4弾・3話 脱獄者捕獲会議


 稜加とデコリはレザーリンド王城に留まることになり、稜加は四ヶ月前の時と同じように部屋を割り当ててもらった。

 以前と同じ七畳間で壁はパステルピンクにレース状のエンボスの壁紙、ベッドも天蓋付きで広々とした机、鏡付きのドレッサー、部屋の中心にはガラスのテーブルと二脚のクッションチェア、絨毯やカーテンや寝具の色は温かみを帯びたピーチベージュや薄オレンジで、絨毯はバーバリーチェックを思わせる柄の羊毛織でふわふわだった。

 カーテンは白いレース入りと厚手の布の方は水仙模様の浮き織の薄オレンジのゴブラン、枕などの寝具カバーはピーチベージュのリンネルに毛布はオレンジの地にオーロラと雪山の絵が入った風景画を再現させたようだった。

 他にもエルザミーナ版のテレビ〈映像板(ビジョナー)〉と壁かけの鏡、天井近くには温風や涼風のマナピースを入れて冷暖房機になる装置、照明のマナピースで灯りがつくシャンデリアは小ぶりだけど一般家庭のものよりも立派だった。

「は〜、衣食住は何とかなったけど、イルゼーラの公務を手伝わないとな〜」

 稜加はベッドに横たわるとレザーリンド王国の脱獄者の捕獲について呟いた。

「どうせならエルザミーナにまたまた飛ばされるなら、入学試験が終わった後だったら良かったのにね」

 デコリが稜加に言うと稜加はそれを言われてため息を吐いた。

「ホント、それよね。夏休みのお盆前にまた飛ばされたかと思ったら、三度目は冬休み前と高校入試一ヶ月前って……。二度目が終わった後の四ヶ月何だったんだろう」

 救いだったのはエルザミーナで何日過ごしても現実世界に戻った時には、そんなに時間が進んでいないことであった。

「だけどガラシャの元部下たちを捕まえる方が先なのよね」

 一先ずはエルザミーナの方の問題を解決だと稜加は実感していた。


 稜加がエルザミーナに三度来てレザーリンド王城でお世話になった日のその夜、稜加とデコリは侍女に呼ばれて現君主が大臣や軍部の上層と共に夕餉を取ることになって、また恥ずかしくないようにイルゼーラが与えてくれた衣装のドレスと靴を着て食事の間へ歩いていった。

 食事の間は横長の間取りで、長方形の白いクロス掛けの食卓が二台並んでいて奥が王族と大臣、扉に近い方が女官長などの上位の使用人や軍部の上層が座る席で一度に十人が座れた。夜の窓はカーテンで閉ざされているが、暗い印象を与えないように薄い色の布を使っていた。

 稜加とデコリが食事の間に着くと、すでにイルゼーラもアレサナも他の人たちが着席しており、奥の壁にいるイルゼーラが稜加を呼んだ。

「稜加、こっちよ」

 イルゼーラが座る席の一つ手前の壁側が稜加の座る席だと教え、稜加は他の人の邪魔にならないようにのそのそと歩いた。

(うわ、みんなわたしを見ている)

 大臣も将校も女官長も執務長官も非エルザミーナ人である稜加を見つめていた。稜加はベルベッドのミッドナイトブルーの地味なドレスと黒いサテンのパンプスをまとっていたが、しょせん一般人である稜加にとって正装は慣れない服装でスカートの裾を踏まないように両手で軽く持って歩く姿が、他の人には滑稽に見えるのだろう。


 稜加は慣れない靴でバランスを崩してしまい、床の絨毯で爪先を滑らせて前のめりに倒れそうになった。

「あっ」と稜加もデコリもイルゼーラも声を出した後、稜加の体を支えてくれる者が出てきて倒れずに済んだ。

「大丈夫か?」

 稜加は助けてくれた相手の顔を見て、見覚えのある人物だと察した。

 杏子色の髪、水色の切れ長の眼、黄色がかった肌に長身、引き締まった体型、ボタンが六つ並んだ白い軍服と黒いズボンはレザーリンド軍人の礼装である。

「久しぶりだな、稜加」

「あなたは……サヴェリオ」

 稜加は彼の名を呼ぶ。サヴェリオは稜加の体を支え直して、更にイルゼーラの手前の席までエスコートしてくれた。

「あ、ありがとう……」

「こういう所は前逢った時と変わらないな。見慣れない顔や初見の人と同じ場所にいると緊張するが硬くなるな」

「うん……」

 サヴェリオは稜加を席まで届けると自分の席に戻っていった。アレサナはイルゼーラの傍らに座り、デコリも稜加の傍らに座った。ただ今はエルザミーナにいるのでデコリを表に出せることには安心出来た。


