1弾・7話 フェルネの異変 


 春の大型連休と呼ばれたゴールデンウィークが終わって、大人も子供も会社職場・学校へ今まで通りに通いだす。

 安里と比美歌の通う保波高校では連休の翌日から春学期の中間考査の発表と試験勉強期間が始まり、その十日後に二日間中間考査が午前中に行われ、後日一年生の教室のある大型掲示板に順位表が貼られた。生徒たちは自分の順位がどこで追試の有無があるか確かめる。安里と比美歌、それから郁子も順位表の前に来ていた。

「すごーい、安里ちゃん学年で上から四位!? あたしなんて真ん中あたりなのに」

 郁子が安里の成績を見て羨む。安里は学年で上から四番目でどの教科も九〇点前後だった。

「う、うん。前住んでいた所でも上から数えて早かったから……」

 安里は苦笑しながら郁子に言った。安里は幼い頃から学問の呑み込みが早く、マリーノ王国にいた頃は常に一番の成績だった。安里を羨む妖精の子もいれば、安里の出来の良さを妬む妖精もいた。しかし安里はマリーノ王国の学校に通っていた時は自慢もせず相手を見下したりもしなかった。先生は安里の両親のムース伯爵とエトワール夫人に飛び級をさせた方が良いと相談してきた。安里は人間でいう八歳の時には十二歳のクラスにいて、マリーノ王国がドレッダー海賊団に襲われる前は大学一年生のクラスにいた程の実力の持ち主であった。

「で、でもわたしは上から四番目だけど、一番は深沢くんじゃない。わたしよりも上の人は二人もいるし……」

 安里は比美歌と郁子に言った。安里と比美歌のクラス委員長の深沢修は学年全体でもクラスだけでも一番であった。

「わたしは上から九〇番目かー……。でも追試じゃないからいいのか」

 郁子が呟くと、比美歌が言った。

「テストが終わった打ち上げとして、放課後はハンバーガー屋さんへ行くか!」

「わぁい、さんせーい。安里ちゃんも行こう」

「うん、わかった……」

 テストの打ち上げとして安里は比美歌と郁子と共に駅前のハンバーガー屋へいくことになった。

(それにしても、テスト勉強中はドレッダー海賊団が出なくなてよかったよ)

 安里はそのことに安堵していた。


 地球の太平洋の海底にある戦艦、ドレッダー海賊団のアジトで、ほの暗い海中には岩と砂利、その深さに棲む様々な魚が泳いでいたり、砂の下に隠れていた。

 薄暗さの中に仄かに照明が灯される司令室の玉座には左手が機械の手のドレッドハデス船長が鎮座し、向かい側には長い髪に白い肌、下半身が赤と黒のウロコの蛇になっている少女が頭(こうべ)を垂れていた。

「フェルネ、お前に水の妖精の勇士の生け捕りを命じる」

「いっ、良いのですか? わたくしめに……」

「トラッパーがアンフィリットの返り討ちに遭い、グロワーもシデーモをつけてやったというのに失敗を重ねたからな」

 ドレッドハデスは咳払いするとフェルネに言った。

「ただし、お前一人でだ。シデーモはつけない」

「……っ。そうですか、わかりました、では……」

 フェルネは頭を下げて司令室を出る。二回もルミエールに負けているから仲間を付けなかったのだろうと、フェルネは思った。

「だが、どうすればアンフィリットはわたしと戦ってくれるだろうか……」

 ふと、フェルネは思いついた。薄暗い廊下には仄かな灯りがともされる戦艦の廊下にはフェルネが這いずり回っていて、一つの扉の前にたどり着く。扉には丈夫な錠がかかっており、鍵は船長だけが持っている。しかしフェルネは密かに隠し持っていた針金を出して錠の鍵穴に針金をさして解除した。

