4弾・14話  侯爵救出


エルザミーナの世界では掘削する時は現実世界とは違った機械を使って炭坑や温泉などを掘り当てていた。

 巨大な円筒の先端に無数の特殊合金の棘が付いていて、外枠の向きが変わることで掘る位置も変えられる装置であった。この掘削機は〈ディグホーラー〉と呼ばれ、大地のマナブロックを燃料とし、また離れていてもスターターや携帯用の通信塔で操作できる優れものであった。

 稜加一行は近衛兵たちには地上で待機してもらって、救済者とサヴェリオが地中から潜入していく計画を企てた。

 アレスティア侯爵邸は地下室があって、その中の酒蔵室へ向かって穴を掘り、そこから入って侯爵を助け出すという単純ながらも根気と時間のいる計画であった。


 アレスティア侯爵は四日間も姿を消し隠れする脱獄者フリェーロとの監視生活でやつれてしまい、忍耐の我慢が頂点に達するとフリェーロにこう言ったのだった。

「わたしの息の根を止めろ、わたしがいなくなることでイルゼーラの心は充分に傷つく」

 だがフリェーロは侯爵のこの態度が気に食わず、侯爵の顔に唾を吐いたのだった。

「あんたが一人いなくなれば他の奴らは助けてもらえるなんて、考えが古いんだよ。おれはガラシャ様のおかげで高い地位を得ることが出来たんだ。なのに、お前の姪と仲間を率いてガラシャ様を殺してちまったんだからな。この音寿司前はどうなるか、わかってんだろうな?」

 フリェーロは侯爵を見下し、あざける様な視線を向けてくる。侯爵はフリェーロがどんな人間かわかってきたのだ。この男を怒らせてはならない。怒らせたら何をしでかすかわからない輩であったからだ。


 一方でイルゼーラ一行はディグホーラーを使って、アレスティア侯爵邸の酒造室へ向かっていった。ディグホーラーが掘った地中の土は装置の脇から排出され、トンネルを掘る時に上手く処理されるのだ。ディグホーラーで地下トンネルを掘っていると時々ミミズやオケラなどの地中に棲む虫が出てくることもあったので、それは上手くよけていた。

(ここに入ってから、もう一時間も経つけれどアレスティア侯爵、どうしているかな……)

 稜加はそれを気にし、何より父親が脱獄者の思うつぼにされているサヴェリオも気になっていたのだ。

 その時、ディグホーラーが土壁に当たった時、そこから赤紫や白い半透明の液が流れてきてイルゼーラたちは慌てて後退した。

「地下酒蔵の酒樽のある壁にぶち当たってしまったんだ!」

 サヴェリオについてきた精霊トルナーが叫んだ。


「何だ? 何だーっ!?」

 地下酒蔵の異変を感じた侯爵邸の使用人たちが地下酒蔵に集まってきて、そこに保管してあるワイン樽がいくつか破損して酒蔵が酒浸しになってブドウとアルコールの匂いだらけになっていて、更に破損した樽のあった壁にディグホーラーが土壁を削って樽をぶち壊したことを悟った。

「ん? 何だ? 随分と屋敷の下が騒がしいじゃないか」

 書斎でアレスティア侯爵を脅しているフリェーロが屋敷内の様子を察し、侯爵は息子や姪が地下から屋敷に入ろうとしたが地下の酒蔵を破って失敗したと悟ったのだった。

(サヴェリオ、イルゼーラ……。このわたしを助けようとしてくれたのか。どうか、来てくれ)


「うわ〜、酒臭い」

「おまけに酔っぱらいそうですよぉ」

 ディグホーラーが酒蔵を入ったのはいいが酒蔵室の樽も壊してしまったためにトンネルは酒浸しになって柔らかくなり、いろんな種類の酒の匂いも合わさって誰もが酒臭さに悩まされ、パーシーとフォントが文句をもらした。

