3弾・9話 ヨミガクレの終わりし時


「お前たちと戦うならば、わらわも隠れる必要はない」

 そう言ってクラヤミノオサメは仕切の囲いから出ようとして、仕切りの布が風でふいたように浮き上がり、姿を現した。

「こっ、これは……」

 比美歌と法代が姿を見せたクラヤミノオサメを目にし、安里と炎寿も目を皿にして口が丸く開く。

 ヨミガクレの女王は楕円型の眼窩に赤い細い眼、放漫な胸にくびれた腰、腕と脚は円錐状で、手首は鋭い三指、一万年前から存在している遮光器土偶の姿であり、一.八メートルもあったのだ。

「お前たちが見ればわらわは醜くてふてぶてしくて滑稽だろう? わらわに命を吹き込んだ陰陽師は身寄りがなく寂しさのため、わらわたちを付喪神にしてくれた。しかし、わらわたちを目にした他の陰陽師たちが化け物扱いして、わらわたちは封印され、封印が解けても天女によって地底に追いやられた。わらわたちは人間や天女に対する憎しみが募りに募って、地底とつながる世界――冥府の闇を長く吸い続けてきて、このような姿になった。

 何故わらわたちが〈ヨミガクレ〉と名乗るようになったかわかるか?」

 クラヤミノオサメの言葉を聞いて、比美歌は口にする。

「ヨミ……死者の国を意味する黄泉の国……。黄泉に隠れる……」

「そうだ。わらわたちはずっと黄泉の近くに隠れていたが、妖精でありながら人間の味方をするお前たちを倒すまでだ!!」

 クラヤミノオサメが赤い眼を鮮血のように光らせる。安里たちもチャームを出して、祈りを込める。

「ライトチャームよ、わたしをアクアティックファイターに変えて」

 それぞれ薄紫・純白・緑・真紅の光がチャームから放たれ、安里たちは光と同じ色の衣装をまとって現れる。

「ほぉ、これがお前たちの戦闘形態か。お前たちの力、見せてもらおうか!!」

 クラヤミノオサメは水の妖精の勇士姿の安里たちを見て叫ぶ。タケモリノイクサも中振りの剣を出してくる。

「タケモリはわたしが引き受けるわ!」

 比美歌はそう言ってライトチャームに念を込めて、チャームはフルートに変わってステッキ状にしてタケモリの剣を受け止める。

「暗影放針(あんえいほうしん)」

 クラヤミノオサメは左手を開いて、無数の紫紺の針を出してきて、安里・炎寿・法代に向けてはなってくる。

「ウィーディッシュ=エナジーウォール!」

 法代が掌からエメラルド色の光の波動を出してクラヤミノオサメの攻撃を防ぎ、炎寿が指を弾かせてクラヤミノオサメに発火攻撃を仕掛けてくる。

「バイパー=ヒートエクスプロード!」

 ボボン、とクラヤミノオサメの周りに三つの紅い火が爆ぜ、薄暗い中に花火のような明るみが一瞬閃く。

「やったか!?」

 炎寿が目を見張ると、クラヤミノオサメは無傷だった。

「これがお前たちの力か? 大したことないな」

 そう言ってクラヤミノオサメは右手から暗紫色の一条の闇の波動を出してくる。さっきの針攻撃とは違ってタイミングが早く、法代は次の防壁を張ろうにも間に合わないと思った時、安里がライトチャームをトライデントに変えて、矛先から光を帯びた水竜巻、マーメイド=スプラッシュトルネードを出してクラヤミノオサメが出してきた闇の波動を真っ二つに裂いて、左右に分かれた波動は岩壁にぶつかって、岩は拳ほどに抉れた。

「すまない、アンフィリット」

「助かりました」

「だけど、クラヤミノオサメは女王のためか強いから油断しないで」

 安里は炎寿と法代に言った。


 一方、比美歌はタケモリノイクサと交戦中で、タケモリノイクサは剣から×字状の斬撃を出してきたり、地面を剣先で斬って岩の防壁を出したりと比美歌を翻弄させて、比美歌も音符型エネルギーの技、セイレーン=ビューティーサウンドを出して斬撃を防いだり、歌声をまじ合わせた音波技、セイレーン=フォルテシモウェーブをくり出してきていた。

 タケモリの岩の防壁が超音波で崩され、タケモリも震動でビリビリとひびくが、堪えた。

「くっ、なかなかやるではないか。前よりも力が増しているではないか」

 タケモリは比美歌の攻撃を感じながらも、皮肉を言う。

「お前は異界の妖精でありながら、なぜ人間たちのために戦うことができるのだ?」

 タケモリの問いに比美歌はおそれをなすも答える。

「わたしは人間と妖精の子だけど、亡くなった母は異界の妖精でありながら、父と子の世界を愛していた。わたしは母の血で妖精の勇士になったけど、使命感でも偶然でもなくて、運命で戦っているの。封印されたり地底に追われたりしたあなたたちにはわからないでしょうけど」

