3弾・5話 聖水の材料を探しに


マダム=ドラーナは稜加が何故異世界人である稜加がここに来た理由を一から一〇まで全部聞くと頷いた。

「わかりました。あなたのお友達の冴草ムラート丈斗くんの居場所を占いましょう」

 そう言って家政婦の女性に指示を出してきた。

「ヤルダ! 食器を片付けて部屋の光を遮断して占い道具を持ってきてちょうだい」

 若い家政婦ヤルダはマダム=ドラーナに言われたことをてきぱきと済ませて、マダム=ドラーナの占い道具の入った箱を持ってくる。

 占い道具の箱は赤い革張りで表面がすりきれていていたけど、中は色んな道具が入っていた。マダム=ドラーナはヤルダが磨いたテーブルの上に黒いベルベットのクロスをかけて、更に五芒星の金糸の刺しゅうが施された赤い布地を置いて長方形のカードを上手く切って、それを五芒星の隅と中心においてめくった。

(現代のタロット占いに似ているな)

 稜加はマダム=ドラーナのカード占いを見て思った。マダム=ドラーナは五隅の札を時計回りにめくり、学問を示す〈本〉、悩みを示す〈分かれ道〉、幸運を示す〈星空〉、不吉を示す〈墓碑〉、忍耐を示す〈檻〉、中心には可能性を示す〈晴天〉が現れる。

「あなたと冴草くんは学問に対する悩みを持ち、あなたには幸運と不吉が交互に回ってくる。しかし、その不吉に耐えれば乗り越えられる――。これが占いの結果よ」

 それからマダム=ドラーナは自分の拳と同じ大きさの紅水晶の玉を出して念じる。すると水晶玉に冴草くんが仰向けに横たわってまぶたを閉ざしている様子が映り、更に中が半円状の洞窟の中にいて、洞窟は外の景色に変わり、赤茶けた渓谷になった。

「ここはキレール州の南にある〈霊界の口〉!? 伝説によると、死霊が集まるという名所だわ!」

「ええっ!? さ、冴草くんが〈霊界の口〉に? まさか冴草くん、霊界に連れていかれるんじゃあ……」

 それを聞いて稜加は青ざめた。立ち上がろうとしたがサヴェリオに止められた。

「落ち着け。まだ解決策が出ていない」

「で、でも……」

 するとマダム=ドラーナが伝えてきた。

「あなたの持っている救済者のマナピースが彼を救うことになるわね。あなたのパートナー精霊と一緒に、お友達を助けに行くのよ」


 稜加とデコリとサヴェリオはマダム=ドラーナの屋敷を出た。屋敷の中は涼しかったけれど、外はむわっと暑さが伝わってきた。冴草くんの居場所はわかったけれど、〈霊界の口〉なんて聞いただけで恐ろしい場所に行くのにはためらいが出た。

「稜加、〈霊界の口〉に行くのが怖いの?」

 デコリが尋ねてみると、稜加は浮かない顔をして返事をする。

「うん……。〈霊界の口〉って聞いただけで、嫌な予感が伝わってきたよ。わたしはエルザミーナの人間じゃないから、〈霊界の口〉のことは詳しく調べていないけど、幽霊が冴草くんのことを襲っちゃうんじゃあないか、って……」

 現実世界では志望の高校に入学するための勉強や学校やその他諸々で抱えているのに、エルザミーナに再び訪れてみたらいるイルゼーラたちが得体の知れない敵に襲われる夢を見、エルザミーナに飛ばされた時に同じ塾に通う男子がはぐれたりともう稜加にとっては見えない壁が塞がっているようであった。

「だけどよ、マダム=ドラーナが悪霊払いの聖水のメモをくれたろ? シラム号に乗って採りに行けばいいだろう」

 サヴェリオに言われて稜加は〈悪霊払いの聖水〉のメモをベストのポケットから出して目に通す。小さな羊皮紙に書かれたそれにはマダム=ドラーナの細い字でこう書かれていた。


『〈悪霊払いの聖水〉の材料

・カトラージ州の南にあるビアンカアラン山脈の天然水を小樽一杯。

・インブリア州の北部にあるミムス岩塩鉱の塩大匙一杯。塩には清めの効果あり。

・チェチア州の北西にある赤杉林地帯に咲くキマユソウを一株。キマユソウは消臭効果がある為魔除けに使われる」

 マダム=ドラーナから〈悪霊払いの聖水〉の材料のメモをもらったとはいえ、三つとも集められるだろうかと悩ませた。


「そしたら他の救い手にも協力してもらったらどうだ?」

「え? ジーナやエドマンドやパーシーにも? だけどの三人って学校も仕事もあるんじゃあ……」

 サヴェリオの案を聞いて稜加は他の三人の救い手の日常の妨げになるとためらったが、デコリが割って入ってくる。

「そんなこと言っていたら、ますます冴草くんが助からなくなっちゃうんじゃないの!? 考えている行動しなよ!」

 デコリに言われて稜加は迷いから醒める。

「そうよね。人を頼ることも大事よね……」


 稜加とデコリとサヴェリオはシラム号へ戻り、またシラム号の中にあるレザーリンドの王城と連絡が取れる無線機を使ってイルゼーラと交信することにした。

 エルザミーナの世界でも通信手段の機器があったことに稜加は頷いた。エルザミーナの通信機は町中にある大きめの通信機は現実世界の公衆電話にあたり、また個人が持つ小さな筒状もあった。これらは〈共鳴〉と〈通信〉のマナピースで動き、遠くの人とのやり取りが出来るのだ。

