1弾・3話 二人目の水の妖精の勇士


 保波市をはじめとする日本の夜は都会は闇夜を照らすネオンが輝き、住宅街ではシンプルな外灯が通行人の帰り道を照らし、家々では夕食や家族団らんにひたるための灯りがついていた。留美の家、メゾン磯貝でも灯りがともされ、留美はジザイと共に家に帰るとダンガリーシャツワンピースとレギンスに着替えて、ブリーゼが作ってくれた夕食の五目チャーハンとわかめ卵スープとシーザーサラダを食べながら、今日の出来事を語った。

「……でね、わたしがグロワーという海賊に追い詰められた時、体の中が熱くなって水の妖精の勇士になって、シデーモという怪物を倒したらこれが出てきて、戦いが終わったら人間の姿に戻って、このペンダントも出てきたのよ」

 留美の話を聞いてカモメ姿のブリーゼは信じられないような表情をした。

「ルミエーラさまがマリーノ王国を取り戻したい気持ちがそうさせたのでしょうか……。あと、シデーモの中に入っていたという、ファンタトレジャーは確かあと、ヒスイサンゴ、コハクコウラ、メノウテングサ、銀ホラ貝、金ホタテ、虹色真珠だったと思います」

 ブリーゼが留美が持ってきたルリヒトデを見て、ファンタトレジャーの記録を思い出す。

「ルミエーラさま、一人じゃファンタトレジャーを取り戻したり海賊を相手にするのは大変でしょうから、お仲間を見つけなされ」

 ウミガメ姿のジザイが留美に告げる。

「えっ!? 仲間!? 今んとこミスティシアの出身者はわたしだけで、ここはヒューマトピアよ? どうやって仲間を探せっていうの!?」

 ジザイの台詞を聞いて留美は戸惑うがジザイは言い続ける。

「心配なさらないでくだされ。ミスティシアの妖精の中には人間界に移り住んで人間と婚姻を交わし子孫を残した者もいます。流石に純血の妖精は無理でも、ハーフやクォーター、そうでなくても四、五代前の祖先が妖精で先祖返りで妖精の力を持つ者も存在するようです」

「でも……、この広い人間の世界に妖精の力を受け継ぐ者なんて……」

 留美は動揺した。妖精だけでも数多くの種族や国籍が存在するのに、人間界も多くの人種や国、宗教もあるから探すのは難儀ではないかと思った。

(いっそのこと、一人で海賊と戦ったり、ファンタトレジャーを集める方が手っ取り早いんじゃないの)

 そして何より自分は秀ですぎたために仲間ができたとしても、いずれその仲間からひがまれるのではと思った。


 次の日は土曜日で学校はお休みだった。もちろんジザイの職場のビル清掃派遣会社も休みなのだが、ジザイはたとえ仕事が休みでも人間の姿になって街中を回って海賊にまつわる情報やヒューマトピアの妖精の手がかりを探しに歩き回っていた。

 ブリーゼは家に残って掃除や洗濯、留美は家で宿題や予習や復習をやるために机に向かっていた。留美の家には冷蔵庫やテレビ、電子レンジやアイロン、炊飯器は買ってあるけど、洗濯機はなかった。決して予算の問題ではなく、マンションから歩いて五分の場所にコインランドリーがあるためマンションに洗濯機を置くより二、三日分の洗濯物をコインランドリーでまとめて洗ったほうが効率が良いとブリーゼが判断したからだった。洗い物は留美の衣服や替えの寝具カバーやタオルぐらいでブリーゼが留美の登校中にコインランドリーに行って洗ってくれていた。ブリーゼが大きめのナイロン素材のバッグを持ってコインランドリーから帰ってくると、居間に入ってからベランダで洗濯ロープや手すりにかけて洗濯バサミで止めて干す。ブリーゼは洗濯物が終わると、次は留美の昼食を作る。

 昼食は豚肉入り野菜炒めと白米ご飯とわかめ豆腐の味噌汁が出来ると、留美とカモメ姿のブリーゼがありつく。昼食が終わるとブリーゼは留美に夕食と明日の朝食の買い出しに行くようにと頼んだ。

