安里たちが林間学校を終えてから二日経った月曜日。梅雨の季節は終わり、空気は暑くなって太陽が照り、青い空には大きな雲がいくつも浮かんでいた。 三階建ての第一校舎に二階建ての第二校舎と体育館と校庭のある保波高校では、男子は白い半袖シャツとオリーブグリーンのスラックスを着て、女子は白いセーラーシャツとオリーブグリーンの金ボタンベストと芥子色のボックスプリーツスカートを着て通学していた。住んでいる地域によって徒歩だったり自転車だったり、保波市以外の町から電車で通っていたりと人それぞれに登校していた。 安里と比美歌もバスに乗って保波高校に通学していた。 「おはよー」 「おーっす」 生徒たちは同級生や教師に挨拶をし、各々の教室に入っていく。安里も一年D組の教室に入り、真ん中あたりの自分の席に座る。 「安里ちゃん、おはよー」 「おはよー、比美歌ちゃん」 安里は先に教室に来ていた比美歌と郁子に挨拶する。生徒が全員集まった頃には朝HR開始のチャイムが鳴り、担任の江口吉夫先生が教室に入ってくる。 「起立、礼、おはようございます」 委員長の深沢くんの号令でHRが始まった。 「みんな、おとといの林間学校は楽しく過ごせたか? 林間学校の後はシビアだが、二週間後の一学期期末試験の勉強期間に入る」 それを聞いて一年D組の生徒は沈黙する。 「試験で規定の点数を採らないと夏休みを楽しく送ることが出来ないからな。従って、試験勉強の期間にはしっかり励むように」 クラス全員に期末テストの範囲と当日のプリントが配られて、HRの後はみんなざわついた。 「試験かー……。やりたくないけど、追試と補修は受けたくないからなー」 「わたし、この教科はともかく、数学は苦手なのよ〜」 次の授業が始まるまでどうやって勉強しようか話し合っていた。 「ねぇ、休みの日に勉強教えてくれる、安里ちゃん」 郁子が安里に尋ねてくる。 「うん、いいよ。でもどこでやる?」 「来週の日曜日、お父さん昼から夜の九時まで仕事に行っているから、わたしの家でやらない?」 比美歌が申し出てきた。 期末試験勉強が始まってから安里は食事と睡眠とテレビ視聴と入浴を除いては一教科一時間ずつ三時間の勉強を行(おこな)った。期末試験は国数英理社の他にも保健体育、技術家庭、音楽芸術の科目もある。しかし試験は全部筆記試験なので安里にはどうってこともなかった。安里は料理も裁縫も苦手だが、筆記となるとそうでもなかった。 安里たちの学校で一学期期末試験の勉強期間が始まってから四日経った日の夜。保波市のある公園で四人の高校生位の青年たちがたむろっていた。外灯が暗闇をほのかに照らす中、ベンチや滑り台などの遊具のある公園でタバコを吸っていたり未成年だというのに酒を飲んでいたりと過ごしていた。 「それで近所に住んでいる親父がよォー」 「それからどうなったんで?」 昼間は幼子を連れた母親や散歩に来た老人、また管理人もいるため、夜に来て公園でたむろっている青年たちは真夜中に近い時刻にも関わらず大声を出したりしゃべったり笑ったりしていた。 「あれ? 何だ?」 一人の青年が砂場が少し凹んだのを目にして仲間に伝えるが、他の面々は気にしてなかった。しばらくすると、また凹みが二つも出てきたため、気づいた青年が何かがおかしいと仲間の肩を揺すった。 「目の錯覚じゃないって。本当に砂場の砂が凹んで……」 「お前、一度目医者に行ったほうがいいんじゃね……」 と、仲間たちが砂場を目にしたその時だった。すると今度は砂場の砂が小山ほどに盛り上がり、それが次第に大きくなって、中から一体の人間と同じ大きさの石人形が出てきて、二つの目を赤く光らせてきたのだ。 