6弾・12話  夏休みはマイホームで


「ただいま〜」

 夏休み一日目に入って稜加とデコリは南栃木市にある陽之原高校の寮から栃木県の北西にある織姫町に帰ってきた。

「お姉ちゃん、デコリ、お帰りー!!」

 妹の晶加が姉とデコリが帰ってきたのを知って、玄関から離れた居間から駆けつけてきたのだった。

 家の中は思っていたより涼んでいて、居間のエアコンを長時間稼働させておき、台所や三姉弟の部屋、仏間の戸を軽く開けた状態にしていた。

「リョーねぇ、お帰り〜。ようやく帰ってきてくれたかよ。リョーねぇが高校の寮にいる間はおれが晶加の面倒を見て、家事のほとんどをやっていたんだぞ」

 台所と玄関の間の私室にいた弟の康志が顔を覗かせる。この時、稜加とデコリが帰宅してきたのは夕方の四時ごろで、二人が帰ってくるまでに康志は朝食後の皿洗いと洗濯物の干し畳みと床板の雑巾がけと畳の埃掃きと昼食作りと後片付けと夏休みの宿題に勤しんでいた。

「はいはい。ご苦労様。まずはシャワーを浴びさせて」

 稜加は久しぶりに我が家に帰ってきた後、トイレと風呂場と近い自分の部屋に入ると、窓を開けて換気をし、布団押し入れから夏の着替えを出して風呂場へ行ってシャワーを浴びてTシャツとショートパンツの服装に着替えたのだった。

「リョーねぇ、おれ夏休みの宿題をやるから、母さんからのメールの通りに夕食作り、やってくれよ」

 康志が母からの携帯メールの文書を稜加に見せる。母からのメールにはこう記されていたのだ。

『稜加へ

 夏休みになったら、必ず帰ってきて家事をやってね。今日帰ってきたのなら、夕飯作り宜しく

母より』

「お母さんもお父さんもクリーニング店で手が離せられないから、って高校の寮から帰って来たばかりの上の娘に夕食作れ、ってのは仕方ないや」

「リョーねぇは毎日当番違うからいいけどよ。おれなんか毎日同じようなこと、やってんだぜ? せめて夏休み位は飯作ってくれよな」

 康志が口をへの字に曲げる。

「ああ、あと臨海学校のお土産のお菓子、美味しかったよ。ありがとな」

 康志は臨海学校の後日に送られてきた稜加のお土産のカスタードまんじゅうの礼を言ってきてくれた。

 夕方六時になると稜加は台所に行って今日の夕食つくりにはげんだ。デコリも手伝うことにして、家族の為に美味しい夕食を振る舞うことにしたのだった。

 夜七時になると父の銀治と母の知晴が帰ってきた。二人ともインナーの上にシャツを羽織っていて、薄手のパンツだった。

「ただいま〜。先にお風呂入らせて〜」

 母は店で動き回って汗だくの体を洗いたがっていた。父も相変わらずで、利恵子の息子とは思い難い程のしかめっ面をしていた。だけども家に上がりこんだ後には、居間の隣の仏間に行って両親の遺影に手を合わせ手向けていた。

