エルザミーナの世界に移動した稜加とデコリはレザーリンドの王城の公務中のイル ゼーラのいる会議室にやってきた。一度は驚いたイルゼーラであったが一たん会議室 を出て、稜加とデコリに場をわきまえるようにと注意してくるどころか、ある要件を 頼んできたのだ。 「稜加、デコリ。今日はオスカード市でパーシーの誕生会が開かれて、かつての仲間 も招待されているの。わたしにも招待状が来たのだけれど、公務で忙しくって……」 「そうだったんだ。わたし、パーシーの所へ行ってくる!」 稜加はイルゼーラの頼みを受け入れてオスカード市にあるパーシーことパシフィシ ェル=ウォーレスの家の誕生会に参加することになった。もちろん稜加とデコリの組 だけでなく、サヴェリオと彼の家の守護精霊トルナーも一緒に。 トルナーは空色の体に頭や肩につむじ風をまとった茶色の眼を持つ男の子の精霊だ。 王城の敷地内に一台の白い中型飛行艇シラム号が停泊させられていて、サヴェリオ が操縦し、風のマナブロックによる動力でプロペラが回転して離陸。二人と二精霊の 乗ったシラム号は王城のあるファヴィータ州の北隣にあるインヴリフ州の南西よりの オスカード市まで向かっていった。 パーシーの誕生日の今日は風が東吹きの弱風で快晴、高地の方はわずかに雪が残っ ているが平地や低地では雪が溶けて草原の草が緑に色づけていた。レザーリンド王国 は春初めで農業は季節の野菜や穀物の種まき時、漁業も川魚の島民終わりの頃、林業 は堅木の幹に雪どけ水がしみ込んでいるので伐採しやすく、また雪どけ水から成る水 のマナブロックや冬眠から覚めた生き物のように大地のマナブロックの出現も見られ るのだ。 サヴェリオはオスカード市に着くと、公共の飛行艇停泊場にシラム号を泊めて係員 に料金を払って一行は冬の間には訪れることのなかった王城や城下町、アレスティア 村とその周辺以外の地域に足を踏み入れたのだった。 オスカード市はレザーリンド王国の副都市の一つで、商業が盛んだった。建物や町 の地面は灰色や黄色や茶色や黒の石ブロックを使い、稜加の世界でいうとこのモダン 的な外観だった。町の外灯も黒い支柱にホタルブクロのようなランプ、建物は三階建 てから七階建てが多く、一階と二階を店や事務所にしている建物もあった。町の住民 も仕立ての良いスーツやワンピース、犬や鹿の頭のような炎のマナブロックで動く炎 動車が道路を走り、運河には水のマナブロックで動く小舟、地面の線路に沿って走る 路面列車(トラム)、精霊や飼い犬や猫も野鳥も活気だっていた。 サヴェリオは稜加とデコリとトルナーを連れてパーシーの家のある地域へ向かう路 面列車に乗って、その間に車窓の町並みを眺めたりエルザミーナでの仲間に会える喜 びを閉まっておくことにした稜加とデコリ。やがて路面列車はおしゃれな形の家屋が 並ぶ住宅街に到着して、一行はそこの駅で降車した。 ウォーレス邸はその一角にあり、藍色の方形屋根にサンドイエローのレンガ壁、玄 関の上にバルコニー、広めの庭に噴水もあって花壇にはまだ芽吹いていないけれど、 春の花の種が植えられていて、主役のパシフィシェル=ウォーレスとその家族はそこ にいたのだ。 呼び鈴を鳴らすと玄関のドアが開いて、ベージュのカールショートに青緑の眼、三 十代前半の大柄な女性ベルン=ドールドが出てきたのだ。 「おっ、お久しぶりです。一伊達稜加です」 「デコリでーす。お久しぶりぃ」 稜加はすごい久しぶりにウォーレス家の人々と対面したとはいえ、家政婦のベルン にあいさつをした。ベルンは動きやすい黒いスウェットトップスに青いベルボトムの ロングパンツ、その上に白いサロンエプロンをまとっていた。 「まぁ、稜加さんにデコリちゃん。遠くに住んでいるのに、わざわざ来てくださって ……。さぁ、どうぞ」 ウォーレス邸の中は廊下も階段も壁も清潔でチリ一つなく、パーティー会場は食堂 で行われていた。