4弾・9話 親子の真実


 煙の出るマナピースで王室派遣兵や憲兵、パーシーとフォントを上手くまいたガロンダはリッジの町へと進み、更に町を巡回していた王室派遣兵の数人と憲兵十数人をバルバロの技で次々と投げ飛ばして失神させていき、北の高台の孤児院にいる我が子を訪ねにのそりのそりと歩きながら移動していた。ガロンダに倒された王室派遣兵や憲兵は頭は負傷していなかったものの、腕や脚、あばらや脊椎を痛めつけられ悶絶の蟲のようにピクピクしていた。

 もちろん町の住人もガロンダの体格とバルバロを恐れており、誰一人立ち向かおうとせず籠って、宿無しスピアリーもガロンダに怯えて運河の中や町のゴミ箱などに隠れていた。孤児院の人たちもガロンダが来ていることをしっており、何人かの男子がガロンダの子供であるアルタとチェンゾ姉弟を責めだしてきた。

「お前らのせいだぞ。王室の兵士も憲兵も歯が立たず敗れて。おれたちまで死ぬ目に遭わせようってのか!?」

「お前らが出ていけば、おれたちは助かるんだ」

「そうだ、出ていってくれ!」

 母親が脱獄者だからといって子供である自分たちが責められるなんて……とアルタとチェンゾは言い返すことが出来ずに立ち尽くしていた。またジェローネ院長は数人の職員もアルタとチェンゾをガロンダに差し出すべきか相談されいた。

「アルタとチェンゾの二人がいなくなれば、他の子たちや我々の危険は回避出来るのではないのでしょうか!?」

「いや、しかし……」

 ジェローネ院長はためらった。それは余りにも卑怯で狡いからだ。そんなことをしたら孤児や院長らの安全は保障されるが、アルタとチェンゾにとって、これは人柱問題であった。もし実行したらアルタとチェンゾはジェローネ院長らや他の孤児を恨むだろう。

(ああ、どうしたら……)

 ガロンダがあと三百歩で孤児院とつながる坂道に入る時だった。ガロンダの来た方向から土煙が無限に出ているのを目にして、ガロンダは足を止めて土煙を出している者を目にした。

「ぬおおお〜っ!!」

 それはフォントと精霊合体(フュージョナル)して更に素早さを上げる無属性のマナピース〈スピードライブ〉の効果で加速してきたパーシーであった。

 フォントと救済者のマナピースで合体したパーシーは透明なバイザーのついた黄色いヘッドギア、流水を思わせるシースルーの大きな襟、黄色いビスチェとパフスリーブ、流水型の巻きスカート、両腕は藍色のアームカバー、足元は黄色いレッグウォーマーと藍色のTストラップパンプス、左手首には六角形の銀のブレスレットの姿であった。

 ガロンダに追いつけられるようにと精霊と一体化と素早さを上げるマナピースを使用したのはいいが、勢いがつき過ぎてコントロールが上手くいかなかった。

「待って〜! 止ま、れっ!!」

 パーシーはギリギリの処で踏ん切ってガロンダに体当たりして、二人は壁に衝突した。幸いパーシーが壁に強く着壁した為にガロンダもパーシーも怪我をせず、壁に放射状の亀裂が入って、シュウウッと硝煙を上げていた。

「止まった〜。何とかガロンダさんを孤児院に侵入させずに済んだぁ〜」

 パーシーはあまり使わないマナピースの性能にバテており、ガロンダは妨げられたことに立腹する。

「何だい!? 随分と危なっかしいことをしてきて! あたしゃ子供たちに会いに来ただけだってのに」

 ガロンダが起き上がってパーシーに向かって言ってきた。しかしパーシーはガロンダに反してきた。

「そうはいかない。わたしはあなたを止めなくちゃいけないの!」

 パーシーの言葉を聞いてガロンダは鼻で笑う。

「ほう? よそ様の子とはいえ、大人のあたしに説教する気かい? そういう子は仕置きが必要みたいだね!」

 ガロンダはパーシーを捕まえようと右手前を伸ばしてきた。しかしパーシーはまだ加速の効き目が残っていたので左に避けて、壁を蹴って逆転蹴りをガロンダに仕向けてきた。しかしガロンダはパーシーの左脚を掴んで、パーシーを逆さづりにした。