 シラム号の中の通信機は靴箱位の大きさで、しかも映像板(ビジョナー)もついているので相手の様子がわかるのだ。サヴェリオはレザーリンド王城のイルゼーラの私室と通信をつなぎ、透明な蓋のような映像板にイルゼーラの顔が映し出される。イルゼーラは自室にある通信機の呼び出しに気づいて応答に出たのだった。

『はい、イルゼーラ=ステファナ=レザーリンドです。どうぞ』

 レザーリンド王城のイルゼーラの自室に届いたことに上手くいったサヴェリオはイルゼーラにマダム=ドラーナの占いの報告を伝えた。

「……という訳で、他の三人にも〈霊界の口〉にいる冴草を助ける為の聖水の材料を採りに行ってもらうことを伝えてほしいんだが」

『ええ。わたしの方から彼らに事情を話して、材料集めに協力を頼むわ。ねぇ、地図は持っている?』

 イルゼーラに訊かれて稜加は国の地図を広げる。

「えっと、カトラージ州の南部にあるビアンカアラン山脈の天然水を小樽一杯。インブリア州の北部のミムス岩塩鉱の塩を大匙一杯、チェチア州の北東に咲く赤杉林地帯のキマユソウを一株……」

 稜加から材料のある場所の地名を聞くとイルゼーラは余裕の笑みを浮かべる。

『そうね、稜加たちはカトラージ州へ向かって。そこはパーシーの住んでいるオスカード市のある州よ。フォントは水に属する精霊だから連れていけるように頼んでみて。

 チェチア州はジーナのいるカンテネレ村のある地域。ジーナにキマユソウ探しを頼んでみるわ。ジーナの家の精霊は樹に属するウッダルトがいるから。

 インブリア州はアルヴァ山のマナピース工房と同じ地域でそこにいるエドマンドと精霊ラッションにお願いしてみるわ。それらが三つ揃ったら、キレール州の〈霊界の口〉の近くで合流しましょう』

「りょ、了解」

 稜加とデコリはイルゼーラの案を聞いて了承する。

「だが今日はもう日が暮れる。あとマダム=ドラーナが言うには、冴草は霊力によって眠らされているだけで命に別状はないそうだ。今日は夜に入るまでにカトラージ州まで飛んでいって一晩過ごし、朝一でウォーレス家へ行く。いいな?」

 サヴェリオが具体的な予定を話してきたので稜加とデコリはそうすることに頷いた。


 サヴェリオが操縦するシラム号はカトラージ州へ向かっていき、やがて日の入りの頃に入ると、カトラージ州との境目の山脈を越えていった後にシラム号を森の中に停泊させた。

 その森は野生のカモシカやリスや野ウサギなどが棲息する森だったので、クマなどの凶暴な生き物は出なかった。サヴェリオは運転疲れ、デコリもスヤスヤ寝ている中、稜加は受験生といえど塾が終われば必ず帰宅できる生活の方が安全で恵まれているかのありがたみを感じたのだった。

 森での一夜を終え朝食の後は同期の救済者であるパシフィシェル=ウォーレスとウォーレス家の精霊フォントのいるオスカード市へ飛んでいった。この日も風の低い快晴でシラム号はやがて、オスカード市へ到着したのだった。

 サヴェリオはシラム号を公共の飛行場に停泊させて、そこの職員にイルゼーラから渡された通行手形の券を見せて町に入る。

 オスカード市は建物や町の地面は灰色や黄色や茶色や黒の石ブロックを使い、稜加の世界でいうとこのモダン風で、レザーリンドの副都市の一つである。人々は身なりのいい服を着て、運河には水のマナブロックで動く小型船が泳いでいて運河に落ちたごみを回収し、道路では炎のマナブロックで動く炎動車が走り、地面の線路に沿って走る路面列車(トラム)は雷のマナブロックで動いていた。

 パシフィシェルのいるウォーレス家は路面列車に乗って移動した。車内は左右の壁に座席が設けられ、おじいさんや乳児を連れた母親、出張先へ向かう会社員もいて、稜加とデコリとサヴェリオも席に座っていた。

 稜加は正面に座っている状態で窓の景色を見つめる。黄色をはじめとする複数の石材を使ったオスカード市は以前テレビ番組『世界鉄道の旅』で観たオランダの首都アムステルダムの街並みに似ていると思った。町中の運河に二階言う状の建物が並ぶ景色、町中の花壇と街路樹も現実にあるチューリップやヒヤシンス、マロニエやプラタナスに似ていた。