食堂は台所と隣り合っていて、いつも使用している食卓の他、予備 の楕円の折り畳みテーブルも出されていて、その二台に白いクロスがかけられていて 卓上には鍋に入った豆や根菜などが入ったスープ、大鉢に盛られたサラダの周囲には いろんな種類のドレッシング、魚のマリネは鮭のオレンジにタイの白にマグロの赤と 暖色系でオリーブオイルやバルサミコ酢などで味付けされ、大皿の山盛りパスタの周 りには赤いミートソースや緑のバジリコソースや白いカルボナーラの味付けの小鉢に 分けられ、ゆでたマッシュルームやサイコロ状に切ったブロックベーコンやオイルサ ーディンやアンチョビのトッピングもあり、ローストビーフは塊からナイフで一切れ ずつ切るように置かれ、果物も今が旬のイチゴやラズベリーの他にくし形に切ったオ レンジやリンゴが金属製の長方形の更に盛られていた。何よりデコリの目が引いたの は生地をドーナツ型の鉄板に入れて焼いた菓子・ロコノがたくさんあって、チョコソ ースやカスタードクリーム、赤いザクロジャムやアイシングで色付けされていた。飲 み物もポットに入ったストレートの紅茶にピッチャーに入ったミルク、赤ぶどうジュ ースがあった。 「稜加ちゃん、来てくれたのね!」 稜加一行が食堂に入ると、本日のパーティーの主役であるパシフィシェル=ウォー レス、愛称パーシーがいたのだ。パーシーは藍色のストレートセミに中間肌、角ばっ た黄褐色の眼を持つ女の子で、十三歳になったばかりだった。また服装も黄色の地に 茶色の縁取りのフリルの多いAラインのドレスで、ドレスに合うレース付きの黄色い 前リボンを頭に付けていた。 「おー、稜加。久しぶりぃ!」 「随分と久しいね。元気そうで良かったよ」 赤い髪を三つ編みポニーテールにして菫色の眼に長身の少女はジーナ=ベック。稜 加と同じ現世代のエルザミーナの救済者で、林業者を勤めている。 灰茶色の髪の毛に瑠璃色の眼の青年はエドマンド=ヒューリー。同じく現世代の救済 者でマナピース工房の浮彫師である。旅の時や平常時は質素な作業服姿の多いジーナ とエドマンドだが、パーシーの誕生日に招待されたときはメカ仕込んでいて、ジーナ はモスグリーンの長袖フレアのロングドレス、エドマンドは紺色のモーニングスーツ に薄黄色いシャツの襟には赤いアスコットタイが結ばれていた。 「ジーナ、エドマンドも! 久しぶり〜」 稜加はかつての旅の仲間との数度目の再会にはしゃぐ。 「おいらたちもいるぜ!」 「相変わらず変わってねーな!」 ジーナの家の守護精霊で樹木に似たウッダルドと黄色い鋭角なパーツを頭や肩など に付いた赤い体の精霊でエドマンドのパートナーであるラッションも声をかけてき た。 「みんな来てくれて嬉しいです。みんなお変わりなくって……」 ウォーレス家の守護精霊で噴水型の帽子に流水状のドレスをまとったフォントが声 をかけてくる。 「精霊たちも久しぶり! わたしは中学校を卒業して、入学受験して高校生になった位 だからなー……と」 稜加は仲間たちに言った。 「パーシー、誕生日に来てくれた人、いっぱいいるねぇ。男の子も来ているよ」 デコリがパーシーにそう言うと、稜加や他の面々は誕生会には女の子が五人に対 し、男の子が九人も来ていることを把握する。 「何言ってんの。男子はみんなうちのお姉ちゃん目当て。わたしにプレゼントを渡し たら、お姉ちゃんの方に行っちゃったのよ」 パーシーはそう説明した。確かに男子たちはパーシーの姉ウルスラと喋りあってい た。パーシーの姉ウルスラは長い藍色の髪を後ろで片方結わえていてパーシーと違っ て丸みのある黄褐色の眼で、白い胸当て襟の付いた灰色のブラウスワンピースを着て いて妹よりも地味にしているにも関わらず、パーシーの同級生の男子たちに囲まれて いたのだ。 「まぁまぁ、パーシーにはわたしたちがいるじゃない。折角の誕生日なんだから」 稜加がパーシーをなだめた。 「やぁ、みんなパーティーを楽しんでいるかね?」 「おじいちゃん!」 パーシーが食堂に入ってきた老人を見て声を出す。白髪の禿げ頭に鷲鼻、黄褐色の つり上がりの目に大きな口、オールドブルーのセーターに茶色いツイードのスラック スを着た彼はマッテオ=ウォーレス。