 両親の帰宅と同時に稜加が作った夕食が食卓に並べられた。ジンジャーポークソテーのライスプレートにパスタサラダ、豆腐ネギなめこの味噌汁。

「は〜、リョーねぇの晩御飯、久しぶりに食べられる」

 康志が居間の食卓に座って姉の作ってくれた料理にありつけられることに喜ぶ。

「それにしても、稜加が高校に入ってから家に帰ってくる度、必ずライスプレートなんだなぁ」

 父が稜加の作った晩食を見て呟く。

「まぁ、いいじゃないの。高校での寮の賜物なんだから」

 母が父の隣に座ってなだめる。稜加とデコリにとっては夏休みは両親や弟妹と過ごす為の期間で、高校の寮にいる時と違ってエルザミーナにいつでも行けるのだ。

「そういえば稜加、あっちで何かあったか?」

「だから言ってたでしょ。臨海学校に行って茨城県の……」

「そっちじゃなくって、稜加が行ったり来たりしていて母さんが若い頃に訪れていたエル、エルザ、エルザム……」

「エルザミーナ」

 稜加が父にそう言うと、父は「そうそう。エルザミーナ」と返した。

「エルザミーナの世界で何かあったか、って訊きたかったんだ」

「ああ、そのことね。エルザミーナの一角のレザーリンド王国の女王で、わたしの仲間のイルゼーラが……」

 稜加は両親と弟妹にイルゼーラの婿探しの件を語った。

「ふーん。女王さまが他の国で出会った一般の男の人がねぇ……」

 康志が呟くとデコリは訂正する。

「イルゼーラはまだ、ギラルドとは付き合うだけだよ、今の処は。もしかしたら後で国中にばらまいたビラを見つけた男の人がお婿さんになりたがって来るかもしれないし」

「まぁ、そのうちサヴェリオがエルザミーナから連絡してくるだろうし」

 稜加がそのことを口にすると父が箸を止めてきて訊いてきた。

「そのサヴェリオってのは誰なんだ? 他の婿候補か?」

 稜加は思わず漏らしてしまったと手を止めるが、慌てて付け足した。

「イルゼーラの従兄の王国軍の兵長さんだよ。最初の旅の時から彼に助けてもらっていてね……」

 それを聞いて晶加が尋ねてきた。

「お姉ちゃん、もしかしてサヴェリオって人と付き合っているの?」

 その言葉に場の空気が沈黙したかと思うと、父が目を三角、口を富士山にして稜加に向かってきた。

「稜加っ! お前、親に黙って男がいたのかしかも異世界人とは、ありえん!!」

「お父さん! 落ち着いて!」

 母が父をなだめる。稜加は中学卒業からサヴェリオと両想いになって、しかも交際していることがバレてしまったと内心焦ったのだった。


 その後で稜加は両親とデコリの四人きりでサヴェリオと付き合っている経歴を説明し、父も母も長女の交際がそこまで不埒ではないと知ると安心したのだった。

「お父さん、稜加とサヴェリオくんの仲を認めてあげてもいいじゃないの。決してやましいことじゃないんだから」

「だけども違う世界の人間だからな……。本人に直接会ってみないと、わからんじゃないか」

 居間の隣の台所では康志と晶加が両親と姉の会話をこっそり聞いていた。

「リョーねぇの彼氏ってエルゼミーナ人かよ」

「でもお姉ちゃん高校生だから、恋人の一人くらいいてもおかしくないんじゃないの?」

 康志と晶加は稜加に恋人がいて父が顔を変えると、食べかけの夕食を台所に持っていって食べたのだった。

「でも銀治パパは利恵子の息子で、エルザミーナに行けたとしても、サヴェリオにふっかけたりしない?」

 デコリが上目遣いで父に尋ねてくる。

「流石にふっかけたりはせん。問題はこの後のことなんだ」

「この後のことって?」

 母が尋ねてくると、父は咳払いをして説明する。

「ほら、よくある話じゃないか。稜加とサヴェリオくんが結婚する立場になったら、サヴェリオくんに稜加を嫁がせるか、サヴェリオくんに婿となってもらうか」

「ええ、結婚!? そこまで考えていないよ」

 稜加が言うと、父は首を横に振る。

「いや。これは重要問題だ。父さんには稜加を嫁にやることはともかく、違う世界の男となると……」

「でもサヴェリオにはお父さんのアレスティア侯爵がいるよ?」

 デコリがそれを言うと、父は「そうなのか」と返事をする。

「じゃあ稜加を異世界人の嫁にやることになってしまうのか。仕方のないことだが……」

「お父さん。まだ早いって言っているでしょう。まずは稜加と恋人のサヴェリオくんの様子を見守りましょう」

 母が父に言った。稜加に恋人がいて、それがエルザミーナ人ということがバレてしまうも、一先ずは落ち着いたのだった。


 その次の日からは稜加の高校最初の夏休みが始まり、朝六時四十五分のラジオ体操の場所がある近くの公園へ弟妹を連れて同じ町内の人たちとラジオ体操に励んだのだった。

『手足の運動〜。一、二、三、四……』

 小学生まではラジオ体操に参加したら、その日のスタンプが参加証に押され、最後の八月三十一日には景品がもらえるのだ。

「おっ、一伊達じゃん。この町に帰ってきたのか、おはよう」

 稜加の隣の少年が声をかけてきた。

「ああ、玉多くん。おはよう」

稜加と中学校が同じだった近所の整骨院の息子・玉多俊岐(たまだ・としき)だった。

「俊岐さん、おはよー」

 康志と晶加も俊岐に声をかけてあいさつする。俊岐は中学校卒業後は織姫町の東隣の町にある県立灰鷹(はいたか)高校に入学し、稜加が休日に寮から帰って家で過ごす時ぐらいの対面になっていた。

「夏休みになったからか?」

「うん。大会のあるクラブには入っていなし」

 ラジオ体操をしながら稜加は俊岐と会話する。

「おれはサッカー部に入部したから週に二回は学校での練習に行って、八月に入ってすぐ合宿だからな」

「おれも少年サッカーチームの合宿行くよ。七月の終わりになったら」

 康志が割り込んでくる。康志は七月の二十八日から三十一日まで地元の少年坂―チームの合宿先、栃木県の小山市に行くことになった。康志は四日間だけ姉が寮制高校に入ってからは自分が家事の大方を引き受けることになって、合宿はそれから解放されるからの意味で楽しみだった。

