「そうか。デコリはとうとう、稜加の家族に知られちまったのか」 サヴェリオは実家のあるアレスティア村でエルザミーナの世界に来た稜加とデコリ から、その話を聞いたのだった。 アレスティア村は王都より東にあるサヴェリオの出身地で、春の半ばに入りだした 頃で、村では農家が苺やベリー系果実を育てていて、春野菜もキャベツやカリフラワ ーをはじめとする野菜の収穫時だった。村の子供たちは親の農業を手伝う家もあれ ば、店番をする子や春の花が咲く公園で遊ぶ子もいた。また精霊(スピアリー)も活き 活きとしていた。 「うん……。流石に隠すのは一年が限度だったみたい。まぁ、お父さんもお母さんも 弟妹(おとうといもうと)も近所や親戚には秘密にしてくれたからいいけど」 稜加は村のオープンカフェでミックスベリーティーをすすりながら返事をした。稜 加は春連休の終わりの五月五日には南栃木市の陽之原高校の寮に戻り、同じ班の人や 寮の同室である丹深と数日ぶりに顔を合わせた。丹深が寝静まってからエルザミーナ の世界へ行き、サヴェリオのいるアレスティア村へ来たのだった。どうやら父のアレ スティア侯爵の助手として数日だけ帰郷していた。 稜加はエルザミーナへ行く時にパジャマからTシャツ型のワンピースに着替えて、 サヴェリオと合流してデートとして村のオープンカフェに連れていってもらえた。村 のオープンカフェは堅い木の板に折り畳み式の丸テーブルと丸椅子。メニューも豊富 で春の今は苺のスウィーツが多い。稜加はミックスベリーティーだが、デコリは苺練 乳のパンケーキでサヴェリオはプレーンのロコノ・ベリーソース添えを頼んでいた。 村の商業地区は活気だっていて多くの人々が商いに精を出していて、店や民家には軒 下に燕が巣を作っていて雛がピィピィと鳴いていた。 「あのー、何かエルザミーナで変わったことは起きていない?」 稜加は思わず向こう側では何か変化がないかサヴェリオに訊いてみた。 「変わったこと? ……あるとすりゃあ、イルゼーラが無辜探しをすることになったか な」 それを聞いて稜加は思わず茶を思わず吹き出して、吹いた茶がデコリの顔にかかっ た。 「ええ!? イ、イルゼーラが、けけ結婚!?」 「稜加ぁ、何すんのさ〜」 デコリが茶をかけられて稜加に注意を向けてきた。 「イルゼーラは今十六とはいえ、婿がいてもおかしくない年齢だ。だけどイルゼーラ は政務の方を優先したいのに、大臣や女官たちが強く薦めてきたんだぜ? それで政務 の合間にお見合いとか相手の情報集めをしていてな……」 イルゼーラの近況を知って稜加は思わず驚くも、多分異世界では早婚は珍しくもな いことのだろう、と知った。今の地球の日本などの先進国では女性は大学などの学業 や本人に見合った職の就労は若いうちにやっておいて、結婚は二の次の人もいれば、 二十代半ばの働きづめの女性が結婚して専業主婦になりたがっている人もいる。 「あ、そうだ。サヴェリオ、もうすぐ誕生日なんでしょう? だったら、はいプレゼン ト」 稜加はサヴェリオに一つの小さな包みを渡した。白地に水色のピンドットの紙袋に 金色のモールで口をしばっている。 「おお、ありがとうな。おれの誕生日を覚えてくれていて」 サヴェリオは稜加からのプレゼントを受け取ると、モールをほどいて紙袋から中身 を取り出した。それは稜加を模したフェルト人形だった。髪の毛の形も再現されてい て、目は黒い糸で刺しゅうされていて、服はつるバラ模様のブラウスに薄いデニムの ジャンパースカート姿である。 「上手いな! 服作りの学校に入ったとはいえ、上出来じゃないか!」 「それ、本当は中学校卒業する前から一ヶ月半かけて縫ったんだよね。縫い合わせよ りデザイン画に四、五日かかったかな」 「稜加、ありがとうな。ずっと持ち続けて、稜加に会いたくなったら、この人形を見 て思い出すから!」 