パーシー姉妹の母方祖父である。姉妹の両親は 共働きで家に不在だった。 「おじゃましてまーす」 「招待してくださって、ありがとうございます」 ジーナとエドマンドもマッテオにあいさつをし、ウッダルドとラッションもおじぎ をする。 「こんにちは。お邪魔しています」 パーシーの女友達もマッテオにあいさつをして、稜加とデコリ、サヴェリオとトル ナーもあいさつをする。 「お久しぶりです……」 「おじゃましています、マッテオさん」 稜加を見てマッテオは「おや」と言うかのように視線を向けてきた。 「稜加さん、君が時々この世界に来ているという話は本当だったのか」 「はい……。どうも、わたしはエルザミーナと縁があるようで……」 稜加はマッテオにそう言った。マッテオとは一見関係なそうに見えるが、祖母の利 恵子がエルザミーナの救済者に選ばれた時に出会っていたのだ。マッテオは利恵子の 孫である稜加を見た時、利恵子そっくりだったことに仰天していた。 「中学三年生の受験期が終わって、今は家を出て寮のある高校に在学しています… …」 稜加はマッテオに自分の世界での生活状況を教えた。 「ふむ、そか。利恵子も中学三年の受験期と言っていたなぁ。だけども……」 「何ですか?」 マッテオが一たん沈黙した時、稜加は尋ねるもマッテオはこう言ってきたのだ。 「利恵子はわしが住んでいたアミーニャ国の救済者になって国の災厄を打ち払ってく れるも、エルザミーナに残りたいと言ってんじゃよ」 「えっ!?」 それを聞いて稜加は初めて聞く祖母の話を知って、疑問に感じた。 「デコリ、稜加のばあちゃんの仲間だったんだろ!? 覚えていないのかよ」 トルナーが質問してくると、デコリは首を横に振る。 「そんなの……記憶にないよ」 ウルスラやパーシーの同級生は除いて他の面々も利恵子の意外な姿を知って何も言 えなかった。そんな中、ベルンが金属製のキャスターに本日のメインディッシュであ る誕生日ケーキを運んできてくれた。 「さぁさぁ、今日はパーシーお嬢様の誕生日ですから、みんなでいただきましょう」 ベルンが用意してくれたケーキはやたらと大きな正方形でバニラクリームにココア スポンジ、表面には赤いイチゴや緑のキウイや黄色いグレープフルーツが飾られてい てジェリーコーティングでつや出しをし、中のクリームはブルーベリーソースが入っ ていた。 「お誕生日、おめでとー!!」 仲間や男子や女友達が祝いの言葉を述べてきて、パーシーは十三本の色付きロウソ クの火を吹き消した。ケーキは二十五等分に切り分けられて、同級生は使い捨ての紙 皿、パーシーの家族と旅仲間は家用の陶器の小皿で食べた。 誕生会が終わるとパーシーの同級生は帰っていき、ジーナとエドマンドと稜加とサ ヴェリオとパーシー姉妹とその精霊たちはベルンと一緒に後片付けをした。何せベル ンとウルスラが二人で調理していたから、来客の数も多くて食器の数もそれなりに必 要で、せめて片づけだけはみんなでやった方が早いと判断したのだった。 その結果、食堂も台所も全部きれいに片付くことが出来たのだった。外はすっかり 日が暮れて、ジーナとエドマンドと精霊たちも帰ることになった。 「日が暮れかけているのに大丈夫なの?」 稜加がこの時間帯にカンテネレ村とアルヴァ山に帰ろうとするジーナとエドマンド に訊いてくる。 「飛行艇の定期便があるから大丈夫よ」 「夜の方が料金が安くなるからな。それじゃあ、また」 ジーナとエドマンドは精霊を連れて、定期便のある飛行艇の停泊場へ向かった。 「さて、おれたちも帰るか」 サヴェリオがそう言うと、稜加とデコリもウォーレス邸を去ることにした。 「稜加ちゃん、また来てね」 「妹のために来てくれてありがとう」 パーシーとウルスラが稜加一行を見送ってくれて、夜の空の中をシラム号はレザー リンド王城へと飛んでいった。シラム号はサヴェリオが操縦して、稜加とデコリは操 縦席の後ろの座席に座っていた。 