万年水晶から解放されて、人魚やセイレーン、ウィーディッシュなどの海の妖精やヒトデやイシダイに似た不思議生物たちは歓喜にわき上がっていた。悪い海賊は全て倒され、四人の妖精の少女が水の妖精の勇士となって沈黙と静寂に包まれていたマリーノ王国を取り戻してくれたのだから。 マリーノ王国の最上階である王間には、王座にマリーノ王国の現女王の人魚シレーヌが座り、王座の右にはムース伯爵夫妻や大臣や女官、左には鎧かぶとと手槍を持った兵士たち、そして女王の王座の対にはアンフィリット・比美歌・法代・フェルネが姿勢をならして立っていた。 「アンフィリット、比美歌、法代、そして海賊でありながら最後は国を助けてくれたフェルネ。礼を言おう。ありがとう。そななたちのおかげでマリーノ王国は救われた」 女王が直々にお礼を言ってきたので、アンフィリットたちはどぎまぎしながらも返事をした。 「いえ、こちらこそ……。まさか、わたしや人間の子たちが本当に国を救うなんて思って思いませんでした……」 アンフィリットは照れ笑いしながらも女王に言う。 「いや、わらわたちが万年水晶に閉じ込められていた時は本当に何もできなかった。 たった四人でよく頑張ってくれた……』 女王は微笑むが、フェルネは浮かない顔をしていた。アンフィリットたちの仲間入りをするまでは海の国や島国を襲っていた海賊の一人だったのもあって。 「じょ、女王さま。わたくしめはかつての海賊。英雄として賞賛される資格はありません……」 だが女王は気にしていなかった。 「いや、フェルネ。お前は本当に反省をし、悪事の償いとしてマリーノ王国を救った。まだ償いきれぬのなら、マリーノ王国で償うが良い」 「ありがたきお言葉、承ります……」 フェルネは女王に深々と頭(こうべ)を垂れた。 「比美歌、法代。人間でありながら妖精の力に目覚め、アンフィリットの戦いを支えてくれた。ありがとう」 「どういたしまして」 比美歌と法代は女王に返事をすると、アンフィリットの方に視線を向ける。 「安里ちゃんは自分の国を取り戻したから、人間界を出てミスティシアに帰っちゃうの?」 「せっかく仲良くなれたのに、何か寂しいです」 当のアンフィリットもそれを聞かれて黙っているため、答えはわからなかった。 「どうするかはアンフィリットの自由だ。ファンタトレジャーも勇士たちの願いを叶えた後は、またミスティシアの海に散って眠っているだろう」 ファンタトレジャーはドレッドハデスが倒された後、光の粒子と共にミスティシアの海中に散っていった。しかし、また危機が訪れたら姿を現してくれるだろう。 女王との謁見が終わると、アンフィリットたちはムース伯爵とエトワール夫人と共に王間を出る。らせん状になっている通路を下りながら進んでいると、ムース伯爵はアンフィリットの肩を叩いた。 「お父さま……」 「アンフィリットはどうしたいんだい? またわたしたちと暮らすか、それとも人間界で学業を終えてからマリーノ王国に戻るか。どっちでも構わないんだぞ」 「そうよ。わたしたちにはもう一人、娘がいるんだから……」 エトワール夫人がそう言ってきたのでアンフィリットと比美歌と法代は何のことかと首をかしげる。その時フェルネが口を挟んできた。 「わたしだ。わたしには家族も家もないからとムース伯爵夫妻に言ったら、快く引き取ってくれると赦してくれた。ムース伯爵も罪を償うのならマリーノ王国で再教育の方がわたし自身のために良いだろうと考えてくださった……」 「フェルネがわたしの家族に……」 アンフィリットは自分のことのようにフェルネの今後が安心できるものだと聞くと安堵した。 「お父さま、お母さま。さっきは言えなかったけど、わたし人間界で暮らしたいの。比美歌ちゃんと約束したんだ、林間学校に行くって……。ううん、林間学校だけでなく運動会も文化祭も修学旅行も参加して、他にも色んな出来事を体験して、思い出を作ってからマリーノ王国に帰ろう、って考えたの」 アンフィリットは自分の思いを父と母に告げると、父母はうなずいてくれた。 「ああ、行っておいで。人間界で暮らしても」 「でもどうしても帰りたくなったら帰ってきなさいね」 比美歌も法代もアンフィリットがまた自分たちと一緒に過ごせると聞いて手を取り合って喜んだ。 「バンザーイ!!」 比美歌と法代の声で周りにいた王城仕えの妖精たちは驚いたが、アンフィリットは人間の友人の行動を見て思わず笑ってしまったのだ。 アンフィリットが人間界で林間学校などの思い出や経験を作ってからマリーノ王国に帰ると決めたということで、アンフィリットと比美歌と法代、ブリーゼとジザイはマリーノ王国の外れにある洞窟『異界への門』まで行き、ムース伯爵とエトワール夫人、フェルネに見送られることになった。 「わたしはマリーノ王国で再教育を受けながら、ドレッダー海賊団が奪った宝を元の持ち主に返しに行く。船長やグロワーたちはいなくなってしまったが、戦艦がまだ残っていてマリーノ王国の外に停泊しているのを発見した」 フェルネは今後の自分の予定をアンフィリットたちに伝える。 「そう……。お父さま、お母さま。フェルネをよろしくお願いします」 「アンフィリット、向こうに行っても元気でな。ブリーゼ、ジザイ。