 ラジオ体操が終わると一伊達姉弟と俊は同じ近所なので、一緒に帰っていった。北関東は盆知で夏は平野のある南関東より暑いが、朝の今は涼しく通りを走る自動車も少ない。

「佳美もなぁ『夏休みになったらデートの数増やしてよ』ってメールしてくるんだぜ? こっちは学校での練習の他に家の用事もあるってのに」

 俊岐の言う佳美とは稜加と俊岐と同じ中学の出身で、中学生になって共働きの両親に代わって家事と弟妹の世話をすることになった稜加の理解者で栃木県最初の友人だった。

 百坂佳美(ももさか・よしみ)は中学はバレーボール部員で、高校は群馬県だが東武織姫駅から三駅先の県立芳桟(ほうせん)高校に受験して入り、卒業を機に俊岐と付き合うようになった。

「まぁまぁ。わたしも夏休みの時はよっちゃんや他の女の子たちと会っておくから」

「ああ、そういや一伊達。臨海学校のお土産のクッキー、ありがとうな。美味かったぜ」

「どうしたしまして。玉多くんも合宿楽しんできてね」

「ああ、またな」

 俊岐と姉弟は見慣れた住宅街に着くと別れて、家に帰ると母が朝食を作っている最中だった。居間では父が布団を片付けて食卓を中央に寄せていた。

 朝食となるハムエッグキャベツ炒め添えと炊き立て白米、味噌汁とヨーグルトのカップが並べられ、稜加はデコリも起こしてきて六人で食べたのだった。

 朝食の後、両親は通りにあるクリーニング店の開店準備に家を出て、康志が皿洗いをして晶加が食卓の上をアルコール除菌剤をつけた布巾で拭いて、稜加が母がかけた洗濯機から洗濯物を出して居間の大窓から近い物干し場でタオルをかけたり服をハンガーにかけて、下着などの細かい物はピンチで干して更に外側を覆うように手ぬぐいやハンドタオルで隠して干した。

 家事が終わった処で夏休みの宿題。小学生は夏休みのドリルや自由研究、課題図書の感想文に対し、技術科目中心の高校に入った稜加は服飾の勉強は服に関するレポートの他、言語文化や数学などの他の教科の問題集を解くのが宿題だった。デコリも夏休みの宿題を解く三姉弟の姿を見て、自分は何もすることがなくて退屈で居間のテレビで音を小さくして教育番組を見ていた。

 幼児向けの人形劇に英語や中国語の語学、クラシック音楽や歴史もあった。午前十一時半になると、デコリはお腹を空かせて居間から離れた部屋の稜加に昼ご飯を催促した。

「稜加、稜加。お腹空いたよ」

「ああ、もうこんな時間か。教えてくれてありがとう」

 稜加は一日ごとに決めた課題ドリルを閉じて台所に行って昼食を作った。もちろんデコリも手伝って。夏の台所は熱いけれど、今は居間のクーラーを稼働させて部屋のふすま戸を少し開けて風通しを良くしていた。

「康志、晶加。ごはんだよーっ」

 稜加の呼びかけでそれぞれの私室で夏休みの宿題をしていた康志と晶加が台所に駆け寄って昼食の皿や麦茶の水差しを運び出した。

 稜加が作ったのはナポリタンスパゲッティで、食べやすいよう細く切ったピーマン、ウィンナー、玉ねぎ、マッシュルームも入っている。オプションにインスタントの野菜チャウダーも添えて。

「わぁ、ナポリタンだ。いただきまーす!!」

 康志は喜んで稜加が作ったナポリタンを食べ始めた。

「旨いっ! 昼飯で温かいのを食べたの久しいな〜」

 それを聞いて稜加とデコリは何のことかと首をかしげる。

「実はお母さん、昼ご飯作る時はそうめんとか冷麺とかざるそばとかの爪遺体のばかり作るようになって、それがあきちゃって……」

 晶加からそれを聞くと、稜加は何かいい加減で単純だな、と思った。そりゃあ、クリーニング店や町内会の件もあるけれど、夏だからってそうめんとかはかなり手抜きではないだろうか。

「やれやれ。夏休みの時はわたしが昼ご飯を作ってあげるから。冷たいのばっか食べていると、体に悪いからね」

「やったーっ!! リョーねぇのおかずが食えるぞーっ!!」

 康志がはしゃぐと稜加は付け加えた。

「だけど、わたし一人で台所の調理が出来なかったら、康志と晶加も手伝うこと」

「はーい」

 弟妹は声をそろえる。

(何やかんやで仲いいなぁ)

 デコリは亡きパートナーの孫のやり取りを見て、ほほえましく感じた。