「何でわたしが? ブリーゼが行けばいいでしょ?」

「ルミエーラさま、わたくしたち不思議生物は人間に姿を変える時は力を結構使うのです。家にいる時はミスティシアにいる時と同じでいられますが、外に出るとなると人間になって怪しまれないようにせねばならないんですよ。それに……」

 ブリーゼは留美に理由を語った後、付け加える。

「ルミエーラさまは炊事も針仕事もアイロンがけが苦手だからわたくしがやっていますが、お使いぐらいはルミエーラさまでもできましょう。買い物用のカゴに買う物のメモとお金入りの小銭入れが入っています。

 そして何より、お友達が買い物先で出来るでしょうよ」

 ブリーゼは留美にこう説くと、留美は仕方ないように買い物用の籐のカゴバッグを持ち、留美はピンクと白のスニーカーを履いてお使いに出かけていった。

「行ってきまーす」

「いってらっしゃいませ」

 留美はマンションを出て、マンションから一番近いスーパーマーケットへ向かっていった。

 昼の人間の町中は中高生の少年少女が自転車に乗って出かけていったりデートしている若い男女、買い物袋を持って歩く老女、バス停へ向かう杖つきの老人の姿が見られ、道路では大きさも色も異なる自動車が走り、住宅街では家庭菜園や育てた花にジョウロで水を与える主婦、車庫で寝そべっている犬、家の前でなわとびやキャッチボールをする子供たちの様子があった。

 留美の家から歩いて七分ほどある『スーパー丸木屋(まるきや)』。緑色の円の中に丸の字マークに黄色い壁の大きな建物で、駐車場には車が二、三十台泊まり、親子連れや老夫婦、一人暮らしらしい若い女性の客が来ていた。

(買い物はみんなブリーゼがやっていたからなぁ。人間界の買い物なんて、ノートや消しゴムとかの学用品や自販機のジュース、あとは自分の服ぐらいだったから、食糧の買い物は初めてね)

 留美はスーパーを見て呟くと、自動ドアが左右に開き中に入る。自動ドアを初めて見た時は勝手に扉が開くことに驚いたけど、何処の店も自動ドアを使っているのは珍しくもないのだと悟った。他の客たちがたくさん積んであるスーパーの商品を入れる緑のプラスチックのカゴを取るのを見て、留美もカゴを取り、右手にスーパーのカゴ、左手に買い物バッグを持つ。スーパーの中は金属製の棚に箱詰めやビン詰や袋詰めの商品がずらりと並び、洗剤や菓子など棚やコーナーによって分けられ、肉や魚や野菜は冷蔵庫が設置されている棚に置かれ、一部の野菜や肉は白い発泡スチロールにトレイと透明なラップに包装されてその上から値段のシールが貼られていた。

 ミスティシアでは食品はカゴや木箱や樽や焼き物の器に入っていたので衛生上のためこういう風に包まれたのを目にした留美は理解した。

「えーと、買うものはサラダ菜もしくはレタス、青魚二尾、トマト、キュウリ、玉ねぎ、果物二〜三種、牛乳一リットル入り……」

 留美はブリーゼから渡されたメモを見て商品を探しに行く。まず乳製品コーナーで牛乳一リットル入り紙パックを一本、次に鮮魚コーナーでアジを二尾買って白い帽子と割烹着を着たおばさんがビニール袋にアジを入れてくれた。次に果物と野菜を買いに青果コーナーへ行った。バラ売りの野菜を一個ずつ買い物カゴへ入れ、果物を一個ずつ買っていこうと考えた。オレンジ、バナナ、キウイを取ろうとした時、誰かの手と当たった。

「あっ、ごめんなさ……」

 留美と当たった人が謝った。留美はその人物の顔を見て思い出す。

「あ、あなたは……」

「真魚瀬さん?」

 その相手は留美と同じ高校の宇多川歩歌だった。褐色のレイヤーショートに大きな目に卵に目鼻の顔立ち、オリーブグリーンと芥子色の制服姿と違い、白いVネックカーディガンとオレンジ色の小花模様のワンピースを着ていて足元は白いキャンバススニーカーを履いていた。歩歌の左腕にはスーパー丸木の買い物カゴ、右腕には水色のナイロン生地のエコバッグを提げていた。