「うわああーっ!!」 青年たちはそれを見て一目散に逃げだしたのだった。 次の日、安里が教室に入ってくると、同級生の何人かが話し合っていた。てっきり勉強の進み具合かと思っていたが、全く別の話だった。 「知っているか? 本町二丁目の公園でお化けが出たんだってさ」 「ああ、そこの不良たちがたむろっていた場所でしょ? 不良たちが化け物を目にして騒いでいたって」 「不良たちのふざけかいたずらかと思っていたけど、本人たちは嘘じゃない、って言っていたよね」 (石のお化け……?) それを聞いて安里は首をかしげる。 その時、チャイムが鳴り江口先生も入ってきたので、生徒たちは着席した。 「みんな本町二丁目でお化けが出たという情報が入ったが、作り話かどうかわからん。変な噂に惑わされずに勉強に励むように」 朝のHRで江口先生はみんなに注意を述べた。 三時間目の体育の時間。一年D組は走り幅跳びを行うことになって、一人ずつどれだけジャンプしたかの記録を先生が測っていた。生徒たちは白い体操着にオリーブグリーンのハーフパンツを着て体育の授業を受けていた。これから受ける生徒ややり終えた生徒は体育座りをして、幅跳びの砂場の近くで幅跳びを行う生徒の様子を見学していた。 「次、神奈」 「はい」 神奈瑞仁が呼ばれて立ち上がって、砂場から数十メートル離れたスタート地点に移動して先生のホイッスルで駆け出していく。 「神奈くん、高く跳びそうな気がするね」 「バスケット部だからジャンプ力あるよ」 安里の近くに座る女子二人が神奈くんの様子を見ていると、安里は砂場が人間の頭一つ程の大きさに盛り上がっていくのを目にして思わず叫んだ。 「跳んじゃだめ!!」 「えっ!?」 安里の声で神奈くん神奈くんは踏切の線で足を止め、ザッと砂が散った。 「うわっ!!」 砂は神奈くんや先生、前方の生徒にかかり、一瞬静かになったかと思うと、砂の突起はいつの間にかなくなっていた。 (今のは……) 見間違いではなかった。安里は砂の突起に生命の気配を感じ取っていた。 昼休みに入り、安里はいつものように比美歌と郁子と教室の一角で昼食を採り、体育の授業で起きたことはただ事ではない、とサンドイッチをかじりながら思い出していた。 (あれはミスティシアの者の仕業? それとも人間界(ヒューマトピア)出身の怪物?) いずれにしろ、怪しい予感が安里の身に伝わる。安里は別の席に座る神奈くんを見て、神奈くんは他の男子と共に弁当を食べているのと笑っているのを目にして安心した。 体育の授業で神奈くんは安里の声で驚いてつまづくも、ケガはしていなかったので安心した。神奈くんも体育の先生も他のクラスメイトも安里が叫んだのは突発的にやってしまったものだろうと思って何も言ってこなかった。 日曜日、安里と郁子は比美歌の家で勉強会をやることになり、夜になるまで比美歌の父が帰ってこないので、教科書と問題集を広げて居間で勉強をした。 比美歌の家は磯貝三丁目の団地区にあり、比美歌と父は三階の一角で暮らしていた。比美歌の母は七歳の時に急病で亡くなり、仏壇には比美歌によく似た面影の女性の写真が置かれていた。 安里と比美歌と郁子は試験に出そうな範囲の問題や箇所を学習し、時間が経つと休憩して比美歌が台所に行って紅茶とクッキーを出してくれた。 「このクッキー、おいしー。どこで買ったの?」 「お父さんの会社の上司の旅行のお土産。北海道に行ってたから」 郁子がクッキーを食べて比美歌に尋ねてきた。安里もクッキーをかじり紅茶を飲んだ。