6弾・14話  花婿試験の練習


「号外、号外〜!! ジェルダート卿の息子とバハト人の女王の花婿候補の試験があるってよ〜!!」

 レザーリンド王国の町中では、どこもかしこもジェルダート卿の嫡男ドナウズとバハト人のギラルドの花婿試験の話題で持ちきりだった。新聞社は女王の花婿試験は特ダネになると、王都の情報に詳しい記者に記事を集めるように派遣し、メイン記事のみの小新聞は瞬く間に売れまくった。

『バハト人の若者とジェルダート家の嫡男が花婿の座を巡っての戦い!!』とか『イルゼーラ女王の心(ハート)を射止めるのはどっち!?』などのあおり文が客の目に惹かれたのだった。

 もちろんレザーリンド国内の稜加やイルゼーラの仲間たちも、この出来事を小新聞で知ったのだった。

 カンテネレ村のジーナ=ベックも、アルヴァ山のエドマンド=フューリーも、オスカード市のパーシー=ウォーレスも。彼らだけでなく、アルヴァ山のマナピース工房の親方やパーシーと姉が通うゼネカ学院教師生徒も、名占い師のマダム=ドラーナも、二人の花婿試験を知ったのだった。

「それにしても、ジェルダート卿って強情な人なのね。イルゼーラの花婿になるかもしれないバハト人のギラルドを認めない、って」

 稜加は城内サロンでジェルダート卿が送ってきた花婿試験の内容を呼んで確かめる。書体はタイプライター打ちで日時と場所と種目が記されていた。


〈七月一日 午後一時三十分開始

・学力試験 ・礼儀作法 ・射撃  ・武術  ・ピアノ演奏  ・剣術  ・乗馬 ――以上この七種目で四つ以上合格した者を女王陛下の正式な婿とす〉


「七月一日……って、あと六日しかないよ!?」

 デコリがジェルダート卿が出してきた花婿試験の日付を見て、いきなりすぎると発言する。

「ずりぃなぁ。ギラルドがわざと不利になりそうなのばっか選びやがって……」

 トルナーもジェルダート卿が出してきた内容を目にして、義憤を募らせる。

「いいえ、そうでもありませんよ」

 オッタビアがそう言ってくると、稜加は何故か、と尋ねてくる。

「ギラルドさんは今日から朝食の後に狙撃部隊の王兵から射撃を習っていますし、女官長からレザーリンドの礼儀作法を教えてもらっていて、武術・剣術・乗馬はもちろん、ピアノ演奏から学者からの学問を受けることになりまして」

「ああ、そうなんだ……。でも付け焼刃感が……」

 稜加はそれを聞いてギラルドとイルゼーラの結婚の件が心配になってきた。

 ドナウズは幼い頃から英才教育を受けてきたからともかく、バハト共和国の一般人であるギラルドに高等教育はどうかと感じていたのだ。

 またギラルドも種目の練習を受けているうちに、それが得意でどれが苦手かわかってきていたのだった。

 射撃は初心者用の小型ライフルを手渡されて、耳の鼓膜が破れないように耳栓をして狙えばいいだけだし、一番うまかったのは武術でそこまで深く考えなくて済んだからだ。ギラルドは力任せだけで相手を倒すだけでなく、相手の動きを見て形成を変えることも学んだ。剣術も武術と同じく力任せにしないことを学び、乗馬も馬を気遣うことでギャロップやジャンプをさせることに成功したのだった。

 ただギラルドは礼儀作法と学問とピアノ演奏は苦手だった。礼儀作法はお辞儀の角度が深すぎる、音を立てて茶をすするなどの失敗を起こす度に女官長から注意された。

「上品に振る舞うのも婿の条件なのですよ」

 学問の方もかなり苦戦してレザーリンドの言語のつづりを間違える、文法も町がえる、数式も乱れる、歴史の年号もまばら……。集中力や継続力や忍耐力がなかった訳ではないが、バハトでの学校の勉強はかなり後(おく)れていたと思われる。

「ギラルド殿にはレザーリンドの学問は先進過ぎたようです」

 老学者はギラルドの今日(こんにち)の勉強の報告をイルゼーラにそう伝えていた。ピアノ演奏の方も音階を覚えるのに必死で、王室音楽家はギラルドの雑な演奏に頭を抱えていた。

