4弾・5話 ジーナ、セブリス州へ


本当に憲兵と王城からの派遣兵以外は人っ子一人もいないわね……」

 ジーナとウッダルトはレザーリンド王国の南西セブリス州の北部にある町、チュネットを訪れていた。

 レザーリンド王国は世界の東ウォルカン大陸の中枢に位置しているが、均衡のとれた気候と鉱物資源と農耕地に恵まれている土地で、南部は国民の主要食である穀物が多く採れることで有名だった。

 ジーナとウッダルト、ペアになった近衛兵キオーロが降り立ったチュネットは商業地区で宿泊所と飲食店と衣類などの商店が多く、州の境目もあって旅人たちの安息所としてお馴染みなのだが、王立監獄からの脱獄者が潜んでいるのもあって、どの店も職場も閉鎖されていた。

「今の住民たちは王城からの支給されている食糧や薬やマナピースで生活をしのいでいますが、それもいつ尽きてしまうかもありますので」

 キオーロがジーナとウッダルトに教える。キオーロは二十歳の近衛隊員で短く刈った黒髪に楕円型の黒縁眼鏡、スマートな体格は接近戦や肉弾戦には向いていないが、狙撃の実力と知能指数は一二五もあって記憶力と情報収集にはたけていた。

 チュネットは灰色の石畳の道路と赤オレンジ青などのカラフルな屋根の建物が多く、屋根も壁も白い町役場には所々緑の雑草が生え、建物の床や道路にも雑草が生えていて町の見栄えを損なわせていた。

 うえーん、と赤ん坊の泣く声が聞こえる家、喧嘩する兄弟のいる家、住人も外出したくても出来ないストレス相当溜まっているのがわかる。

 ジーナとウッダルトとキオーロがチュネットの町中を歩いていると、ぼうぼうの雑草と石ころだらけのだたっ広い荒れ地を見つけた。

「こんな町中に何もない土地があるの?」

 ジーナがキオーロに訊いてくるとキオーロはこう答える。

「はい。以前の土地の持ち主が亡くなったり、建物が古くて取り壊されても放置された土地は南部西部にあちこちありますよ」

 ジーナはその荒れ地を見て何かに活用出来そうかと考えて私案を出す。

「こんな広い土地あったら農業に使えないかな。野菜果物穀物は難しいけど薬草や花ならさ」

「そうだよな。脱獄者を捕まえたら町の人たちは王室からの支援を受けたお返しとして、植物を育ててそれで商いをすればいいんじゃないかな」

 ウッダルトも賛同する。

「じゃあ脱獄者を捕らえたら農林大臣に伝えてチュネットの荒れ地を耕地に出来るか相談してみます」

 キオーロがジーナの案を受け入れて保留することにした。


 一方でチュネットの町の大型市場――現実世界でいうなら大型スーパーマーケットでは金銭のない若者たちが脱獄者が徘徊しているにも関わらず、服や靴やアクセサリーやマナピース、食品売り場に残っていた商品を手に入れる為に忍び込んでいた。

 彼らは競馬などのギャンブルや後先考えずにクレジットカードで買い物しまくって借金を作ってしまった。それで食うにも困っていた処を狙って大型市場の商品や事務所の金庫の中身を盗んで生活していたのだ。もちろん個人利用の他に知り合いに高値で売りつけたり、高い品物と交換して生活費を賄っていたのだ。特に若い知人や親せきのいない老人や障碍者は彼らのいいターゲットであった。

 若い男の盗っ人二人が家具売り場を目にして呟いた。

「ベッドやソファも〈スモライズ〉のマナピースで小さくして運べるけれど、盗んだ後の置き場所に困るからなぁ」

「それは仕方がないさ。大きい品物がなくなったら盗まれたってバレちまうからな」

「王室からの支給品だけじゃいつ尽きるかわからねぇし、忍び込むにも憲兵の目を盗むのも難しいからな」

 するとキャスター付きの仕切りカーテンの向こうからグオ〜グオ〜と聞こえてきた。

「ひっ。何だ!? まさか他の盗っ人が!?」

 二人の若者はびくついたがどっちかに行かせようともみ合っていると、カーテンがシャッと開いて、そこからスキンヘッドに左ほおに十字傷のある二メートル近い背丈にギョロリとした灰緑の眼の男が出てきたのだ。男はシャツやズボンなどの一般的な服ではなく、えんじ色のルームローブに皮の室内履きを身に付けていた。大型市場で売っている服や靴は彼の身の丈に合わず、大きめのルームローブと室内履きで間に合わせたのだろう。