 だけどパーシーは急いでマナピースを左手首のブレスレットのマス目にはめ込んで、泡を出す水属性の〈バブルウォッシュ〉を出し、無属性の分裂化を発動させる〈セパレイション〉を出して、ガロンダの目をくらませた。

 分裂する泡を浴びせられてガロンダは目に泡が入ってつむってしまい、また泡の効果でパーシーを掴んでいた手もぬめって離してしまい、パーシーは地上に着地してガロンダを捕まえる為のマナピースをブレスレットにはめ込んで無属性の捕獲を司る〈エネミーバインド〉と弓矢を出す〈ハントアーチェリー〉を出した。

「もう容赦しないよ!!」

 ガロンダがパーシーにとっかかろうとしてきた時だった。弓を構えたパーシーは弓の弦を引くと、ガロンダの横に矢が通り過ぎてしまった。しかし矢の矢尻に長い縄がついていたので更にパーシーが風属性の旋風を起こすマナピース〈ウィンディスピン〉を発動させたので、矢が旋風を描くように縄がガロンダの体を拘束し、ガロンダはグルグルに巻かれて前倒れしてしまった。口も塞がれてしまったのでくぐもったようなうめき声を出していた。


 パーシー一行がリッジの町を訪れていた時は真昼過ぎでガロンダと対面した時は夕方近くで、ガロンダを捕らえた時には黄昏時になっていた。ガロンダを捕らえたパーシーはその後、脱獄者を大人しくさせる為の眠りの〈スリーピング〉のマナピースで眠らせたのだった。

 一度ガロンダに襲われるも憲兵隊の男性陣がガロンダが眠っている時に護送用の炎動車に入れて、パーシーとフォントとテオドーラはリッジ郊外に泊めたシラム号で一夜休むことになった。パーシーもフォントも久しぶりに精霊合体して戦ったので、後部座席の上でグゥグゥ眠っていた。

 パーシーとフォントが眠っている間、テオドーラは通信機でイルゼーラ女王に報告していた。通信機の蓋裏にイルゼーラの顔が映し出される。

『任務の報告ありがとう。テオドーラもお疲れ様。ところで、ガロンダ=ミッツィの子供たちのことは?』

 イルゼーラに訊かれてテオドーラは苦い顔をする。

「はい、そうなんですよね。母親があんなんじゃ……。明日パーシーちゃんを通してやり取りしてみます」

『ええ、頼んだわよ』

 ここで通信が終わり、通信機の蓋裏のイルゼーラの顔が消えた。


 その翌朝、ガロンダは憲兵隊が動かす護送用炎動車の中に入れられ、更に暴れないように雷属性のマナピースによる通電の施しがされた為、護送車の中に座らされていた。

 炎動車が動く前にガロンダの前にアルタとチェンゾがジェローネ院長に連れられて見送りに来たのだった。テオドーラとパーシーとフォントも親子の様子を見守る。

「アルタ、チェンゾ……」

 扉を閉める前に護送車の中心からガロンダが二人の子供に声をかける。アルタとチェンゾは不満げそうな表情をしていた。

「あたしとチェンゾに何の必要もない薬を与えまくって『病身の子供二人を抱えて苦労している母親』をまたやろうってんでしょ!? あんたのせいであたしとチェンゾは吐き気や目まい、脱毛やむくみや肌荒れに悩まされてどんなに苦しんできたか……」

 それを聞いてフォントやテオドーラ以外の王室派遣兵や憲兵隊員らは一瞬アルタとチェンゾを疑ってしまうも、アルタがどう見ても?を吐いているようにも見えなかった。

「あれはお前たちを食わす為にやったことで……」

「だからといって子供を利用するなんて赦さないっ!! あんたなんか親じゃない! 永遠にあたしとチェンゾの前に現れるなっ!!」

 ガロンダは大勢の前で実施に口汚く罵られて魂が抜けてしまい、そのまま護送車はリッジの町を出て走っていったのだった。

「そんなことって、ありなの?」

 フォントが呟くとテオドーラが教えてきた。

「後で知ったことなんですけど、ガロンダ=ミッツィはご主人を亡くしてから三年目辺りで自分で稼ぐことに疲れを感じて子供たちを難病に仕立て上げて地元民やお子さんの学校教諭や他の保護者から募金や治療の寄付金を全部ガロンダが使っていたのよ。あとガラシャ政権の時には孤児院や恵まれない子供たちを集めて世話をすると称して、子供たちに乞食行為をさせていたのよ」