「あれぇ、真魚瀬さん。このスーパーに来ていたの? 奇遇ねぇ」

「うっ、うん……。お母さんに頼まれてお使いに……」

「わたしもお使いよ。今晩のおかずを買いに来たの。果物を買ったらレジに行くところで」

「わ……わたしもそろそろ精算したいと思ってて……」

 留美はしどろもどろながらも歩歌に返事をした・

「そうだ、真魚瀬さん。一緒にレジに行きましょ。初めてっぽいから場所わかんないでしょ」

「あ、ああ。ありがと……」

 留美は歩歌に連れられてレジに行った。レジ場は何組のものの客が直列に並んでおり、緑色のエプロンと作業服をまとったスーパー店員が商品のバーコードを読み取るボード状の機械で精算しており読み取った商品を白いお買い上げ用のカゴに入れており、ボードの画面に売上金が表示されて客は紙幣や小銭をトレイの上に乗せて払っている。

 留美と歩歌もレジで精算した後、商品をカウンター台に乗せてエコバッグに詰め込んだ。

「ねぇ、真魚瀬さん。ちょっとでいいから休憩しない? 向こうの休憩所でジュースを飲みながら」

「え、でも……」

 留美はためらったがブリーゼの言葉が脳裏に甦ってくる。

『お友達を作りなさい』

「わかったよ。ジュースを飲みながら、ね」

 留美は歩歌に連れられてスーパー内の角にある休憩所へ行った。そこにはプラスチックのベンチが四脚あり、老女や赤ん坊を連れた母親が一休みしていた。ベンチの他には紙くずや缶などに分別されているゴミ箱が五種類あり、ジュースやコーヒーなどを売っている自動販売機が二台あって歩歌はテトラパックのヨーグルトドリンク、留美はペットボトルのミネラルウォーターを買った。

「まさか学校以外の場所で真魚瀬さんに会うなんて思ってもいなかったよ」

「そ、そうだね」

「真魚瀬さん、好きな音楽とかアーティストっている?」

「え? それはその……。まだ日本の歌手には詳しくないんだ……」

 人間界に来てからは、人間界での言葉や常識、法律や暮らし方に慣れるのが精一杯でテレビで音楽番組を見たり音楽店で視聴しているけど人気の歌手名や歌までは疎かったのだ。

「わたしね、MOE(モエ)って歌手が一番好きなんだ。デビュー二年目に発売されたシングル『歌姫の憂鬱』がミリオンセラーになってね、わたしも歌手になりたいんだ」

「そ、そうなんだ」

 留美は歩歌の話を聞いて相槌を打つ。

「中学校の時は勉強や家事で歌手のオーディションを受けられなかったけれど、高校に入ったら受けるって決めたんだ。お父さんとの約束で」

「お、お父さんだけ? お母さんは?」

 歩歌が「お父さん」しか言わなかったので留美は思わず歩歌の母のことを聞いてしまう。

「わたし、お母さんが七歳の時に急病で亡くなっちゃって、お父さんと二人だけなんだ。兄弟もいないし」

「え……」

 留美は歩歌の家庭状況を聞いて黙りこくる。悪気はなかったとはいえ、気まずかった。

「ご、ごめんなさい。ひどいこと言っちゃって……」

「気にしなくていいよ。真魚瀬にはお父さんもお母さんもいるみたいだけど」

「うん。心配性だけどね」

 といっても留美の人間界での両親は留美の本当の両親に仕えていた不思議生物の仮の姿で本当の両親はミスティシアでドレッダー海賊団によって万年水晶の中に閉じ込められているのだが黙っておいた。

「あ、そうだ。真魚瀬さん、もし良かったら明日の昼の一時半にストリートミュージシャンのライブが保波駅で行われるから見に行かない? 気にいるかどうかわからないけど」

 歩歌が明日のイベントに誘いを持ちかけてきた。留美は少しためらうも歩歌の誘いに断ったら後でブリーゼがうるさく説教してくると思ってOKした。

「わかったよ。昼の一時半の保波駅前ね」

 