「お前ら、誰だぁ!!」

 スキンヘッドの巨漢は二人の若い盗っ人に目をつけると唸るように声を出した。

「ひっ、ひぃぃぃぃっ!!」

 二人の若者は盗んだ食糧やマナピースやアクセサリー入りのリュックサックを放り出して死に物狂いで逃げ出した。


 それからして脱獄者探しをしているジーナ&ウッダルト、キオーロの元にチュネットの憲兵が二人の窃盗犯を見つけて脱獄者らしき男を目撃したと通信機化させたスターターから連絡が入ってきた。

「何!? 大型市場で脱獄者の目撃情報!? わかった、今行く!」

 キオーロのスターターに通信が入るとジーナとウッダルトも顔を見合わせて現場へ向かったのだった。

 大型市場はチュネットの大きな平地に建てられていて、五階建ての大きな赤い屋根にクリーム色の建物だった。ジーナら三人のいた荒れ地から歩いて七分の距離で町の西側に位置していた。

 大型市場の周りには黒い軍服型制服の憲兵たちが来ており、また閉鎖された大型市場に忍び込んでいた窃盗犯たちも確保されていた。

「王城の近衛隊だ! ここに脱獄者がいるのか!?」

 キオーロが駆けつけてきて憲兵の一人に声をかけてきた。ジーナも息を切らしながら駆けつけてきて、ウッダルトもついてきた。

「あ、近衛隊員殿と陛下の使者の方、ご苦労であります! 何でもこの者たちがスキンヘッドの大男がいたと目撃して死に物狂いで逃げてきたと供述しております!」

  若い青年の憲兵がキオーロとジーナに敬礼を取り、ジーナが憲兵に拘束された二人の若い男を目にする。ジーナは二人の若者に近寄って尋問してくる。

「ねぇ、あんたたち。この大型市場で何をしていたんだい?」

  二人の若者は憲兵によって縄で拘束され、石畳の地面に座らされている処をジーナが立った状態で睨みつけてきたので、思わず本当のことを言ってしまった。

「ひぃっ。お、おれたちは食いもんと着るもんに困って、脱獄者が徘徊しているのを利用して大型市場に忍び込んで服や食糧やマナピースを盗ったんだよ〜。おれやおれと同じようなことをしている連中は身寄りがないし、貯金も予備のマナピースもないし……」

「だからって盗んだ物で生活したってどうにかなる訳じゃないんだよ!?」

  ジーナは若者たちの行いを聞いて叱責した。ジーナが窃盗犯に叱る剣幕を見てびくついた憲兵もいた。

「ご、ごめんなさい〜。だけど憲兵に捕まってムショの世話になったとしても仕方がない、って思っているよ! ちゃんと罪は償うから……」

 若者が号泣して赦し乞いをしているのを見てキオーロや他の憲兵がジーナをなだめた。

「彼らは反省しているようだし、これ位でいいんじゃないかと」

「全く。あたしだって貧しいけれどせっせと木を伐って他の人に売ってるんだ! 同じ身分なのに恥ずかしいったらありゃしない」

 ジーナが若者に説教した後、ウッダルトが声をかけてくる。

「ジーナ、盗っ人は憲兵の人たちに任せて、おいらたちは脱獄者を捕まえようぜ」

「そうですよ。窃盗犯は憲兵に任せて我々は脱獄者の捕縛ですよ。今ならまだ間に合います」

 キオーロが言うと、ジーナはウッダルトを率いて脱獄者のいる大型市場に入ることにした。


 大型市場は正面玄関や各階の非常口、物資運搬エレベーターは閉ざされているが、三階以上の窓はセキュリティが甘かったので、ジーナは自分の持つ深緑色のスターターに緑色のマナピース、地面から生える根っこの浮彫の〈バインアップ〉をはめ込んで、建物の地面から木の根が出てきて更にキオーロが梯子の浮彫の入った白い透明の無属性の〈ラダー〉をライトグレイのスターターにはめ込んで、細長い木の梯子が出来た。

