3弾・9話 〈霊界の口〉へ


 キレール州の南部、〈霊界の口〉から北へ十キロ先にあるイニャッツォの町。この町は岩場の多い土地でありながら、人々は土を耕して柔らかな田畑の土にして、またそこから粘土を四角く焼いてレンガや竈などの火を扱う道具にして生活し、水資源も限られているので井戸を掘って雨水もしくは水のマナブロックを他所から手に入れて生活していた。

「イニャッツォは過疎した土地」といわれつつも人々は作物を育てて地属性のマナピース・マナブロックを売って別属性のマナピースを手に入れたり山羊や羊や毛深牛や猪を捕らえて家畜にしていた。人口数百人の小さな町だが、学校も病院も老人ホームも孤児院もあったので困ることはなかった。だけど飛行艇や炎動車は高いので馬車や騎馬騎牛で移動するのが交通手段であった。

 イニャッツォの町に稜加一行が王室の中型量産飛行艇シラム号で来た時、町の人々は高い値段の停泊料金と宿泊代を出してきて、稜加は口から心臓が飛び出しそうになった。何せ副都市の宿よりも三倍――日本円でいうと一泊一万五千円だったからだ。

「仕方がない。休憩や勉強はシラム号で過ごして、食糧もなるべく安く――農家の低級品で賄うしかないな」

 サヴェリオがこう諭してきたので稜加もパーシーもデコリもフォントも節約することにしたのだった。歪なキャベツとベーコンの破片で作ったスープ、ダルマ状のジャガイモでマッシュポテト、茹でたほうれん草を乳鉢ですりつぶして小麦粉とミルクと卵で緑色のパンケーキといった毎日飽きないメニューも考えて作って食べた。

 またイルゼーラとジーナとエドマンド、そのパートナー精霊と合流するまでに稜加は受験勉強、パーシーは学校の授業の代わりの出張レポートで合間を埋めた。

 稜加一行がイニャッツォの町で三日間待ちながら勉強をし、四日目の朝でシラム号が別の方角から三機やってきて、イルゼーラとアレサナ、ジーナとウッダルト、エドマンドとラッションと合流及び再会したのだった。

「本当に稜加? ウソみたい」

 ジーナが久しぶりに稜加と対面して稜加もかつての仲間たちとまたエルザミーナで会えるなんて思ってもいなかった。

「これで全員そろったわね。さぁ、〈霊界の口〉へ行きましょう」

 イルゼーラが他の面々に言ってくると、マルクスがこう述べてきた。

「ですが、こんなに飛行艇が多いとかえっておかしいと思われます。王室御用達のが四機もあると、イニャッツォの町民ががめてくるのではないのでしょうか」

 マルクスの意見を聞いてサヴェリオは軽く考えて賛同した。

「それなんだよな。イニャッツォは過疎しているらって、町の住民はよそ者ましてや王室関係者だからって飛行艇の停泊料を高くふっかけてくる。おれたちはこの三日間、ぼったくられないように劣化品の野菜とかで節約してきたんだぜ」

 イルゼーラや他の二組と合流するまでの三日間、サヴェリオも稜加もパーシーもイニャッツォの住民からお代を取り上げられないように上手くしのいできたのだった。

「仕方ないわよ。イニャッツォは天災や戦災に遭った人たちの為の避難所がそのまま集落になったんだから」

 イルゼーラがイニャッツォの過疎の理由をみんなに教えた。それからジーナとエドマンドを運んでくれた飛行艇の操縦士をレザーリンド王城に送り帰して、二機のシラム号で〈霊界の口〉に向かうこととなった。

 サヴェリオが操縦する方は稜加とイルゼーラとパーシーとそのパートナー精霊、マルクスが操縦する方はジーナとウッダルト、エドマンドとラッションが乗っていた。イニャッツォの町から〈霊界の口〉に着くまでは飛行艇なら二時間の距離だった。

 その間、サヴェリオが操縦するシラム号の中で、イルゼーラと稜加は〈霊界の口〉へ入る為の聖水を作ることにした。携帯用のコンロの上に銅の鍋を乗せて、その中心にビアンカアラン山脈の湧水を入れて沸騰したらミムス岩塩を大さじ一杯、赤杉林のキマユソウを入れて四十分弱火で茹でた。粗熱が取れると、聖水を霧吹きとソフトカプセルの中に入れて作った。聖水のカプセルは悪霊に投げつけることで撃退することが出来るのだ。ただし、一人につき五粒までしか持てなかった。

