6弾・9話   稜加一行、ギラルドと出会う


「ふんふふーん♪」

 同じ頃、臨海学校の宿泊先の旅館から〈パラレルブリッジ〉のマナピースで、エルザミーナ界のレザーリンド王城にデコリを連れてきた稜加は恋人となったサヴェリオと彼の家の守護精霊トルナーと共にキフェルス州の町を訪れていた。

「あのなぁ、稜加。おれたちデートに来たんじゃねぇぞ。これは任務の一介にしかすぎないんだ。犯罪者の取り締まりの為のな」

 稜加の左隣を歩くサヴェリオが言った。サヴェリオは王室近衛兵が着る白い軍服ではなく、普段用のオレンジのシャツとカーキブラウンの麻パンツと茶色のスリッポンを身に着けていた。普段着なのは近衛兵や憲兵などの制服を着ていれば、あっさりと窃盗犯に気づかれて逃げられてしまうからである。

「わかってるよ。でも、わたしだってサヴェリオが放っておけなくって……」

 次元を越えた恋愛とはいえ、稜加に交際の念があるのは年頃の少女らしさの故だろう。栃木県の家族や学校の同級生とも上手くやれている身だけれど、恋人との付き合いも欠かせられなかった。

(言葉では表現してはいけないけれど、わたしがエルザミーナの住民になるか、サヴェリオがわたしの世界に来てもらうかの二選一択なのよねぇ)

 稜加の胸の内の問いかけが正にそれであった。前者ならば稜加の両親が亡き祖父から受け継いだ店が経営難続きでつぶれたら、稜加は家族を引き連れてイルゼーラに頼んでエルザミーナに住める。後者ならばサヴェリオの父親であるアレスティア侯爵が急病か事故で亡くなって、しかも侯爵領が何らかの理由でなくなればサヴェリオは稜加の世界の住人になってくれるかもしれない。

 だけども祖父のクリーニング店がなくなったら両親は衣食住経済に困るのは確かで、弟妹にも負担がかかってしまう。またアレスティア侯爵も故人になって生まれ故郷もなくなったらサヴェリオが悲惨になるのは確かだった。自分の家族と恋人の家族、どっちも犠牲にはしたくなった。

 その時だった。やたらと足の速い男が稜加とサヴェリオの背後から突進してきて、二人は思わずよけてしまい男は二人を裂いたかのように逃げ去ってしまったのだった。稜加は右側に尻もちをついて、サヴェリオは左側に生ごみのゴミバケツにぶつかって中身をぶちまけてしまった。

「稜加、大丈夫!?」

 デコリが尻もちをついた稜加に駆け寄る。

「うん、だけどもサヴェリオが……」

 サヴェリオはゴミバケツにぶつかっただけでなく、中身もぶちまけてしまい果物の皮やらキャベツの芯やらチキンの骨などが地面に散らばり、ハエもたかって暑さで臭いも増させた。

「お……おれはいい! 稜加、デコリとトルナーを連れてさっきの男を追いかけてくれ!」

「え、何でよ?」

「あの男、ひったくりだ! 外見に合わず婦人用のバッグを持っていた!」

 稜加はそれを聞いて気づいた。イルゼーラからレザーリンド王国では貧困層が盗みや詐欺の犯罪に携わっているのが多くなっていたことに。

「わかった! 今捕まえるよ! デコリ、トルナー!!」

「了解!」

「合点承知!!」

 ゴミをぶちまけた恋人を残し、稜加はデコリとトルナーと共にひったくりを追いかけたのだった。


「……と思ったけれど、追いつけられな〜い」

 稜加はデコリ・トルナーと共にひったくりを追いかけたが、ひったくりは思っていたより逃げ足が速い。町の人々はひったくりとぶつかることを恐れて、つい路肩に避けてしまう。稜加も運動能力が平凡な方で、小学中学のマラソン大会は必ずバテてしまう。