最初に現代文と古典、次に英語、次に数学の勉強をしていると、郁子の携帯電話が鳴った。 「あ、はい。もしもし」 郁子がトートバッグからピンクの携帯電話を取り出して開くと通話に出る。通話が終わると、安里と比美歌に言ってきた。 「お父さんとお母さんが急に出かけることになったから、留守番しなくちゃいけなくなった。悪いけど帰らせて」 「うん、それじゃあね」 比美歌が郁子を見送ると、室内に居るのは安里と比美歌だけになった。 「郁子ちゃんの家に急な用が出来たのは仕方ないよね。あのさ、比美歌ちゃん……」 安里は比美歌に先週の木曜日の体育の授業に起きたことを話してきた。 「走り幅跳びの測定の時に砂場が盛り上がって散ったのを……」 それを聞いて比美歌の顔つきが変わる。いつもの友達に向けている優しい表情から深刻な時の無表情に。 「わたしね、感じたのよ。人間と妖精以外の気配を……。比美歌ちゃんも感じ取れたでしょ?」 安里の話を聞いて比美歌も軽く頷いた。 「うん。砂場の下あたりに……。ドレッダー海賊団のような輩のようなもの? それとも別の何かか……」 比美歌は父は人間だが亡くなった母はミスティシアの歌妖精セイレーンである。そのため比美歌の歌唱力の高さと妖精としての能力は母からの遺伝であった。 「また戦う事になるのかしら……」 そう言って比美歌は首にかけられていた金の鎖付きのペンダントトップを胸元から出す。小瓶の形をしており、波と白波貝の紋章が入ったペンダントトップは水の妖精の勇士、アクアティックファイターになるための道具で、普段は勇士としての力はペンダントの中に収められている。 安里もペンダントトップを出して、アクアティックファイターになったことを思い出す。 ドレッダー海賊団によってマリーノ王国を奪われた上、国民全員を人質にとられた安里はお供となる不思議生物ブリーゼとジザイとマリーノ王国から亡命して人間界に着いて日本の保波市に住むことになった後、ドレッダー海賊団の幹部に襲われた時にマリーノ王国を取り戻す気持ちがチャームとなって、安里はアクアティックファイターとなった。 「……大丈夫よ。わたしも比美歌ちゃんも法代ちゃんも、マリーノ王国にいるけどフェルネだって、勇士なんだから」 安里は自信を持って比美歌に言った。 夕方になって安里は一人で帰宅し、『メゾン磯貝』へ帰っていった。夕方の保波市の空は日暮れが遅く、空は紫と朱色が混じっており日は西に赤く傾き、家やマンションに灯りがつき、自転車に乗って家に帰る小中学生や買い物へ行く主婦、日曜出勤の仕事から帰ってきた若者や大人たちの姿が見られた。 「ただいまー」 安里は『メゾン磯貝』の二〇一号室の玄関ドアを開けて室内に入る。玄関から見て左のドアの部屋は居間であり、ブリーゼが洗濯物を畳んでおり、ジザイも夕方のテレビニュースを観ていた。 「ただいま、ブリーゼ、ジザイ」 安里は帰ってきたことをブリーゼとジザイに伝える。 「お帰りなさい、ルミエーラ様。勉強会はどうでしたか?」 ブリーゼはカモメの姿でハンドタオルや安里の服を翼で器用に折っていた。 「ああ、途中で郁子ちゃん、帰っていったよ。あと、それから……」 安里は比美歌の家での出来事を話す。 「先週の木曜日、わたしの通う学校で体育の授業中に砂場の砂が盛り上がって騒ぎになったこと。わたしの他にも比美歌ちゃんも生命反応を感じ取っていたって」 それを聞いてブリーゼとテレビを見ていたジザイが聞く。 「ルミエーラ様が林間学校に行っている間に、わたくしはマリーノ王国に帰国していて、ムース伯爵から呼び出しの話を聞きに行って参りました。