 留美はメゾン磯貝に帰ると買い物の品をブリーゼに渡し、更に同じクラスの歩歌にストリートミュージシャンのライブに誘われたことを話すと、ブリーゼは大いに喜んだ。

「良かったではないですか、ルミエーラさま。お友達からお誘いがあったなんて……」

「友達、っても同じ学校のクラスメイトだよ。とにかく明日、昼一時半のストリートミュージシャンのライブに行ってみるよ」


 次の日は日曜日でこの日も晴天だった。留美は昼食を終えるとメゾン磯貝を出てストリートミュージシャンのライブが行われる保波駅前の広場へ出かけていった。保波駅は何度か来ていて、また近隣の町へ行くために電車も利用したこともあるから大丈夫だった。

 保波駅は白い駅ビルの中に改札口とホーム、駅ビルの中にはファーストフードなどの飲食店やキオスク、駅の周辺にもファッションビルやパチンコ店、ビルの中にもレストランやケーキ屋が設けられたものもあり、駅前広場は北口を出て階段を昇った所にあった。広場の下はタクシー乗り場やバス停車場で、行き先の異なるバスやタクシーが何台も待機されていて、バス停は老若男女問わずの客はバスが来るのを待っている。広場は赤茶色のレンガブロックの床に木と金属のベンチが並び、シンプルな街灯も設置されていた。

「あっ、真魚瀬さん。来てくれたんだ」

 留美が階段を昇ると広場に歩歌が立っていた。他にも十代、二十代の男女が二十人ほども来ていて、ストリートミュージシャンのライブを見に来ていた。留美は昨日白と青のピンストライプのシャツワンピースで今日は白いネルシャツと紫のワンピースの姿で、歩歌は桜色のフリル付きのカーディガンに白いキャミソールワンピースとベージュの花柄ソックスと白いキャンバススニーカーで手には花柄のトートバッグを提げている。

「ライブを見に来た人たちって思ってたより少ないね」

「プロ志望の人がひと駅ごとに渡っているんだよ。小さいことからコツコツとだよ。あっ、始まるよ」

 すると広場の中心に二人組の青年が現れて、一人は赤い盾のようなギターで黒い革ジャンとカーゴパンツで髪を肩まで伸ばし、もう一人は白い板のようなベースを持ち短い髪を逆立て眼は黒いサングラスをかけ灰色のジャケットと黒いパンツのスタイルである。

「どーも、ライブに来てくれた皆さん。初めまして。『OVERFLOW(オーバーフロウ)』でーす。

 おれたちはプロデビューを目指して町から町へと渡り歩いています。まずは第一曲目、『DEEP SEA MELODY(ディープシー・メロディ)』をお聞きください」

 長髪の青年がマイクを持って来客者にあいさつし、青年二人の脇にある小型スピーカーからギターとベースの演奏による音色が鳴り出す。OVERFLOW(オーバーフロウ)の二人はマイクをスタンドにかけて歌を唄う。


 暗く凍てついた深海から海の歌姫の声が聞こえてくる

 高く響く麗しのメロディ 妖しくも切なく甘い歌姫の歌声


 これは何の前触れか 災いの始まりか 耳を研ぎ澄ませ さぁ聞こう

 

 DEEP SEA MELODY すべての海に響かせよう

 DEEP SEA SEIREN すべての生命に安らぎを


 歩歌も他の見物人もOVERFLOW(オーバーフロウ)の歌に耳を傾ける。

(この子は本当に音楽が好きなんだな……)

 素人とはいえミュージシャンの歌を聴く歩歌を見て留美は思った、その時、胸のあたりが熱くなり、留美の首に下げているチャームペンダントがほのかに光っているのを目にした。

(チャームが光っているのは何故?)

