6弾・11話  臨海学校、残りの日


「晴れて良かったなーッ!!」

 陽之原高校一年の男子が臨海学校二日目は絶好の快晴で、海水浴が出来たことに声を上げた。

 空は山奥の空より淡い青で、風は弱めで砂浜にも地元のサーファーや海水浴の旅行客で溢れかえっていた。

「これより休憩二回を挟んでの海水浴だが、他の人に迷惑にかけない、ブイより外の沖合には行かない、自分のゴミは必ず持ち帰る、岩礁などの危険な場所に行かない。以上この項目を守って活動するように」

 男子生徒の責任者の男性教諭が全生徒たちに注意を呼びかける。陽之原高校の臨海学校の参加者は準備体操をしてから海の中に入る。

 水着も男子は海パンや競泳用のハイカット水着、バミューダパンツと様々で鍋山碧登は青緑の迷彩柄の海水パンツ。女子の水着もワンピースやビキニ、タンクトップビキニや前後で印象の違うモノキニ水着などで、同じ型でもホルターネックやオフショルダーなどの差がある。

 稜加は去年と同じく明るい緑のティアードフリルが付いたバンドゥ水着、清音は黄色の地に赤いハイビスカス柄のワンピースで肩ひもがリボンになっている。いすずは苺ミルク色のハーフトップビキニとホットパンツのスポーティ水着、稜加と同じ寮室の丹深は背中が編み紐でスカート付きの水色のベアトップ水着、何より誰もが注目したのは言うまでもなく聖亜良で、彼女は純白のツイストビキニで男子生徒も他の男性陣も聖亜良に魅了された。

「流石トップモデルの娘……」

「せあらん、スタイル抜群だもんね」

「まるで愛美神ビーナスか魔女リリスだわ……」

「丹深ちゃん、その例え大げさすぎ」

 清音、いすず、丹深、稜加が聖亜良のグラマラスな外観を見て第一御印象を言ってくる。ふと、稜加は多都恵が他数人の女子と共に普段着でいることに気づいた。

「リョーちん、一先ず泳ごう」

 いすずが稜加に声をかけてきて、稜加は他の女子と共に海へ入っていった。臨海学校参加者は浜辺に残った者は除いては沖合には行かないようにして泳いだり、素潜り競争や浜辺でビーチバレーやビーチフラッグで遊んでいた。碧登は他の学科の男子とビーチフラッグで何度も一番上になっていた。

 稜加たちも浅瀬で波の引かれる感覚を味わい、押し寄せてくる小波に打たれる体験をしてきた。ピピーッ、と海岸にいる先生が笛に鳴らして十分の小休憩の合図が出た所で生徒たちは岸に戻っていった。

 聖亜良や丹深が海岸の横長の屋根が並ぶ休憩所で次の入水になるまで水分補給やおしゃべりをし合った。

「唐井さん」

 稜加は海岸で他の数人といた多都恵に声をかけてきた。

「もしかして……、なっちゃった?」

 稜加が小声で話しかけてくると、多都恵はこくりとうなずく。

「実は三日前から……」

 臨海学校やプールの日に月のものと重なると非常に悔しい。しかし多都恵はこんな時の為にと、たくさんの月のもののナプキンを持ってきていたから良かったが。

「夕べの時は女の先生に上手く話して先生の宿泊室にある個室用の風呂場を使わせてくれたから……」

 学校の宿泊行事では月のものになった女子生徒のことも考えて、先生たちは風呂場付きの部屋を予約していた。

「でも症状は軽いんだよね?」

「それは平気……」

 十分の休憩が終わるとまた入水し、昼食前の十一時半まで海水浴は終了、生徒たちは旅館の本館と離れている団体客用の大型更衣所も向かっていって、濡れた水着を上手く絞って厚手のビニールザックに入れてから、シャワーを浴びて体を拭いてから普段着に着替えていった。

