冬初めの空は基本の青と薄い灰色が混ざったような色をしていて、町の木々は枯葉がすっかり散ってしまったか茶色く染まった葉が残っているものが多く、わずかだが冬に咲く椿や梅の木などもある。 住人はコートやジャンパーなどの上着をまといマフラーや帽子や手袋も身につけていた。 栃木県町立織姫(おりひめ)中学校でも生徒たちの授業が終わってクラブ活動の生徒が残って校庭でランニングや音楽室で吹奏楽などの練習をしている人が校舎にいた。 「あ〜、やっと追試が終わったよ〜」 「あたしも……。もうヘロヘロ」 玉多俊岐(たまだ・としき)と百坂佳美(ももさか・よしみ)が帰り道で呟いた。俊岐は制服の黒い詰襟とスラックスの上に茶色のダッフルコートをまとい、佳美はポニーテールに制服の黒いブレザーの上に灰色のシングルコートを着ていた。 「二人とも追試受けだけど、規定点数越えていたから良かったじゃん」 俊岐と佳美の間の一伊達稜加(いちだて・りょうか)がフォローしてくる。稜加は天然パーマのショートヘアに黒いブレザーと白黒千鳥格子スカートの制服の上にベージュのボレロPコートを着て3ウェイバッグを肩から下げていた。 「稜加は真面目に授業を受けているし受験勉強だって無理なくやってきたから二学期の期末テストが上だったじゃない」 佳美がむくれる。 「そうだよなぁ。その勉強に対するバイタリティー、どこから来ているんだろうな」 俊岐も言ってきた。 「まぁ、だけど目標の為の勉強は何とかなったと思うよ? ところで玉多くん、どこの高校を受験するの?」 稜加が訊いてきたので俊岐は答える。 「第一志望として隣町にある灰鷹(はいたか)高校を受けることにした。あそこ公立で偏差値も見合っているし」 俊岐がそう言うと稜加は「そっか」と返事をした。 「あたしは群馬県だけど東武織姫駅から近い法桟(ほうせん)高校を受験するよ。今住んでいる地域の高校だと合格点届かないから」 佳美が言うと稜加は苦笑いする。 「そうだよね。高校や大学とかはみんな違うとこ目指すしね。仲良かった子たちと離れるのは寂しいけど」 「稜加はやっぱり陽之原(ひのはら)高校なの?」 「うん。普通以外の学科のある高校向いていそうなのよ。寮に入ることになるけど、家族や地元以外の人と親しくしたいし」 「寮のある高校なんて、親が反対するんじゃないか?」 俊岐がそれを尋ねると稜加はこう返事をする。 「いいの。お父さんとお母さん、寮のある高校に行ってもいいって言ってくれたから。土曜日の昼から日曜日の昼まで自宅で過ごす条件付きだけど」 稜加が両親に寮のある高校への受験の話を持ち出してきた時、両親は一番上でも娘が親元を離れて暮らすことに反対したが、稜加の二学期の成績が全学年一〇〇人のうち上から二十位に入っていることに納得して寮のある高校の受験及び入学を認めたのだった。 俊岐と佳美とよく下校するようになったのは九月の中学最後の大会で引退したからであった。佳美がいたバレーボール部も俊岐がいたサッカー部もベスト8入りした。 学校を出て五分の距離で佳美と別れ、俊岐と二人で織姫東小学校を訪れて、そこで待っている稜加の弟・康志(やすし)と妹・晶加(あきか)の四人で下校した。 康志は俊岐の隣を歩き晶加は稜加が道路側に立って移動していた。十二月もあと十日余りで終わり、年が明ければ卒業前の高校入試である。織姫町の住宅街はあまり人が外出することなく家の中で暖まって過ごしている世帯が多く、また敷地内の庭にクリスマスのイルミネーションを柵や庭木に飾っている家もあった。 十二月二十五はクリスマスだ。キリスト教の開祖の誕生日で主にヨーロッパ民族の祭りであったが、二本でもヨーロッパやアメリカと交流するようになってからはアジア圏でも祝うようになった。 (今年のクリスマスはケーキとチキンを食べたら受験勉強だな) 稜加はそう思った。稜加姉弟と俊岐の住む地域に着くと俊岐と別れて、稜加は弟妹と共にえんじ色の屋根にオーク調の壁の平屋の一戸建てが建てられた敷地の中に入る。 玄関の引き戸を開けて、三人とも手洗いうがいをして、侵入よけの雨戸を開けて誰もが各々の私室に入って過ごした。 稜加の部屋は玄関から近い部屋で風呂場と晶加の部屋に挟まれていた。 