サヴェリオの喜ぶ様子を見て、稜加もデコリもほほえましく思った。サヴェリオと 恋仲になれたとはいえ、二人にはそれぞれの生活がある。二人がどうやって 結婚に行き届くかは当分、先のことである。 連休明けになると、どこの学校も生徒も学生も学業に勤しみ、稜加の学校でも服飾 科一年の授業が始まった。稜加が入学受験した陽之原高校は女子の方が数が多く、男 子は七、八人中に一人の割合であった。稜加は服飾科一年の五班で彼女の他にも母親 が元パリコレモデルで日仏ハーフの大久保聖亜良の他、楕円眼鏡にエアリーショート で標準体型の柏倉清音(かしわぐら・きよね)、外はねセミロングに前髪を留めた吹上 (ふきあげ)いすず、男子で細カチューシャのオールバックにキツネ目の鍋山碧登(なべ やま・へきと)の面々である。 稜加が初めて高校入学で声をかけてきたのは、吹上いすずだった。 「初めましてー。あなた、どっから来たの?」 稜加が入学式前の教室で一人座って周りを見ていると、目の前にいすずが現れたの だった。親元を離れて学生寮に入った身とはいえ、稜加は卒業までの三年間は中学校 までの知り合いや地元民のいない高校でやっていけるか緊張していた(デコリも連れ てきていたけど、もっぱら通学バッグの奥に忍ばせているスターターの中にいたの で、校内寮内で上手く他の人に見せないようにしていた)。 講堂で入学式でのあいさつの後はまた教室に戻って各生徒の自己紹介があった。 「織姫中学出身の一伊達稜加です。わたしは小学生の頃からファッションに興味があ ったので、陽之原の服飾科を受験して入りました。ふつつかですが、よろしくお願い します」 後に稜加と同じ班になった聖亜良は母の家業を継ぐのと海外コレクションに参加す るためで、いすずは兄と弟に囲まれて育ったために兄弟の服を着なくてもいいように と服飾技術を身につけるために語り、碧登は父親がメンズブティックを経営していて 店を継ぐために服飾科に入ったと語ってきた。 「宇都宮市にある宇都宮葉多(うつのみや・はた)中学出身の柏倉清音です。わたし は、そのう……家の事情があって、陽之原の服飾科に入学することになりました。よ ろしくお願いします」 清音の自己紹介を聞いて誰もが清音の入学の理由に何があったのか、と不思議がっ た。その後で担任でファッション造形の皆川房枝(みながわ・ふさえ)先生の班割り当 てで居間の組み合わせになった。 入学式の数日後に聖亜良の考えで清音が何故、家の事情で陽之原に入ったのか質問 してみた。多くの生徒が集まる中の食堂の一角で五班の面々が清音の話に耳を傾け る。 「わたし、今の高校に入る前に別の高校の受験に合格していたの……」 清音の左右に碧登といすず、真向かいに聖亜良と稜加が座っている構図で三波栃木 市在住の碧登といすずは自宅で母からの弁当を食べ、稜加と聖亜良はこの日の学食の ジャンバラヤとシーザーサラダをほおばっていた。 「じゃあ何で受かっていた高校に入るのをやめて陽之原に入ったんだよ?」 碧登がぶっきらぼうに尋ねてくると、清音はそわそわしだす。 「これには、そのう……」 「後ろめたく隠すより、はっきり言った方がいいわよ」 聖亜良がピシッと清音に言うと、清音は理由を述べてきた。 「お父さんとお母さんがわたしの高校入学試験の後に青森県への転勤が決まって… …。しかも、わたしが入学受験した高校が宇都宮市内の私立藤家(ふじいえ)高校に 合格できたにも関わらず重なってしまって……」 「何それ、タイミング悪っ」 いすずが清音の入学先の高校を変えた理由を聞いて思わず口を滑らせる。 「いすずちゃん、そんなこと言っちゃ……」 稜加がいすずに注意した時だった。 「いいのよ、一伊達さん。本当のことだから……。でもわたし、青森県に行く気はさ らさなかったし、南栃木に住む伯母さんの家に身を寄せながら通える高校の二次募集 を受けてね……」 「そういう事情があったのね。