これから人間界で災厄が起こるだろう、という予兆です」 ジザイが安里にマリーノ王国に一時帰国していた時のことを話す。 「災厄? 人間界で? どんな者が?」 安里が尋ねると、ジザイは首を横に振る。 「どんな者まではか、わかりませぬ。しかし、普段の行いに取り組むだけでなく、油断をしてはいけない、ということでしょう」 それを聞いて安里はジザイの言葉を守って思うと決めた。 それからして一週間が経ち、保波高校で期末テストが行われた。テストは三日間で一日三教科ずる午前中に行われ、三日目で終わると、生徒たちは肩の荷が降りたように安らいだ。テストの最終日からはクラブ活動が再開され、その日のクラブに出る生徒たちは弁当を持ってきて午後からのクラブ活動に参加していた。 安里は比美歌と郁子と共に帰宅し、安里は家に帰ると、保波高校の制服から普段用のラベンダーのポロシャツとベージュのハーフパンツに着替えて、ブリーゼの作ってくれた昼食を食べた。梅雨の湿って蒸し暑い季節が過ぎるとカラッとした暑さが始まったので、主にあっさりした味付けのおかずが作られることが多かった。 「期末テストはどうでしたか」 「難易だったかもしれないけど、わたしにとってはそうじゃなかたな」 安里は期末テストの感想を述べる。安里は人間の学校に通うまではマリーノ王国内の大学の一年生だった。人間でいうとこの一五歳で大学生で、高校一年生の勉強は一二、三歳で解けるくらいだった。 「ルミエーラ様、夕方になったら食糧の買い出しに行ってくれませんかね。折角テストが終わったところで悪いのですが」 ブリーゼが安里に用事を頼んできたので、安里は「はーい」と返事をした。料理も裁縫も掃除もアイロンがけも苦手な安里だが、買い物ぐらいが出来る家事だった。 夕方になって気温が和らぐ頃、安里は買い物バッグを持って、『スーパー丸木屋』へ向かっていった。家から歩いて七分ほどある『スーパー丸木屋(まるきや)』。緑色の円の中に丸の字マークに黄色い壁の大きな建物で、駐車場には車が二、三十台泊まり、親子連れや老夫婦、一人暮らしらしい若い女性、サラリーマンといった人たちが来ており、夕方の今は混んでいる上に騒がしかった。 「ええーと、牛乳、トマト、レタス、それから……」 安里は出入り口で積まれているスーパーのプラスチックかごを取ってブリーゼが渡してきたメモを見て買う物を探す。スーパーの中は金属製の棚に箱詰めやビン詰や袋詰めの商品がずらりと並び、洗剤や菓子など棚やコーナーによって分けられ、肉や魚や野菜は冷蔵庫が設置されている棚に置かれ、一部の野菜や肉は白い発泡スチロールにトレイと透明なラップに包装されてその上から値段のシールが貼られていた。お菓子コーナーに至っては幼稚園や小学校三年生までの子が親にせがんでいる様子が目に入った。安里が野菜売り場でレタスを取ろうとしたところ、一人の女の子と出会った。 「あっ、安里さん、久しぶりー」 安里より低い背に長い黒髪に緑と白のラグランTシャツと青いデニムスカート姿の根谷法代(ねや・のりよ)であった。 「と、法代ちゃんもここに来てたの?」 「はい。調味料がなくなったので買い出しに頼まれて果物も買おうとしたら安里さん見つけて……」 「あ、そうなんだ……」 あまりにも奇遇であった。会計を終わらせると途中まで法代と帰り道を歩いた。 「学校や公園の砂場が盛り上がってすぐ散る事件ですか……。七月に入ってから、わたしの通う小学校でもありましたねぇ」 法代は安里から二週間前から起きている妙な事件のことを聞くと、自分の通う学校でも似たようなことがあったと答えた。 