稜加が同級生の多都恵の元を訪ねに行ってから数日後――。陽之原高校一年の面々は夏休み前の学校行事、茨城県南東の海水浴場にやって来たのだった。 臨海学校の日は三日とも晴天で、海は白波を立てた藍色で、空は山の空よりも濃いコバルトブルーだった。長い砂浜の海水浴場にも何十人かの来訪者が来ており、帆の付いたサーフボードに乗ってウィンドサーフィンをする若者や普通のサーフィンをする人、海面に張られたブイより向こうには行かないように泳いでいる男女もいて、内陸の町内会のグループも来ていて子供たちはなるべく浜から浅めの所で遊ばせていた。 陽之原高校一年生は学校で観光バスに乗り込んで南栃木市から高速道路を走って茨城県に入り、バス移動中は水着や普段着の件で盛り上がり、中には早朝に起きてきたので眠っている生徒もいた。 昼十二時前に宿泊先の旅館に着いて、舞台のある大広間で旅館の人たちが作ってくれた昼食を食べた。陽之原高校の臨海学校は私服での参加で、制服時とは違った普段着の姿が見られて新鮮だった。 稜加と同じ服飾科五班の面子は、美人の大久保聖亜良は黒地に黄色い百合柄のキャミソールワンピースにレース付きの白いカーディガン、おちゃめな吹上いすずは黒いメッシュ入りのキャンプベストに赤白ボーダーTシャツ灰色のハーフカーゴパンツ、眼鏡の柏倉清音はモスグリーンのフリルシャツに紺色のクロップドパンツ、黒一点の鍋山碧登は白地に青のマドラスチェックの半袖シャツにタンクトップにカーキ色のワークパンツという具合に。稜加と寮が同室の千塚丹深はベルト付きの灰色のシャツワンピースで、唐井多都恵は以前会った時と同じように大きめの茶色のプリントTシャツに薄手のデニムパンツだった。この時の稜加は四角襟の黄色いカットソーに黒い裾上げ七分パンツだった。 旅館で出された昼食は箱膳に盛られ、麦入りご飯に海藻の味噌汁、金平ごぼう、白滝のたらこ和え、キャベツの千切り付きのブタの生姜焼きである。 食べた後は割り当てられた宿泊室へ行き、女子の方が生徒数が多い陽之原高校では男子は違う班でも同じ部屋で六〜八人、女子は四〜六人と定まっていた。稜加たち服飾科一年五班は四人部屋に泊まり、押し入れと壁付け棚と正方形のちゃぶ台と部屋の奥にはテラスがあって二脚の椅子とテーブルが置かれ、そこから海の景色が見える。どの部屋にも出入り口にトイレが設けられていた。 電機は天井の丸い照明と冷暖房機と十二インチのテレビがあり、テレビ視聴は他のお客さんの迷惑防止の為に天気予報とニュースのみが許されていた。 一日目の午後は旅館の周辺の町見学だった。海辺の町は瓦屋根の和風造りの家や西洋カントリー風の木材とレンガで出来た家、高台には松やブナなどの林の中に住宅街や学校が建てられていた。海沿いの町は潮風が吹いて、べたつくけれど涼やかだ。稜加も臨海学校先の様子や景色を眺めて、中二の時の臨海学校とは違った感覚を味わった。 背中にナップザックを背負った稜加は海辺の町の公園で一たん休憩している所で、父親は単身赴任、母親は祖母の家へ通いつけで家事及び小四弟と小二妹の世話に追われていたが、叔父さんの出張で臨海学校へ行けた多都恵に声をかける。 「唐井さん、臨海学校来られてよかったね」 「一伊達さん」 商店街より北上にあってブランコなどの遊具と森林徒歩コースと運動場のある公園で休んでいる生徒たちの中で、二人は対面する。他の生徒は公園から見える海の景色を撮影したり、明日の午前にやる海水浴の件を話し合ったり、ドラマの海のシーンの再現を真似したりしていた。 「叔父さんが出張を機に家に泊まってくれて、弟と妹の世話や家事をしてくれるのは良かったけれど……、わたしは一キロしか痩せられなかったよ……」 家の事情は解決できたけど体型を気にしている多都恵の言葉を聞いて、稜加はこうアドバイスをする。 「夏の間は毎週プールに行って泳いだら? 秋になったら隣町まで歩いていくだけでも充分な運動になるよ?」 「そうするよ……」 その後は海を背景に生徒が集まってきねん撮影をして、一日目午後の科目が終わると、旅館に戻って一休みした後に夕食にありついた。夕食も大広間で食べ、赤身漬けマグロ丼に豆腐わかめの味噌汁にホウレン草のお浸しに茶わん蒸し。デザートには缶詰のミカンゼリーが添えてある。