「稜加、加速のマナピースを使うんだ!」

 トルナーが稜加に声をかけてくる。

「加速のマナピースって?」

「風属性の〈バックアップウィンド〉だよっ。スターターにはめ込むんだ!」

 トルナーがそう促すと、稜加は首をかしげる。

「どんな浮彫り?」

「ああっ、しょうがねぇなぁ!!」

 トルナーが稜加の持っているマナピースの巾着から〈バックアップウィンド〉のマナピースを探し出そうとしたその時だった。

 一人の見知らぬ少年がもたつく稜加を指しおいて、ひったくりに飛びかかったのだ。

「うわぁっ!!」

 ひったくりの男は少年に押し倒され、前のめりに転んだのだった。

「うぐぐっ……」

 ひったくりは少年に押さえつけられ身動きが取れず、町の人たちが集まってひったくりを取り押さえたのだった。


 その後ひったくりの男はこの町の憲兵に引き渡されて、盗られたバッグも持ち主の老婦人の元に戻ったのだった。

「ありがとう、ありがとう坊や……」

 老婦人はひったくりを捕えた少年に礼を言った。老婦人の元にいた煙の精霊は少年の方へ行き、稜加とデコリとトルナー、それからゴミバケツの後片付けが終わったサヴェリオも少年のそばに立っていた。

「何かお礼をしないと……」

 老婦人がハンドバッグから中身を探っていると、少年が言ってきた。

「いいって。それよりも家に帰りなよ。また盗られそうだからよ」

 少年がざっくりと言うと、老婦人はおじぎをして一同の前から去っていった。

「ああ、そうだ。ひったくりを捕まえてくれてありがとう。わたし、一伊達稜加」

「稜加のパートナーのデコリだよっ」

「おれはトルナー」

「おれはサヴェリオ=アレスティア。レザーリンド王国の現女王の従兄で近衛兵長を務めている」

 すると少年はサヴェリオの自己紹介を聞いて、サヴェリオに駆け寄った。

「あんた、女王の親戚なのか!?」

「えっ、何……」

 稜加もデコリもトルナーも少年の反応を見て引くも、少年が〈女王〉に関係していると知って首をかしげる。

「ああ、そうだ。おれの自己紹介がまだだった。おれはバハト共和国ギュルバ村から来たギラルド=テズルだ」

「おれはフーモック」

 煙のようなスピアリーも名乗ってくる。

「バハト共和国……って、ここより反対側のエヌマヌル大陸にある場所じゃないか!よくここまで来られたな」

 サヴェリオがギラルドの話を聞いて目を丸くする。

「まぁ、カネが足りない時は野宿して林の木の実や農家の非正規になる野菜で凌いできたからな」

「節約や制限するのは立派だけれど、自慢になるの?」

 稜加がギラルドの経歴を聞いて軽く突っ込む。

 この後サヴェリオは稜加と精霊二体だけでなく、ギラルドとフーモックを連れて、町中犯罪者のパトロールを再び始めた。レザーリンド王国はこの時期、気温が高昇しているとはいえ、数分歩いただけで汗が出る。だけどもギラルドは温暖な時期の多いバハト共和国出身、フーモックも炎のスピアリーだからか暑い中歩き回ることには慣れていた。

「いいなぁ。熱いのには慣れている人やスピアリーって」

 デコリがギラルドとフーモックの様子を見て羨ましがる。

「わたしも栃木県に三年も暮らしているけど、北関東の夏には未だに辛いって感じるよ。逆に寒いのには慣れたけどね」

 稜加が寒暖の慣れてついて語っているとトルナーが二人に言った。

「夕方の五時になれば今日の勤務は終わるんだから、それまで我慢しな」

 一方でギラルドはレザーリンド王国東部キフェルス州の町並を見回しながら歩いていた。町の通りは数階建ての建物とタイルの道路だけなく、噴水やいくつかの遊具やベンチのある公園、別地区との渡しの橋は数本の柱が川から生えたように支えられ、川辺ではこの国の文字・ヴェステ文字で〈洪水の時に皮に来るのは禁止〉、〈遊泳禁止〉、〈釣り禁止〉、〈私物の舟での移動禁止〉などの看板が立てられており、アヒルの親子が川を泳いでおり、また水のマナブロックで動く小型船に乗って水上タクシーや川のゴミ拾いを行う町の人がいた。川辺の緑の草地と川の青が夏の美しさを映えさせていた。