(レザーリンド王国の外の国ってどんな風なのかしら。もしかしたら日本に似た国もあるかもしれない)

 だけど今の稜加の状況はキレール州の渓谷にいる冴草くんを助ける為に他の救済者の力を借りて〈悪霊払いの聖水〉の材料を採りに行くことであった。

 やがて路面列車は二階以上の建物と運河の並ぶビル街から屋根も壁も敷地も異なる住宅区に着いた。三人はここで降車し、駅から歩いて十分先のウォーレス邸へ向かったのだった。オスカード住宅街駅の周囲は公園や郵便局や銀行といった市外に住む人でも利用できるように設けられていた。

 藍色の方長型の屋根にサンドイエローのブロック壁で、二階建てで玄関の上にバルコニーのある家で庭も広く芝生と噴水と花壇のあるウォーレス邸に着くと、サヴェリオは呼び鈴を鳴らす。リンゴーン、という音の後、三十代前半の大柄な女性が出てくる。女性はベージュの髪をカールショートにして青緑色の眼、白いエプロンの下に黒いシャツと茶色い巻きスカートの女性、家政婦のベルンが出てきた。

「実はこれこれこういうことがありまして……」とサヴェリオが説明すると、ベルンは主人の許可が出ているからと三人を中へ入れてくれた。

 ウォーレス邸も涼風を起こすマナピースで暑さが和らいでおり、ベルンが整頓とした客間に案内された。アンティーク調の家具にレースと花柄のカーテンなどがある客間のテーブルにはベルンが出してくれた氷の入ったグラスには香りのよい花茶、お茶菓子として美味しそうなピーチタルトが出された。生の白桃をジェリーコーティングしフィリングはレアチーズのようで、デコリも稜加も舌つづみを打った。

 三人が客間で待っていると、白髪の禿げ頭に鷲鼻、黄褐色のつり上がりの目に大きな口の老人が入ってきた。老人は長袖の麻シャツに薄手のスラックスをきていた。

「あ、お、お久しぶりです……」

 稜加は老人を目にすると姿勢を正して、デコリも稜加を倣って姿勢を正す。

「お久しぶりです、マッテオさん。ここに来たのには理由がありまして……」

 サヴェリオがマッテオ老人に挨拶した。マッテオは一人掛けのソファに座ると、三人に言った。

「じゃあ、その理由をワシに教えてくれんかのぅ」

 稜加とデコリとサヴェリオは順々に理由を話し、〈霊界の口〉へ行く為の聖水の材料を採りにウォーレス家の精霊、フォントを貸してほしいと頼んできた。

「わかった。見ず知らずのはぐれ水精霊を捕まえるよりもフォントを貸した方がよかろう。しかし稜加くん、君がまたエルザミーナの世界に来るなんて」

 マッテオは稜加を見つめる。マッテオは五十五年前、今は亡き稜加の祖母・利恵子と出会っていた。利恵子はその時のエルザミーナの救済者だったからだ。

「まぁ、夕方前になったら孫娘二人が帰ってきますから、それまで待っていて下され」

「申し訳ありません……。フォントはウォーレス家の精霊でパーシーのパートナーでもありますからね」

 稜加はマッテオに言った。それからしてサヴェリオは操縦疲れで客間の二人掛けソファで寝そべって昼寝をし、稜加は客間の片隅に置いてある小机で受験勉強をしだした。待っている間に何かを費やすのは無駄使いを失くす方法である。稜加が受験勉強している間、デコリは庭で遊んでいた。

 稜加一行がウォーレス家に来てから約三時間後、玄関で「ただいま」の声が二人分飛んできた。するとパタパタと軽い駆け足が聞こえてきて客間のドアが開かれて一人の少女が入ってきたのだった。

 ストレートセミロングの藍色の髪にマッテオと同じ黄褐色の角ばった目に稜加より二、三歳下のパシフィシェルことパーシーである。

「あ、ああ、パーシー、久しぶり……」

 するとパーシーは稜加に飛びついて抱きしめてきたのだった。

「稜加ちゃん、久しぶり! また来てくれるなんて思っていなかったよ」

「あ、ああ、ありがとう……」

 その時、パーシーと同じ藍色の髪を三つ編みにして黄褐色の垂れ目に丸眼鏡の稜加と同い年の少女が入ってきたのだった。パーシーの姉、ウルスラは帰ってきたばかりだったので制服を着ていた。黒い半袖のインナーブラウスに白いロングベストに灰がかった青のハイウェイストスカート。だけど胸元のリボンタイはパーシーは黄色、ウルスラは紺と白の縞模様である。

 パーシー姉妹は稜加から事情を聞くと、パーシーは「そういうことなら」と交渉を成立させた。

「パーシー、あと二十日で修了式なのに学校はどうするの? また職業訓練ってことにするの?」

 ウルスラが尋ねてくると、パーシーはこう答えてくる。

「そしたらキレール州への短期遊学ってことにするよ。先生たちにはキレール州へ行った時のレポートを出しておくからさ」