「ドレッダー海賊団みたいな悪い妖精の仕業なんでしょうかねぇ」 「……それは、わたしでもわからない。誰が何のために、こんな事件を起こしているのかは」 安里は法代に言いながら、これから起きることに抱いておくようにと伝える。 「あ、そうだ。安里さん。明日は七夕でお話の中の乙姫と彦星をあらわす星が最も輝く日なんですよ。あと、学校で一人一枚ずつ短冊が配られて願い事を一つだけ書いて笹に飾るのをやりましてねぇ」 「七夕ねぇ。ミスティシアでも星空を司る夜神を称える祭りがあったけど」 安里は人間界に来てから、人間は国や宗教や地域によって祭りや祝い事を催すことを知り、そのいくつかがミスティシアの祝祭と似ていることを学んだ。 「今なら隣町のアウトレットモールに行けば、短冊に願い事が書けますよ?」 「え、ああ。じゃあ、案内してもらおうかな。あと比美歌ちゃんと郁子ちゃんも誘って」 そんな訳で安里は法代の案内でアウトレットモールの短冊の願い事をしに行くことになった。 次の日は休日で安里は夕べのうちに比美歌と郁子の家に電話して隣町のアウトレットモールのお出かけを誘った。 安里と比美歌と郁子と法代は保波駅に集まって、駅のアウトレットモール行きのバスに乗り込んだ。バスの中は休日の為かそこへ行く若い女性やカップル、親子などがいて満席だったので、安里たちは立つことになった。 ビルの並ぶ街並みから住宅街、町外れの広い敷地のある場所にアウトレットモールがあった。横に一列、衣服や靴、アクセサリーなどの店が並び、建物も西洋風の美しい造りで、カラフルなタイルの通路、モダンな外灯、店員たちも客もおしゃれであった。 安里たちも普段よりめかしこんでおり、青い空の見える通りを歩く。 「あっ、あれです。ほら、笹があった」 法代が歩いて通りの中心に笹がいくつも立てられ、更に輪飾りや星やくす玉などの紙細工で施され、赤や黄色や青などの短冊が笹の枝に結ばれていた。 「へぇ、こんなにあるわ。『水泳大会で優勝できますように』『誕生日プレゼントはドレスが欲しい』『引越しした友達に会いたい』……。願い事も色々なのね〜」 比美歌が短冊に書かれた願い事の種類を見て呟く。笹の近くには糸を通した短冊とサインペンの入った箱が台の上に置かれており、小中学生の子や若い男女が願い事を書いて笹の枝に吊るしていた。 「じゃあ、わたしも書こう、っと」 郁子が水色の短冊を取ってサインペンで願い事を書いた。 「それじゃあ、わたしも」 比美歌もクリーム色の短冊を取って願い事を書いた。法代も緑色の短冊を手に取り、願い事を書く。 「願い事、かぁ……」 安里は淡い紫色の短冊に何の願い事を書こうか考えた。友達は出来た。マリーノ王国も取り戻した。今の人間界の学校に通って何かの経験を受ける。これらの願いはみな叶っている。 (わたしには欲しいものや夢なんて、ないのかなー……) そう思った時だった。 「うわーっ!!」 アウトレットモール内で男の悲鳴が出てきたので、何かと思って振り向くと、何とアウトレットモール内の服や靴やらバッグが集まってきて、怪物に姿を変えたのだ。そして人々を客店員問わず襲いかかってきたのだ。 「キャーッ」 「助けてくれーっ!!」 アウトレットモールは大騒ぎになり、安里たちはこの光景に唖然とした。 「これは……どう見ても人間のやることじゃないわ!」 安里が目の当たりの状況を見て呟く。すると服や靴の怪物はモールの人々に布や革を巻きつけて身動きを取れなくした。 「うぐぐー」 安里たちが立ち尽くしていると、怪物は安里たちの方にも寄ってきて、赤地に白水玉の布が郁子に巻きついた。 