3弾・4話 マダム=ドラーナを訪ねに


 稜加とデコリは名占い師マダム=ドラーナに会いに行く為にサヴェリオの操縦する飛行艇に乗って、カラドニス州へ旅立つことになった。レザーリンド国には全部で十三の州があり、王城とサヴェリオの実家があるファヴィータ州は国の中心にある。

 ファヴィータ州の王都からカラドニス州にあるオラーパの町へ行くには炎動車なら炎のマナブロックの交換を繰り返していくことで五日かかり、雷のマナブロックで動く列車なら二日の道程。だけど飛行艇なら一日以内で行けるのだった。

 稜加は城下町の衣服店で買った男女兼用のシャツとベストとクロップドパンツとスウェードの編み上げショートブーツに着替えた。持ち物はマナピースを持てる分だけとスターターに王城から学んだ本の写しと紙と筆記用具。必要な物は全部リュックサックへ入れて、サヴェリオはイルゼーラの許可をもらって王室の中型飛行艇を一機借りたのだった。

 中型飛行艇は白い機体に飛翼、プロペラに以前の旅で乗ったマルティナ号と違ってペナント型をしていた。

「これは王室仕えの大臣や将校が主(おも)に使用する中型量産機のシラム号だ。今から五年前のモデルで、マルティナ号より速く飛べる」

 サヴェリオが王城の敷地内に出されたシラム号を稜加とデコリに紹介する。中に入ると四角に近い形のマルティナ号よりスリムなのに中は広めで、二段構造になっており、下は風のマナブロックを設置するエンジンルームとトイレ。上は操縦席と後部座席で、後部座席は夜の時は寝床になる壁付けソファ、後部座席の後ろにミニキッチン。

 旅立の時イルゼーラは政務で見送りに行けなかったが、近衛隊長や他の兵士、料理長やメイドが稜加たちを乗せたシラム号を見送ってくれた。

「それじゃあ行くぜ。離陸開始!!」

 サヴェリオの掛け声と共にプロペラが動き出して、シラム号は滑走し空が紫とピンクに染まって太陽が西に入ろうとする中、飛んでいったのだった。

「行ってらっしゃいませ! 健闘を祈ります!!」

 見送ってくれた王城の人々が口々に一行の方へ向かって叫んでいった。


  稜加とデコリは操縦席の後ろのソファにすわってシートベルトで体を固定していた。シラム号やがて安定した気流に入ると、シートベルトを外して飛行艇から外の景色を覗いてみた。

 空が紫になっていて星が瞬き、白い雲の隙間から緑の芽のような森や森より明るい緑の草原が見えていた。操縦席を見てみると、サヴェリオが操縦桿を握って操縦していた。

「稜加。お腹空いた。何か食べるもの、ある?」

 デコリが稜加にこう言ってくると、稜加は今は夜に近い時だと気づいて返事をした。

「うん、そうだね。調理に使うマナピースもあるし、作ろうか」

  そう言って稜加は後部座席の奥にあるミニキッチンヘ向かった。食料はお城の人が手配してくれたので問題なかった。調理台の近くに積まれている小型の樽があって、それぞれに水や調味料や果物などに小分けされていた。

  食べ物はフリーズドライされたスープ、同じくフリーズドライされたリゾットや真空パックされたソーセージや魚の切り身、調味料も玉ねぎベースのソースやケチャップなどもあった。

  フリーズドライされた食品はお湯でゆでて柔らかくするだけですぐ食べられた。フリーズドライスープは牛肉を中心にキャベツやニンジン、玉ねぎが入っていて、パンは固くならないように特殊な紙――炎のマナピースの粉塵が入ったウォームペーパーで保存されていた。

「おう、デコリ。おれにも食わせてくれ」

 操縦桿を握っているサヴェリオがデコリを呼んで、デコリはサヴェリオにスープとパンを食べさせた。

 やがて空が深い青になると、流石に夜通しで飛行するのは難しくなった。サヴェリオはシラム号を広々とした平地で一夜を過ごすことにしたのだった。サヴェリオは操縦席、稜加とデコリは後部座席でブランケットをかぶって眠った。

 オラーパにいるマダム=ドラーナを訪ねに行くことにしたその日の晩、稜加は悪夢にうなされていた。

 冴草くんの両親、妹、伯父などの親戚から口汚く罵られている夢だった。

「息子を返せ!」

「お兄ちゃんを見捨てるなんてヒドイ!」

「お前を訴えてやる!」

 稜加は冴草くんの家族や親戚に謝ったが誰も赦してくれず、聞き慣れた声で悪夢から目覚められた。

「稜加! 稜加!」

 デコリが稜加を揺さぶり起こしてくれたのだった。

「うなされていたけど、大丈夫?」

「ありがとう、デコリ……。そういや、今は何時……」

 稜加が飛行機の窓を目にすると、空は白々となっていて、早朝だということが分った。サヴェリオはまだ操縦席で口を半開きにして寝ていたが、後ろの調理台から漂ってきた匂いで目が覚めた。あまりにもいい匂いだったので後ろを見てみると、稜加が朝食を作った処だった。

