4弾・4話 ジョルフラン州で


 稜加とペアになった近衛隊員は稜加がエルザミーナに来てから何度もお世話になったサヴェリオだった。

 サヴェリオはイルゼーラの従兄で稜加の三つ上で王城より上にあるアレスティア村の長アレスティア侯爵の息子でイルゼーラの亡き母がサヴェリオ父の妹だった。

 王室の中型飛行艇シラム号はスリムな機体中は広めで、二段構造になっており、下は風のマナブロックを設置するエンジンルームとトイレ。上は操縦席と後部座席で、後部座席は夜の時は寝床になる壁付けソファ、後部座席の後ろにミニキッチンの構図である。

 はわわわ……と稜加が操縦席の後ろの席であくびをするとサヴェリオが声をかけてきた。

「稜加、昨日エルザミーナに来て右往左往していたからまだ寝たりないんじゃないのか? ジョルフラン州に着くまで寝てていいぞ」

「え〜、でも脱獄者が……」

「着いたら起こしてやるよ。それより眠るのを我慢して現場でおっちんでしまった方が危ないぞ」

「わかった……」 

 稜加はサヴェリオに促されてジョルフラン州に着くまで仮眠を取った。幸いシラム号には非常用の毛布が座席の下に収納されていたので稜加は座席をベッド代わりにして毛布を被って眠った。

「稜加、寝ちゃった。あーあ、あたしはまだ起きていられるのにな」

 向かい側の席のデコリが寝ている稜加を見て呟く。するとどこからかサヴェリオとは違った声が発せられてきた。

「まぁ、そう困るなよ。おれもいるよ」

「だ、誰!?」

 デコリはその声を聞いて不思議がるも、デコリと同じ三等身の小さな精霊がサヴェリオの持つリュックサックの中から出てきた。その精霊は空色の体に頭や肩につむじ風をまとった男の子の精霊で茶色の眼をしていた。

「あ、あなたは……!?」

 デコリが突如現れた精霊を目にするも、その精霊は浮いた状態でデコリに話しかけてきた。

「おれはトルナー。アレスティア家の守護精霊だ」

「えっ、あなたアレスティア侯爵のいる村から来たの? は、初めまして。あたしはデコリ。この稜加って子がパートナーなの」

「ああ。稜加という異邦人とパートナー精霊のデコリの話はアレスティア侯爵から聞いている。エルザミーナ出身にも関わらず向こうの世界に住んでいるスピアリーなんだろう?」

「うん、まぁ……」

 デコリは以前アレスティア侯爵の屋敷に来た時のことを思い出す。あの時はトルナーと会っていなかったからだ。

「まぁ、おれは風属性の精霊だからな。風の弱い日はアレスティア村や近隣の町村で風車を動かしに行っているのもあってな。風車を動かさないと、パンにする為の穀物を粉にすることが出来ないからな」

 トルナーの話を聞いてデコリは納得した。

「でも今は何でサヴェリオと一緒にいるの?」

「それはだな……」

 トルナーがデコリの質問に答えようとした時だった。操縦中のサヴェリオが割って入ってきた。

「トルナー。今はそれを後にしろ。先ずはジョルフラン州へ行かないと」

「わかったよ。また後でな」

 サヴェリオに言われてトルナーはサヴェリオの足元に置かれたリュックサックの中――正しくはリュック内のスターターの中に入っていった。

(今は後にしろってサヴェリオはトルナーに言っていたけど、何のことかな?)

