マルティナ号はオスカード市から旅立ち、レザーリンド王国の王都へと向かっていった。上が白い雲の群れと青い空、下が緑の森と草原と平地の家に建物、ウォーレス市に住んでいた時は徒歩か路面列車か運河の小舟での移動が多かったパーシーにとって飛行機での移動は珍しいものだった。パーシーの服装もベストとワンピースから黄色いキャミソールチュニックと藍色のカットソーと膝にリボンのある黒いレギンスで足元は紺色のベルト付きショートブーツに変わっていた。 「さて、これでわたしたちは五人と五精霊そろったけれど、これからレザーリンド城へ向かうわ」 イルゼーラは仲間たちと精霊に告げてくる。操縦席ではサヴェリオが操縦桿を動かしていた。 「王城に向かうのはともかく、どうやって入るの? まさか秘密の地下道から入っていくって訳じゃないよね?」 稜加が尋ねてくるとイルゼーラが返答する。 「もうそんなのはガラシャが家来たちに命じて埋められてしまったわ。これを使ってはいるわ」 イルゼーラは一枚の紫色のマナピースを見せる。超属性で人型の浮彫に右矢印が点線の人型になっている。ジーナがそれを見て目を丸くする。 「そのマナピースはレア度星五つの……!」 「そうよ。オスカード市で手に入れた〈インビジライズ〉よ。これを使えばレザーリンド城の敷地に入って、ガラシャの元へ向かうってことよ。結構な値だったけど、背に腹はかえられないわ」 「レザーリンド城か……。わたしがエルザミーナの世界にやってきた時に最初におりた場所」 稜加は最後の時の地が最初の場所に戻ろうとしていることに呟いた。 その頃、レザーリンド城では王座に鎮座するガラシャ女王は部下の一人から追っ手たちがみんなイルゼーラ一行に敗れて憲兵たちに逮捕されたことを聞くと、拘置だけしておくようにと伝えた。 「もしわらわの手引きで釈放させたりなんかしたら、また国民がうるさく立ててくるからな」 ガラシャ女王の派閥や追っ手たちはガラシャ女王につけば地位や権力を手に入れられると思ってガラシャについた、ならず者たちばかりであった。ガラシャも彼らがならず者なのはわかっていたが、味方は一人でも多い方がいいと判断して、自分の部下にしたのだった。そしてイルゼーラを捕らえるために人工のマナピースとその効果で持ち主の同じ姿と能力を複写させる魔変人形を与えたのだった。 「十二の時に親兄弟も家もほとんどの財産も失って、ロカン王に取り入って女王になれたというのに、正当な血筋のイルゼーラには絶対に渡すものか」 先代のロカン王の連れ子とはいえ、ガラシャはイルゼーラを殺す気はなく、辺境の地に追いやるだけと考えていたのだが……。 (だがイルゼーラは仲間を率いて、王城にやってくるだろう。何としてでも、女王の座を死守しなければ……) マルティナ号はオスカード市とレザーリンド王都の間の地域で、夜による一時停止で大平原の真ん中に停めていた。みんな座席にもたれて毛布を掛けて寝ており、イルゼーラは真上のベッドで寝ており、精霊たちもパートナーの傍らで眠っていた。稜加はまだ寝付けず、窓から見える瑠璃色の夜空に白銀の満月が浮かんでいるのを目にする。 (エルザミーナの世界に来てから十日が経とうとしている。お父さんやお母さんは心配しているよね? 康志や晶加もわたしがいなくなったのは自分たちの甘えや我侭で、って自責してなきゃいいけど) 自分が元いた世界では、どれ位の時間が経過しているのだろうか。同じ時間か、エルザミーナの世界より早く進んでいるか。それとも……。それから眠っているデコリを目にして、あることを思い出した。 仲間探しを始める時、稜加はアレスティア侯爵から人間が誕生する以前にスピアリーが生まれ、人間が自分たちの力で生活できるようになると、その世帯の人間の守護精霊になり、それから一族が天災などで全滅すると、その精霊ははぐれ精霊となり、次の人間を探すという伝説を。 (デコリはおばあちゃんと会うまでは、自分が守護する人間がいたんだね。一族がいなくなった後は、おばあちゃんと出会えて嬉しかったのかな) あとデコリがスターターの中にいたのは、次の災厄が来るまでに待っていたのかもしれない、と稜加は思った。 東の空から日が昇る時、空は白と薄紅に染まり、夜が明ける。 マルティナ号は再び空を飛行し、森と平原と小山と町を越えていって、平原に家や店の並ぶ城下町を囲むように造られたレザーリンド城が見えてきた。稜加は初めてレザーリンド城の外観を目にしたのだった。 円状の外壁に守られ、六ヶ所に城門が設けられ、三角屋根の塔がいくつも本殿から生えるようなピンクブラウンの外壁に青緑の屋根、庭にも趣向がこしらえており、つるバラやユリやパンジーなどが咲く庭園、東屋水瓶を持った人魚像の噴水、庭園の北には黄金色の草が刈られた更地で、兵士たちの訓練場であった。 「訓練場の近くで降りましょう」 イルゼーラが指示を出すと、サヴェリオはマルティナ号を北の方向へ動かし、更にイルゼーラが〈インビジライズ〉のマナピースをスターターにはめ込んで、一瞬紫色の光が発せられたかと思うと、マルティナ号は背景に溶け込むように姿を消したのだった。といっても〈インビジライズ〉は外観だけは周りの目をごまかせる効果で、稜加の世界でいうところの光化学迷彩であった。外壁の見張りの兵士たちには気づかれず、マルティナ号は王城の庭園の訓練場に着陸させた。その後はサヴェリオが〈カモフラマント〉を出して〈インビジライズ〉の効果が消えても、知られないように処置してくれた。 「さて、どこから城内に入ればいいものか……」 飛行機から降りたパーシーが呟くと、サヴェリオが答えた。サヴェリオの指が差す先は王城の一番下の階の格子窓――牢屋だった。 「〈スモライズ〉のマナピースを使って、そこから精霊たちに運んでもらって入ればいい。今は囚人なんていないから入るには絶好の時だ」 「え〜、ここから入るの? 何かなぁ」 ジーナが牢屋からの侵入と聞いて戸惑う。 「わたしも牢屋からってのは気が進まないけど、仕方ないよ」 王城の牢屋に入れられたことを思い出して稜加が言った。サヴェリオはイルゼーラに物質を小さくさせる〈スモライズ〉のピースを渡し、イルゼーラはスターターにピースをはめ込んで、発動すると精霊たちを覗いて、稜加たちが二十センチ代の背丈になった。デコリは稜加、アレサナはイルゼーラとサヴェリオ、ウッダルトはジーナ、ラッションはエドマンド、フォントはパーシーを抱いたり背負ったりして、牢屋の格子窓から入っていった。 小さな独房に壁付けの椅子兼寝床、用を足す角っこの穴、鉄の扉は鍵がかかっていたが、囚人の食事を出し入れする小窓から出ていった。 五人の精霊は小さくなった稜加たちを連れて牢獄と本殿につながる階段へと向かい、また〈スモライズ〉の効果も一時間しかないため、精霊たちは本殿に入ってからも兵士やメイドガラシャの部下に見つからないように家具やカーテンに隠れて移動していった。 フォントの背中につかまっているパーシーが一つの部屋の扉が開いていて、奇妙な音がすることに気づいて、仲間たちを呼び止めた。 「あの部屋は何だろう?」 「それは錬金室よ。合金を生成したり、マナピースの研究をするための部屋よ」 イルゼーラは気づいた。あの部屋に行けば、魔変人形の秘密がわかると思って、入ってみることにした。精霊たちはそーっと中に入り、錬金室の中は暗い色のカーテンで閉ざされ、壁は黒く塗られて床も灰色で稜壁には小石ほどのマナブロックの標本や金属片、ガラス瓶の中の色付きの薬液や粉が入っていた。