「ギラルドくんの演奏には心が足りません。どうしたらいいものか」

 ギラルドこそ女王の婿だと押しとするサヴェリオや精霊たち、王城の目室紅いたちはギラルドの文系能力に不安になっていた。

「あっ、つっ」

 稜加もイルゼーラの婚礼衣装を作る練習として、お針子からレベルの高い裁縫を習っていた。さっきのはドレープ(飾りひだ)を縫う時に針で指を突いた声であった。

「またですか。なんか手つきが焦っているようでしたよ」

 当年五十四歳になるお針子頭が稜加に注意してきた。裁縫室では他のお針子がレース編み機を動かしていてレースを編んでいたり、城仕えの人が着るメイド服や兵服の布織りや裁断、縫製をしていた。

「女王陛下の指名で陛下と花婿の衣装の造形を担われたとはいえ、基礎の手縫いが出来なかったら、どうするんですか」

「すみません……。ジェルダート卿が果たし状のように申しだしてきた花婿試験の件で気になっちゃって……」

 稜加はお針子頭にそう言うと、お針子頭は首を横に振る。

「まぁ、ジェルダート卿は野心家で有名ですからね。高望みが激しいからか息子も父親の丸写しになってしまった。しかし人間、欲望が大きければ大きい程、そのしっぺ返しは大きい……。最初はべっ甲石で充分だったのが、その次にダイヤモンドを掘り当てようとするようなもんですよ」

 お針子頭は稜加にそう教えると、ドレープの練習を進めるようにと指導した。エルザミーナにいる時は現実世界とは時の流れが違うし、裁縫の練習もウェディングドレスの決定稿を決める時間もあるし、何より恋人や親友と過ごすのが最大の安らぎであった。もちろん夏休みの宿題や自宅での生活も忘れずに。

 ギラルドは体力面の方はともかく、頭脳面や技術面は粗削りで、あと三日で花婿試験の本番も迫ってくる処だった。そんな中、イルゼーラはギラルドが有利になる為の教師として、数人の知人を呼び寄せたのだった。

 まず礼儀作法はキレール州にあるマナピース製造販売会社の社長令嬢、カローラ=ミルフェッロで、細長の体型に色白の肌、栗色のセミウェーブヘア、青緑色の縦長の眼をした少女。幼い頃から社長令嬢の嗜みとマナーを学んできた彼女は教え方も上手く、何より稜加の仲間のエドマンドの交際相手である。

 勉学はオスカード市の北隣にあるゼネカ学院の六年生で学校一の人気者、薄スラ=ウォーレスで、パーシーの姉で藍色の片結びヘア、丸みを帯びた黄褐色の目で妹と同じである。

 最後はジョルフラン州知事の娘で金髪のウェーブヘアに銀灰色の眼、鼻高色白美人のメイティスだった。かつてはサヴェリオの婚約者だったが、サヴェリオが稜加を選んだ為に別れるも、ピアノの腕は確かだった。

「彼女たちに合間を縫ってもらってまで呼び寄せたの。あと三日は頑張ってちょうだい」

 イルゼーラはギラルドに三人の教師を紹介した後、自分は公務の為にギラルドの宿泊室を去っていってしまったのだった。

「初めまして、ギラルドさん。三日間宜しく」

「わたしも初めまして。勉強教えてあげるね」

「わたしは来る気はなかったのだけれど、陛下の頼みだからねぇ」

 カローラ、ウルスラ、メイティスはギラルドにあいさつをし、ギラルドの苦手な礼儀作法と勉強とピアノを指導することとなった。

 一方でジェルディ州の州都、ジェルダーナの邸ではドナウズは父親が設けた花婿試験の演習を受けていた。体力面はもちろん、頭脳面と技能面も幼少期から鍛えられていたドナウズは邸の地下に造られたトレーニング室でコーチから剣術――現実のフェンシングに近い実技を受けていた。

 トレーニング室は広々としていて、重量挙げのバーベル、器械体操に使う鞍馬や吊り輪、壁にはボルタリングの板などの体力作りの道具が備えてあった。

 ドナウズは剣術用のメッシュマスクと防護服をまとい、コーチもその恰好だった。他にも判定役の弟子の青年やドナウズの三人の姉妹や母親、ジェルダート卿もその様子を見ていた。