 デコリはそれを疑問に思ったけれど稜加が目覚めるのと目的地に着くまで座席に座ったのだった。


「おい、稜加。ジョルフラン州に着いたぞ」

 サヴェリオが寝ている稜加を揺すり起こして稜加は閉ざしていたまぶたを開いて、のそりと起き上がった。

「あ〜、よく寝た。どれ位寝たのかなぁ」

 稜加がのん気に言うとサヴェリオが言った。

「もう昼だぞ。きっちり三時間は寝ていたぞ」

「ふぇっ!?」

 それを聞いて稜加は完全に目を覚ました。

「荷物を持って。忘れ物に注意しろよ」

 稜加は王城を出る時にオッタビアが用意してくれたリュックサックの中身を確かめる。ピンクのスターターに数日分の着替えと下着、金貨の入った袋とマナピースの袋はイルゼーラからの支給品だった。他にも髪をとかす櫛、歯ブラシと液状歯磨き、手をふくハンカチなどと詰められていた。

 稜加は髪が軽くごわついていたのでデコリが櫛で梳いてくれた。稜加とサヴェリオがシラム号から降りてデコリもついてくると、一件の屋敷がある敷地内であった。

 シラム号を停泊させた場所は草が刈られている円状の飛行艇場で、秋の末の今は芝生は茶色と緑が混じって乾いていて、庭木も葉が茶色くなっているか散っているかで、果樹園らしき場所は黄色いリンゴや萌黄色の柑橘類の果実がいくつか成っていた。

 屋敷も大きくて一般住宅を五十坪とするとこの屋敷は五倍ほどの広さで、壁は白い漆喰の上にライトグレイの塗料で塗装してあって屋根は群青色の方形屋根、一階と二階の真ん中辺りに州章(しゅうしょう)を現す金箔盤が飾られていた。

 州章とはエルザミーナ各国の各州を現す紋章のことで学校の校章や日本都道府県のマークと変わらないが、ジョルフラン州の州章はツルハシと鉱石だった。

「今のジョルフラン州知事の家だ」

「し、州知事さん!? 何でまた……」

 稜加とデコリもそれを聞いて驚くが、サヴェリオは州知事邸の玄関戸のノッカーを軽く叩き、中から五十歳ぐらいの灰色の髪に青紫色の眼の執事が出てきた。

「どちら様で?」

「イルゼーラ女王に派遣されました王室近衛隊のサヴェリオ=アレスティアとその同行者です。イルゼーラ陛下からの承認状もあります」

 サヴェリオは執事にイルゼーラの承認状を見せた。承認状の左下にはイルゼーラの署名と王家の紋章である光と槍の捺印が押されていた。


 州知事邸はかなり広く、部屋も五十位あってメイドや執事よりも動き易い身なりのボーイたちがモップで床掃除や窓拭き、はたきでほこりと払い洗濯物の籠を洗濯場と乾燥室を行ったり来たりと動いていた。

 執事はサヴェリオと稜加とデコリを応接室に案内すると、扉とは反対の窓下のソファにジョルフラン州知事が座っていた。州知事の左には三人掛け、右には二人掛けのソファが置かれ、壁紙も絨毯も天井の照明の笠もソファの布地も種類と色の違う花柄であったが客人の目の不快にならないように上手く配色されていた。

「どうも。よく来てくださいましたか。サヴェリオ殿。ようこそ、お座りなさい」

「はい。失礼します」

 サヴェリオは軽く一礼して稜加とデコリも一礼して小刻みに歩いて、サヴェリオは三人掛け、稜加とデコリは二人掛けのソファに座る。

「そのお嬢さんと精霊は?」

 州知事が尋ねてくると稜加とデコリは貫禄のある彼に軽くびくついた。

「あ、初めまして……。イルゼーラ女王のご命令で脱獄者を捕らえにきた一伊達稜加です……」

「デコリです。よろしく……」

 州知事は背が高くて一九〇センチ近くて体も横幅があって太鼓腹、縦縞の入ったチャコールグレーのスーツと赤いスカーフ、茶色く染めたオールバックに黄色い虹彩は鋭くて大きめの口が入った顔はワニみたいに見えた。