 不思議に思ったが留美にはわからなかった。の一曲目の演奏が終わると、見物人たちはパチパチと拍手をした。

「思っていたよりすげー」

「いい歌だったよ!!」

 二人は見物人の評価が良かったことを目にすると、互いの顔を見合わせて次の曲も披露することにした。

「みんなー、ありがとうっ!! そんじゃあ二曲目も続けていくよ!」

 OVERFLOW(オーバーフロウ)が二曲目の演奏を開始しようとしたその時だった。現場に突風が吹き、更に黄褐色の砂粒も飛んできたのだった。

「うわっ!」

「なんで町中に砂嵐が!?」

 広場に来ていた見物人も歩歌も駅へ向かおうとしている通行人も砂嵐の出現に驚いた。砂嵐が止むと周囲は何と黄褐色の砂まみれになっており、更に黄褐色の甲殻に覆われた怪人、そして上半分は人間の女と変わらないが腰から下が黒い鱗と赤い蛇腹の女が現れたのだ。

「ばっ、化け物ー!!」

 見物人もOVERFLOW(オーバーフロウも広場に来ていた通行人も怪人と蛇女を見て逃げ出した。しかし留美だけはドレッドハデスの手先だとわかって留まった。

「あなたはドレッダー海賊団の……」

「そうだ。わたしはハデス船長に仕えるフェルネ」

 蛇女は留美に言った。蛇女ことフェルネは長い紫紺の髪を垂らし、赤いビスチェと赤い袖、腰には朱色の腰ストール、黒と赤の蛇の下半身に対して肌が真珠のように白くて切れ長の眼は炎のように赤い。

「ブククク」

 フェルネと共にいる怪人は黄褐色の外殻の他、両手にハサミ、頭部に日本の長い触角と突き出た眼を持っていてエビかカニのようだった。

「わたしを捕らえに来たのね」

「ああ。水の妖精の勇士はいずれハデス船長を倒す運命を担っているからな。そこでハデス船長がシデーモを送り込んできた。わたしはお前の戦いぶりを船長に報告する立場でね。いけ、シデーモ」

 フェルネはシデーモに命令して留美を襲うように命じる。留美は胸元のチャームを手で掴むと祈りを唱える。

「チャームよ、わたしを勇士に変えて……」

 するとチャームが淡い紫の光を発し、留美は髪の毛が茶色のセミロングウェーブが背中を覆うほどの深いピンク色のロングウェーブに変わり、眼が茶色から紫に変わり、衣装も紫色のフィッシュテールのドレスと編み上げパンプスの姿に変わる。

「ほぉう……。これが水の妖精の勇士としての姿か……」

 フェルネは留美の勇士姿を見て感心する。するとシデーモが留美いや今は勇士ルミエーラの元に突撃していってハサミでルミエーラを斬りつけようとしてきた。ルミエーラはシデーモのハサミを両手で掴んで押し出した。ルミエーラに押し出されたシデーモは突起状の口から泡沫を出してきてルミエーラの視界を塞いだ。

「うっ……。こんなんじゃどこにいるかわからない!」

 ルミエーラが白濁の泡に囲まれていると、脇からシデーモのハサミが現れてルミエーラはその気配を素早く察して避ける。

(今回のシデーモは手ごわいわね……。でも、一人で戦って勝ってみせる!)

 そう悟ったルミエーラは水の玉をいくつも集めてマーメイド・アクアスマッシュをシデーモに向けて撃ち放った。


 OVERFLOWや広場に来ていた人たち、歩歌は広場から離れて駅のエントランスにいたが広場はまた砂嵐に包まれており、バスもタクシーも動かせない状態に陥っていた。

「いつになったら止むんだよ、この砂嵐。せっかくの十五回目のライブが台無しじゃないか」

「でも危険だしなぁ」

 OVERFLOWの二人は砂嵐を見て呟き愚痴った。歩歌は駅内に避難している人々の中に留美の姿がないことに気づいた。

(真魚瀬さん、もしかしてあの砂嵐の中に取り残されたんじゃ……!?)