「稜加、誕生会が終わってテンションが下がっちゃったの?」 デコリがボーッとしている稜加に訊いて、デコリの台詞で稜加は我を取り戻した。 「あ、ああ……。マッテオさんが言っていた、おばあちゃんのこと……。おばあちゃ んは十四歳の時にエルザミーナの救済者になって災厄を打ち払った後、エルザミーナ に残りたいと言っていたなんて、知らなかった」 「デコリも知らなかったんだよぅ」 「デコリはいいんだよ。五十五年も眠っていたんだから記憶が曖昧になっちゃたんだ ろうけど。わたし、おばあちゃんのことをよく知らない……」 稜加は一番古い記憶をたどってみたが、祖母は自分の子供の頃や祖父と結婚するま でのことを話していなかったような気がする。祖母は何処で生まれてどんな子供時代 を過ごしてきて、どのタイミングでエルザミーナの救済者になったのか。 「そうだ。家に帰ったらおばあちゃんの写真を探ってみよう。そうすれば少しでも、 わかるかもしれない」 やがてシラム号はレザーリンド王城に着き、稜加とデコリは〈パラレルブリッジ〉 のマナピースでエルザミーナから現実の日本国栃木県織姫町の自宅に戻っていたのだ った。 畳床とふすまとシンプルな家具のある部屋には夕日の光が差し込んで影が伸びて、 辺りが薄暗くなっていたけれど時計の針は夕方四時を示していた。稜加はエルザミー ナに行っていた時の赤いつるバラ模様のワンピースから自宅に帰ってきた時に着てい た服に着替えていると、稜加の携帯電話が鳴りだして稜加は急いでかけ主の対応に出 た。 「はい、もしもし……」 電話のかけ主は母からだった。 『稜加!? 今どこにいるの? あなたがいなくなって晶加がパニックになって、わたし に電話してきたのよ!』 「えっ!?」 まさか自分がエルザミーナに行っている時に晶加がパニックになって母に助けを求 めていたことに稜加は初めて知った。 「だけど家には康志が……」 『康志は稜加が家に帰ってきたからって友達の所に行っていたのよ。それで稜加は今 どこなの?』 「い、家にいるよ。それも自分の部屋に……」 『家にいるのね。お母さんは晶加を連れてクリーニング店で一緒にいることにした ら。十歳にもなっていない子を一人で家に置くなんて、非常識じゃないの』 ここで母との通信が切れて、稜加はエルザミーナで仲間たちと過ごした誕生会の幸 福感が一気に母の怒りに対しての恐れに変化してしまった。 五分後に母が晶加を連れて帰ってきて、二十分の間いつ間にか家の中から姿を消し ていたのか稜加を叱責して問いただしてきた。 「まだ晶加は八歳なのに家に残すなんて、どういう神経をしているの!? 短い外出でも 晶加を連れていこうと思わなかったの?」 母は稜加の部屋の出入り口の前に立ち、妹を置いて家を空けていた稜加を叱りつけて きた。 「ごめんなさい、お母さん。二十分だけなら……」 「二十分も一時間も同じです。全く家を出て高校の寮で暮らすことになったとはい え、どうして不用心に……」 まだ八歳の妹を家で一人にさせたことに呆れ怒っている母を見て、稜加は本当のこ とを言おうか上手い嘘を言おうか悩んでいた。 その時、稜加のデイパックの中に隠れていたデコリが顔を覗かせて、稜加はデコリ の存在に気づくと、もう言うしかないと覚悟を決めた。 「わたし、エルザミーナに行っていたのよ!」 それを聞いて母がキョトンとする。 「エルザミーナってお店の名前? どこにあるの? そこのお店に行くために晶加を置 いていったの?」 母はエルザミーナを店の名前だと思っているようで、稜加はデコリを抱き上げて母 に見せたのだった。 「あ? これって利恵子おばあちゃんが遺したお人形……」 母がデコリを人形と思っていたが、デコリは目を動かして声を出してきたのだっ た。 「稜加のこと、赦してあげて」 そう言ってデコリは稜加の手から離れて床上で歩いたり、宙に浮いて見せた。デコ リがただの人形ではなく、生きていることを知った母は目を見開いて口をあんぐりさ せて立っていたのだった。 |
---|