「フン。さっぱりわからんな。だが、お前たちが我々の邪魔をするのなら、倒すことは確かだ!!」

 そう言ってタケモリは比美歌に剣を向けてくる。斬撃を飛ばしてきたり、件を振り回したりとしてきたが、比美歌はタケモリの動きを把握して、避けたりフルートステッキで防いだりとしてきた。そして隙を見てフルートの吹き口に口唇をあてて、邪気を清める音色を奏でた。

「ぐぬっ……。何だ、この音は……。体が動かぬ……」

 タケモリは右腕を上げて剣を構えた状態で静止し、比美歌はフルートをステッキに変えて、杖先でト音記号を描いて、光の波動を放った。

「セイレーン=クリアパッション!!」

 ト音記号から白い光の波動がタケモリに放たれ、タケモリは断末魔を上げる。

「ぐわああああ……。女王さま……!」

 比美歌の技を受けたタケモリは体にひびが入り、粉々に砕けた。砕けたタケモリは無数の土くれになり、地面に散らばった。

「土から創られた埴輪の付喪神が土に戻っていったのね……」

 比美歌はタケモリが土くれに戻ったのを目にして呟いた。陰陽師に命を吹き込まれた無器物には自然生命の気持ちが分からないまま散っていったのは、ある意味空しいと思った。


 安里・炎寿・法代はクラヤミノオサメがくり出してくる暗影放針や闇の波動を各々の攻撃で防いだり反撃していたりしていた。

「マーメイド=アクアスマッシュ!!」

「ウィーディッシュ=エナジーウェーブ!!」

「バイパー=ヒートピラー!!」

 光を帯びた水の礫、海藻型エネルギーの綱、地面から出てくる火柱。クラヤミノオサメは闇の波動の他、ふわりとふゆうして安里たちの攻撃から避ける。

 宙に浮かび上がったクラヤミノオサメは左手を上にかがげて、暗影放針を放つ。ただし、紫紺の針は雨のように降り注いできたのだった。

「危ない!!」

 法代は両手を広げて、エメラルド色の光の波動の防壁、ウィーディッシュ=エナジーウォールを出してクラヤミノオサメの攻撃を防いだが、協力過ぎてエナジーウォールに亀裂が入り、ガラスのように砕けて法代は攻撃を受けてしまう。

「あああっ!!」

「法代!!」

 炎寿がクラヤミノオサメの攻撃を受けて負傷した法代を抱きかかえる。法代の体には無数の切り傷が入っていた。

「へ、平気です。わたし、ウィーディッシュの力で傷の治りが早いから……」

 法代は弱々しくも仲間が気にしないように言った。

「わらわには全くわからぬ。何故仲間の心配をする? 何故自分が傷ついてまでも他者を庇うのか……。所詮これは自分をよく見せるための〈成り上がり〉ではないのか?」

 クラヤミノオサメが法代と炎寿の様子を目にして冷淡に言うと、安里は首を横に振って否定した。

「わたしはそうは思わない。わたしはマリーノ王国にいた時は周りと違っていたことによって、〈友達〉や〈仲間〉なんていなかった。

 でも人間界に移り住んで、人間は男も女も子供も大人も支え合って生きていることを知ったのよ。最初のうちは『わたしは仲間がいてもいつかは遠ざけられる。なら一人で戦う』と考えていたものよ。

 わたしは〈仲間〉を持つことが出来た。お互いを助けあったり支え合ったりする人たちはちゃんといたことを!」

「アンフィリット……」

「安里さん……」

 安里の台詞を聞いて炎寿も法代も同感だと思った。決して〈成り上がり〉や〈綺麗事〉でもない安里の意思を。すると安里の持っているトライデントが激しく光った。

「な、何?」

 この様子に安里も他のアクアティックファイターも驚き、クラヤミノオサメも余りの眩しさに後退する。

「な、何だ。この輝きは……」

 すると安里の中に新しい言葉を浮かび上がってくる。

「聖なる光は数多の内の闇を掻き消し、闇に染まりし者、生も魂も無へと還り、新たなる命へと転生せん――」

 安里はトライデントを上に掲げて、光を帯びた飛沫が矛先から流れ出る。

「マーメイド=オーロラトレント!!」

 光を帯びた飛沫はクラヤミノオサメに降り注がれ。クラヤミノオサメはうめき声を出し、彼女の体から禍々しい暗紫の波動が湧き出る。

「ぬおおお……」

 するとクラヤミノオサメの体に亀裂が入り、その亀裂が全身に広がると、クラヤミノオサメの体が粉々に砕け散って、中から乳白色の光の玉が出てきたのだ。

「これは……」

 クラヤミノオサメから光の玉が出てきたのを目にすると、その中に人間の赤子のような形が浮かび上がってきたのだ。そして光の玉は昇るように消えていったのだった。

「い、今のは新しい技とはいえ、何が何だか……」

 安里も驚きのあまり突っ立っていると、ルルルルと懐から音が鳴って、それも四人同時に鳴って上蓋を開いてみると、青緑の巻き毛に瑠璃色の尾ひれとウロコ、深い青の眼に水色のドレスをまとい、ダイヤモンドをはめ込んだ金の冠を頂いている人魚の姿が立体的に出てきたのだった。

