を打ち払う旅をしている時と同じだったのを」

「あ……」

 それを聞いて稜加はエルザミーナの国の一つ、レザーリンド王国のガラシャ女王の支配で親と離ればなれになった幼子やガラシャ女王の企てた厳しい法律で自由が制限された国民の願いに応えるために救い手のマナピースで能力を使い、イルゼーラ姫や他の救い手と共にレザーリンド王国を取り戻したことを。

 レザーリンド王国に飛ばされた時はどうなると思っていたが、イルゼーラ姫の従兄弟のサヴェリオのおかげもあって、救い手探しやガラシャ女王の追っ手と戦ったこともあった。

 異世界での冒険は未知の危機もあったけれど、現実の世界とは違った生活や文明、住民とのやり取りで稜加は二ヶ月前とは違う様になって成長したのだった。

 三日目の朝七時半に朝食を終えて織姫中学校の生徒たちは朝九時半にホテルを出発し、行きと同じルートで栃木県の最西南の織姫町に帰っていったのだった。十二時台頃に東武織姫駅に着いた所でみんなは解散し、また稜加も途中で店を抜けてきて迎えに来てくれた母の自動車に乗って家に帰宅したのだった。

「稜加、ずい分と楽しんできたようね。向こうで小学校の時の友達と出会えたからかしらねぇ」

 母は長距離移動用の中型車の後部座席にいる稜加に尋ねてきた。稜加のわきにはボストンバッグとお土産の紙袋が置かれていた。

「うん。みんな元気だったよ」

 千葉県の町と違って栃木県の町の空は灰色の雲に覆われていた。栃木県が盆地で天候が変わりやすい山の地域なのもあるからだろうが、この日は雨の心配はなさそうだった。

 栃木県に住んでから見慣れた家々の並びや店、道路を通って母の自動車は三方をツゲの垣根に囲まれて庭にねむの木と物置のロッカーと洗濯物を干す竹竿のある平屋の一戸建て住宅に着いた。母は稜加を家の前に下すと、自動車を停めに教養の駐車場へ行き、稜加は家の鍵をかけて引き戸の玄関を開けて自分の家の中へ入っていった。

「デコリ、今はわたしだけだから家の中にいてもいいよ」

 稜加はボストンバッグの奥のスターターの中にいるデコリにそう言うと、デコリはもぞもぞとボストンバッグから出てきて宙に浮く。

「あーあ、ずっとスターターの中にいたから疲れたー」

「今昼時だから昼食を一緒に食べよ」

 稜加はデコリにそう促すと自分の部屋へ行って制服から普段用のギンガムチェックのシャツとショートパンツに着替えて、制服のシャツと旅行に使った下着や靴下や体操服は洗濯機の中に入れて、昼食になりそうなグザイを冷蔵庫から見つけると肉や野菜を刻んでフライパンでいためた。

「いただきまーす」

 稜加は自分で作ったチャーハンを皿に盛って簡単なサラダと水を居間に運んでデコリと共に食べた。

 修学旅行は宿泊先のホテルの人が作ったハンバーグ定食やフライセットなどといつもより少し豪勢なのが多かったからか、素朴な料理を欲しがったのだ。玉ねぎとベーコンとミックスベジタブルに塩コショウしただけのチャーハンは食べなれた味だった。

 食べ終えるとデコリと稜加は旅行の疲れを癒すために自室の畳の床で大の字になった。今日は帰ってきて疲れているから受験勉強は夕方に一時間だけやることにした。

「やりたいことをやると、流石に気持ちいいわ〜」

 しばらくして稜加は夕べデコリが言ったエルザミーナの世界での活躍と行動を思い出した。イルゼーラの父の男やもめのレザーリンド王を誑かし、イルゼーラの父の病を国民や大臣に上手いように誤魔化して死なせ、イルゼーラが身の危険を察して王城から逃げたのを機にレザーリンド王国の女王になったガラシャはもういない。救い手が五人揃ってガラシャに立ち向かった王城での戦いでガラシャは自分が造り出した巨大人形の崩壊に巻き込まれて死んだからだ。イルゼーラは女王となり、レザーリンド王国を上手く統治していくだろう。他の救い手たちも学校に通ったり自分の本来の職に励んでいるだろう。

「……もし自分ではどうにもならない願いを叶えたいのなら、エルザミーナの世界に行ってみたいな」

 稜加はそっと呟くと、エルザミーナの世界での仲間もそうであるようにと思ったのだった。