「おはよう、サヴェリオ。朝ごはん、いる?」

 稜加はサヴェリオに訊いてきた。といっても朝食もお湯につけたり炎のマナピースのコンロで焼いて食べる物ばかりだったので、三人は朝食を食べた。真空パックの魚――現代日本のアユに似た魚をフライパンで焼いて玉ねぎソースをかけたのと、冷やしミルク入りの雑穀シリアル、パンの残りと紅茶であった。

 三人は空腹を満たすと、サヴェリオは再び操縦席に着いてシラム号を動かした。この日の朝は風は弱く晴天だったので、シラム号は離陸に入るとプロペラを動かしてオラーパへ飛んでいったのだった。

 シラム号は森と草原、田畑も村も越えていって、シラム号は再飛行から約三時間にカラドニス州の中央寄りにある町、オラーパに着いたのだった。

 オラーパじゃ白と灰色の石の建物がいくつも並び、町の周囲は堀で東西南北に跳ね橋、堀の外側はオラーパの農夫が所持する穀物や野菜の畑、かんきつ類や桃の果樹園もあった。町の北は岩石地帯でそこから建物や塀の材料となる石を切り出して鉄製の荷車に乗せて、更に金属の馬や牛のような機械が荷車を引いていたのだった。

「うわっ、何あれ!? エルザミーナの世界にもロボットがいたのね!」

 稜加は金属の牛馬を見て興奮するが、サヴェリオがこう教えてきた。

「あれは職人たちが造り出した〈アートロドット〉だ。まぁ、魔変人形(ミスティックプーペ)の上級版ってとこだな」

 魔変人形――イルゼーラの父王の崩御後、女王になったガラシャが部下のならず者たちに与えた戦力。持ち主の顔とマナピースの攻撃で稜加一行を襲ってきたのだが、救済者は救済のマナピースで精霊と合体し魔変人形と戦ったのだった。

 その時、デコリが現代世界で知ったことをサヴェリオに教えてきた。

「でもさ、あっちの世界では巨大なロボットが怪獣と戦うアニメがあったよ。こう、パンチを向けて放ったり、ビームサーベルを振り回してさぁ」

「はっ……?」

 サヴェリオはデコリが言ってきたロボットアニメの内容を聞くと、頭に?を浮かべる。

「と、とにかく、今は着陸してオラーパにいるマダム=ドラーナを探しに行こう!」

 稜加がデコリとサヴェリオにこう促した。


 シラム号をオラーパの北東にある岩場とプラム園の間の空き地に停泊させると、サヴェリオと稜加とデコリは跳ね橋の前に立つ兵士に王家の紋章が入った懐中時計を見せた。

「女王陛下のご親族ですか。どうぞ……」

 兵士は三人を通して、三人は跳ね橋の上を渡った。町を囲う外壁を潜り抜けると、近くの岩場で造った住宅や店が並び、地面も色と形が不ぞろいの石を敷き詰めて白い漆喰で固めた道の上を牛馬のアートロドットが金属の荷車に石を乗せて運んでいた。

 また住人も石細工師や金属を鍛える鍛冶屋、金属を使った家具工房といった石と金属を扱う職種が多く、子供たちも親に作ってもらった知恵の輪をいじったり、三角四角の小石を積み木にして遊んでいた。

「オラーパは工業系の町なんだね」

 稜加がオラーパの様子を見てサヴェリオに言う。もちろんマナピースショップもあり、鋼属性と大地属性が安価なのが特徴で、それ以外の属性は種類やレア度によって値段が変わっていた。

「それはいいけど、マダム=ドラーナの所へ行くぞ。冴草が心配なんだろう?」

「あ、そうだった」

 稜加はサヴェリオに言われて足を進める。デコリも町の様子を眺めながら、稜加とサヴェリオについていった。


 オラーパの町にも精霊はいる。といっても精霊は自然発生する生き物なので、どの家にも精霊がいる訳ではない。けれど身寄りがなかったり伴侶を先立たれた住人は一人で生きていくことが辛く感じてしまい、どうしたらいいかは役所の生活課に相談するかマダム=ドラーナに占ってもらう。しかし一人だけの人が選ぶ六割はマダム=ドラーナであった。