四畳半の畳部屋でふすま戸の向こうはピンクのボーダーカーテンの窓、その下に横長の机と椅子、他にも本棚や化粧品などの小物を入れる三段のチェストがあり、稜加は制服とコートを脱いでチェストの上の壁かけハンガーラックにかけて押入れの下段にあるプラスチックの衣装ケースから普段用の服を取り出して着る。今日は赤いロゴ入りスウェットにジーンズと茶色のニット靴下。 窓の雨戸を開いて室内に置かれた電気ヒーターを低めに起動させて部屋が暖まってから受験勉強を行うことにした。部屋が充分に温かくなると、受験勉強の問題集を開いている稜加の通学バッグの中にあるピンクの本から三等身の背丈三十センチほどのマスコットが出てくる。 水色とピンクと白のリボンは髪の毛のようになっていて、また髪の毛リボンと同じ色のワンピース型の服をまとい、腕と頭は丸みを帯びているが手は五本指で足は水色のブーツをはいていて楕円型のソーダブルーの眼の可愛らしい姿である。 「稜加、やっとよっちゃんと玉多くんと康志くんと晶加ちゃんから離れられたの?」 「うん……。玉多くんとよっちゃんはクラブ活動引退してから、わたしと下校するようになったからね、デコリ」 デコリ――それがマスコットの名前だった。デコリはマスコットではなく、エルザミーナという稜加たちが住んでいる世界とは別の世界の出身のスピアリーという精霊なのだ。 エルザミーナの世界では野生の精霊が家の守護精霊になることもあり、デコリは稜加の父方祖母・利恵子(りえこ)のパートナーであった。 祖母は十代半ばの頃にエルザミーナの救済者となって家のない精霊デコリとコンビになって禍の起きた国を救った。その後で利恵子は現実世界に戻り、デコリがついてきたことに気づかず祖父の文吾の奥さんになり、稜加姉弟の父をはじめとする二男一女の母となり、稜加たち孫にも恵まれた。 利恵子は稜加が十歳の時に腎臓病でこの世を去り、祖父の文吾も稜加が小学校を卒業してすぐ脳病で他界。その後で父が弟妹と討論して長男である父が祖父のクリーニング店を継いで妻子を連れて千葉県の都市部から栃木県にある織姫町に引っ越ししたのだった。 稜加はその為に中学校からは栃木県に進学及び共働きの両親に代わって家事と弟妹の世話をすることになり、八カ月前の学校休みの日の掃除で祖母の遺品の本からデコリが出てきたのだった。 「稜加、おやつ食べたい」 デコリがそう言うと稜加は椅子から立ち上がってデコリの為のおやつを採りに台所へ行った。 「はいはい。デコリが出たら困るもんね〜」 稜加は台所へ行ってデコリに食べられるおやつを探した冷蔵庫、戸棚、食器棚。食器棚の引き出しの中にのりおかきがあったけど、デコリは甘いのが好きなのだ。ようやく食器棚の奥に賞味期限ギリギリのゼリー入りマシュマロいちご味があった。軽くパサついていて固くなっていたけどのりおかきよりはましだと稜加は思った。この時の康志は母からの伝言で居間でアイロンがけをしていて、晶加は自室で今日の宿題をやってから小さな石油ファンヒーターの近くで童話絵本『一つ目、二つ目、三つ目』を読んでいた。 稜加は私室に戻ると自分はのりおかき、デコリにいちごゼリーマシュマロを与えて食べた。 (あれから四ヶ月か……。二度もエルザミーナに飛ばされるなんて思ってもいなかったな) 稜加は壁かけカレンダーを目にして呟いた。あと数日でクリスマス及び終業式だ。稜加は四月終わりに休日と夏休みのお盆前にエルザミーナに飛ばされた。そこにあるレザーリンド王国で継母ガラシャに国を乗っ取られた王女と仲間たちと共に女王とその刺客を打ち払って王女は国を取り戻した。 八月の夏休みの時は稜加と同じ塾に通っていた他校の男子を巻き込んでしまい、その男子が悪霊の生贄にされそうになった為、稜加は最初の時の仲間たちと共に悪霊払いの聖水の材料を集めて、男子を攫った悪霊の長を退治した。 二度目の旅の後、稜加は夏休みの宿題を片付けて九月からまた学校、十月前半の中間テストの後に体育祭の練習と本番、十一月二十三日の勤労感謝の日に文化祭をやって、稜加のクラスでは中学最後の良き思い出作りとしてアマチュア映画を作って来客を絶賛させた。 十二月十日は稜加の誕生日で二学期の期末テストの二日目でもあった。稜加は十五歳になった。