茶わん蒸しの中身はかまぼことナツメとシイタケと小さな鶏もも肉が入っていて、稜加にとっては一番おいしく感じた。 その後はクラスごとに大浴場で今日の汗を洗い流し、夜十時までの就寝までは自由時間で稜加たち服飾科五班は聖亜良が持ってきたトランプで神経衰弱やババ抜き、それからファッションイラストの見せ合いもした。 「聖亜良さんのフリルブラウスとマーメイドスカートの色が秋らしくていい!」 「いすずのリボン付きパーカーとレース付きハーフデニムパンツもなかなかよ」 聖亜良といすずがお互いのデザインした服の絵を褒め合った。 「わたしは実用性と芸術性を合わせたシャツとベストとスカートなんだけど……」 「清音ちゃん、スカートはプリーツミニより、巻きスカートの方がセンス上がるんじゃないの?」 稜加が清音のファッションイラストを見て評論する。聖亜良といすずも稜加のファッションイラストを目にして評価する。 「稜加の考えた服、独特さはあるけれど……」 「リョーちんの考えた服、ファンタジーのRPGに出てきそうなのが多いよね」 それを突かれて稜加はギクリとなる。稜加は何度もエルザミーナの世界を行き来している身とはいえ、自身のデザイン服はエルザミーナの、主にレザーリンド王国の衣装を参考にして描いた。パクリといえばパクリであるが、決して地球上の版権ではないから、みんな深く追求しないだろう。 「ま、まぁね。亡くなったおばあちゃんの好きなファンタジー小説に基づいてさぁ」 稜加はごかまし、聖亜良たちも「そうなんだ」と受け入れた。 ようやく夜の十時になって消灯に入った。みんな床に布団を敷いて二列に並んで寝入った。聖亜良と清音は窓側、稜加といすずは出入り口側に布団を敷いた。みんな臨海学校ではしゃいだからか、ぐっすり眠っている。 それから二時間が経って、稜加は目覚めて自分のリュックサックを探り当てて、着替えなどの他に密かに持ってきたスターターとマナピースを、午後の町中見学の時にも背負っていたナップザックに入れていた。みんなが起きないように布団から出て土間の死角になっている壁の方へ行って、スマートフォンの照明機能を使って〈パラレルブリッジ〉のマナピースを見つけて、スターターのくぼみにはめ込んだ。スターターの右下には眠りのマナピース〈スリーピング〉がすでにはめ込まれていた。稜加はスターターから出てきた金色の光に包まれて、姿を消したのだった。 稜加はエルザミーナの世界、レザーリンド王国の王城内に設けられた自分専用の部屋に着いたのだった。部屋の中はチリ一つなく、稜加がいつでも現実世界から来てもいいようにオッタビアが掃除してくれているのだろう。 稜加は〈スリーピング〉のマナピースをスターターから外し、スターターの画面からデコリが出てきて、欠伸をして起きたのだった。 「ふわ〜、よく寝たなぁ」 デコリが目をこする。デコリを自宅の家族に預けて、稜加だけ臨海学校へ行くことは出来ないから、だけども稜加は同じ学校の人たちにバレないように、デコリを連れてきたのだった。といっても、バスなどの移動中や誰かと一緒にいる時はデコリを眠りの〈スリーピング〉のマナピースで寝かしつけていた。 「臨海学校で旅館から見てみた海の景色や、町の中は見ていて面白かったよ」 稜加は一人で行動している時にデコリを出してあげて運動させ、町中見学の時に今持っているナップザックの中にデコリを入れて、デコリは茨城県の海沿いの町をこっそり覗いて見ていたのだ。 「だけども稜加、お城の中でこの格好は……」 デコリがこの時の稜加の姿を見て呟く。稜加は高校の体操着とジャージと裸足だったのだ。 「いいの。幸いレザーリンド城のわたしの部屋に来られたんだから」 稜加は〈パラレルブリッジ〉のマナピースでエルザミーナへ行く時、最近になって「エルザミーナのどこの国のどの建物のどこの部屋」と念じれば、そこに着けると気づいたのだった。 「エルザミーナではデコリは自由なんだから、それでいいでしょ」 そう言って稜加はクローゼットを開けて、中の服を取り出した。この時はサワーピンクのオフショルダーチュニックと灰色のサブリナパンツですそにリボンが付いている。靴は赤紫のクロスストラップのパンプスだ。 稜加はデコリを連れて王城の廊下に出た。廊下の窓を見てみると、空が春よりも濃い青で太陽が白金になって北北東にあった。どうやらレザーリンド王国は夏に入っていったようだった。 