 マダム=ドラーナはオラーパの町の閑静の中の閑静ともいえる中心部の上り坂のある地上から四つ先の道路の左端に住んでいた。

「結構なとこにいるのね……」

 稜加は上り坂の住宅域を見て呟く。坂の角度は約四十五度程あり、足腰の弱い老人や身体障碍者や幼児児童にはきつそうに見えた。

「まぁ高台ってのは不便な反面、賃貸の家賃が安いってのが常識だからな。それに坂を上るにはマナピースを使って行動している人もいるからな」

 サヴェリオが説明すると稜加はあたりを見まわした。自転車に乗って、しかも前かごに荷物を入れている主婦らしい人はスターターにマナピースを入れてペダルを軽く踏むだけで上り坂を駆けていっているようだった。他にも体力を上げるマナピースで背中の重たそうな荷物を楽々と背負って進む細身の男性、アートロドットがないのでリヤカーで収穫した野菜を売っている日焼け肌の農夫も旋風のマナピースでリヤカーを動かして風力で歩きまわっていた。

「とはいえマナピースは冴草くん探しの時に使いたいから地道に行くか」

 稜加は手持ちのマナピースの種類を見てから呟く。高台の坂道は上りは辛いが下りは楽々である。今は気温も高くて風も微弱だけれど、番地ごとに越えていけられたと実感したのだった。

 オラーパに着いてから約一時間後、稜加一行はようやく、マダム=ドラーナの家に辿り着いたのだった。マダム=ドラーナの家は他の家より二倍半の敷地に二階建ての屋敷だった。

 壁は白くて真ん中が円柱で青い屋根のメルヘンチックな屋敷だった。庭も東屋や小さな噴水があり、クリーム色のつるバラのアーチや生け垣が屋敷の色と見事に映えていた。

 カラーンカラーンとサヴェリオが出入り口に吊り下げられている呼び鈴の小さな鐘を鳴らした。その時、屋敷の扉が開いて中から一人の女性が出てくる。浅黒い肌で黒い縮れ毛でひょろりとした体つきだが二十代半ばぐらいの若さであった。

「どなたぁでございますかぁ?」

 その女性は語尾の高い訛りで尋ねてきた。襟ぐりの丸い白いシャツにひざ丈の青いスカートにベージュのエプロン、眼の色は明るい緑であった。

「あー、マダム=ドラーナを訪ねに来た者です。ほら、王家の者です」

 サヴェリオはそう言って紋章入りの懐中時計を女性に見せてきた。女性はそれを見て一行に告げてくる。

「わかり、ましたぁ。マダム=ドラーナ、よんできますぅ」

 女性は扉を閉めてマダム=ドラーナを呼びに行った。稜加はマダム=ドラーナから呼び出されるまで十分以上も待つことになった。それまでに三人は陽が差す中で待ち続けて喉は乾くし服は汗でべたつく、携帯用の水を持って来ればよかったと考えている中、マダム=ドラーナを呼んできた女性が一行に報せてきた。

「お待たせしましたぁ。マダム=ドラーナから中に入って直ぐの客間に招くように言われましたぁ」


 屋敷の中は涼風のマナピースによって暑さが和らいでおり、稜加とデコリはさっきまでの暑さから解放されて喜んだ。

 また屋敷内は廊下も各室も窓もピカピカで、部屋のじゅうたんにはホコリはなく、窓も曇りなし、部屋の家具も高い木材の物が多く、一行は客間の布張りの長椅子にデコリと稜加、一人用の布張り椅子にサヴェリオが座り、カーテンはサックスブルー、じゅうたんは群青色で布張り椅子も藍色の地に白いスズラン模様でライトスタンドや小さな脚付きチェスト、壁には額入りの星空の油絵が飾られていた。

 それから女性が用意してくれたグラスには赤紫色の茶と菓子の皿が置かれており、グラスの中身はラズベリーやスグリの汁が入った果実茶で酸味が利いて美味しかった。皿の菓子はスプーンですくって食べる真っ白な白い塊でオレンジのソースがかかっていた。口にしてみると、プリンのような柔らかさに甘味の少ない美味しさがあって、オレンジソースが味付けするのだった。

 それからして、女性が一人の老婦人を連れてきた。背が軽く曲がっていてしわとシミのある顔には日焼け効果入りの白粉を塗り、髪の毛は短く切って茶色く染めており眼は暗灰色、薄手に長袖のえんじ色のワンピースを着ていた。

「初めまして。王室にかかわりのある方。ああ、サヴェリオくんは久しぶりだったわね。随分大きくなって……」

「もう十八ですよ、マダム」

 サヴェリオは恥ずかしそうに老婦人に言った。老婦人は女性に支えられながら客間の一人掛けのボックスソファに腰を掛けた。

「わたしがイルゼーラ女王が救済者になる運命を占ったマダム=ドラーナです」