 歩歌は留美が砂嵐にとらわれていることを想像して身の危険も顧みずに階段を駆け上がって砂嵐の中に入っていった。


 ルミエーラはマーメイド・アクアスマッシュを何度もシデーモに向けて撃ち放ったが、シデーモは堅い甲殻に覆われているためびくともしなかった。

「うう、何て頑丈なの……」

 同じ攻撃を何度も繰り返しているためルミエーラはバテてきていた。

「今のうちに捕まえておけ、シデーモ」

 フェルネの命令でシデーモが前に進んでくる。もうダメか、とルミエーラが思ったその時だった。

「真魚瀬さ〜ん」

 砂嵐の向こう側から聞こえてくる声でルミエーラもフェルネもシデーモも耳を傾ける。すると砂嵐の中から歩歌が現れたのだ。

「う、宇多川さん!?」

 ルミエーラは歩歌を見て叫んだ。フェルネも人間がどうしてここに現れたのか不思議に思ったが制止していた。

「歌川さん!? どうしてここに……」

 ルミエーラが歩歌の体を支える。歩歌は留美の今の姿を見て目を丸くしたが、留美が見つかったことに安堵していた。

「良かった、真魚瀬さん。無事だったのね……」

「宇多川さん……。危ないのに、わたしを探しに来てくれるなんて……」

 その時だった。ルミエーラの胸元のチャームが紫の光を発し、更に歩歌の体が純白の光を発したのだった。その眩しさのあまりフェルネもシデーモも目をそらしたが、純白の光が弾けると、ルミエーラの前には姿を変えた歩歌が立っていたのだ。

歩歌の髪がオレンジ色の外巻きショートヘアに変わり、眼もマリンブルーに変化、頭部に白い翼型のフリルのついた青いヘアバンド、白い手甲出しのアームカバー、白いタイトワンピースは袖なしで青いト音記号と五線譜があしらっており、青いグラディエーターサンダル、背には青みが入った白い羽毛の翼を生やしていた。

「宇多川さんが水の妖精の勇士!?」

 ルミエーラは歩歌の変身を見て仰天する。

「わたし、どうなっちゃったのよ!?」

 歩歌も自身の姿を見て驚き、フェルネも二人目の水の妖精の勇士の誕生を目にするもシデーモに命令した。

「まさか水の妖精の勇士が他にもいたとはな。シデーモ、お前は白いのをやれ。わたしはルミエーラを」

「ブククク」

 シデーモは歩歌に向かって突進してきた。

「ハッ!?」

 歩歌は敵の存在に気づくも、背中の翼が羽ばたいて宙に浮く。宙に浮いたというより軽く飛んでいる歩歌はやすやすとシデーモの突進を避け、シデーモはベンチにぶつかって転ぶ。

「ルミエーラ、わたしが相手だよ」

 ルミエーラの前にフェルネが現れ、ルミエーラは構える。フェルネは口から炎の玉を出し、ルミエーラのスカートの裾に火が付いた。

「やだっ、火が……!」

 ルミエーラは急いで小さな水の玉を出してスカートに付いた火を消した。するとフェルネの蛇尾がルミエーラに向けて強くはたく。ルミエーラは地面に倒れるところを見てフェルネがさっきよりも大きな火を吐こうとした時、ルミエーラは一掴みの砂を見つけて掴んでフェルネの目に投げつけた。フェルネは視界を阻まれ、両手で目を押えているところでルミエーラはマーメイド・アクアスマッシュよりも強い技を出すための呪文を唱える。

「悪しき深海の闇よ、この光を導くルミエーラが清き光で浄化する。

 マーメイド・スプラッシュトルネード!!」

 ルミエーラの両掌から光を帯びた水の竜巻が出てきてフェルネを押し出してフェルネは壁に当たってよろける。

「おのれ、ルミエーラ……」

 フェルネは口から炎を吐こうとしたがむせて咳が出た。

「くそっ、体が水浸しで炎が出なくなったか……」

 ルミエーラは弱っているフェルネから歩歌に視線を変える。歩歌はシデーモのハサミを避けつつも、防御する形で戦っていた。

「宇多川さん、水の妖精の勇士になったら自分が使いたい技を思い浮かべて使うのよ!」

 ルミエーラは歩歌に向かって叫ぶと、歩歌はルミエーラにさとされて自分の使いたい技を思い浮かべて発動させる。

(わたしが使いたい? どうせなら……)

 歩歌は深呼吸をすると口を開けてシデーモに向けて叫ぶ。

「セイレーン・ビューティーサウンド!!」

 歩歌の発すること同時に四分音符や八分音符などの形がエネルギーとして発せられて、シデーモの体に当たって弾けてシデーモの外殻にヒビが入る。

「音攻撃でシデーモの甲殻にヒビが……。このシデーモは水や砂の攻撃には耐えられるけど、音あたりには弱いのか……」

 歩歌の攻撃にダメージを受けるシデーモを見てルミエーラは呟く。シデーモは体に亀裂が入り弱っているところで歩歌の頭の中にセイレーン・ビューティーサウンドよりも強い技を発動させるための呪文が流れてくる。