所変わって、レザーリンド王国の真東のキフェルス州の農業区に入ってから、エヌマヌルのバハト共和国から来たギラルドと精霊フーモックはひたすら西へ進んでいた。 田畑の多い農業区は主に二階建ての家屋が主にだったが、そこより生活基準の高い場所――町に入ると流石に故郷とは違った印象を感じた。 建物は平均三階建てで石材や金属を使った物が多く、道は茶色や灰色などの石タイルで舗装され、炎のマナブロックで動く四輪の乗り物――炎動車が走り、道の中に二本線に沿って走る箱形の乗り物――雷のマナブロックで動く路面列車(トラム)があった。町の住人も襟の付いたジャケットやシャツ、ノリの張ったスラックスに膝がたるんだニッカボッカと呼ばれるズボン、女性は色も柄も形も違うスカートをはいていて長いのや台形や筒状にフリル・レースなどの付いた物を着て、靴も大工や工事現場勤めの人は甲の硬い膝丈ブーツを履いて、おしゃれな貴婦人は甲の広いパンプスや尖った踵の足首ブーツで素材もエナメルやサテンと様々だった。 建物も単色か複数色の石材を使ったビルの中が店や会社、二階以上は住まいと分けられ窓も山型や長方形、精霊たちも人間の為に働いていたり子守をしてたり、と世帯によって生活していた。 「昨日は町に入る前の林で野宿したからなぁ。それに夜と朝は寒かったのに日が昇る度に暑くなってきてんな」 ギラルドがそう言うと、フーモックが言ってくる。 「ギラルド、体の汚れは水のマナピースで何とかなったから良かったけれど、今朝は林の木の実で凌いでいただろ? どこかで食べたらどうだ?」 「何でこんなことを言うんだよ?」 「だってホラ、町の人間たちは食べ物屋に入っていくし、一般家庭じゃ家に居る人間が何かを作っているじゃないか。今は食べる時間だよ」 フーモックに言われて、ギラルドは気づいた。どこもかしこも油の撥ねる音やガチャガチャという音がして、店によってだが香ばしい匂いや魚を煮たような匂いなどが漂ってきた。 「そういえば、ちゃんとした飯、最後に食べたのは、レザーリンドの前の国で入国した後のあのじいさんばあさんの所だったな。銭も残っているし、腹ごしらえするか!!」 ギラルドは一先ず食べることにして、通りを歩き回った。 レザーリンド王国の町は衣や住だけでなく、食文化もギラルドの祖国と違っていた。バハト共和国では鶏や牛や羊の肉を筒状にして焼いた肉料理がメインで、それを蒸し米や麦の薄焼き生地に入れて食べるのが基本だった。他にもエビや貝の入ったスープ、香辛料の入った焼き魚、他にもマンゴーやアボカドやパパイアなどの温暖な地域に成る果物、何より粘り気のある氷菓子や生菓子もあった。 飲食店は昼食時だった為にどこもかしこも混んでいたが、屋台は空いていた。羊などの串焼き、細長パンに具をはさんだ屋台、丸芋やカボチャなどの根菜を揚げる屋台では油の爆ぜる音がした。 ギラルドとフーモックはある屋台から商品を一つ買って、付属の使い捨てフォークを使って食べた。ホワイトソースとチーズ、緩く茹でた玉子、サイコロ状に切ったベーコンと玉ねぎが入ったカルボナーラである。多くのカルボナーラは細い麺を使うが、らせん状や貝型や筒状のパスタを使うこともある(これは屋台で売る時の盛り付けのしやすさの為)。 「旨ぇ!! 卵と汁のとろみ具合が上手く混ぜ合わさっている!!」 ギラルドは初めて食べる異国食に舌鼓を打った。ただギラルドのいた国では豚肉食が禁止の為、フーモックがベーコンを全部食べた。他にも川魚と米を蒸して細ネギやニンニクなどの薬味が入った弁当を買った。魚は食べられるギラルドにとってカルボナーラよりも好きになれた。冷やした缶の薬草茶も買って喉を潤した。 食べ終わったギラルドが町の公共ごみ箱に種類ごとに箱やフォークや缶を専用のごみ箱に捨てた時だった。 「誰かーっ!!」 女の人の声がして辺りを見回すと、一人の老婦人が若いひったくりの男にハンドバッグを盗られていたのだ。町の人たちはひったくりを捕まえようとしたが、ひったくりは逃げ足が速く誰も捕らえられなかった。それを見てギラルドがフーモックに言った。 「フーモック、あのばあさんを見ててくれ。おれが奴を捕える」 |
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