5弾・5話   デコリ、一伊達家入りする


 その日の夜、一伊達邸の居間で父もクリーニング店から戻ってきて、全員がちゃぶ
台の前に座り、稜加とデコリもそこにいた。父はつい数十分前に帰ってきたばかり
で、妻と息子と娘が全員居間にいるのは何事かと思ってみたら、人形が立って歩いて
喋っていることに腰を抜かしたのだった。

 弟の康志も夕方四時半に戻ってきて、姉が亡き祖母から受け継いだ人形の微動だに
仰天し、晶加も一度はびっくりするも幼いのでデコリがただの人形ではなく、精霊だ
と知ると大いにはしゃいだ。

「あー、つまりデコリくんはおれの亡くなった母さんが若い頃に異世界で共に活躍し
て、母さんが帰る時についていった、と?」

 父の銀治は自分の亡き母の遺していった仲間が異世界の精霊であったことに受け入
れがたいと思いつつも、デコリに質問した。

「でもね、デコリは五十年以上も眠っていて、久しぶりに起きられたら利恵子にまた
会えたと思ったら、稜加だったの」

 デコリはちゃぶ台の角に座って稜加姉弟の父に教えたのだった。

「それでリョーねえが去年の今頃にエルザミーナって世界の救済者になって、レザー
リンドって国の危機を救ったってのが信じられねぇ」

 康志が姉の違う一面を知って嘘くさいと言うような表情を稜加に向けてきた。

「何よう。わたしだってエルザミーナに飛ばされてすぐ牢屋に入れられたり、現実の
世界にないことだらけで大変だったんだからね」

 稜加は弟にエルザミーナでの事態の重さについてをきつい口調で言ってきた。

「デコリは利恵子おばあちゃんの友達だったんだね。お姉ちゃんからデコリを借りた
時、本当の人形だと思っていて……。乱暴に扱ってごめんね」

 晶加は以前姉から借りた人形が生き物だったことに知らず、おもちゃにしてきたこ
とを謝った。

「そんなのもういいよ。晶加ちゃんが病気になった時にデコリが動いたのは、幻覚だ
と思わせちゃって……」

 デコリは晶加の様子を見て許してあげた。

「そういや台所や冷蔵庫の中からお菓子がちょくちょく無くなっていたのはデコリが
携わっていたからなのね。道理で合点がついたわ」

 母が稜加とデコリに家の中で時々おかしいことが起こるのはデコリが関与してい
た、とようやく理解した。

「ごめんなさい、お母さん……。デコリだって生きているし……」

 稜加は隠し事をしていたのを両親に謝罪した。

「まぁ、デコリくんが母さんの孫である稜加の前に現れたのは、本当に亡くなった母
さんからの導きなんだろうなぁ……。それと、知晴」

「はい?」

「今更夕飯作るのもナンだから、出前頼んでくれ」

 父は母にそう言うと、康志と晶加が大はしゃぎする。

「おれ、ピザがいい!」

「あたしも。パイナップルの入ったハワイアンピザがいい!」

 デコリの件で夕飯を作ることがおろそかになっていた母は立ち上がる。

「仕方がないわねぇ。今日だけよ」

 その後はいつもの一伊達家に戻ったことに、稜加はほっとした。


 デコリとエルザミーナ世界の件で両親と弟妹に知られてしまった日の夜、家族会議
もあったことで一伊達家はピザを頼んで夕餉を済ませた。晶加のリクエストであるパ
イナップルと生ハムが入ったハワイアンピザと父の鉱物であるイカやエビなどが入っ
たシーフードピザ、ソーセージとマッシュルームとピーマンなどの十種類の具材が入
ったミックスピザのミドルサイズを計三枚注文した。

 康志と晶加は普段食べられないピザの晩食に大はしゃぎしてほおばり、デコリは三
種類のピザの切れ端を食べて味わっていた。

「稜加、ピザっておいしいんだね」

「まぁ、うちは出前なんてそんなにしないからね。今日買ったものに限らず、他にも
あるからね」

 初めて稜加以外の家族と一緒に食事をしたデコリが言った。

「今は高校の寮に入った稜加についていったとはいえ、デコリくんは普段何を食べて
いるんだい?」

 茶色のビール瓶から泡だったビールを小さいグラスに注ぎながら、父がデコリに訊
いてきた。

「稜加が前にエルザミーナに行った時、イルゼーラがくれた〈フードグレイス〉のマ
ナピースが出してくれる食べ物を食べているよ。あと休日のお出かけの時のお菓子や
昼ご飯」