「きゃあ!」 「郁ちゃん!」 比美歌が叫ぶも郁子や他の人々は布や革に巻き付かれて頭から膝が隠れている状態であった。 「早く助けないと……」 「いいえ、今は怪物を倒してからよ。変身するなら今のうちよ!」 比美歌が郁子を助けようとした時、安里が割ってきた。それを聞いて比美歌と法代も納得する。 「あっ、そうだった」 「郁ちゃん、もう少し我慢してね」 安里・比美歌・法代は首にかけていた小瓶がペンダントを出して、祈る。 「ライトチャームよ、わたしを水の勇士に変えて……」 安里は淡い紫、比美歌は白、法代は緑色の光に包まれ、光が弾けると、それぞれ水の妖精の勇士、アクアティックファイターに姿を変える。 安里は深いピンクの髪と紫の眼はそのままだが、頭部には魚のヒレを思わせるフリルが付いた紫のヘアバンド、胴体は鳩尾と上胸がシースルーになっている薄紫のトップス、袖が魚のヒレ型で、後ろ裾が長い薄紫のフィッシュテールスカート、両脚は紫の編み上げパンプスで脚リボンがひざまで巻かれている姿に変身。 比美歌は髪がオレンジ色の外巻きショートヘアに変わり、眼もマリンブルーに変化、頭部に白い翼型のフリルのついた青いヘアバンド、白い手甲出しのアームカバー、白いタイトワンピースは袖なしで青いト音記号と五線譜があしらっており、青いグラディエーターサンダル、背には青みが入った白い羽毛の翼を生やしていた。 法代は髪が灰茶に変わり、髪型がツインテールになり頭部には緑色の海藻型リボン付きの白いヘアバンド、眼もエメラルドグリーンに変化し、深緑のベアトップワンピースと淡い緑のノースリーブワンピースの重ね衣装、後ろ腰に黒いリボン、海藻型の飾りが付いた薄緑のアームカバー、緑色の足首ベルトパンプスの姿に変身する。 怪物は変身した安里たちを見て、襲いかかってきた。勇士に姿を変えた三人は姿だけでなく、能力も変わる為、怪物に立ち向かう。 布の怪物が安里に無数の布を飛ばしてくるが、安里は後ろへバックステップして布の先端を掴んで一つにしてまとめて怪物を叩きつける。 比美歌はバッグの怪物を相手にし、バッグの怪物は黒や茶色の革生地の帯を比美歌に向けて放つ。比美歌は翼があって飛べるので怪物の攻撃をかわし、バッグの怪物は比美歌に帯を向けて上に振り回すが、比美歌は怪物の帯を両手でつかんで宙に浮かせてブランコのように揺らして徐々にスピードを上げていき、怪物がふらふらになると、地面に放り投げて叩きつけた。 法代は靴の怪物と戦い、靴の怪物はブーツやスニーカーなどの靴を法代に向けて撃ち放つ。法代は手からエメラルド色の光盾、ウィーディッシュ=エナジーバリアを出して防ぎ、靴の怪物は頭にくるとジャンプして法代に空中斜め蹴りを浴びせようとしてきた。しかし法代は海藻型のエネルギー波、ウィーディッシュ=エナジーリードを出してきて怪物を拘束して落下させる。 「悪しき怪物よ、この光を導くルミエーラが清き流れで輝き払う。 マーメイド・スプラッシュトルネード!!」 ルミエーラの両掌から光を帯びた水の竜巻が出てきて怪物を呑み込んで、怪物は断末魔を上げて水が弾ける。 「荒みし怪物よ、この音色を導くセイレーンが麗しき音で浄化する。 セイレーン・フォルテッシモシンフォニー!!」 比美歌の口から声と音波が同時に発せられて、怪物は音波に浴びせられて断末魔を上げて四分音符や六分音符などの音符の群れに包まれる。 「怪しき怪物よ。この繁茂を導くウィーディッシュが強き成長で浄化する。 ウィーディッシュ・エナジーウェーブ!!」 