台の上にはフラスコやメスシリンダーなどの科学用具や火のマナピースで付くコンロの上には銅鍋の上に何かが煮えており、魔変人形の素体となる人形が置かれていた。小さくなったままの稜加たちは台の上に下りて、稜加はエルザミーナの世界にも錬金術があることに関心した。 「マナピースって人工的にも造られるんだね」 それを聞いてイルゼーラとエドマンドがこう答えてきたのだ。 「稜加、マナピースは人の手で造ってはならない法律があるのよ」 「人工的にマナピースを造って売ったら、個人の利益を増やす輩が出てくるからだ。それは犯罪なんだよ」 「だとしたら、誰が何のために人工のマナピースを造って……」 稜加がそれを訊こうとした時、サヴェリオが言ってきた。 「おい、あと十分で〈スモライズ〉が切れるぞ」 サヴェリオの言葉を聞いて一同は精霊たちに乗って錬金室を出て、兵士や従者たちに気づかれないように移動していった。ようやく〈スモライズ〉の効果が切れた時、精霊たちにつかまっていた稜加たちの体が大きくなり始め、全員が元の大きさに戻った所の前は、女王の間であった。 「とうとう着いたわ。もう引き返せないわ。行くわよ……」 イルゼーラの台詞を聞いて、稜加たち四人とサヴェリオ、精霊たちはうなずいた。そして扉を開けて、女王の間の中心の玉座には恰幅のある体に厚化粧、横幅のある体には宝石と朱色のドレス、結い上げた髪のガラシャが鎮座していた。 「ふふふ、来ると思っていたよ。イルゼーラ」 ガラシャ女王は余裕のある笑みをイルゼーラたちに向ける。初めて女王を間近で見たジーナ、エドマンド、パーシーと精霊たちはガラシャの姿を目にして、見かけ通り心もふとましそうだと思った。 (この顔は二度と見たくないと思っていたけど、わたしはこの人を赦さない。イルゼーラのお父さんを病気はすぐ治るとだまして放っておいて殺し、イルゼーラも狙ってきて、エルザミーナの世界にきたわたしを牢屋に押し込めたことを) 稜加は最初の時とは違い、ガラシャに対する視線を向けていた。 「ふん。わらわを倒しに全員救い手が集まったか。だが、わらわの一声で部下たちがここへ来て、お前たちを仕留めることも可能なのだぞ。わらわはこんなことはしたくはない。穏便に解決したいものでな」 ガラシャはサヴェリオに視線を向け、サヴェリオは怯みながらも顔をそむけることはなかった。 「サヴェリオ、お前がイルゼーラの従兄でありながら、お前を尋問して罰を与えなかったかわかるか? そんなことをしたら、わらわが民の反乱で危うくなるからだ。だからお前のことは許してやった。だが、城の侵入者を脱獄させたのはさすがに赦せんのう……」 ガラシャの言葉を聞いて、稜加はサヴェリオがなぜ自分を助けてくれたかを理解した。サヴェリオは身じろぎしなかったが、落ち着きを払ってガラシャに尋ねてきた。 「ずっと気になっていたことがある。ガラシャ女王はわたしの叔父のロカン王の後妻とはいえ、王族とは無縁のあなたがロカン王やイルゼーラに代わって国を統治するのはおかしいと思ってきた。あなたは貧しい身分の出で、幼くして両親を喪い他に身寄りもなく苦労してきて、わたしの叔母のマルティナ王妃の亡き後、うなだれているロカン王に取り入って王妃となり、イルゼーラは追放か死罪にして、一国の女王になって生きようとしたのではないか、と」 ジーナたちもそれを聞いて疑問に思った。だが、ガラシャはこう答えてきた。 「半分は違うな。わらわもレザーリンド王家の血を引いているのだ」 それを聞いてサヴェリオもイルゼーラも稜加たちも精霊もどういうことか、と首をかしげる。 「わらわが子供の頃に聞いた話だ。レザーリンド四代目王には二人の子がいた。弟は五代目のレザーリンド王となり、姉はレザーリンド王国最南の地、ヴァンシアの伯爵に嫁いだ。わらわはそこで生まれ育った。