 昼食は大広間で上等の塩をふったてんぷらと小うどんと白米の茶碗。てんぷらはエビとイカと芋と人参としし唐とシイタケでカリカリに揚がっていて美味しかった。

 十二時半の昼食終了になると、宿泊生徒は午後一時に旅館のロビー集合までに食休めを兼ねた準備をする。稜加は他の生徒や先生や旅館にいる人にバレないようにスターターとマナピースの巾着を宿泊室の外に持ち出して、更に人があまり来ない非常口近くでスターターの窓からデコリが出てきた。

「はーあ、稜加はいいな。海で泳いだり、美味しい出来立てご飯を食べられて」

「まぁまぁ。わたしだって本当はデコリにも食べさせたかったんだよ。今食べさせてあげるね」

 そう言って稜加はスターターに〈フードグレイス〉のマナピースを出して、稜加が先ほど食べた天ぷら定食が出てきた。デコリは嬉しくなってモグモグと天ぷらやうどんを味わった。

「ふぅ〜、美味しかったぁ」

 デコリは天ぷらを食べられて満足する。

「午後からは旅館のロビーに集まって、陶芸工房に行って埴輪の工芸体験をして地元の職人さんが後で窯焼きして、学校に自分が作った埴輪の完成品を送ってくれるんだよ」

 稜加は午後のスケジュールをデコリに教える。また埴輪は魔除け人形の一種で、女性の安産を願った土偶と並ぶ程有名な古代の産物だと説明する。

「フーン。古代の賜物かぁ……」

「埴輪はどっちかっていうと、男の人のお守りみたいなもんだから」

 稜加は腕時計の指針を見て、あと十分で集合時間になると気づいた。

「埴輪工房に着いたら、デコリにも見せてあげるね」

 稜加はそう言ってデコリをスターターの中に戻し、マナピースの巾着とナップザックに入れて、集合先のロビーへ向かっていった。


 埴輪体験の陶芸工房は宿泊先の旅館から北へ歩いて十分の所にあり、一度に二十人が座れる台と縦長の椅子、道具もヘラやこね棒もあって、工房では地元の博物館員や窯元の人の説明がなされ、生徒たちはこね板で良く粘土をこねてから埴輪を作った。

 埴輪といっても一口に何種類かがあり、空洞の目と口に細い手の埴輪、武人の埴輪、馬の埴輪に砦の埴輪、と様々だった。また埴輪制作体験に使う粘土も色付きで白や黄色、水色やピンク、ベージュや灰色とカラフルであった。稜加や他の学校の人たちや工房の人には見えないけれど、透明化の〈インビジライズ〉で姿を消したデコリも聞いていたのだ。

 稜加たち服飾科の面々も埴輪作りに取り組んだ。

「胴体はともかく、腕の付け方曲げ方が難しいわ」

「腕を太めにしてみたら?」

 聖亜良がピンクの埴輪の腕に苦戦していると、清音がアドバイスしてくる。

「武人の埴輪が格好いいから、作ってみると難しいなぁ」

 碧登が水色の粘土で武人の埴輪を作ってみようとしたけど、思っていたより難しいことに手こずる。

「あたしは普通の埴輪を可愛くデコレーションするー♪」

 いすずがラベンダー色の埴輪を模った後に、ハートのティアラやネックレス、イヤリングをつけたラブリー埴輪を作る。

「わたしもいすずちゃんみたいにアレンジしよう」

 稜加も黄色の粘土で埴輪を模って、いすずがハートなら自分は良きパートナー、デコリのチャームポイントと同じようにリボンを付けた埴輪を作ったのだった。

「わっ、唐井。凄いのを作っているぞ」

 他の班の男子が声を上げて数人の生徒が多都恵の方に群がっていた。稜加たち五班の面々も何かと思って多都恵のいる場所に様子見する。

 まぁ、何と多都恵はベージュの粘土で古代の豪族が住むような屋敷型の埴輪を作っていたのだ。しかもヘラで細部を作ったりして、正に芸術といっても過言ではない。

「唐井さんに、こんな才能があったとは……」

 稜加は思わず呟いた。父親は単身赴任、母親は祖母の介護の通いつけで、弟妹の世話をしながら家事をするが、質より量の食事ばかり作る為にふくよか体型になってしまった多都恵が、埴輪作り体験で豪族邸風の埴輪を作られたことに感心する稜加。姿を消しているデコリもポカンとなる。