 フェルネは錠をそっと外して左右に開く扉の中へ入っていく。たくさんの金貨や銀貨、水晶や琥珀やルビーなどの宝石、金銀細工の器、虹色や色つきのガラスの装身具が入ったこの部屋はドレッダー海賊団がミスティシアの島国や海底の国、そしてマリーノ王国から奪った宝の部屋であった。砂浜のような金貨銀貨の中にははみ出るように宝石や器があり、フェルネはある宝を探すために宝の山を漁る。フェルネは掌大の紫色の小箱を見つけ、中を開けると指三本分大きさの虹色の丸い真珠が入っていた。

「これをダシにしてアンフィリットを誘って倒してやる……」

 フェルネは懐に真珠の入った小箱を隠すと、宝物庫を出て扉を閉めて錠を戻して抜け出していった。何事もなかったかのように。


 日本では季節は夏の始まりに入り、暑くなったため、住民は半袖のシャツや上着をまとい、涼しげな服装に変わっていた。

 安里と比美歌の通う保波高校も夏服に変わり、男子は白い半袖シャツにオリーブグリーンの薄地のスラックス、女子は白い半袖セーラーシャツに金ボタン付きのオリーブグリーンのベストと芥子色のスカートを身につけていた。夏は基本色に白が加わることで制服の印象を涼しくさせているため。

六月に入ってのHR、安里と比美歌の担任の江口先生が今後の学校行事について生徒たちに語っていた。

「一年生は六月の三週目には林間学校で印旛の方へ行くことになった」

「はーい」

 HRが終わると安里は比美歌に尋ねてくる。

「ねぇ、林間学校って何?」

 それを聞いて比美歌は目を丸くする。

「えっ、安里ちゃん、林間学校に参加したことがないの!?」

「うん……。マリーノ王国にいた頃は学校行事にあんまり出ていないから……」

 他の生徒に聞こえないように安里は小声で話す。比美歌は林間学校というのは、夏の涼しい期間に山の中で生徒の健康増長や普段の学校や家でやれないことを行うための行事だと教えた。

「安里ちゃんって前いたところでは学校行事は何に参加していたの?」

「遠足と陸地の見学と文化祭と運動会なら……」

 マリーノ王国にいた時の安里は宿泊学習をやったことがなく、日帰りや学校で行う行事にしか参加していなかった。というのも安里が飛び級の時に他の妖精の子は移動教室や修学旅行、はたまた卒業旅行の最中だったからだ。

「病気とケガと法事以外は参加必須だからさ、行きなよ。もしかしたら面白いかもしれないしさ」

 比美歌が安里に林間学校の参加を勧めた。

「うん、そうするよ……」

 林間学校は学校のみんなと宿泊したことのない安里の課題となった。


 登校時間から曇っていた空が灰色に染まり、三時間目から雨が降っていた。この日の三時間目の授業は担任の江口先生の担当する現代国語だった。江口先生が黒板に今日の授業内容を書いて、生徒たちはそれを写していく。安里もせっせと書き写していると、安里の頭の中に声が響いてきた。

『アンフィリット、聞こえるか?』

 どこかで聞いた、いや聞き慣れた女の声、ドレッダー海賊団のフェルネの声だった。フェルネの声を聞いて安里はつい手を止めてしまう。

『今夜、十二時に一人で船(ふな)立(だて)海岸へ来い。お前との一対一の勝負をつけたい』

 船立海岸と聞いて安里はハッとなった。そこは安里がブリーゼとジザイと共に人間界へ最初に踏み入れた場所であった。

「真魚瀬、真魚瀬……」

 自分を呼ぶ声が飛んできたので安里は思わず立ち上がる。

「はっ、はい!」

「前に出て黒板に書かれた感じの読みを書け」

 安里は黒板の前に出て漢字の読みを書こうとしたが、フェルネの言葉が気になってチョークが動かなかった。

「? 珍しいな。出来のいいお前が答えられないなんて」

「す、すみません……」

 江口先生がいつもは呼ばれたら必ず答える安里に首をかしげる。

 現代国語の授業が終わり、四時間目の数学の授業の準備をしていると比美歌と郁子が尋ねてきた。

「安里ちゃん、郁子ちゃんが数学の宿題を二つ書き忘れていたから写させてくれる?」

「うん、いいよ……」

 安里は自分のノートを郁子に見せる。いつもと違う安里の様子を見て比美歌は不思議がる。安里が出会った時のようにぎこちなかったからだ。その日は昼食も掃除も後の授業も過ぎて行いき、安里は比美歌や郁子の前では平気なフリをしてメゾン磯貝へ帰っていった。家に着くと安里は自宅のベッドの上で制服のまま寝転がった。