 イニャッツォの町から南下した岩と荒れ地、所々に生えている雑草や草花のある平地にギザ歯の大口のようなクレバスがあった。

「見ろよ。あれが〈霊界の口〉だ」

 サヴェリオが聖水と聖水のカプセルを作り終えたイルゼーラと稜加とパーシーに声をかけてくる。シラム号の窓から見えた景色は黄色と茶色の地に空の青、そして口のような亀裂があるのを見つけて稜加は息をのんだのだった。

 シラム号二機はクレバスから数百メートル離れた場所に着陸させて、マルクスとサヴェリオが待機して稜加たち五人と五精霊が〈霊界の口〉に入ることになった。

 二〜三十メートルおきに命綱を引っかける鋼の杭を突き立て先端の輪に縄を通してエドマンドが先に降りていった。また光が必要な時は無属性のマナピース〈グロウアップ〉をスターターにはめ込むと、味方の精霊が光を発してくれるのだった。エドマンドの次はジーナ、その次にイルゼーラ、稜加、パーシーの順に降りていった。

 テーマパークででこぼこした壁によじ登るボルダリングの時は仮に足を踏み外したとしても、真下のマットに落下するから大丈夫だったけれど今回のは本格的でそれも下へ降りていくロックダウン(岩壁に下る)だ。幸いトレッキングシューズを手に入れていたから良かったけれど、下へ降りる度に真上の入り口が小さくなっていく。デコリや他の精霊が蛍光灯みたく照らされていたから上手くいけたので、誰もが足を踏み外して落下することはなかった。

〈霊界の口〉は出入り口は思っていたより深くなく、地下四〇メートル位でRPGのダンジョンのような複雑なルートもなく広めの空間であった。

「念の為聖水をかけておきましょう。小さな悪霊でも呪いは効くわ」

 そう言ってイルゼーラが霧吹きでみんなの体に聖水をかけてくれた。〈霊界の口〉の地下は広い空間だけれど、所々に岩が転がっていた。〈グロウアップ〉のマナピースで照らされている精霊の光で、それは白地に灰色の縞が入った花崗岩っぽい石だった。するとエドマンドが石を一つ拾って背負っていたリュックサックから金槌を出して石を叩いた。カァン、という音と同時に石が割れて紫色の石――紫色のマナブロックが出てきた。

「やはりそうか。〈霊界の口〉のような植物や水とは違う自然エネルギーの残りかすが超属性のマナピースを生んでいるんだな」

「えっ、何でそれが分かるの?」

 稜加がエドマンドに尋ねるとイルゼーラが答える。

「マナピース浮彫師としての勘と過去の情報からの賜物よ」

「ねぇ、超属性のマナブロック持てるだけ持って帰ろうかな。売ればそれなりの利益になりそうだし」

 ジーナがエドマンドが見つけた超属性のマナブロックをつまむとリュックサックに入れた。

「たくさん入れると重たくなるから、取り過ぎるなよ」

 ウッダルトがジーナに忠告してきた。するとフォントが軽く悲鳴を上げると、みんなに言ってきた。

「い、今あそこに死んだ人が横たわっています! ず、随分前に迷い込んで亡くなった人でしょうか!?」

 それを聞いて一同はフォントの指さす方向へ駆け寄ってみた。稜加は平べったい岩の上に横たわる人物を見て声を上げた。

「さ、冴草くん! マダム=ドラーナの占い通りだった!」

 一八〇センチ近い背丈に黒い長めの天然パーマ、浅黒い肌に高い鼻と細い唇、

服装はあの時と同じからし色のXネックTシャツに灰色のカーゴパンツと黒いキャンバススニーカーであった。

「待って。もしかしたら悪霊の張った結界があるかもしれない」

 そう言ってイルゼーラは聖水のカプセルを冴草くんのいる所に投げた。すると、パチッと静電気が走るような音がして冴草くんは見えない壁に囲まれているとわかった。

「そんなぁ……。聖水の材料を集めて、イルゼーラたちのおかげでここまで来られたというのに……」

 稜加ががっくりとうなだれたその時、風穴が吹き抜けるような音がしたかと思うと、青白い火の玉がいくつか出てきて、それが一つにまとまってつり上がった目にギザ歯口、青紫色の顔に手首が浮いている悪霊が出てきたのだ。