 やがて日が暮れて赤い夕日が西の方へ沈み、空も橙と紫に染まり風も涼やかになり、ようやくサヴェリオの町中パトロールが終わった。

「もうクタクタだよ〜」

「これでお城に帰れる……」

 サヴェリオとトルナーの巡回に付き合っていたデコリがへなついて、稜加も暑い中からの業務から解放を感じた。

「ところでギラルドとフーモックはこの後、どうするんだ?」

 サヴェリオが尋ねてくると、ギラルドは「あ」と発声した。

「まさか考えていなかったのか?」

 トルナーが呆れると、サヴェリオは一息吹きながらも自分の主と相談してみることにしてみた。サヴェリオは自分の楓色のスターターを取り出し、他のスターターと連絡通信ができるマナピース(今のところ通信と共鳴の効果)をはめ込んで、城にいるイルゼーラと連絡したのだった。

「こちらサヴェリオ=アレスティア。応答願います」

『もしもし、こちらイルゼーラ=レザーリンド。何かあったの?』

「ああ、実は……」

 サヴェリオはギラルドのことを上手く説明し、イルゼーラはギラルドを城に置く許可を与えてきてくれた。

「ギラルド。この国の女王が君を置いてくれると許可を出してくれた。野宿しなくていいぞ」

 それを聞いてギラルドは〈女王〉の言葉をはっきり察する。

「じょ、女王だってぇ!? まさかここに、おれの花嫁が……」

「おい、失礼だぞ!」

 ギラルドの態度を見てフーモックも注意してくる。

「なんかややこしいことになりそうだ……」

「同じく……」

 稜加はこの後、王城に戻った出来事を予感し、デコリも同感したのだった。


 各州に派遣された王室近衛兵は移動時に乗っていた王室小型邸シラム号に乗って、シラム号は各地の公共の停泊場から王城へ向かっていった。シラム号は白い機体に王国の国章が刻まれていて、後部の動力室には風のマナブロックがコードにつながれていて、飛行艇を動かしていた。操縦席にはサヴェリオとトルナー、後部の席には稜加とデコリが座っているのに対し、ギラルドとフーモックは窓から見えるレザーリンド王国の景色を眺めていた。今は夕暮れで見えづらいが暗い中に白や黄色や青の光が見えるのは町だと分かった。他にも内部には小さな台所やトイレもあって、今は仕舞われているが食糧もある。

 夕方六時を過ぎて、派遣兵を乗せたシラム号が次々とレザーリンド王城の停泊場に着陸していき、格納庫の中に収めていく。その後で派遣兵が降りていって王城の中に入っていく。派遣兵は皆、犯罪者にバレないように私服で、最後に着陸したシラム号がサヴェリオと稜加、そして王族の花婿にならんとするギラルドと彼らの精霊たちが王城に入場する。

「レザーリンドの城って、たいそうだな! 部屋がいくつもあって廊下も長くて人も多くて……。早く女王に会わせてくれよぉ!」

 ギラルドがせかすとサヴェリオが顔をしかめる。

「いきなり女王陛下に会おうだなんて図々しくて失礼だ。まずは体を洗って謁見用の服に着替えてもらう」

 そう言ってサヴェリオはギラルドを浴場へ連れていき、日本の銭湯や宿泊施設のように左が男、右が女と別れていた。脱衣所も広々としていて一度に三十人が入れる程の広さで、番号棚や壁付けの大鏡や洗面台(洗面台の水は水のマナピースで出す)、体重計や温風のマナピースで動くドライヤーもあった。