「せっかく仲間ができたのに、一人でまた戦うなんて……」

 水の妖精の勇士になった頃は仲間なんて必要とせず一人でファンタトレジャーを取り戻した方が早いと考えていた安里だったが、人間でありながら妖精の力に目覚めた比美歌と法代が仲間になってくれて、ようやくチームワークを覚えた安里にとってフェルネとの一対一で戦うのはやる気が起こらなかった。

 ジザイが仕事場から帰ってきて夕食も勉強も済み、夜十時に入る頃にブリーゼとジザイは隣の居間で眠り、一時間経つと安里は部屋を抜け出してスウェットパジャマから普段着のシャツワンピースに着替えると音を立てずに玄関を出てわずかな灯りのつく町中を歩いて、コンクリートの小橋がある野辺川へやってくる。雨は止んでおり、首に提げているチャームを出して祈りを唱えて、薄紫色の光に包まれて紫の衣装に変わる。安里は変身を終えると、野辺川に入り人魚になって暗い水中を泳いで船立海岸へ向かっていった。

 野辺川を出て船立海岸に着くと細長い三日月が漆黒の空に浮かび、波がザンザンと音を立てて、細長い白い浜、海の対となる浜には草地があり、浜辺に自生する植物が生えていた。

「来たか、アンフィリット」

 安里が海岸に入って人魚から二本脚の姿になると、浜辺には蛇の下半身を持つ少女・フェルネがいたのだ。

「約束通り一人で来たわ」

 安里がフェルネに言うと、フェルネは髪の毛の中から一つの紫の小箱を出してふたを開けて中を見せる。中には指三本分の大きさの虹色の真珠が入っていた。

「最後のファンタトレジャー、虹色真珠だ」

「え……」

 安里は何故、フェルネがファンタトレジャーを持っていることに疑問を持つが、フェルネは怒りのこもった目を安里に向ける。

「これをかけてわたしと戦え、アンフィリット。お前が勝てばこれをやるが、わたしが勝ったらお前をハデス船長の所へ連れて行く」

「一体何故、わたしに戦いを挑むの……?」

 安里が尋ねると、フェルネはそれに障ったかのように言った。

「わたしはミスティシアの東の海にある海底火山の熱気で生活する島の集落に住む炎蛇(えんじゃ)族だった。しかし海底火山の噴火で島が沈み、父も母も姉妹も他の炎蛇族も滅んでしまった。独りになったわたしはハデス船長に拾われてドレッダー海賊団となり、ミスティシアの海国や島国で暴れまわり、誰もがわたしに恐れおののいた。

 しかし、アンフィリット。お前が現れてから誰からも恐れていたわたしはお前に二度負けた。汚名を返上するために、わたしと戦え!」

 フェルネの話を聞いて安里は沈黙するも、フェルネの頼みでもある決闘に従うことにした。

「……わかったわ」

 安里はフェルネの眼が自分への怒りの他、真剣さも入っていたと感じて立ち向かう。

 フェルネは口から火の玉を吐き出し、安里は水の玉を手から出してフェルネが出した火の玉を防ぐ。フェルネは上下左右に火の玉を吐き出して安里に当てようとするが、安里はハイジャンプをして水の玉を出して火を消した。

(こうなったら接近して直接手を合わせたほうがいいわ)

 そう思った安里はハイジャンプした後はフェルネの前に着地をして、フェルネに突きを向ける。それを察したフェルネは蛇尾を出して安里の攻撃を防いだ。フェルネは指を垂直にして安里に向け、安里はフェルネの尾を持って砂浜に叩きつけた。安里に叩きつけられたフェルネは再び火を吐くが、安里は素早く水の玉を出して防いだ。


