2弾・5話 パーシーの学校と友達


 レザーリンド王国に西中央部、オスカード市。道にタイルや二〜四階建ての建物はほとんどが黄色になっている。オスカード市は副都市の一つとして称され、商業と工業が中心である。移動は徒歩か路面列車か炎動車(えんどうしゃ)か川に沿って泳ぐ船。路面列車は雷属性の黄色のマナブロック、炎動車は赤い炎のマナブロック、船は青い水のマナブロックを動力源としている。

 オスカード市の真北隣には工業地帯の一角として有名なヌフェール市があった。ヌフェール市もオスカード市と同じようにタイルの道と建物の町で、ヌフェールは白と茶色のタイルが多く使われていた。

 またヌフェール市は学校の多い都市でも有名で数十の公立初等学校と中等学校、大学も四校あり別の地方から入学してくる学生も多かった。ヌフェール市の西南、オスカード市との境目辺りに一つの学校があった。

 白い石造りの校舎は丸い屋根に四角いレンガ壁が継ぎ目の様に施された校舎で敷地は大学並、校舎の他に家と学校が遠すぎる生徒のための寮は四階建てで青灰色、運動系のクラブに入っている生徒が利用する運動校舎は二階建てで地下室もあり、地下室には水泳部が使うプール、剣術などの室内競技を行う部屋もあった。

 ここはヌフェール市の国立学校ゼネカ学院。ゼネカ学院は十一歳から十七歳までの中等教育必須の少年少女が通い、六割の生徒が中流以上企業の子女や貴族、その他の高身分の国民の子の学校であった。

「あ〜、どうしよっかな〜」

 一人の女子生徒が両腕を頭に絡めて考えながら歩いていた。十二歳の二年生で藍色のストレートセミロングに角ばった黄褐色の眼、肌は赤みの差す白で、ゼネカ学院の制服を着ていた。

 ゼネカ学院の制服は女子は白いボレロジャケットに黒いインナーブラウス、スカートはグレイッシュブルーのボックススカートでボレロの胸元には黄色いリボンが下がっていた。

「宿題のテーマ、まだ決まってないの?」

 少女の隣の女子生徒が彼女に訊いてくる。こちらはアッシュブロンドを小高くアップにして赤茶色の垂れ眼に左目下に泣き黒子、そばかすのあるかわいらしい顔をしていた。

 二人の二年生の少女は次の授業である体育を受けるために運動校舎へ向かっていて、他の二年生も運動校舎へ足を進めていた。廊下は白い支柱がいくつも並ぶむき出しの回廊、青空が見え晩春の高めの温度と共に涼しい北西風が流れ込んでいた。男子生徒は黒いハイカラーシャツに白いノーカラージャケット、グレイッシュブルーのスラックスで胸元に黄色いスカーフを付けている者もいれば緑色のスカーフを付けている者もいた。

 ゼネカ学院は四つのクラスに分けられていて少女たちが付けている黄色いリボンとスカーフは総合学科、緑色のリボンとスカーフは外国との学校交流がある国際科、赤いリボンとスカーフはスポーツ選手の素質がある生徒を育成する体力科、中には下級階級出身の生徒もいた。紺と白の縞模様のスカーフとリボンは商学中心の商業科の証であった。

 体育の授業を受けるのは総合学科と国際科の二年生同士で、ゼネカ学院は一クラスに十数人の単位であるため、体育の授業は合同で受けることが多かった。

 運動校舎の一階は広々とした地面が硬質ラバー状の運動場で、地面には球技やランニングなどの競技に合わせた線がいくつも入っていた。生徒たちは学校指定の白いポロシャツと青いスウェットパンツを着て授業を受けた。今日の体育はドッジボールで、国際科と総合学科のボールのぶつけ合いが起こっていた。セミロングヘアの少女が敵のボールをよけようとした時、つまづいて上後頭部に軽くボールが当たって除外になってしまった。

「何やってんだよ、パシフィシェル=ウォーレス。お前は姉貴と大違いだな。姉貴の方が上手く避けられるというのに」

 同じクラスで浅黒い肌に焦げ茶色の短髪に暗灰色の眼の細身の男子、カトリノ=メッゾが藍色の髪の少女、パシフィシェルをからかった。パシフィシェルの姉とは同じ学校の三歳上の商業科のウルスラのことであった。

 パシフィシェルの姉、ウルスラは美人で親切で賢明、学校中の誰からも人気がった。姉より美しさが劣る訳ではなかったが、パシフィシェルにとって美徳の多い姉は自身のコンプレックスであった。パシフィシェルが姉と同じ学校に入学した時から、パシフィシェルはいつも周囲から姉と比べられていた。それがパシフィシェルによってどれ程屈辱だったか、祖父と両親と守護精霊しか理解してくれなかった。