 テオドーラからガロンダの経歴を聞いてフォントはポカンとなった。

「ガロンダさんが言っていた『子供たちに会いたい』って台詞はアルタとチェンゾに対する謝罪じゃなくって、子供たちを利用して金儲けするって意味だったんだよ……」

 パーシーがフォントにそう言うと、アルタはパーシーに声をかけてきた。

「あの鬼親を捕まえてくれてありがとう。あたしもチェンゾも一切あの女に関わらないようにするよ。あとそれと、あたしとチェンゾは別の孤児院に移るよ」

 アルタがパーシー一行にそう伝えると、アルタ姉弟が別の孤児院に移る理由として、他の孤児たちがパーシーから聞いてアルタ姉弟が母親の食い物にされてきたことを知ると、掌を返したように同情してきて、それがアルタ姉弟に我慢できなかった」

「そうなんだ。ここにはもういられないね。それじゃあ、またいつか会いましょう」

 パーシーはフォントとテオドーラと共にリッジの町を去っていった。リッジの住民はまた外に出られ、町を活き返らせるだろう。そしてアルタとチェンゾは新しい土地で誰にも虐げられることなく上手くやっていけるだろう。



 話は変わってレザーリンド王国の西部ジョルフラン州では。

 稜加とサヴェリオ、それぞれのパートナー精霊のデコリとトルナーがジョルフラン州各地を渡り歩いていた。

 サヴェリオは稜加が成年にも満たない女の子だからと護衛役として常に付き添っていた。のだが、ジョルフラン州の州知事邸を出てから、稜加は頑な表情をし続けていた。稜加の方からサヴェリオに話しかけてくることはなく、サヴェリオの方から話しかけてきても稜加は短い言葉で返事をしていた。

「わかった」「どうぞ」「そうね」など、形容詞も接続詞もない言葉であった。

 歩きまわっている時に空腹になって腹ごしらえすることになっても、何も言わず黙々と食べているだけで「おいしい」とか「おかわり」とも言うこともなかった。

 サヴェリオは州知事邸を出発してから稜加が無口になってしまったことには全くわからなかったが、デコリとトルナーには理解できていた。最初は気づかなかったけれど二、三日経ってから稜加の機嫌が悪いのかがわかってきたのだ。

 ジョルフラン州の脱獄者探しが始まってから四日目の夜、二人と二精霊はシラム号の中で朝になるまで探索を待つことにしたのだが、稜加は先にシラム号の後部座席の一ヶ所でリュックサックを枕にして、毛布を掛けて寝そべっていた。

「また先に寝ちまったのか。仕方ないなぁ」

 サヴェリオは脱獄者探しに入ってから先に就寝するようになった稜加を見て呟いた。

 だけど本当の処は稜加はサヴェリオが他の女性と親しげにしている処が気に入らず、サヴェリオがジョルフラン州知事の娘メイティスと話し合っているのを見て不快な気持ちに襲われていたのだ。

 まさか異世界人であるサヴェリオに好意を向けていたなんて。現実世界の高校入試の受験勉強や学校生活や家での様子に囚われていた時には気づいていなかったとはいえ、稜加はサヴェリオが「旅の仲間」や「友人」としてではなく、一人の男として好きになっていたのだ。それが信じがたいことであった。

(サヴェリオにはエルザミーナでの婚約者がいて、次元の違うわたしとは雲泥の差だ。わたしは現実世界の日本人で中三受験生で、学校も家も友達も家族もいる。どう考えてもどうにもならない)

 しかし諦めようとする度、サヴェリオへの好意はますます募っていく。

(一体どうしたら、解決できるのかな……)