『比美歌殿、比美歌殿!』

 団地区の一角にある一室で比美歌が眠っていると、夢の中で誰かに呼ばれた。

「だれ、わたしを呼ぶのは……」

『わたしです。ジザイです。今、アンフィリットさまの姿がないので、ブリーゼに探しに行ってもらったところ、アンフィリットさまは船立海岸でドレッダー海賊団のフェルネと戦っていると報せてくれました。

 わたしは念波を比美歌殿と法代殿の精神に呼びかけて教えたのです。早くアンフィリットさまを助けに……』

 ここで比美歌はハッと目を覚ました。布団から起き上がると、チャームを持って祈りを唱えて翼のある姿に変身してベランダを出て、法代の家へ行って法代を迎えてから船立海岸へと向かっていった。


 安里とフェルネの戦いは続いていた。どちらも体力を消耗しており、どちらかが或いは同時に倒れてもおかしくはなかった。

「わたしは……絶対……お前に勝つ……」

「随分とタフなのね……」

 暗闇の空と海を背景にしてフェルネと安里は対に合わせて立っていた。その時、町のある方角の空から空を飛ぶ比美歌につかまる法代、ブリーゼの背に乗っているジザイが現れた。

「安里ちゃん!」

「安里さ〜ん!」

「アンフィリットさま!」

 比美歌たちは着地をし、水の妖精の勇士姿の比美歌と法代が安里に近づこうとする。

「比美歌ちゃん、法代ちゃん、ブリーゼ、ジザイ! どうしてここに!?」

 安里が駆けつけてきた仲間を見て振り向く。

「それは後。今手助け……」

 比美歌が言おうとすると安里が遮った。

「出さないで! これはわたしとフェルネの決闘なのよ……」

「えっ!?」

 比美歌と法代がフェルネを見る。フェルネの真剣な眼差しを見て、比美歌と法代は下がる。

「何かよくわからないけど、やめた方がいいみたいですね」

「うん」

 法代と比美歌は安里の戦いを見守るしかなかった。その時、安里の体がぐらついた。

「今だ!」

 フェルネは蛇尾を伸ばして安里に絡みつき、フェルネの蛇尾に巻きつかれた安里は身動きがとれなくなる。

「……この手は使いたくなかったが、お前を倒すためには卑怯をしても構わない!!」

 フェルネはそう言うか早いか、口を大きく開いて深紅の業火を吐き出した。

「あああああ〜!!」

 フェルネの蛇尾で身動きが出来ず更に燃え盛る炎を浴びせて安里は苦しんだ。

「安里ちゃーん!」

「安里さ〜ん!」

「アンフィリットさまー!」

 比美歌・法代・ブリーゼ・ジザイが炎でもがき苦しむ安里を見て叫んだその時だった。雲が月を隠して空を覆い、激しい雨が降ってきたのだ。雨で安里に浴びせられた火は水蒸気を出して消えて、フェルネは大量の雨を浴びてもだえだし、蛇尾から安里を話した、安里は衣服は所どころ焦げ顔や手足に火傷もあったが法代が駆けつけて治癒能力で安里の体の火傷を治していった。