 入浴場は日本の銭湯と同じ広さで床には耐水タイル、壁は石灰で誰もがタイル張りの浴槽からお湯を杉材の風呂桶で組んで体を濡らし、髪と体をシャンプーと石鹸で洗ってから浴槽に入る。ギラルドもサヴェリオによって体を洗浄され、数日分の泥と垢を削ったのだった。

 女湯も同じ造りで耐水タイルは男湯は青や緑に対し、女湯はピンクと白と黄色を使っていた。今日の実践訓練や任務を終えた女性兵、夕方までの勤務を終えたメイドや女性大臣、稜加とデコリもここにいた。

 その後は女王との謁見の為に昼間来ていたオフショルダーの服から普段用ドレスを着た。飾りの少ないレモンイエローのドレスで、ライムグリーンのティアードスリーブにハート形のデコルテ、タック入りのAラインスカートで靴も同じ色のミュール。髪型はショートヘアなのでライムグリーンのラインストーン付きの黄色い幅太カチューシャである。

 女王のいる謁見の間に着くと、すでにサヴェリオとギラルド、イルゼーラ、彼らのパートナー精霊も来ていた。サヴェリオは軍人の礼服で長めの白いジャケット、ギラルドはバハト共和国の民族服から灰色の襟ジャケットとスラックス、白いシルクシャツに青いアスコットタイを身に着けていた。

「むふっ。ギラルドくんが礼装しているのって……何かなぁ」

 稜加はかっこつけているギラルドを見て思わず吹きそうになるも、ギラルドは赤面して返事をする。

「だっ、だってよぉ、サヴェリオが女王と対面するには正装しろ、って言うから……」

「〈馬子にも衣裳!!〉」

 デコリがはやし立てる。さて謁見の間は王城内にいくつかあって、どの部屋も壁紙や床が違う柄や素材で構成され、四人と四精霊がいるのは明るい緑色の壁紙にグラスグリーンの絨毯、壁紙には白いダイヤ柄が並んで絨毯も草原の草のような模様である。部屋の東側にイルゼーラと稜加が、西側にサヴェリオとギラルドが座る。椅子と長方形のテーブルはアンティークな造りのクルミ材である。

 イルゼーラはこの時、髪を後ろでシニヨンにしてチュールやレースを使ったアイスブルーのドレスで化粧もドレスに合うアイシャドーやマスカラ、チーク、口紅はポインセチアの赤である。

「ようこそ、レザーリンド城へ。初めまして、ギラルドさん。わたしがこの久野の現女王イルゼーラ。あなたの活躍、従兄のサヴェリオから聞いたわ。ひったくりを捕まえたんですってね」

 イルゼーラはギラルドにこう伝えてくると、ギラルドはイルゼーラの前に来ると、体が頑なになって表情も強張る。

「結構緊張している……」

「あんなにイルゼーラ女王に会いたがっていたのに……」

「ようやく王城に来られたのにな」

 デコリ、フーモック、トルナーがイルゼーラと対面したギラルドの様子を見て口々に言ってくる。

「あのう失礼だけれど、あなたイルゼーラとは初めて会うはずなのに、わたくしとしては、あなたがイルゼーラと会ったのはもっと前なのではないのかしら?」

 王室仕えのスピアリー、アレサナがギラルドに尋ねてくる。それを聞いて稜加もサヴェリオも他のスピアリーも「は?」となる。

 イルゼーラとギラルドは何年も前に会っていたのかが初めてで、今は再会なのか。それとも、どっちかの過去の知り合いと同じ顔立ちなのか。

 王城の外では空は雲に包まれ、ゴロゴロ……と雷鳴が起こり始めていた。