「でも壁に孔を空けられたわ。ここは我慢していきましょう」

 イルゼーラが他の面々にそう指示して、侯爵邸の酒蔵に突入していった。ピシャッと酒の溜まりが足元をはねて面々のスカートや服の裾についたが今はそれどころではなかった。

 侯爵邸の地下酒蔵に集まった人たちはディグホーラーの穴から次々に人が出てきて、それがイルゼーラ女王とその仲間たちだと気づくと構えていた攻撃の姿勢を止めた。

「イッ、イルゼーラ様だ!」

「何でこんな所から!?」

 酒蔵に集まっていた使用人たちはモップや麺棒などを武器にして侵入者が入ってきたらぶちのめそうとしていた。

「なぁ、みんな。父さんはどうしているんだ? 無事なのか!?」

 サヴェリオが執事頭のジェッポーネに尋ねてきた。ジェッポーネはアレスティア侯爵と歳の近い執事で、侯爵と違って痩身で灰色の髪を短くそろえていて黒い燕尾服と紋章付きの金のスカーフ留めをつけている。

「侯爵さまでございますか? 侯爵さまはここ数日、顔色がよろしくないようですが、誰が尋ねてきても気丈に振る舞っているようなのです……」

 それを聞いてサヴェリオもイルゼーラも誰もが引いて、トルナーが訊いてきた。

「まさか侯爵は病気なのか!?」

 その言葉に誰もが不謹慎だと感じるも、ジェッポーネは首を横に振る。

「いえ、そのような節は見られません。ただ、何者かに弱みを握られているような風に見えました……」

 しかしサヴェリオは自分の父の様子を確かめたくって酒蔵を出て上の階へ向かっていった。

「わたしたちも追いかけましょう!」

 イルゼーラが他の仲間たちに言うと、一行は侯爵のいる所へ駆けだしていった。


「父さん!!」

 サヴェリオは父がよくいる屋敷内の場所――書斎の扉を開けるが、そこに父はいなかった。書斎の隣の会議室にも姿がなかった。イルゼーラは侯爵の寝室のベッドやタンスを覘いてみたがいなかった。稜加は他の使用人の部屋、ジーナは浴場、エドマンドは屋根裏の物置、パーシーは書庫と侯爵を探したが見つからなかった。

 サヴェリオは今は使っていない自分の部屋の扉の前にたどり着いた。サヴェリオがいない時は使用人は掃除とベッドのシーツ交換の時にしか入らず、また机の引き出しなどを開閉といった個人のプライバシー侵害を犯さないように使用人たちもサヴェリオのプライバシーに触れないようにしていた。もしかしたら父を捕えた奴は屋敷のことを把握してないと考えて、ここに来たのだ。

 サヴェリオの部屋は屋敷の三階の東の方にあり、そっと扉を開ける。サヴェリオの部屋は八畳間の藤色のじゅうたんが敷かれ、高級木材の家具やリンネルのカーテン、ロウソク型ランプのシャンデリア、マナピースで動く冷暖房が備わっていた。

 サヴェリオは照明をともす無属性の〈グロウアップ〉のマナピースを壁の照明装置に入れて、シャンデリアのランプがついてさっきまで薄暗かった部屋がパッと明るくなった。そこに見慣れた人物がいた。侯爵だった。サヴェリオは部屋の中に父がいるのを確かめられた。

「父さん……」

 サヴェリオが侯爵を見てギョッとなった。侯爵の顔は腫れあがっており、左目には青たんが出来て上の歯と下の歯が二本欠けていて口から血を流していた。それだけでなく抵抗できないように手を後ろに回されて太い縄で縛られていた。