「あ〜、くたびれた〜」

 夕餉と入浴を終えた後、稜加は与えられた私室に戻ってベッドに座り込んだ。

「稜加、ずっと歩き回っていたもんね」

 デコリが稜加にくたびれている訳を聞いてくると、稜加は首を横に振った。

「そっちじゃなくって、頭とメンタルの方。前の二回と違ってレザーリンド城の外でお金もなくって、イルゼーラの公務の内容がとんでもなくって、おまけにお城の大臣と一緒に食べてお風呂にも召使いがいてさぁ。王族って仕事や勉強以外でも大変なのがよくわかったよ」

 稜加は夕餉の時に着ていたミッドナイトブルーのドレスから毛織物のネグリジェに着替える。ネグリジェはクリーム色だが袖は手首の処で絞っている提灯袖で襟と裾にフリルが付いていて、胸元とスカートには橙やピンクの色糸でマーガレットの花が刺しゅうされていた。

「学校が終わっても家で勉強したり掃除とかの家事をしなくちゃいけないけれど、庶民の方がよっぽど向いているよ、わたし」

「うん。稜加にお姫様の暮らしは向いていないけれど、お姫様の格好は似合っているよ」

 デコリがそう言ってくると、ドアのノック音がしてきて、稜加は「どなた?」と声をかける。すると一人の少女が入ってきた。

「失礼します、稜加さま。わたくし、イルゼーラ陛下のご命令で稜加さまのお世話係に任命されましたオッタビア=チェンツォーネと申します」

「あ、ああ、そうなの? 初めまして……」

 稜加はイルゼーラがつけてくれた世話係に挨拶をする。オッタビアは稜加より少し高めの背に丸顔でふくよか気味の体型で、肌は明るめの中間肌で肩まである黒い内巻きのカールヘア、眼は若葉色で大きめの垂れ目、メイドが着る紺色の質素なワンピースに白いフリル付きエプロンとヘッドドレスを身に付けていた。

「初めまして、オッタビア。あたしデコリ」

「はい。稜加さまとパートナー精霊のデコリさまのことはイルゼーラ陛下から聞いております。わたくしに御用がありましたら、何なりと申しつけを」

 そう言ってオッタビアは稜加に白い半透明と紫のマナピースを渡してくれた。

「白いのが無属性の〈コーライン〉で通信の役割をし、紫は超属性の〈シンクリンク〉です。スターターにはめて、相手のスターターに声を届けられます」

「ああ。そうなんだ。じゃあ、明日の朝に朝食を持ってきてくれる? イルゼーラとサヴェリオ以外のお城の人と食べるのはどうも……」

 かしこまりました。まさかイルゼーラが世話係をつけてくれるなんて稜加は思ってもいなかった。稜加は寝る前にオッタビアからスターターを通信機にする方法を教えてもらい、オッタビアが退室すると照明を消してベッドの中に入った。よほど体力と気力を使ったからか、よく眠れた。


 翌朝、稜加は目が覚めてベッドの近くの置き時計を見てみると、すでに朝の八時を回っていることに気がついて朝の九時半には稜加を含めて王立監獄の脱獄者探索の会議があることを思い出した。しかしクロスのかかったガラステーブルを見てみると、紅茶のポットやらバター付きパンやサラダ付きベーコンエッグなどの朝食が置かれていた。

(ああ、そうか。オッタビアに「朝食を持ってきて」って頼んだんだっけ……)

 稜加とデコリは朝の九時半の会議に間に合うように朝食を食べて、更にオッタビアをスターターの通信で呼んで会議に相応しい服を選んでもらい、身にまとうとオッタビアに会議室を案内してもらい、何とか間に合ったのだった。

「あっ、みんな。来てくれたんだ……」

 稜加は会議室に着ていた面々を見て顔を緩ませた。そこには稜加とイルゼーラの仲間である今の世代のエルザミーナの救済者も招集されていたのだから。


 王城の会議室は用途に分かれて複数あり、稜加たちのいる会議室は少人数用で公立学校の教室と同じ位の広さで、窓には濃い色のカーテン、壁には大型の映像板でレア度の高いマナピースを使用していて観賞用以外に設定されていて、映像板の下に議長席、楕円型のテーブルは四つあって一台に六人が座れる程で、議長席から見て右手前は稜加と救済者、左手前に大臣、右後ろはサヴェリオたち軍部の人が座っていた。

「みんなも来ていたんだ、久しぶり……」

 稜加は同じ卓のメンバーを見て声をかける。長い赤い髪を三つ編みのポニーテールにした長身で菫色の眼をしたジーナ=ベックとベック家の守護精霊で木の葉状の緑の髪に樹皮のような衣をまった紺色の眼のウッダルト。

 灰茶色の髪に切れ長の瑠璃色の切れ長の眼の青年はアルヴァ山のマナピース工房の浮彫師、エドマンド=ヒューリーでエドマンドの家族でパートナー精霊のラッションは赤と黒の体に頭や胴体に黄色い鋭角がついた精霊。