「安里ちゃん!!」

 比美歌と法代は安里の体を支えて立たせる。

「法代ちゃん、来てくれてありがとう……。比美歌ちゃん、よくわたしの言うことを聞いてくれた……」

 安里が比美歌と法代に言った。

「わたしは治ったからいいとして、あの子を……」

 安里は仲間たちにフェルネの方に指差す。フェルネは仰向けになってけいれんを起こしていた。

「えっ、この人を助けるんですか!? 雨で弱っているとはいえ、敵を助けるなんて……」

 法代がためらうと、フェルネが唇を動かした。

「まさか自然が味方するなんて思ってもいなかった……。アンフィリット、わたしの負けだ……。これを受け取れ……」

 そう言ってフェルネは震える手で自身の髪の中に隠していた最後のファンタトレジャー、虹色真珠を出してきた。

「おおお、まさかお前がこれを持っていたとは……」

 ジザイが暗闇の中でも激しく光る虹色真珠を見て目を丸くする。

「ああ、そういう約束だったね……」

 安里が前に出てフェルネから虹色真珠を受け取ろうとしたその時だった。

「やはりお前が持ち去っていたのだな、フェルネ!!」

 どこからか野太い声が飛んできて、フェルネのいる方角の後方から巨漢と女、好青年の人物が現れる。ドレッダー海賊団の副司令官グロワーと幹部のシェラールとトラッパーである。

「えっ、どういうこと!?」

 敵側の様子がよくわからない法代はフェルネとグロワーたちを見合わせる。

「ハデス船長からフェルネが宝物庫で何かを探していて持ち去ったと聞かされてやって来たら、お前が虹色真珠を持っていたとはな! しかも己のプライドのためにかけていたというのが驚きだ。ハデス船長に黙って勝手なことをしたお前にはあるんだろうな? 始末される覚悟が!」

「!」

 グロワーがフェルネを始末すると聞いて、安里たちは言葉を失う。

「ちょっと待ってよ。いくらフェルネが勝手なことをしたからって……」

 法代が言うとシェラールが言い返してくる。

「甘いのよ。どんな理由であれ、ハデス船長に従わない者には処刑命令が出ているんだから」

「フェルネの始末が終わったら、君たちをハデス船長の所へ連れて行くからね」

 トラッパーが三人そろっている安里たちに視線を向ける。その時、安里がフェルネの前に立った。

「どういうつもりだ、アンフィリット!?」

 グロワーが訪ねてくると、安里は語りだす。

「フェルネはね、わたしと真剣に戦って何度も負けた汚名を晴らそうとしていたのよ! しかもファンタトレジャーを持ち出してきて、負けたからわたしに渡そうとしてきたのよ! なのに宝を持ち出したからって命を奪わなくたっていいじゃない!」

 安里は自分から見たフェルネがどういう者か評してきてフェルネは心の中で何かが砕けた。地獄の炎のような煮えたぎる欲が薄れて、冷たい水を温める熱に変わっていくのを感じた。安里がフェルネを庇うのを見て比美歌と法代も前に出る。

「どうしてもというのなら、まずわたしたちを倒してからにして!」

「弱っている相手に止めを刺すなんてひどいよ!」

 安里だけでなく比美歌や法代も自分を守ってくれるのを目にして、フェルネの心が揺らいだ。そして目から一筋の涙がこぼれて顔をつたって右拳に当たった。

 カッ、とフェルネの体が赤く光りだし、安里たちやグロワーたちはその眩しさにまぶたを閉ざす。

「うわっ」

 空の雨は次第にやみ、雲の隙間から月が細い姿を現したと同時に、フェルネが新しい姿になっていた。

「フェルネ、あなた……」

 安里はフェルネの姿を見て呟く。

 フェルネは蛇女の姿ではなく、安里たちと同じように二本のスラリとした脚を持ち、瑠璃色の長い髪はハーフアップ、両腕に赤いアームカバー、赤いロングビスチェに黒いひざ下まであるスカートにはスリットが入り、足元は赤いハイヒールパンプス、胸元には金色の鎖に赤い小瓶型ペンダント――チャームが提がっていた。

「フェルネ……、あなたが最後の四人目だったの!?」

 安里が水の妖精の勇士となったフェルネを見て驚く。もちろん比美歌や法代やブリーゼやジザイもまさか敵の一人が仲間になるなんて思ってもいなかった。

「これがわたしだと……!?」

 一番驚いていたのはフェルネ自身で自分が水の妖精の勇士になるなんて信じられなかった。

 その時、海に一人の人物の虚像が映し出される。冷たい目つきの褐色の眼、白いロングジャケット、右手に黒い手袋、両足は黒い長靴、左腕が白銀の金属の義手、頭部には甲殻類の頭部を思わせる白い帽子、こわばった顔にぼさぼさの黒い髪の長身の男の姿である。