アンフィリットの保護役を引き続けてもらうぞ」 アンフィリットは父と母とフェルネに旅立ちのあいさつを言い、ムース伯爵はブリーゼとジザイに人間界でのアンフィリットの保護者を委ねる。 「ええ、今のアンフィリットさまならこれからお友達ができていくでしょう」 「我々も引き続き人間界で生きていきます」 エトワール夫人は比美歌と法代にこれからも自分の娘と仲良くするようにと伝える。 「比美歌ちゃん、法代ちゃん。アンフィリットのことをよろしくね」 「はい。安里ちゃんは大事な友達ですから」 「安里さんのことは任せてください」 別れのあいさつを告げると、アンフィリットと比美歌と法代とブリーゼとジザイはミスティシアと人間界の通路である『異界への門』に踏み入れる。 「行ってきます、お父さま、お母さま、フェルネ」 アンフィリットは家族に別れを告げると、渦潮と虹色の光の空間を通って、仲間たちと共に人間界に向かっていった。 アンフィリットたちが空間を通り抜けた後、船立海岸の一角に立っていた。空気が少し冷たく、空は薄紫色で空の雲が煙のように浮かんでいる。明け方の時だった。 「ミスティシアに行っていた時は結構長くいたけど、どれくらい時間が経っているのかしら……」 人間界を出発した時は夜中の十二時頃だった。今は明け方とはいえ、あれから何時間経っているのか気になって比美歌が尋ねる。 「それは後でわかるでしょう。比美歌殿、法代殿を家に送ってくだされ。わたしたちは野辺川をつたって帰ります」 「うん、じゃあね。安里ちゃん、法代ちゃんはわたしが家に連れて行くよ」 比美歌は法代を抱えて背中の翼を羽ばたかせて法代と自分の家のある方角に飛んでいった。安里とブリーゼとジザイは自分たちの家から近い野辺川を泳いでいって、小橋の下で人間に姿を変えて、『メゾン磯貝』に近くの住民に気づかれないように帰っていった。といっても、家に帰ったとはいえ、安里は学校、真魚瀬家の父を勤めているジザイは職場へ向かっていった。 学校に着くと、比美歌と郁子と合流し、今日は六月の二日でミスティシアにいた時は長く感じていたのに、人間界ではそんなに時間が経っていなかったのだ。つまり安里がフェルネの声を聞いたのは昨日だったのだ。だからみんな安里や比美歌を見ても軽くあいさつをしてくるだけで、何の変哲もなかったことに安心した。 「あー、良かった。これで二日以上経っていたら学校のみんなやお父さんが心配して大騒ぎになっていたところだったよ」 「うん……。思い出したんだけどね、人間界では五時間のところ、ミスティシアでは二十四時間でね、時間差があることに思い出したの。わたしは半年も人間界で住んでいる間、マリーノ王国は二年以上も経っていることになるのよ……」 安里と比美歌は人間界とミスティシアでは時の流れが異なることに納得した。が、ミスティシアから帰ってきた日はあまり寝ていなかったので、授業中も休み時間もあくびをしていた。磯貝小学校では法代が眠気に耐え切れず、二時間目から六時間目まで保健室で寝入っていたという。 安里たちがマリーノ王国を取り戻してから数日後の日曜日、安里の家に比美歌と法代が遊びにやって来た。 「おじゃましまーす」 「こんにちはー」 安里は二人を出迎えて、自分の部屋に招き入れる。安里は比美歌と法代に一通の封筒を見せた。フェルネからの手紙で四隅に貝がある薄いオレンジ色の封筒で、中には貝やヒトデなどの海の生き物に似た海妖精(マリニッシュ)文字で書かれた便せんが入っていた。ジザイが現状報告のため先日、船立海岸とマリーノ王国をつなぐ『異界への門』をつたって一度マリーノ王国に戻り、ムース伯爵から受け取ったという。 手紙の内容はフェルネはマリーノ王国で文字の読み書きや計算、歴史や経済や政治を学んでおり、海賊をやっていた頃よりもしんどいと思ったが、水の妖精の勇士になったからには戦い以外にも知る、覚えることも必要だと書かれていた。 安里はフェルネがちゃんとマリーノ王国で再教育を受けていて、投げ出すこともなくやっていることに安心した。 「あー、良かった。フェルネはちゃんと償っているんだね」 「フェルネなら大丈夫ですよね。前向きになれたのなら」 比美歌と法代もフェルネの手紙の内容を知って、それなりに幸せだということにほほえましく感じた。 「比美歌ちゃん、来週から林間学校だけど、いい思い出になるといいな」 安里が比美歌に向かって言った。 「うん。山登りもあるけれど、キャンプファイヤーやフォークダンス、ゲーム大会もあるしね」 安里と比美歌が林間学校に行くと聞いた法代は二人にお土産のリクエストをしてきた。 「林間学校に行くのなら、わたしへのお土産はパワーストーンにして下さい。安里さんはアメジスト、比美歌さんはルチルクォーツを」 「あのね、法代ちゃん。それ売っているかどうか……」 「法代ちゃん、お土産ってのはもらってから知る方がいいのよ」 安里と比美歌が法代に言った。 真魚瀬安里ことアンフィリットのマリーノ王国を取り戻すという望みは叶った。 だけど、安里は人間界で生きることを選んだ。マリーノ王国では体験しなかった思い出を作り出すために。 |
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