「ひぃっ、本当にお化けだぁ!!」

 ウッダルトが悪霊を見て叫んだ。フォントも怯えだして、デコリも思わず稜加の背中に隠れた。

「な、何者!?」

 稜加は悪霊を見て尋ね、他の面々もその威圧さに怯みつつも、悪霊は重く低い声を出してくる。

「わたしは〈霊界の口〉の長、デルフだ……。わたしは悪霊たちを束ねる存在……。この少年は生贄……」

「い、生贄!?」

 冴草くんが生贄と聞いてジーナは背筋に悪寒を走らせる。またしても稜加がデルフに訊いてくる。

「冴草くんの命を使ってどうするの?」

「少年の肉と血とはらわたは我ら悪霊の糧とする。悪霊が生者を喰らうことで、悪霊は甦り現世に戻る……」

 そんな、と聞いて誰もが恐れをなした。だけども稜加は冴草くんを何としてでも取り戻し家族の元に帰さないと心に意を満していた。

(冴草くんは無関係なのよ。何かある筈。冴草くんを取り戻す方法……)

 その時だった。稜加の持っているマナピースの束が白い光を発し、服の胸ポケットに入れていたマナピースを一枚取り出した。それは救済者の証の〈フュージョナル〉のマナピースであった。

 もちろんイルゼーラや他の面々の救済者のマナピースが白い光を発していた。

「みんな、行こう!」

 稜加がイルゼーラや他の面々に向かってこう言ってきた。誰もがスターターを取り出してきて、白地に虹色が入り人と精霊が一体化した浮彫の〈フュージョナル〉のマナピースをスターターの六マスあるくぼみの中にはめ込む。

「フュージョナル=スピアリー、セット!!」

 救済者の人間がそれぞれのパートナー精霊と共に白と虹色の光に包まれて、光が治まると五人は精霊と一体化した姿に変化して現れる。

「ありゃ、またこの姿になっちゃったよ」

 ウッダルトと合体したジーナが自分の変身した姿を見て呟く。

「わたしたちがまた精霊と合体できたのは……このデルフ自体が災厄だからでしょう。だから救済のマナピースがまた力を出してくれたのよ」

 イルゼーラがそう諭してきた。稜加もまたデコリと合体して、デルフに囚われている冴草くんにこう言ってきた。

「冴草くん、まだ待っていてね。今、この悪霊の長を退治すれば助かるからね」

 かくしてエルザミーナの今の救済者と〈霊界の口〉のボス、デルフとの戦いが始まった。


 一方、地上ではサヴェリオが突如攻撃してきたマルクスを見て、自身も剣を持ってマルクスの刃を防いだ。

「何でマルクス近衛隊長が……!?」

 自分の先輩が何故襲ってきたのか戸惑うも、サヴェリオはマルクスを見つめる。

(もしかして悪霊に憑りつかれて襲ってきたのか? いや、悪霊だったら体の動きがぎこちないのが特徴だ。ということは、マルクス近衛隊長の意思で……!?)

 マルクスはニヤリとほくそ笑んでサヴェリオにこう言ってきた。

「何でって、ガラシャ女王さまのかたき討ちだよ。わたしはもともとファビータ州の田舎の出身でね、自分を養う為に十五歳で王兵入りしたが、とにかく出世したくて努力してきた。ロカン王も他の将校も、わたしを認めてくれなかった。

 だけどもガラシャさまが女王になった時、似た者同士だとわたしを無条件で近衛隊長してくださった。なのに、お前らのせいでガラシャさまは……」

「ガラシャはイルゼーラや叔父上の遠い親戚だったとはいえ独裁者だった。厳格な法律を作って、一般人を苦しめて困らせていたじゃないか。あんたはガラシャのおかげで近衛隊長になれただろうけど、イルゼーラがそのまま近衛隊長にしてくれていたじゃないか!」

「うるさいっ!」

 マルクスは剣を振り回し、サヴェリオは真下にスライディングして避ける。

「お前らにわたしの苦労がわかるか!? 理解してくださったのはガラシャさまだけだ! お前だってイルゼーラ女王の従兄でしかないくせに、王室に留まりやがって!」

 サヴェリオはマルクスがどれだけガラシャ女王に心酔しているかわかった。だけども話しても理解してくれる訳じゃなく、イルゼーラの判断で今の役職を?奪されれば大人しくなる訳でもなさそうだと考えた。

(こうなったら、おれがマルクスさんを止めるしかない!!)

 サヴェリオはそう身構えて剣を持ち直したのだった。