4弾・11話 人工のスピアリー


「だっ、誰なの!?」

 デコリが廃墟となった研究所の地下の通気柵から出てきた精霊を見て声を上げた。稜加もその精霊を見て今までとは違う精霊だと覚って沈黙する。

 その精霊は見た目は灰色の犬のようなのだが、頭に一角馬(ユニコーン)のような角に尻尾が三又になっていて前脚と後脚の間にも一組脚があるという正に映画『ザ・キマイラ』に出てくる合成獣か海外の原子爆破の影響で生まれた奇形のようであった。

「あ、あなたはキマイラなの!? だからこんな姿なの!?」

 デコリがその精霊に尋ねると精霊はこう答えてきた。

「確かにおれはお前らの言うキマイラにあたるだろうよ。だけどおれだって好きでこんな姿で生まれてきたんじゃねぇ」

 犬型精霊は少年のような声を出して稜加とデコリに言った。

「あの……もしかして狂科学者(マッドサイエンティスト)の手によって生み出された人工精霊なの?」

 稜加が質問してきて精霊は二人に生い立ちを語ってきた。


 デコリと稜加の前に現れた精霊はヘルバウという固有名詞で、ある科学者の手によって人工的に造られた精霊であった。

 ヘルバウの他にも人工精霊や合成獣が何体かいるが、科学者が動物や野生精霊の不当な乱獲及び実験で逮捕されて大型の合成獣や危険な精霊は人間や自然体の精霊に危害を及ぼすからと抹殺され、かろうじて殺処分から免れた人工精霊はアンブロゥ生体ラボに残ってひっそりと生存していたんだ。食糧は近くの動物園や真夜中の町に出て廃棄されたエサや生ゴミを食べて凌いできた。

「そうかぁ。人工精霊や合成獣をそのまま生かして置いたら何やらかすかわからないからなんだね」

 稜加はヘルバウの話を聞いて半分理解半分同情する。

「おれの他にも人工精霊や小さい合成獣がいるんだけど、おれと違って臆病だから建物の中にいるんだ」

 どうやら人工生命でも性格や知能は誰もが違うのだと稜加は覚った。


「何ぃ!? 脱獄者の一人がこの町に来ているだとぅ!?」

 稜加と離れてしまったサヴェリオは偶然アンブロゥの住民を景気づけさせる為のボランティアに来ていたジョルフラン州知事の娘で婚約者のメイティスと共に稜加を探していると、憲兵の若い青年が脱獄者の情報を教えてくれた。

「はい。名前はザジオーラ=ドローニ、二十七歳。職業は生物学者。ですが動物愛護法違反と精霊待遇罪の罪で数年前に逮捕されましたが、ガラシャ女王の手によって一時的に釈放されました」

 それを聞いてサヴェリオは顔をしかめ、メイティスが憲兵に尋ねてくる。

「確かザジオーラ=ドローニは野良犬猫や町中の鳥などの小動物の他、保護動物や危険生物を捕まえて生体実験を繰り返していたんでしょう?」

「はい。他にも野生のスピアリーや一族をなくしたスピアリーも捕まえていました。何でも現時点での状態に満足するのではなく、優れた性能にするとかで」

「ああ、思い出した。ザジオーラ博士は最初は生物の延命や無病といったまともな方の研究をしていたのに、だんだんとそっち方面に行っちまった問題者だったんだよなぁ。おれもザジオーラ博士の裁判で傍聴席にいたけれど、あの発言は忘れられん」

 サヴェリオは数年前のザジオーラ博士の裁判を思い出す。

「わたしはあくまで全生命の進化の可能性を広げたいだけなのです」

 ザジオーラは自分の罪をこう述べてきた。

「だけど研究所の中は別の種族同士のパーツを移植したのや薬剤投与で体が不自由になったスピアリーとかが出てきてな。拒絶反応とはで亡くなってたり、心を病んだりと兎に角酷い状態だった。大型の合成獣なんかはたくさんの鎖でつながれていたしな」

 サヴェリオは当時の出来事を赤裸々に語ってきた。それからメイティスが青年憲兵に訊いてくる。

「ザジオーラ=ドローニはどこで見かけたっていうの?」

「はい。何でも〈ラドゥン〉という店に入ったと他の憲兵から聞きまして……」

 憲兵はメイティスに情報を提供し、サヴェリオと共に〈ラドゥン〉という店へ向かっていった。


 アンブロゥ生体ラボでは三階は事務所や研究員の住居、二階が手術室や実験室などのいくつかの作業を行う場所で一階が動物の遺伝子を入れて培養させる機械シャーレのある部屋、地下は生き物を入れる檻の層で構成されていた。

 長いこと放置されているので空気は荒み匂いもきつく、埃もクモの巣などの汚れも溜まっていて、よく人工精霊や合成獣はこんな所に棲めたものだなと稜加は思った。

 透明な筒が並ぶシャーレにはいくつかのパイプやコンソールとつながっており、広々とした部屋に何十も設置されていた。

「うわぁ、SF漫画の世界に入っちゃったみたい」

「SF漫画? 稜加のお父さんが持っているんだよね。テヅカとかフジコFとかイシノモリとか」

 稜加が研究所の中を見て思わずこう言って、デコリが家族の留守中に稜加の父が所有している昭和の漫画を少し覗いたことを言ってきた。稜加の父はSF漫画をたくさん持っているが半分は庭の物置に閉まっており、稜加の父は閉まっている漫画を読めるようにと二階建ての家に引っ越すか二畳ほどの離れ小屋を購入しようか検討していた。