「ドレッドハデス船長!!」

 グロワー、シェラール、トラッパーが男の虚像を見てかしこまる。

「ドレッドハデス……!」

 安里が男の虚像を見てハッとなって、怒りが沸くのを感じた。

「あの人が安里ちゃんのお父さんやお母さんやマリーノ王国の住民を水晶に閉じ込めたっていう海賊の船長!?」

「ついにボスのお出ましですか?」

 比美歌も初めて見る敵の船長を目にして安里に尋ね、法代もぐっと身を引く。

『フェルネ、まさかお前が最後の水の妖精の勇士だったとはな……。お前は気性が荒く相手に冷たい性質の持ち主でありながら卑怯を嫌うという海賊には相応しくない感情を持っていた。それが水の妖精の勇士の覚醒のきっかけになるとは、わたしでも思っていなかった。だが水の妖精の勇士になったならば、お前は敵だ、フェルネ』

 ドレッドハデス船長がフェルネに言った。フェルネは内心痛み出すも比美歌と法代が支える。ドレッドハデスは安里に目を向ける。

『マリーノ王国のアンフィリットよ、ミスティシアのマリーノ王国へ来い。ここでお前たちと我々の決着をつけよう。

 グロワー、シェラール、トラッパー。お前たちもテラトゥースに戻れ。ミスティシアへ行くぞ』

「御意」

 グロワー、シェラール、トラッパーがドレッドハデスに従い、ドレッドハデスの虚像は消え、グロワーたちも闇のひずみに入り、基地の戦艦テラトゥースに戻っていった。海賊たちが去ると、ジザイは安里に尋ねてくる。

「どうします、アンフィリットさま。海賊団の船長からああ言われたのなら……」

 安里はフェルネが渡してくれた最後のファンタトレジャー、虹色真珠を手に取って言った。

「行くわ、マリーノ王国へ。こうして四人も集まったんだもの」

 しかしフェルネは浮かない顔をしていた。

「わたしは……、お前たちや人間をひどい目に遭わせてきたのに……。マリーノ王国を救う資格なんて……」

 フェルネが両手で顔を覆うとすると、安里がフェルネの右手を持った。

「もうそんなこと考えないで。フェルネ、どうせなら罪滅しとしてマリーノ王国を救ってほしい」

 安里は笑ってフェルネに言った。

「フェルネさんはもう海賊に戻れないけど、人間や妖精の仲間入りをすればいいじゃないですか」

 法代が前向きにフェルネに言う。

「この戦いが終わったら、わたしたちと一緒に遊んだり学校に行きましょうよ」

 比美歌がフェルネの肩を叩く。安里も比美歌も法代も自分を拒むどころか仲間として受入れてくれた。フェルネの眼から涙がこぼれる。嬉し涙だった。ミスティシアの改海底火山噴火で家族も同族も喪い、ドレッドハデスに拾われて海賊になったフェルネだったが、そこでも彼女の心は虚ろだった。フェルネが本当に欲しかったのは安里たちのような仲間が欲していたということも。

「ありがとう……。わたしはマリーノ王国を救うために戦う!」

 フェルネは意を決した。比美歌と法代がふと思った。

「でもどうやってマリーノ王国に……?」

 比美歌と法代が疑問を抱いていると、安里が持っている虹色真珠をはじめとするファンタトレジャーが光り出して、巾着から出てきて円の形をかたどって渦潮と虹色の光の空間が現れる。

「おおっ、ファンタトレジャーが我々をマリーノ王国へ導いてくれるというのか」

「これをくぐればマリーノ王国のはずれにある〈異界への門〉に着くでしょう」

 ジザイとブリーゼがファンタトレジャーからの導きを見て安里たちに言った。

「みんな行こう。ミスティシアのマリーノ王国へ」

 安里・比美歌・法代・フェルネ・ブリーゼ・ジザイは虹色と渦潮の空間へ入っていく。

 ミスティシアでドレッダー海賊団との決戦が待っている。