法代の左手からエメラルドグリーンの波動が放たれ、更に右手で押し出すように怪物に攻撃する。 安里・比美歌・法代は怪物を倒す技を放ち、怪物は攻撃を受けて、紫・白・緑の閃光を浴びて服とバッグと靴の山になった。 「服やバッグが元々の姿? どういう……」 怪物を倒した後の安里がキョトンとなっていると、モールの建物の曲がり角から一人の男――いや、別の怪物が現れる。日本神話の男神のような鎧兜に褐色の肌、顔つきは強面で目は鋭く口から牙が出ている。 「お前たち、やるな。おれが生み出した宿魔(ヤドリマ)を倒すとは……。まぁ、今日はおてなみ拝見ということで」 怪物は安里たちに挨拶をし、安里は怪物を見て尋ねる。 「さっきの怪物はヤドリマっていうの? あなたは何者?」 「おれは地底国家、黄泉隠(ヨミガクレ)の将軍、猛盛戦(タケモリノイクサ)。ヤドリマは無機物を礎にする生命体だ」 タケモリノイクサは安里たちに名乗る。 「地底国家、ヨミガクレ――。あの、もしかしてここ二週間も起きていた砂場の荒れる事件って……」 法代がヨミガクレと町で起きている砂場の事件は関係しているのでは? とタケモリノイクサに尋ねてくる。 「そうだ。今までのは人間たちに宣戦布告するための軽い挨拶だ。しかし我が女王がこれから支配せんとするこの地上には人間以外の知的生命体がいたとはな」 タケモリノイクサが勇士姿の安里たちを見て言った。 「わたしたちは水の妖精の勇士よ。ミスティシアという世界からやって来た妖精の血を受け継いでいるのよ」 比美歌がタケモリノイクサに言うと、タケモリノイクサは「ほぅ」と呟いた。 「今回はお前たちの勝ちだが、次に会う時はお前たちを倒す。覚えておけ」 そう言ってタケモリノイクサは地面に沈むように消えていった。 「ヨミガクレ。彼らが新しい敵……!」 安里は呟いた。 ヤドリマによって布や革で拘束されていた人たちはヤドリマが倒されると布や革が消えて、自由になった。 「郁子ちゃん、しっかり」 安里たちも変身を解いて普段の姿に戻り郁子に声をかける。 「あれ、わたし、どうして……」 郁子は自分の身に何があったのか安里たちに尋ねる。モールの人々も客たちは首をかしげ、店員はヤドリマになった後の服やバッグが外で山積みになっているのを目にして仰天する。 「うわっ! 一体誰がこんなことを!?」 (しまった!) 安里と比美歌と法代は怪物の仕業だとは言えず、動揺して内心タラタラであった。 モールから帰宅した後、安里は比美歌と郁子と法代と別れて、『メゾン磯貝』に帰ると、ブリーゼとジザイに今日行ったモールでの出来事を話した。 「地底国家ヨミガクレ……! それが新しい敵ですか」 ジザイは安里の話を聞いて口にする。 「服やバッグなどの無機物をヤドリマという怪物にして人々に襲いかかってきたのですね」 ブリーゼもヨミガクレの能力を聞いて身震いする。 「うん……。でも、それでもわたしや比美歌ちゃんや法代ちゃんは戦うよ。ヨミガクレの地上侵略を防ぐために」 安里は決心していた。それがアクアティックファイターとなった自分たちの使命として。 「……ところで、七夕の短冊には何を書いたのですか?」 ブリーゼが尋ねてきたので、安里は「ああ」と言って思い出した。 安里たちが去った後のアウトレットモールの七夕の笹には新たな短冊が枝に飾られており、その淡い紫の短冊にはこう書かれていた。 『大切な人たちや思い出を守り続けられますように。 安里』 夜空には天の川と織姫と彦星が輝いていた。 |
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