 稜加とデコリはヘルバウの案内を受けて他の人工精霊や合成獣のいる場所――即ち地下室に移動した。地下室には何と上の建物より広さで、虎などの大型の獣が入れる檻、兎などの小動物が入れる程のコインロッカー大の檻、その中間の大きさの動物が入れる檻もあった。中には骨もあって、ただの生き物としてではなく複数の尾があったり双頭や六本脚、中にはサソリの尾やコウモリもしくは鳥の翼を移植した骨もあった。

 また人工精霊や合成獣も生きていたとしても、左右どちらかの眼がなかったり、片腕か片脚、昆虫のように両脚四本脚か四本腕に二脚のような姿、奇形や障碍持ちのような姿であった。稜加とデコリは放射能入りの食品を食べて生まれた子供が奇形児だったという原爆事故の記録を思い出させた。

 ヘルバウ以外の人工精霊や合成獣は稜加とデコリを見て、初めて人間を見た野良犬猫のように怯えた。

(人間の科学者の手によって生まれてきたこの子たち、保護されて衣食住整った生活を受けられても人間や自然のスピアリーは受け容れてくれるのだろうか?)

 形が良ければ市場出荷できるが悪ければ家畜の餌と育てた人間が食べる野菜や果物を思い浮かべる稜加。ドイツの僧侶メンデルが発見した遺伝学は理科の授業で学んだ。語学や数学よりも理科は学びやすかった。

 カッ、と音が鳴って稜加もデコリもハッとなって後ろを振り向いた。

「お、お前は……!」

 ヘルバウがそこに現れた人物を見て声を上げた。


 一方サヴェリオとメイティス、そのパートナー精霊は〈ラドゥン〉の店に現れたザジオーラを見て驚いた。〈ラドゥン〉は百頭の大蛇の看板がある店で、昼間はコーヒーや紅茶などが出る喫茶店で夜は酒が出てくる酒場である。店の中は床板と白い壁紙に〈グロウアップ〉のマナピースでつく円盤状の照明、いくつものの円卓とカウンター席、ベーシックな服装の店員たちがサヴェリオが客の一人を押えつけたのを見て、思わずパニックに陥るも誤解だとわかった。

「全くの別人だったとは……」

 ザジオーラは長身のやせ形美女で赤褐色のストレートセミに赤紫色の冷たい形の眼が特徴であったが、サヴェリオとメイティスの目の前の女性は同じ色の髪と眼をしていたが、サヴェリオに無理矢理押さえつけられた為何が何だかわからない困った表情をしていた。

「も、申し訳ございません。てっきり指名手配犯かと……」

 メイティスもザジオーラと間違えられた女性に謝罪をする。ザジオーラそっくりの女性は事件記者のアリッシア=マリア―ネで。憲兵に取材しようとしてきただけであった。

「わ、わたしも見知らぬ人から恨まれていたかと思って驚いたけど……、反省しているのならいいわ」

 アリッシアの言葉を聞いてサヴェリオは顔を上げる。アリッシアはボタン付きのベージュのコートにワインレッドのハイネック、灰色のパンタロンに黒いブーティの服装でザジオーラの記事写真に身なりに似ていたのもあって勘違いした。

「ありがとうございます……。ところでアリッシアさんはリボンのスピアリーを連れた十五歳位の女の子を見かけませんでしたか?」

「いいえ。知らないわ」

 アリッシアの言葉を聞いてサヴェリオは自ら探した方がいいと判断した。


「あなたが、ここの研究所にいた狂科学者(マッドサイエンティスト)なの?」

 稜加とデコリ、ヘルバウら人工精霊は廃墟の研究所に現れた人物を目にして一歩引いた。

 灰色のフードジャケットに黒い上下のパンツルック、硬めのスニーカーの服装だったから男だと思っていたが、赤褐色の髪を短く刈り込んだ女だった。眼は赤紫色の冷たい形で一七〇センチ前半のやせ型、肌は白に近いベージュ。王城の会議室で見た脱獄者の一人――ザジオーラ=ドローニであった。

「ふふ……。ようやく戻ってこれたわ。わたしの場所へ」


「サヴェリオ! 大変だ〜!」

〈ラドゥン〉には入らず空から稜加とデコリを探していたトルナーがサヴェリオとメイティスの前に現れた。

「稜加とデコリはアンブロゥの生体ラボにいた。そこには人工的に造られたスピアリーや合成獣がいて、男がみんなの前に現れたと思ったら、そいつは髪を短く刈った女だったんだ! 髪の毛は赤い褐色で……」

 それを聞いてサヴェリオは生体ラボに入った人物こそが脱獄者の一人で狂科学によって罪人になったザジオーラだと察した。サヴェリオはトルナーに言う。

「そこに案内してくれ! 稜加たちが危ない!」