だが十二の時にヴァンシアは豪雨による地崩れで多くの民と伯爵夫妻とその老親、子供たちと精霊は災害で命を失い、生き残ったのはわらわだった。災害で家族も家も財産も守護精霊も失って生き残った民も自分たちのことで手いっぱいで、わらわはヴァンシアの地を離れ、孤児院と奉公先を流転してきた」 稜加たちはガラシャが天災孤児と聞いて、彼女の境遇に憐れみを感じたが、どうしてこうなったのかと続きを聞こうとする。 「わらわが二十の頃にはラウルという錬金術師に弟子入りし、わらわは錬金術を学び、ラウルは王室御用達の錬金術師となり、わらわはラウルの助手として城への出入りが可能となった。 ロカン王にはすでに妃と娘がいて、同じ四代目の子孫でありながら何故こんなにも差があるのかと妬ましく思った。やがてラウルは亡くなり、マルティナ王妃も病で逝去した後、わらわはロカン王に取り入って自分が四代目の子孫と隠して後妻になった。そしてレザーリンド王国を支配しようと決めた。 まぁ、ロカン王を始末した後はイルゼーラに王位継承の放棄を認めさせて、辺境の地に追いやろうとした矢先に、イルゼーラは逃げ出した。だが復讐の機会を狙っていたとはな」 ガラシャの経歴を聞いて、稜加たちは沈黙してイルゼーラはわなわなと震えていた。 「それだけの理由で父をたぶらかして後妻になったというの? 自分が不幸だったからって……。赦さないわ! あなただけは!!」 稜加たちは今まで見せることのなかったイルゼーラの怒れる様を目にしておびえ、ガラシャが錬金術を学んでいたことを耳にして、稜加はガラシャに尋ねてきた。 「追っ手たちが持っていた魔変人形って、女王が錬金術で造ったんじゃ……」 「いかにも。人間の兵士だとイルゼーラに寝返るからな。わらわの部下となったならず者らに魔変人形を与えて、イルゼーラを捕らえようとな。だが、天然のマナピースでは魔変人形を動かせないと分かった時、人工のマナピースを生成して、動力源にした。人工のマナピースの生成と売買は禁止されているが、こうするしかなくてな。ラウルが急な脳病で逝ったときは好機だった」 ガラシャは魔変人形の製造とその理由を淡々と語る。 「あー、納得したわ。あの錬金室はガラシャ女王が魔変人形と人工のマナピースを造ってたからなのね」 パーシーが錬金室の秘密を理解する。ジーナやエドマンド、精霊たちもガラシャの貪欲さと残忍さに耐えかねて敵意を向けてくる。 「イルゼーラ、いつもの平静さはどうしたの。イルゼーラがいてくれたからこそ、わたしたちはここまでこれたのに」 稜加の言葉を聞いて、ガラシャへの怒りに震えていたイルゼーラは覚めた。みんな、志は同じなのだと。 「ふん、友情ってやつか。だが、わらわにはとっておきがあるからな」 そう言ってガラシャは玉座の手すりを触ると、玉座の後ろに仕掛け扉が開き、その中へと潜り込んでいった。 「逃げるの? 待ちなさい!」 ジーナがガラシャを追いかけようとしたが。仕掛け扉の奥は上下が空洞になっていて、ジーナは危うく落ちそうなった。 「きっと超属性の願った場所に移動できる〈エリアワープ〉を使って逃げたんだわ。けど、どこへ……?」 イルゼーラがガラシャの逃避はマナピースを使ったと知ると、白のどこに隠れているのか手分けして探そうとしたその時だった。 突如地響きが起こり、イルゼーラたちや城内の兵士やメイドやガラシャの部下たち、城下町の人々も、この異変に気づいた。 「何だぁ、地震かぁ!?」 誰もが騒いでいる中、城の北東の塔が突如崩れて、その破片が散る中、崩壊した塔からゆうに三十メートルはありそうな、白い石の巨人が出てきたのだ。 城壁の見張りや城内の警備兵やメイド、多くの人間が白い巨人の出現に目を丸くする。その巨人はガラシャによく似ていた。 |
---|