「荒みし深海の虚無よ、この音色を導くセイレーンが麗しき音で浄化する。

 セイレーン・フォルテッシモシンフォニー!!」

 すると歩歌の口から声と音波が同時に発せられて、シデーモは音波に浴びせられてシデーモは断末魔を上げて四分音符や六分音符などの音符の群れに包まれて黄褐色の砂となって散り、後には小さな黄色い欠片が残って歩歌の足元に落ちたのだった。

「ルミエーラだけでなく二人目も出現したことをハデス船長に報せなければ……。覚えていろ」

 フェルネは闇のひずみを出してそこに入って姿を消した。シデーモを倒した影響か砂嵐もおさまり、広場に散っていた黄褐色の砂も消え、青い空と白い雲と白光の太陽、そして広場を囲むビルが見えるようになったのだった。

「真魚瀬さん、わたしどうしちゃったの!?」

 歩歌が自分の変わりぶりを見てルミエーラに尋ねてくる。歩歌が困っていると、彼女は白い光に包まれ、歩歌はカーディガンとワンピースの服装に戻り、歩歌の胸元には金色の鎖に小瓶型のペンダントがぶら下がり、二枚貝と波型の白い紋章が刻まれていた。ルミエーラもペンダントを握ると紫の光に包まれ、ネルシャツと紫のワンピース姿の真魚瀬留美に戻った。変身したかと思ったら元に戻ったのを目にして歩歌はまた驚く。

「宇多川さん、ちょっと話を聞いてくれない……?」

 留美は歩歌に語りだした。


 所変わってドレッダー海賊団の戦艦は岩とサンゴと海藻がいくつもある北太平洋の海底に停泊させていた。

 戦艦内の司令室ではフェルネが玉座に座るドレッドハデスに頭(こうべ)を垂れていた。

「二人目の水の妖精の勇士が出現したのか……」

「はい、これは予想外でして……」

「いや二人になったからとて、水の妖精の勇士はまだ未熟。叩き潰すチャンスはまだあるからな」

 そう言ってハデス船長はフェルネに下がるように命じた。

 廊下を這いずるように歩いているフェルネは自分を一時的に弱らせたルミエーラに今度こそ勝ってみせると忠誠にかけて誓ったのだった。


 留美は歩歌を広場の端の方へ連れて、自分の素性と水の妖精の勇士のことを話した。その話を聞いて歩歌は先ほどの自分の変化の理由を聞いて、半ば納得した。

「真魚瀬さんが妖精の世界にある人魚の国の出身で、海賊によって水晶に閉じ込められた住民を元に戻すために戦士になって、国を取り戻す宝を集めていて、予言による仲間の一人がわたしだった?」

「まぁ、信じてくれないのも難しいよね。でも首にさがっているペンダントが何よりの証拠だし」

 留美は歩歌の首にさがっているペンダントに目をやり、歩歌に教える。

「それで宇多川さんが人間でありながら水の妖精の勇士になれたのは、宇多川さんの家族、もしくは先祖が歌妖精セイレーンで、宇多川さんは世代を隔てて覚醒したんだと思う」

 留美の話を聞いて歩歌は不思議ながらも聞いてくれていた。

「もし真魚瀬さんの言っていることが確かなら、わたしは妖精になれたのもうなずけるよ。あと、真魚瀬さんが海賊と戦っていて、真魚瀬さんの国を取り戻す宝を集めているのなら協力してあげるよ」

 歩歌が申し出たのにもかかわらず留美は歩歌に言った。

「宇多川さん、あなたのことは友達ではないし、同じ学校の同級生で海賊と戦うための同士。海賊と戦う以外はあまり親しくしてほしくないの」

 留美はこれからとしての行動を歩歌に告げた。

「それじゃあ、わたしはこれで……」

 留美はきびすを返して自分の家へ帰っていく。歩歌は立ったままだったが留美の背中が寂しそうに見えた。