「父さん! 父さん! 誰がこんなことを……」

 サヴェリオが父に近づこうとした時、テラスの窓カーテンから一人の人相の悪い人物が出てきた。

「お前は……脱獄者の……」

 サヴェリオはその男を見て気づいた。王立監獄から逃げ出した最後の一人、火事場泥棒の常習でガラシャ前女王の部下であったフリェーロである。

「おい、小僧。一歩でも親父に近づいてみろ。どうなるか、わかっているよな?」

 フリェーロの言葉に気づいてサヴェリオはフリェーロの右手の中の物を見て、ハッとなる。フリェーロの右手には刃渡り十センチほどのサバイバルナイフが握られていたのだ。

「サヴェリオ……。わたしのことはいい……。屋敷にいる者たちを全員外に連れ出して逃げろ……」

殴られて歯を折られた侯爵が苦し紛れにサヴェリオに訴えるも、フリェーロがうずくまっている侯爵の腹に蹴りを入れてくる。

「ぐっ!」

「父さん!」

 サヴェリオはフリェーロに傷めつけられている父の様子を見て声を上げる。

「そんなことしたら、おれがこの屋敷にいるってことがバレるだろ? 余計なことを言いやがって……」

 フリェーロが侯爵に毒吐くとサヴェリオは父が苦しい目に遭っているのに助け出せられない自分に怒りを募らせていた。

(くそう……。おれは侯爵の息子なのに……。王室の近衛兵長なのに……。何もできない……)

 そう思った時だった。ガシャン、という音と共にフリェーロが握っていたナイフが弾かれて、ナイフは宙を舞ってタンスの一ヶ所に刺さったのだった。

「ぐっ……、何者だ!?」

 フリェーロは窓の方へ顔を向けて、その隙にサヴェリオが侯爵を連れて部屋を出たのだった。フリェーロの右腕の袖が破れて赤い浅めの切り傷が浮かんでいた。

 その時にテラスの窓が開いて、ラッションと合体したエドマンドが現れて皇族移動でフリェーロの周りを駆けて翻弄し、その前にはフォントと合体したパーシーがバルコニーの外から水のマナピース〈ウォーターストライク〉と無属性の〈アロー・レベル1〉を出して水の矢を射て放ったのだった。もしものためにと救済者たちが精霊と合体した姿で侯爵を救出する作戦を実行したのだった。

 フリェーロがエドマンドの動きに翻弄されて困っていると、駆けつけてきた稜加がデコリと合体した姿で現れた。デコリと合体した稜加は。パステルピンクのセミロングになり、両サイドに水色のリボンがついた白いヘッドギア、白い肩出しとミニスカートのワンピースにはパステルピンクの胸リボンとブルーの背中リボンベルトがついており、グローブとブーツはパステルピンクで、ブルーのリボンが巻かれた姿だ。稜加は精霊合体時の右腕のリボンを伸ばしてフリェーロを拘束したのだった。

「うっ、くそぅ……」

 フリェーロはぐるぐる巻きにされて身動きが取れなくなってしまった。

「やった! これで脱獄者を全員捕まえられたぁ!!」

 稜加は大喜びした。これでレザーリンド王国の人々は安穏として過ごし、自分も現実世界で高校入試の佳境へと向けられるからだった。

 フリェーロが捕まってからその日の夜、映像盤放送やラジオで王立監獄からの脱獄者が全員逮捕されたというニュースが伝わり、人々は大喜びした。これで気兼ねなく外に出られて会いたい人の所にも行ける。それが何よりの幸福で贅沢だったからだ。

 またアレスティア侯爵は脱獄者からの監視下による疲労と暴行により、村内の病院に運ばれて治療を受けて入院した。サヴェリオは王室近衛隊の仕事をしばらく休んで父親の見舞いと村での公務に勤しむことになった。

 また稜加や他の救済者も城で三日休んで過ごした後、稜加とデコリを現実世界に送り帰す儀式を行(おこな)った。稜加はエルザミーナに来た時のフリースジャケット中心の服装に着替えた。