 ジーナとキオーロは細木の梯子をつたって三階の事務室の窓から入った。窓は九マス目の窓枠にガラスがはめ込まれているが、一ヶ所の窓を割ってウッダルトが割れた窓ガラスの中に入って、鍵を外して窓を開けてくれた。窓は上に押して開くタイプでジーナとキオーロはそこへ潜入する。

 事務所は壁付けの棚に売り上げなどの資料を入れるバインダーなどの書類やマナーなどの本が並び、その真下にはダイヤル式の金庫があってよほど頭のいい泥棒が開けたのか半開きになっていて、中身の現金や重要な書類などはなく空(から)になっていた。他にも木の事務机や印刷機、タイプライターもあって、埃がたまっていた。

 ジーナたちは脱獄者にバレないように忍び足で事務所を出て大型市場の売り場に出た。売り場はほの暗く照明も使えない為、キオーロが灯りをだす〈グロウアップ〉のマナピースをスターターにはめ込んで、スターターが光りだして辺りを見回すことが出来た。

 チュネットの大型市場は一階が食品やタオルなどの生活用品の売り場、二階が家具やマナピース専用家財の売り場、三階が本屋と音楽店とマナピースショップ、四階が服や靴や帽子などの小物に時計や宝石の売り場、五階は飲食店だが現在は閉鎖されて食材もない。

「そういえば窃盗犯は二階で大男を見かけたって言ってましたよ」

 キオーロが小声でジーナに教える。

「でも、ここにはいないらしいぞ? もしかして一階に移ったのかも」

 ウッダルトが呟くとジーナもキオーロも確かにと察する。

「それもそうね。けど脱獄者はどうやってジョルフラン州の監獄からセブリス州まで逃げられたんだろう?」

 スターターは今の持ち主以外は使うことが出来ない。スターターは始めて使う時に持ち主の遺伝子や染色体を登録することで使うことが出来る。稜加が現実世界の人間でありながら祖母・利恵子のスターターが使えたのは利恵子がすでに亡くなっていて稜加の遺伝子が組み込まれたからである。

「しかも新品のスターターは買った場所の記録もわかりますからね。盗んだとしか思えませんね」

「だろうね。だけども他人(ひと)様のを盗んでも使えないし……」

 ジーナはそう呟き、室内の階段を忍び足で下りる。階段はかなり音が響くので足音を立てずに進むしかなかった。

 一階の生活用品売り場では商品棚のタオルや食器、トイレットペーパーや石?などの生活用品が大方さっきの若者のような泥棒に盗まれており、品薄状態になっていた。食品売り場もガラスケースの肉や魚は一つもなく、野菜や果物や穀物もない。だけど缶詰めや瓶詰めや箱詰めの菓子などの長持ちするようなのはそのままにされていたが、やはり泥棒によって盗まれて無造作に倒れている物もあった。

 カランッと音がしたのでキオーロが足元を見てみると、中身が食べつくされた缶や瓶や紙箱が散乱していた。

「も、もしかして……」

 ウッダルトが不安気になると、酒コーナーからスキンヘッドに左ほおに傷、灰緑の眼にルームローブと皮の室内履き姿の大男が出てきたのだ。

「おう、お前ら。さっきの奴らの仲間か?」

 大男は赤ワインの瓶をラッパ飲みしながらジーナたちに訊いてきた。

「ジーナさん。この男は脱獄者のグリエルモ=グァッロですよ! 元鉱山夫で力もあるけど粗暴で手に負えないようですよ!」

 キオーロがジーナに脱獄者の情報を教え、ウッダルトはグリエルモに身震いするも逃げ出そうとせず、ジーナも身構える。

「おう、姉ちゃん。おれとやろうってのか? 後悔しても知らねぇぞ?」

 グリエルモがジーナをジロジロ見てほくそ笑む。しかしジーナはガラシャ女王の部下の時も〈冥界の口〉の悪霊との戦いの時も乗り越えてきたから敵の出現には慣れていたのだった。

「ああ。あたしがあんたを捕らえる!!」