 だが今から二ヶ月前、ガラシャ女王の政権時にパシフィシェルの運命は変わった。ある人物のおかげで。カトリノにからかわれたパシフィシェルは後頭部を抑えながら立ち上がり、試合場のラインから黙って出た。

「何だよ、平気ぶって……」

 カトリノや他の同級生たちはパシフィシェルの様子を目にするも、再び試合を始めた。


 昼食の時間になってゼネカ学院の生徒たちは家から持ってきて弁当を食べたり登校の途中で買った店のパンや麺を通学バッグから出したり寮暮らしの生徒は食堂を利用してる人が多かった。

 パシフィシェルは家政婦のベルンが作ってくれた弁当を出して教室で食べる。

ゼネカ学院の教室は階段状の三列の席に教壇と授業の内容を映す映像版が設置されていた。教室にも何人か生徒がいて弁当を食べたり途中の店の商品を手に取っていた。

「パーシー、来週出す作文の内容決まった?」

 アッシュブロンドの少女が隣にいるパシフィシェルに訊いてくる。二人がいるのは下段の中央。パーシーはパシフィシェルの愛称である。パーシーは家政婦のベルン手製のベイクドポテトやソーセージなどをフォークで突き刺して口に運んでいた。

「ああ。『自分の就きたい職業』なんて、全然考えてないもん……」

「でもパーシーはウォーレス=インテリアの社長令嬢だから、会社を継ぐとかインテリアデザイナーとかあるし」

「でも会社の跡継ぎってお姉ちゃんがいるし。わたしもヴァリーもまだ十二歳だし、趣味や特技が自分の仕事になるかもわからんし」

 パーシーは隣の席のアッシュブロンドの少女、ヴァリーに言った。本名はヴァレリア=サンティでヴァリーはヴァレリアの愛称だった。

 パーシーとヴァリーは同じクラスであったが、ガラシャ女王の政権時はお互いただの同級生としか認識していなかった。ある日、パーシーが他地方で職業訓練の現場実習へ行って数日は滞在すると聞いた時は誰もが驚きはしなかったが、どこで何の実習をすることになったのか気になった。その翌週にパーシーはゼネカ学院に戻ってきたのだが、以前とは異なり常につり上がっていた目つきと眉はやんわりと下がり、常にむっつりしていた口元も口角が変わっていた。

 以前のパーシーのことは「ウルスラの妹」や「凡人」と扱っていた同級生や上級生たちはパーシーはウルスラとは別の意味で違っていることに気づいたのだった。

 その変わったパーシーに近づいて声をかけてきたのが、ヴァレリア=サンティであった。パーシーがゼネカ学院に戻ってきてからの授業で計算式や外国子分の訳に困っているように見えて、パーシーが一人で花壇や芝生や椿などの木々がある中庭の片隅で昼食を採っていると。ヴァリーは自分の学校ノートの写しをパーシーに渡したのだった。

「あのう……、あなたが学校に行ってなかった時の授業の内容の写しだけれど、わたしのじゃ頼りないかもしれないけど使って……」

 ヴァリーはパーシーに声をかけてみた。もしかしたら「お節介」と罵られるかもしれない。だけどパーシーはヴァリーの学校ノートの写しを受け取って返事をする。

「ありがとう……」

 顔は無表情に近かったが声の方は心がこもっているようだった。それからパーシーとヴァリーはその日から昼食を食べるようになり、二、三週間後にはパーシーがレザーリンド王国に災厄が訪れた時に天から与えられし救い手のマナピースに選ばれたことを聞かされるとヴァリーは思わず大声で仰天してしまい、周囲の生徒たちを振り向いてしまうようなことをしてしまった。

 その後はウルスラもヴァリーの前に来て、パーシーが四人の仲間と共にガラシャ女王の政権を終わらせてイルゼーラが王位と王国を取り戻したことを説明した。

「ウォーレス家の庭に救い手のマナピースが落ちていて、てっきりおじいさんもご両親もウルスラさんが救い手になると思ってきたんですね……」

 全ての授業と帰りの買いが終わった後、ヴァリーはウォーレス姉妹の話を聞いて驚愕と感激を出していた。この時三人は生徒が少なくなった校舎の陰で話し合っていた。

「けど、そうじゃなかった。わたしはガラシャ女王の追っ手が操るミスティックプーペに捕らわれて他の救い手もピンチに陥っていた時、パーシーが救い手だってことがわかったのよ」