 埴輪作り体験の後は四時の集合時間までに町中で自由時間を過ごし、臨海学校の参加者は町の通りのお土産屋へ行ったり、観光地の写真を撮ったり、町中図書館で涼んだりとしていた。

 稜加は織姫町の家族や友人、またエルザミーナにいる仲間たちのお土産選びに迷っていた。家族や中学時代の友人たちはまだいいけど、エルザミーナの方が渡す方が多くて迷っていた。

 随分前にイルゼーラが稜加の為にと金の地金を一枚くれた。春学期の期末テスト後の自宅帰省に両親に見せた処、いくら長女が異世界の女王と親友同士とはいえ、金の地金をくれるなんて……とたまげたが、ほんの小さな板でも純金は純金。貴金属や宝石の買取店に母は稜加を連れてイルゼーラがくれた金の地金を見せたら、この時の純金の買取価格は一グラム八〇〇〇円。稜加がイルゼーラから貰った金の地金は四〇〇グラムで、三百二十万円を手に入れたのだった。

 稜加の貯金は両親に譲った百万円を引いても、二百万程残っていた。

「どうしたの、稜加?」

 透明化に飽きて、稜加のナップザックに隠れたデコリが顔を出していて声をかけてくる。

「あ、うん。エルザミーナの仲間だけでなく、お城の人の分までお土産を買ってあげるべきか、迷っていて……」

「稜加、臨海学校ではお小遣いは七〇〇〇円まで、ってしおりに書いていなかったっけ? いくらイルゼーラからもらった純金が残っているからって、ただの高校生の稜加が大金持っているなんて、怪しいって思われちゃうよ」

 デコリに言われて、稜加は気づいた。自分がエルザミーナの救済者で、お城の人の多くとも仲間の家族とも知り合っているからって、その人たちに分まで買ったら学校の先生や同級生に怪しまれるのも当然だ。

 そこで稜加は救済者五人と恋人、イルゼーラの婚約者と稜加世話係のオッタビアの分だけ、お土産を買うことにした。

 自由時間の後は夕方四時に集合して旅館に戻って、入浴してジャージと体操服に着替えて、夕方六時の夕食までは旅館内で卓球やトランプなどで過ごしたのだった(もちろんゲームセンターやゲーム機及びアプリゲームは禁止)。

 夕方の食事は一日目の夜や朝食、昼食よりも豪勢で、大広間の座敷の上には十台の食卓の上に刺身や唐揚げ、ローストポークやゆでたソースがけのエビ、小さなおにぎりやフライドポテト、汁物は味噌汁やコンソメスープやコーンスープもあって、デザートは今が旬の桃やシャインマスカットやグレープフルーツ、ホイップクリームやチョコレートやモンブランや抹茶バスクチーズといったプチケーキといったバイキング形式だった。

 誰もがワイワイやって、夕食後はレクリエーション室で班ごとに歌やなぞなぞ、手品や漫才などの出し物をして、稜加たち服飾科五班も影絵芸を披露したのだった。

 こうして臨海学校二日目も過ぎていき、夜の八時過ぎには地元民の花火大会が行われ、瑠璃色の空に赤や白や緑の花火がいくつも打ち上げられ、その様子を旅館のベランダから見られたのだった。稜加以外は知らなかったが、デコリは〈インビジライズ〉のマナピースを使って透明化して、稜加といたのだった。

 三日目の朝食の後は旅館の人たちにお世話になったあいさつを告げて、バスに乗って栃木県の陽之原高校に着くまでが臨海学校だった。