年明けの一月に陽之原高校の推薦入試日、三月は卒業式で四月になれば入学式である。 (陽之原高校に行けなくても服飾科や園芸科のある高校でもいけるからね) それが稜加の進路希望であった。 十二月二十四日、この日はクリスマスイブで学校の終業式であった。クラブのある生徒は除いて幼稚園・小学校・中学校・高校は午前中で下校して稜加も佳美と俊岐、弟妹と共に帰宅していった。終業式の日は母の作りおきのポトフとサラダを三人で食べて(稜加は後でデコリの分も運んで)、康志は食後の皿洗いと床板磨きをして晶加は自室で絵本を読んで、稜加は陽之原高校の推薦入試の作文の書き方及び一般教科の勉強をした。 午後三時になったところで稜加は頭が疲れて軽く昼寝しようと枕と掛布団を引っ張り出した。デコリはもうすぐ入試とはいえ、推薦になったのはいいが作文の試験に受かれるように努力している稜加が辛そうに見えた。 午後三時半を過ぎたところで稜加は起きて、カーテンの隙間から日が入って薄暗い部屋にボーダーラインを入れていた。 「あ〜、よく寝た。そろそろ勉強し直すかぁ」 稜加は布団と枕を押入れに閉まっていると、ふすま戸から呼ぶ声がした。 「稜加ぁ、お母さんだけどいい?」 昼寝から起きてまだ寝ぼけていた稜加の頭が母の声ですっかり吹き飛んだ。 「なっ、何!? あと何でこんなに早く……」 ふすま戸が開いて長めの天然パーマを後ろで括って茶色のセーターにベージュのヒートパンツの稜加の母・知晴(ちはる)が尋ねてくる。デコリは母に気づかれないように机の下に隠れた。 「何って今日はクリスマスイブだから料理を作る為に早く切り上げたのよ。料理は康志が手伝ってくれるからいいけど、お使いしてくれない? お父さんとお母さんの親戚と知り合いの人に出す年賀状、ようやく出来たから郵便局まで入れてきて」 「そ、そう言われても……」 「稜加、受験勉強のストレス発散の外出ってことで」 母は稜加に手を合わせてお願いした。 そんな訳で稜加は母に頼まれて両親の親戚知人に出す年賀状が元旦に届くようにと町の大きな郵便局まで自転車で乗っていった。当然デコリも連れて。 織姫町の通りはケーキ屋や菓子屋、雑貨屋などにはクリスマスツリーが置かれで店内もリースなどの飾りでクリスマス風にしており、道路は自動車であふれかえっていて渋滞している。男、女、子供、学校生、カップルなどが歩いている。空気は冷たく空は紫がかったオレンジに変化していた。郵便局もATMから預金を引き出す人、郵便貯金を引き出す人が多く来ていて、稜加は郵便局内の年賀状専用ポストに入れることが出来た。 稜加が郵便局を出る時には時間は四時二十分を回っていた。稜加は住宅街からわざわざJR駅近くの大型郵便局まで行ってきたのだった。 自転車をこぎながら稜加は渡良瀬川にかかる中大橋を渡り、橋の道路にはこれから帰路へ向かう自動車の群れが渋滞していた。バッグの中にはスターターとマナピース、スターターの中でデコリが留まっていた。のだが、デコリがスターターから出てきて自転車の前かごに入れてあるバッグから顔を覗かせる。 「稜加」 「ちょ、デコリ。まだわたしの部屋じゃないのに出てきて……」 「何か、胸騒ぎがする」 「え!?」 それを聞いて稜加は橋を出て橋の下の土手に自転車を停めてデコリに出るように促した。デコリは体を乗り出して稜加は土手に誰もいないのを確かめる。冬の今は草は茶色くなって乾いていて、川の中に浮かぶ足場の葦なども枯れてしおれていた。 「デコリ、胸騒ぎって? どこか痛いの?」 「ううん。エルザミーナの、レザーリンド王国で大変なことが起きているんじゃないかと」 「ええ!? 夏に二度目の旅をしてきたっていうのに、また?」 稜加はバッグから本型の道具スターターを出して、更に巾着からまだ使えるマナピースをいくつか出してきて調べる。半透明の正方形の板は色や浮彫によって効果が異なり、かすかに煌めいていた。 「だからといって違う世界の行き来が出来るマナピースなんてないしなぁ……。ましてやエルザミーナのみんなとやり取りできるのもないし……」 稜加が困っていると、足元が金色に輝きだして、稜加とデコリを包んでいって、二人の姿は跡形もなく消えたのだった。 |
---|