 ウルスラが楕円型の眼鏡をズレを直しながら訳を話した。ウルスラは五年生としては背が高めでパーシーと同じ髪と眼の色をしていたが目つきは垂れていて長い髪を後ろで二つに分けて結わえていて、制服のリボンは紺と白の縞の商業科でそこの生徒であった。

「でもパーシーに親切にしてくれる友達がいてくれて良かったわ。救い手になる前はいたずらや我侭を起こしてばかりで、これもあの子のおかげでだと思ってるわ」

 ウルスラの言葉を聞いて、パーシーが変われたきっかけの人物のことが誰なのかとヴァリーが尋ねてくる。

「もしかしてイルゼーラ女王が?」

「ううん、女王じゃなくって女王になる前のイルゼーラさまの最初の仲間よ。異世界から救い手、一伊達稜加……」

 ウルスラはパーシーが二ヶ月前と比べて変われたのは異世界人である一伊達稜加のおかげだとヴァリーに教えたのだった。

「その異世界の人とのやり取りでパーシーが以前よりも表情も内面も穏和になた理由がわかりました。パーシーが職業訓練の現場実習に行っていたのは救い手だったからで……」

 ヴァリーがパーシー姉妹からパーシーの職業訓練の真相を聞いて納得する。

「でもパーシーは自分が救い手だったとはいえ、学校のみんなには黙っているのよね。こういうとこでは気難しいってか、素直でないってか……」

「お姉ちゃん、流石に学校だとわたしが<救い手>って知られたら、生意気だって思われたくないの。ああ、ヴァリーも言わないでね。わたしが<レザーリンドの救い手>だってのは」

 パーシーは姉とヴァリーにそう言った。ヴァリーもパーシーが<救い手>だとは誰にも言わないと誓った。


「そういうヴァリーだって、自分の就きたい職業の件はどうすんのよ?」

 昼食の弁当を大方平らげながらパーシーがヴァリーに尋ねてきた。

「それもそうだよね。わたしはパパが新聞社の重役でママがテキスタイルデザイナーだけど、わたしも自分の就きたい職業や向いている仕事が思いつかないんだよね。それはお互い様か」

 ヴァリーも自分の就きたい職業が思いつかないのを言い、二人は来週の作文の宿題については正直に書くことにした。


 その翌週、作文の宿題発表の各自紹介でパーシーとヴァリーのクラスの生徒は「学校の先生」や「飛行機のパイロット」や「ピアニスト」といった個人の想いによる職業が発表されていった。

「次、パシフィシェル=ウォーレスさん」

 パーシーとヴァリーたちの担任で社会の先生であるスザンネ=ヘクター先生がパーシーの名前を呼ぶ。スザンネ先生は二十代後半の栗色の巻き毛に瑠璃色の眼の素敵な先生で、男子にも女子の生徒からも好かれていた。

「わたしの祖父はウォーレス=インテリアの社長で、母はインテリア会社の副社長で、父はインテリア工場長を務めていて、姉はいずれ祖父の会社を受け継ぐと考えています。

 だけど、わたしはまだ自分が将来何の仕事をやりたいかどんな職業に就きたいか考えています。以前、学校を休んで職業訓練の現場実習で、貴族の使用人体験を受けましたが、オスカード市に帰ってからは『他にもやれることがあるかもしれない』と考え直しました。

 今はまだはっきりと決まっていませんが、自分が本当に就きたい職業や仕事が見つかったら、その勉強をしてなろうと考えてます。終わり」

 先生も他の生徒もパーシーの作文の内容を聞いて、ヴァリーが拍手をする。

「ウォーレスさんは確かに自分の就きたい仕事や職業は考え中のようですが、ウォーレスさんの素直さが伝わりました。先生もウォーレスさんの就きたい職業が見つかるのを応援してます。では次の人……」


 作文の発表があった日の夕方、パーシーは家に帰ると宿題をしてから図書館で借りてきた職業図鑑の未読のページを読み始めた。

「パーシー、今日も職業図鑑とにらめっこですか?」

 ウォーレス家の守護精霊、フォントがパーシーに訊いてきた。フォントは噴水型の帽子に流水状の髪の毛、黄色い楕円の眼に流水状のスカート付きのドレスの姿の見ただけで水属性といえる精霊だった。二ヶ月前に実は<救い手>だったパーシーと共にガラシャ女王のレザーリンド王国乗っ取りを他の救い手と共に取り戻したのだった。

「<救い手>の役目が終わっても、次の目的があるんだから。今は追試や補習を受けないように勉強して、仕事の研究をしながら探していくよ……」

 パーシーはフォントにそう言ったのだった。