「マナピース? フードグレイス?」

 母が聞きなれない言葉を耳にして首をかしげる。

「エルザミーナの人や精霊は、自然エネルギーの残りかすが結晶になったマナピース
を使って生活しているんだよ。飲み水を出してくれたり、火を起こしてくれたり」

 稜加がマナピースの説明をすると、康志がこんなことを言ってきた。

「そんな便利な物が、おれたちの世界にもあったら電気もガスも水道もネット通信の
料金が安く済むじゃんか。お小遣いだけでなく、貯金も増えるじゃないか」

「康志、インフレとデフレって知っているか? インフレ・デフレになると物価の高低
が激しくなって多くの人たちの生活に支障をきたすんだぞ? マナピースがあっても、
ライフラインは安上がりでも交通とかに高値がつくかもしれないんだぞ」

 かつて千葉県で会社員だった父が康志に教えてくる。

「そうだよ、康志。わたしが初めてエルザミーナに来た時のレザーリンド王国ではイ
ルゼーラが継母に国を乗っ取られた時はレザーリンド王国で重税とかがあったんだか
ら」

「そうなんだ。でもリョーねえがレザーリンド王国を取り戻して、仲間だったイルゼ
ーラってお姫様が女王になって平和にしてくれたんだろ?」

「そうなんだけどね、冬の国の人が大雪に埋もれたり日照りによる作物不足の件もあ
るからね」

 稜加はサヴェリオから聞いた災害による住人の被害を思い出して康志に教える。

「あたしもエルザミーナに行ってみたい。どんな家があって、どんな人がいてデコリ
以外の精霊や動物や花を見てみたい。童話みたいに小人や人魚もいるんでしょ?」

 晶加が訊いてくると、稜加はエルザミーナにも小人や人魚もいたかと思い出そうと
する。

「えっと……。悪霊となら遭遇したことがあるけど」

 稜加は何度もエルザミーナに行ったり来たりしているとはいえ、レザーリンド王国
より外には行ったことがない。ましてやレザーリンド王国の未だいったことのない場
所もあるのだから。

「わたしだって学校もあるし、イルゼーラも女王としての公務もあるし、かつての仲
間だって仕事や学校に就いているんだから。そう易々と頼められないのよね」

 姉の言い分を聞いて晶加はへそを曲げるも、デコリに視線を移し替える。

「じゃ、デコリ。デコリはおばあちゃんと旅してきたから、エルザミーナのこと教え
られるよね?」

 晶加に訊かれてデコリは戸惑った。デコリだってエルザミーナのことは詳しくはな
い。五十年以上も眠っていて記憶がちぐはぐしているのだから。

「晶加、いくらデコリがエルザミーナの生まれだからって、エルザミーナのことを知
っている訳じゃないんだよ。エルザミーナだって、おばあちゃんが来た時から人も地
図も町も変わっているんだから」

 稜加は晶加に諭した。デコリも眠り姫状態の時も入れて人間より長く生きている精
霊とはいえ、デコリもどこで生まれて利恵子と出会うまではどんな風に生きていたか
も記憶の彼方に行ってしまった。

「デコリ、あなたがどこから来て利恵子おばあちゃんと出会うまでの経歴なんて忘れ
てしまっても仕方がないわ。あなたには利恵子おばあちゃんの後継者の稜加や今の世
代のエルザミーナでの友達や、わたしたちがいるじゃない。気にすることないわ」

 母がデコリに優しく言ってくれた。


 それからして稜加とデコリは祖父母の遺影のある仏間の押し入れから、祖母・利恵
子の手掛かりになるかもしれない遺品を引っ張り出した。仏壇には祖父の文吾と祖母
の利恵子の遺影が置かれていて、ロウソクの火の硝煙と線香の煙が漂っていた。

 数個の段ボール箱から古い記録を探り出し、ようやく祖母・利恵子の十五歳以前の
写真を見つけ出すことが出来た。最初に見つけた祖母の若い頃の写真は、中学校卒業
の時で、中学校の制服のセーラー服は袖と胴が白く襟とスカートが紺色で緑色のリボ
ンを下げているタイプで、天然パーマの髪は耳の下で二つ分けのおさげにしていた。