 そして藍色のセミロングストレートに角ばった黄色い眼で稜加より年下の少女はパシフィシェル=ウォーレスで副都市オスカードにあるインテリア会社の社長令嬢で、ウォーレス家の守護精霊は噴水型の帽子に流水状のドレスをまとったフォントである。

「稜加、デコリ。またやってくるなんて思ってもいなかったよ。さ、座って」

 ジーナに促されて稜加は彼女の右隣に座る。

「うん……。どうもわたしはエルザミーナと深い縁があるようで」

 しかしかつての仲間が思っていたより元気そうだったのには嬉しかった。ジーナの左隣にはエドマンド、エドマンドの左隣にはパーシーが座っていた。三人とも王室に呼ばれていたけど、シャツやズボンや質素なスカートといった普段着で、稜加はオッタビアが用意してくれた袖口と襟にフリルがある赤紫色のドレスだった。

 そして全員がそろった処で王立監獄脱獄者捕獲作戦の会議が始まった。映像板の下の議長席に座るのは内務防衛大臣で大将でもあるジョハン=ランベリーコという五十代半ばの男性で、浅黒い肌にクルミ色の巻き毛と口髭、一九〇センチ近い筋骨隆々の体格、白い裾長の礼装用の軍服、細くてつり上がった空色の眼は逆に冷たいように見えたが、真面目さがうかがえた。

「皆さん、お忙しい中集まって下さってありがとう。これより会議を始めます」

 太いけれどしっかりした声を出し、稜加も稜加の右隣に座るイルゼーラも他のみんなも精霊もランベリーコの言葉に耳を傾ける。

「脱獄者はならず者が五人とはいえ、ガラシャ前女王に仕えていた選りすぐりの実力者たちであります。もしかしたらスターター及びレア度3以上のマナピースを手に入れている可能性が高いでしょう」

 映像板にはようやく判明した脱獄囚五人の顔と名前と簡単なプロフィールが映し出されていた。確かに稜加や他の救済者と対面した者たちとは違う人物だった。

 そげた顔立ちにうつろな目の男、スキンヘッドに左ほおに傷のある巨漢らしい男、丸眼鏡に蝋のような白い肌の男、赤褐色の肌の女は気が強くて力もありそうで、最後の女はやせ型の美人のようだが冷たい目つきをしていた。

「うわ〜。わたしの世界にもこういう顔の犯罪者がいるよ。大体こんな感じ」

 稜加が小声で同じ席の仲間に伝える。それから卓の上に座っているデコリが他の精霊に言ってくる。

「あっちの世界の特撮っていう番組の悪いゲストがこんな顔の人で出てくるよ」

「とくさつって何だ?」

 ウッダルトが尋ねてくるとデコリはわかりやすく教えようとしてきた。

「ベルトを着けて変身して悪い怪人をキックで倒したり、五人で一人の手強い怪人を倒したと思ったら巨大化してロボットに乗って……」

「何じゃ、そりゃあ」

 ラッションがデコリの説明を聞いてありえないという反応を出す。

「それよりもランベリーコ大臣の話を聞きなさいな。私事は後よ」

 アレサナがデコリたちに注意してきた。

「……そこでわたしとしては陛下以外の救済者をそれぞれジョルフラン州、セブリス州、カラドニス州、キレール州に派遣してもらいたいと考えております。陛下としてはどうなさいますか?」

 ランベリーコ大臣が尋ねてきたのでイルゼーラはこう答えを出す。

「ええ、その方がいいわね。わたしも城内での公務があるし。他の四人には近衛隊員を一人ずつつけようと思っているけど。出来るかしら?」

 イルゼーラは稜加、ジーナ、エドマンド、パーシーに声をかける。

「わかりました。陛下がそうおっしゃるのなら」とジーナ。

「ぼくもそう致します」とエドマンド。

「欠席の課題として参加します」と学校生であるパーシーが答えた。

「わたしも国の為と救済者の責任を全うして、出動します」

 稜加もジョハン=ランベリーコ大臣の意見に従い、会議は可決となった。


 その後、稜加が監獄のあるジョルフラン州、ジーナが国南西のセブリス州、エドマンドが王都のあるファビータ州の西隣のキレール州、パーシーが国北西のカラドニス州に派遣されることになった。

 彼らは王家の中型飛行艇シラム号に乗り、近衛隊員と共に脱獄者を探し旅に出たのだった。イルゼーラも彼らを見送った後、亡き父母と神に仲間たちの無事と生還を祈った。

(神様、父上、母上。どうか稜加たちが何事もなく戻ってきますように。何より稜加は本来の世界での進学の試験があるのです。どうかお守りください……!)