 お互い練習用の剣を突き合って、金属音が鳴り合ってドナウズの剣がコーチの胸に当たる。

「一本! 勝者、ドナウズ!」

 判定役の青年が声を上げる。コーチの男はマスクを脱いで、ドナウズに声をかけてくる。

「坊ちゃん、もうかれこれ七回目ですから、ここで終わらせましょう」

 髪も髭も暗灰色の巻き毛のコーチが手で髭をぬぐう。またドナウズもマスクを脱いでコーチに言った。

「そうだな。軽く休んだ後はピアノの練習でもしよう」

 父親譲りのココア色の髪と暗翡翠色の目、X体型のスタイルのドナウズは女性にもてはやされる容姿であるが、どこか冷たい感じも漂わせている。母親は金褐色の巻き毛に薄茶色の目をしたふくよか体型で次女も母親とよく似ていて、また父親や長男と違って温和な気質である。長女は金褐色のストレートヘアに暗翡翠色の目と]体型の美女で弟の活躍を見守る為に、わざわざ嫁ぎ先から戻ってきてくれていた。三女はココアブラウンの髪と目でどっちかというと標準体型である。

「ドナウズは他にもお嫁さん候補は沢山いるっていうのに、現女王の婿を目指さなくっていいんじゃないの?」

 長女が嫌味の入った一言を投げつけてくると、ドナウズは妹の一人が持ってきてくれたエナジードリンクの缶をストローですすった後にこう言い放った。

「姉さん、女王の婿になるってことは、父さんも母さんも姉妹も王族になれるんだ。さすればジェルダート家も王族に入れるんだよ。ぼくがイルゼーラ女王の婿になったら妹のどちらかに当主の座を委ねればいいだけなんだから」

ドナウズの姉妹は嫡男と違って一般的な学問や常識、女の嗜みである舞踏や歌唱や琴などの楽器演奏、料理や裁縫、掃除などの家事を学ぶように言われてきたけど、一般人と対等に交流できるようになっていたのが救いだった。だけどドナウズは嫡男だからという理由で、学問や武術や格上の楽器演奏などの英才教育を受け、常に上位を目指すようにと父から教わっていたからなのもあって、高慢ちきさには母も姉妹も悩まされていた。


 レザーリンド王城のグランドピアノのある小広間では、メイティスの指導を受けるギラルドが練習していた。

「ピアノってのは楽譜の通りに弾くんじゃなくって、聴いてもらう人たちのことを考えながら弾くのよ」

 ギラルドは楽譜を読みながら演奏は出来るようになったが、相手のことも考えながら弾くことも覚えたのだった。

 カローラからはレザーリンド国やその周辺国でよく使うあいさつの仕方、椅子に座る時は左から、汁物は匙ですくって音を立てないようにする、扉の開閉は静かに、といった礼儀作法を教わった。

 ウルスラからは語学、数学、国内の歴史や地理、化学、物理学、生物、地学、天文学、気象学を教わった。数学は公式用語の使い方に戸惑い、物理学に至っては細かい計算をまとめる備蓄積分に四苦八苦した。それでも苦手の三種目の合間として得意の体術で発散していたからいいが。

 やがて当日の七月一日、レザーリンド城下町広場で花婿試験の催しが開かれた。広場には多くの住人やスピアリーが観客として来ており、食料店の売り子が観客の為に果実汁や琥珀糖などの菓子を売って歩いて回っていた。

 レザーリンド王国は現在夏であったが、この日は曇り、風も小さく涼やかであった。またイルゼーラ女王も広場の中心より少し離れたビロード張りの櫓の上に座っていた。稜加や他の救済者、スピアリーも女王よりも一段下の櫓の席に座っていた。

「それにしても見物人が沢山来ているわね」

 ジーナが広場の様子を見て呟く。

「いつも通りにあせあく働くより、催し物の方が面白いんだろうけど」

 エドマンドが言う。

「ギラルド大丈夫かなぁ。体術はともかく勉強の方は……」

 稜加が不安げに言うと、ウルスラの妹であるパーシーが返事をする。

「大丈夫でしょ。お姉ちゃん優等生だから、教え方も上手かったし」

 そんなやり取りをしていると、広場の中心の西側にドナウズ=ジェルダートが現れ、東側にギラルドが現れて立つ。二人とも動きやすいようにシャツとチョッキとズボンとブーツの身なりである。

 更に司会を務める王城仕えの青年が広場の中心に立って進行しだす。

「皆様、お忙しい中、来てくださってありがとうございます。これよりジェルダート卿ご立案の〈イルゼーラ女王の花婿試験〉を開催いたします」

 ドナウズとギラルドが真っ向に見つめ合っていた。