「利恵子だ。本当に稜加にそっくりだった」

 デコリはかつてのパートナーの若い頃を目にしてはしゃいだ。

「これはデコリが一緒についてきたことには知らなかった時だよ。もっと遡ってみよ
う」

 稜加は祖母の十五より前の写真や資料を探し始めた。カラー写真ではあるものの、
現代のよりは写真写りは弱い。祖母は同年代かそれより年下の子と一緒に写っている
写真が多いことに気づいた。そしてとうとう元の色の表紙が色褪せて、古いアルバム
を三冊ほど見つけた。それは祖母の誕生の時から十歳までのアルバムだった。

 誕生日は今より七十一年前の十一月二十五日。茨城県つくば市内の病院で生まれ、
三一五〇グラムで健康。父は工務店勤めで母はカフェの店員で結婚して専業主婦に。

 その後は菅生(すがう)夫妻の一人っ子娘として、お参りやひな祭り、公園デビュー
の写真もあって、つくば市内の公立幼稚園、つくば市内の公立小へと進んで、小一の
秋の運動会では五十メートル走で二位になる。親戚との集まりの写真もあって、デコ
リは利恵子が幸せそうに見えていた。

 ところが祖母が小五の時の夏から利恵子が両親と写っている写真から、『ひなぎく
園』という茶色の木造の建物の中や門前で、親以外の大人や他の子供たちと写ってい
るものが多くなっていった。

「おい、まだそこにいたのか。もう遅くなるぞ」

 仏間に父が入って来て稜加とデコリに呼びかけ、稜加とデコリは身を震わせた。

「お、お父さん。わたしとデコリ、おばあちゃんのことを調べていて……」

 稜加がそう言うと父は「ああ」と何か知っているように答えた。

「そういや母さん、十歳の時に両方の親……。おれのじいさんばあさんを事故で亡く
した、って言っていたな」

「えっ……。じゃあ、この『このひなぎく園』ってのは!?」

すると父は祖母のその時の経歴を語ってきた。

「おれのじいさんばあさんは、母さんが小五の夏初めに知り合いの年老いた親の葬式
に行く途中、母さんの学校が終わるまでに帰ってくる筈が自動車事故で亡くなったっ
て言っていたな」

「え……? そうだったの?」

利恵子の過去を聞いてデコリは口をつぐんだ。稜加は祖母が養護施設育ちの孤児だっ
たことには聞かされていたが。

「母さん、おれたち兄弟や父さんにしか言っていなかったなぁ。おれのじいさんとば
あさんが亡くなった時、突然の大雨によるスリップ事故に遭って即死だったんだと」

「利恵子、みなしごになったのはそういうことがあったんだ……」

デコリは元パートナーのことは知らなかったとはいえ、孤児になった理由には痛感し
た。

「その後、母さんは『ひなぎく園』という養護施設に預けられたんだ。どっちの親戚
も農業の経営難だったり老人介護で引き取りたくてもできない状態になっていたか
ら。

母さんは『ひなぎく園』で十八歳まで過ごして、茨城県内の工業会社の住み込みで働
いていたんだったな。三、四年後の父さんと出会って結婚して、おれが生まれて稜加
の叔父さん叔母さんでおれの弟と妹が生まれた後に父さんは脱サラして栃木県でクリ
ーニング店を開いて、引っ越ししたんだったな」

父は生前の祖母から教えてもらった祖母の若い頃の話を稜加とデコリに話したのだっ
た。

「茨城県つくば市にある『ひなぎく園』……」

稜加はその名前を聞いて呟いた。

「お父さん、わたしつくば市に行きたい。おばあちゃんが自分の親を亡くして、中学
生の時にエルザミーナの救済者になったかの理由を知りたいの」

「はぁ!? お前、正気か? いきなりそんなこと言われても……」

稜加は父にすがりついた。春の大型連休時の帰省とはいえ、いきなり旅先の場所を注
文されると、父は呆れて叱りつけた。

「デコリも利恵子が住んでいた町に行きたい! 利恵子が何でエルザミーナの使命を終
えてついてきたデコリに気づかなかったのか、そのわけを知りたいの」

デコリが駄々をこねてきた。父は長女とそのパートナーがやいのやいのと言ってくる
ので、両膝を叩いて決めた。

「わかった。つくば市に行ってもいい。ただし期限は五月五日までで、五日の夕方五
時までには帰ってこい。だけどお金を失くすか盗まれるか体調が悪くなったりなんか
したら、父さんが迎えに行くからな」

 こうして稜加とデコリは父の許しを得て、祖母が過ごしていた茨城県つくば市へ旅
することになった。

 祖母の利恵子がエルザミーナの救済者になったルーツを探りに。