 王城で一番広いバルコニーへ稜加を連れていき、四人の救済者と四精霊が稜加とデコリを囲って稜加はみんなに三度目の別れを告げる。

「みんな、さようなら。今度もまた来ることあるかわからないけど……」

 稜加とデコリは周囲に白い光が現れて光の柱に包まれると、光の柱と同時に稜加とデコリは消え去ったのだった。

 イルゼーラたち四人の救済者とパートナー精霊は稜加とデコリが立っていた場所を見つめてさびしく感じるも、自分たちの生活に戻ることに切り替えたのだった。

「母さんや弟たちが待ちくたびれているしね」

「親方や先輩にこき使われそうだ……」

「休学中のレポート書き上げないと……」

 ぼやくジーナとエドマンドとパーシーであったが、イルゼーラは晩秋の空を見上げて居た。


 稜加とデコリは日本国栃木県織姫街の渡良瀬川の中大橋の下にいた。冬の空気が二人を起こして、現実世界に戻ってきたのだと確信したのだった。

「ああ、あっちでは十日ほどいたのに、こっちはほんの十分しか経っていないや……」

 稜加はジャケットのポケットに入れていたスマートフォンの時計表示を見て呟いた。十二月二十四日午後四時五十五分で、空はとっくに日が沈みかけていて紫色に染まっていた。

「急いで家に帰らないと。お母さんたち心配かけちゃう」

「ま、待ってよ、稜加!」

 デコリは稜加の持つスターターの中に入り、稜加は橋下近くに停めていた自転車に乗って、我が家へ飛ばしていったのだった。


「ただいまー」

 稜加は玄関の引き戸を開けると、玄関に入って靴を脱いで脱衣所の洗面台で手洗いうがいをして、台所に入っていった。

「お帰りなさい、稜加。年賀状、投函してくれてありがとう。もうすぐご飯できるわよ」

 台所ではオーブントースターからローストチキンの香ばしい匂いがして、弟の康志が母を手伝ってサラダやキノコポタージュを居間へ運んで行って、居間では妹の晶加がお皿やスプーンなどを食卓に並べていた。

「お父さん、道路の渋滞で帰るのが遅くなるからって、先に食べていいって電話で言ってたよ」

 晶加が居間に入ってきた稜加に教えてあげた。両親の寝室にもなる家の居間には本棚とタンスと机、押し入れと出入り口のふすま、母が使うドレッサーやテレビ、台所とつながる窓に脇にはクリスマスツリーが置かれていて、頂点の金の星をはじめサンタクロースや雪だるまなどのオーナメントが飾られていた。

「メリークリスマス!!」

 稜加と弟妹と母は父の帰りを待ちながらクリスマスのごちそうを食べることにした。ローストチキンは上手く薄切りにしてスープもコクが効いていて、他にもフライドポテトやサーモンなどの魚を使ったテリーヌはチーズ入り、ノンアルコールのシャンパンもクランベリーの味がした。稜加は母や弟妹にバレないように食卓の下に隠したデコリに食べ物をあげていた。

「ただいまー。今帰ったぞー」

 玄関で声がしたので、それはクリスマスケーキを取りに行っていた父がようやく帰宅したのだった。

 父がケーキ屋から取りに行っていたケーキは五号サイズの円いケーキで白い生クリームと十個の赤い熟れたイチゴ、他にもサンタの砂糖細工や星のクッキー、チョコレートの家、そして水色のデコペンで『Merry Christmas』と書かれていた。

 母はケーキ上の菓子で姉弟喧嘩をしないようにとサンタ菓子とクッキーの星とチョコレートの家を三つに分けてくれた。スポンジはココアで茶色くて激ふわだった。稜加はケーキもこっそりデコリに食べさせてあげていた。

 食べ終わった後は康志は台所で皿洗い、母はオーブンやコンロの片づけ、晶加と父は居間で後片付けをして、稜加は家族の入浴が終わるまで自室で受験勉強をしていた。稜加の後ろでデコリが言った。

「稜加、クリスマスって楽しいね。デコリも利恵子と一緒に過ごしたかったよ……」

 デコリがもし祖母の利恵子と一緒に過ごしていたら、年間行事を祝えられたのかもしれない。それがデコリにとっては残念なことなのは稜加も理解していた。

 居間の北隣の仏間ではクリスマスケーキ一ピースとチキンなどの料理がラップされた皿に入れられて祖父母の遺影のある仏壇に置かれていた。