まぁ、だけども専門学科のある学校でもが語学や数学 や保健体育の勉強もあるからね」 聖亜良が清音にそう言うと、清音は同じ班の面々にあいさつした。 「みんな……。じゃあ改めて、よろしく……」 五月の連休明けに入ってから五月下旬に行う最初の定期試験の勉強が始まり、稜加 も学生寮に戻って試験勉強をやりだすも数学Tや地理や保健といった中学校と同じ教 科もあれば、高校生に入ってから習う語学文化や情報Tの勉強もあった。 「専門用語の意味と説明、って覚えるの細かいなぁ……」 同じ学年で園芸科の千塚丹深も試験勉強に勤しんでいて、園芸科の授業で学ぶ科目 を勉強していた。 「でも今のうちに情報の勉強をしておけば、ファッション業界でなくても就職には有 利になるよ。稜加ちゃんのクラスで情報の科目が得意な人に教えてもらったら?」 「そういや、清音ちゃんが専門科目以外の勉強が得意だったな。教えてもらえるかな ぁ」 稜加は藤家高校の商業科に進学志望をしていた清音のことを思い出した。清音は服 飾科の専門よりも普通の科目の方が得意そうだったのを。デコリは稜加が丹深と同室 なため、スターターの中に大人しく潜んでいるしかなかった。 「……だからといって、デコリをずーっとスターターの中に隠しておく訳にも いかなくてね、わたしの世界の十分だけねデコリをエルザミーナに連れてきて動き回 らせているの」 稜加は王都のあるファヴィータ州の東隣にあるチェチア州のカンテネレ村のジーナ =ベックと精霊ウッダルトと会っていた。稜加は試験期間に入ってから、デコリをス ターターの中に入れたままにするのもかわいそうだから、と寮内で一人でいる所を見 計らって〈パラレルブリッジ〉のマナピースでエルザミーナに連れてきていた。また サヴェリオが操るシラム号に乗せてもらって、救済者時代の仲間とも対面していた。 「そりゃあ、デコリが不憫だよ。寮のある学校まで連れてきたと思ったら、先生や他 の寮生に隠さなくちゃならないもんね」 ジーナは赤い髪を三つ編みのポニーテールにして緑色のつなぎに甲が硬めの作業ブ ーツの姿で、森の中の木を切っていた。ジーナは父親が数年前の事故で亡くなり、弟 二人と妹二人の世話をしながら林業で稼ぎ、母のベック未亡人も他所で働いていた。 「デコリ、稜加の家族にスピアリーの存在を知られたんだって? よく恐がられなかっ たな」 「うん。でも稜加のパパとママは驚いたけど受け入れてくれたし、弟の康志くんも妹 の晶加ちゃんもあたしのことは遊んでくれてるよ?」 デコリはウッダルトの自身の近況を話していた。 「あたしだって樵の仕事が出来なくなった時に薬草師資格の勉強しているけど、あた しは上の弟が他所で奉公しながら主人が上級学校に通わせてくれることになったから 負担が減ったけど。でも森の中で樹属性のマナブロックが見つかったら山の町で見つ かる大地や鋼のマナブロックと交換して生活しているから困らないんだよね」 ジーナはそう言い終えると、メリメリと木が倒れてズシーン、と音を立てた。ジー ナは木を切り倒した後、持ち前の怪力を使って木の根の方を引っ張ってウッダルトが 木の上を押して運んでいった。稜加は脳筋だと思っていたジーナが薬草師の資格の勉 強をしていることには意外だと思った。 稜加とデコリは薄暗い森を出た後で青空の下の森の出入り口で待っていたサヴェリ オと共にシラム号でレザーリンド王国の真北のインブリフ州のアルヴァ山の集落へ向 かっていった。 アルヴァ山の集落は石造りの家が多く、鉱山夫や石工、製鉄業者がかいがいしく働 いていた。その中の一角マナピース工房があって、救済者仲間のエドマンド=フュー リーがデュルト親方と二人の先輩と共に働いていた。 工房の中はマナブロックを小さくする台やヤスリ、L字型定規などの細々した道具 がある作業場で先輩たちがマナブロックを削って小さな正方形のマナピースの形に整 え、浮彫師であるエドマンドがマナピースの〈声〉に応えて浮彫りを彫刻刀で彫ると いる手順。 