「ああ、そうだったのか。初めまして。わたしはこのジョルフラン州の現知事、マルシュアス=カンツォーネと申します」

 その後サヴェリオはカンツォーネ知事の協力を得て、ジョルフラン州内に潜んでいる脱獄者逮捕の人材の交渉を成立させた。

「まぁ、早いうちに手配しておくよ。ああ、そうだ。稜加くんとデコリくんは退室してくれんかね。サヴェリオくんと話がしたいんだ」

「は、はい……」

 きっと人には話せない重要なことなのだろう、と稜加は悟って応接室を出た。廊下にはメイドが現れて稜加とデコリを連れていき、食堂に案内した。

 州知事邸の食堂は白いクロスのかかった円卓がいくつもあって、主人一家と使用人たちが一緒に食事ができる仕組みのようで、更に驚いたのはバイキング形式で肉も魚もサラダもスープもデザートも三種類ずつあって、稜加とデコリは昼食を採りに来ていた人たちにまじって、おかずを一種類ずつ取って食べたのだった。

 川魚のフライ、マスのスパイス焼き、ハーブマトン、蒸し豚のアップルビネガーソースがけ、マッシュポテト、カマスのスープ、人参ポタージュ、グリーンサラダ、カスタードパイ、オレンジムース。稜加とデコリは現実世界の家族より先にクリスマスディナー並の昼食を食べたのだった。


「……わかりました。それでは失礼します」

 サヴェリオはカンツォーネ知事に一礼してから応接室を退室すると、一人の少女と対面した。

「まぁ、来てくれたのね」

「ああ、今日は公務でね……」


「あ〜、よく食べたな〜。だけど二日続けて豪勢なのを食べるのは何かな〜、って」

 稜加はカンツォーネ邸で満足した食事を食べられたのはいいが、やっぱり庶民らしくおにぎりやそばの方がよっぽど食べなれていることに気づいたのだった。「

「あっ、サヴェリオ。見つけた。お〜い、サヴェリオ〜」

 デコリが知事邸内の小ホールで椅子に座っているサヴェリオを見つけた。ところがそこにいたのはサヴェリオの他にもう一人いたのだ。

 その人物は明るい金髪のウェーブヘアで銀灰色の眼、色白で鼻が高い美人で青いフリルブラウスと紺色のレースのマキシスカート、茶色のレースアップブーティのやせ形美人だった。

「あっ、何だデコリか。何の用だ?」

 デコリはサヴェリオが見知らぬ美人と一緒にいる処を見て気まずくなる。

「そっ、それは……」

 その時先走ったデコリを追いかけて稜加がやってきた。

「も〜、デコリ。先に行くなんて……」

 稜加はデコリに追いついた後にサヴェリオと金髪の美女を見て沈黙する。

「稜加、紹介するよ。カンツォーネ知事の娘さんで、メイティス嬢だ」

「は、初めまして。一伊達稜加です。よろしく……」

 サヴェリオがカンツォーネ知事の娘を紹介してきたので、稜加はあいさつをして一礼をしてくると、メイティスがこう言ってきたのだった。

「ああ。あなたがエルザミーナの救済者ね。わたし、メイティス=カンツォーネ」

 それから思ってもいなかった言葉を発してきたのだ。

「わたし、サヴェリオと交際していて、いずれ婚約するの。よろしくね」

「はぁ……って、えええ!?」

 メイティスがサヴェリオの交際相手と聞いて、稜加とデコリは驚きの二重奏(デュオ)を出したのだった。


 カンツォーネ知事との交渉を果たせたサヴェリオは稜加とデコリ、それからスターターの中にいるトルナーを連れてジョルフラン州知事邸を出たのだった。

 ジョルフラン州の州都はレンガ造りの建物や道路、乗り物などは王都の城下町やオスカードなどの他の町とは変わらなかった。ただ今は脱獄者がいるので町の憲兵や王城からの派遣兵以外の人の姿は見られなかった。

 稜加はこの町のどこかにいるガラシャ前女王の部下のならず者がいることだけでなく、もう一つの別の感情に惑わされていることに気づいていたが、その感情の種類がわからずにいたのだった。