「やぁ、稜加。久しぶり。元気そうだね」 エドマンドは工房の窓からエルザミーナ人とは違った少女とリボンの付いた精霊を 目にして声をかけてくる。 「王立監獄の囚人が脱走した町で、〈霊界の口〉の時のエドマンドの不在中にデュル ト親方の所に来たマナピース浮彫師に出会った!?」 稜加が中三時のクリスマスにエルザミーナに来た時、脱獄囚の一人を捕まえるため にエドマンドはファビータ州の西側にあるキレール州の町で催眠術を使う脱獄囚の戦 いの時にマナピース浮彫師のカローラ=ミルフェッロと出会った。 「そのカリーナも浮彫師で、しかも本キレールにあるマナピース製造販売会社の令嬢 だったんだぜ」 エドマンドのパートナー精霊のラッションが稜加とデコリに教えてくれた。 「もしかしてエドマンド、カリーナって人の親の会社への転職を考えているの?」 稜加が訊いてきて、エドマンドは思わず蒸らした茶のポットをカップに注ぎすぎて カップの中身がこぼれた。 「ああっ! 親方のお茶が……」 「何やってんだよ〜。ほらっ、台拭き!」 ラッションが素早く台所から乾いた台拭きを持ってきて、休憩のお茶を拭った。 「ごめん〜。わざとじゃないんだけど……」 稜加はエドマンドに謝り、エドマンドは茶を入れ直した。 「転職……のことはまだまだ未定だよ。今の町の勤めで手一杯なんでね」 エドマンドは稜加にそう言った。稜加とデコリはアルヴァ山の集落を出て、シラム 号に乗ってインブリフ州の西隣で更に南下したカトラージ州オスカード市を訪れた。 オスカード市は旅の仲間だったパシフィシェルの誕生日に訪れていたが、パーシーと 姉のウルスラが通っている学校の路面列車(トラム)の停車駅で落ち合った。 パーシー姉妹が在学しているゼネカ学院の制服である白いボレロジャケットと黒い インナーブラウス、グレイッシュブルーの入ウェストスカートで学科ごとに異なる胸 リボンを付けていた。 パーシーはまた稜加とまた会えた喜んで飛びついてきた。姉妹の家の精霊フォント は自宅で待っていたけど。その後は姉妹と路面列車停車駅近くの町を歩いた。オスカ ードの通りは黄色と茶色のブロック材の建物が多く、一階が店舗になっているのが特 徴だ。町の住人も仕立てたような上着やワンピースを着て、商売や交流で際立ってい た。 「稜加さんも新しく進学した学校でデコリを連れてきたからって、おちおちデコリを 出せず他の人との共同生活に悩んでいたのね」 ウルスラが稜加の高校での生活を知って、こう言ってきた。 「そうなんだよねぇ。稜加のパパママ、弟と妹はデコリのことをわかってくれたから いいけど、学校ではまだ内緒なんだよね」 デコリがそう言うとパーシーは稜加の話を聞いて、この様な案を出してきた。 「だったら忙しい時だけデコリをエルザミーナに預けたら? 稜加ちゃんには多次元移 動のマナピースがあるのだし」 「えっ……」 それを聞いて稜加とデコリは沈黙した。だけど稜加は試験勉強期間の今、丹深や他 の寮生の前でデコリを出せない悩みに通じていると思った。 「どうする、デコリ?」 「う〜ん……。稜加とは離れたくない。けど……、他の人に見られたら大変なことに なっちゃう……」 「でも試験勉強と試験終わったら、迎えに行ってあげる。それまでイルゼーラかサヴ ェリオの所にいて」 稜加が言ってきたので、デコリはその案を受け入れることにした。 「わかった。稜加が試験しなくちゃいけない時に、イルゼーラかサヴェリオの所にい るよ」 これで稜加の高校の寮での試験などの期間だけデコリはエルザミーナで過ごすこと になった。永遠の別れではないし、我慢の時は必ず終わるのだから。 |
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