「セーヌ女王……!!」

 安里と炎寿は人魚の姿を目にして、名を言った。そしてセーヌ女王の虚像は四人に語りかけてくる。

「アンフィリット、今のはあなたたち全生命が最も大切にしている〈信生〉の力があなたの想いに作用して、邪悪声明を一度滅して、新たな生命に生まれ変えさせたのです。

 永いこと暗き地底で生きていて、冥府の闇で歪んだ心を持ったヨミガクレの付喪神たちは体が滅び、別の生命へと生まれることでしょう。

 ですから、『倒した』のではなく『救ってあげた』方が正しい言い方ですね」

「そうだったんだ……」

 安里は自分の新しい技でクラヤミノオサメを別の生命に生まれ変わらせたことを知って納得する。

『あなたたちはわたしの力で、地上に送り返してあげます。シュピーシェルを上に掲げて』

 セーヌ女王に言われて、四人はシュピーシェルを上に掲げた。すると、白に虹色の光が四人を包み込み、気付けば比美歌の住む団地の広場に立っていて、普段の姿に戻っていたのだ。

「お父さん!」

 比美歌は外灯の下で気を失っている父を目にして駆け寄った。

「ん、あ……。比美歌? お前、いなくなったんじゃ……」

 比美歌は記憶が錯乱しながらも、娘の顔を見る。

「お父さん、帰ってくる途中でよろけて気を失ったのよ。わたしはいいから、帰ろう」

「ああ、そうだな……」

 比美歌は父の手を取り、二人の帰っていく様子を目にして、安里と炎寿と法代はほほえましく思っていた。

 すると夜空を覆っている雲がすーっと消えて、秋の星座に銀色に仄かに輝く十六夜月が出てきたのだった。


 妖精界ミスティシアの東の海の中にある水妖精の国、マリーノ王国。貝殻や土砂やサンゴを寄せ集めた丸みを帯びた家屋がいくつも並び、その中心に巨大な巻貝の形をした建物である王城。王城の中にある天井が高く扉の真正面に琥珀を散りばめた白石の玉座のある王間にいるセーヌ女王は自分の持つ妖精力で人間界の地底に引き込まれたアンフィリットたちを地上に戻すことはできてよかったのだが、浮かない顔をしていた。

「女王さま、アンフィリットたちは無事だというのに、何故困ったお顔をしておられるのですか?」

 そう訊いてきたのは金髪に紫の眼、銀色の鱗と尾ひれを持ち灰色の長い飾り気のある衣を着た人魚、ムース伯爵。アンフィリットの実父である。

「ヨミガクレとの戦いは終わりました。ですがわらわは気になるのじゃ。あの子たちの、アクアティックファイターとしての宿命や試練は終わっていない、と」

「と、申しますと……」

「平和は束の間で、また人間界を狙う者が出てくるのではないか、と。ただ、どんな者でどんな目的を持っているかまでは……」

 セーヌ女王は右手を額に当てて呟く。

「わたしも娘のアンフィリットや養子にしたフェルネがあのままのうのうと過ごしていくような気がしますけどね。

 でもアンフィリットは以前のアンフィリットではありませんよ。仲間がいて、一人で流行こなせなかったことを乗り越えていったんですから」

 ムース伯爵はセーヌ女王に娘たちの今後を告げた。


 ヨミガクレとの戦いが終わってから数日が経った頃――。

 帰りのバスで安里と炎寿と郁子は比美歌と出会った。比美歌の通う浄美アートアカデミーは私服学校で、比美歌も白いツイードジャケットに花プリントの布つきデニムスカートの服装で肩には白地に水色のポルカドットの大きなショルダーバッグを提げていた。

「あ、久しぶり……」

 比美歌は安里たちに声をかける。

「ああ、比美歌ちゃん、久しぶり……。転校してから五日になるけど、新しい学校の方はどうなの?」

 安里は比美歌に訊いてくると、比美歌は答える。

「アートアカデミーは歌のレッスンや発声練習といった専門の勉強の他にも、英語や数学とかの普通の授業もあるんだ。歌手科の先生は厳しいけれど教え方が丁寧だし、向こうで友達も何人か出来たし、玉城さんも様子を見に来てくれるし……」

 比美歌の新しい学校での話を聞いて、安里たちは比美歌が思っていたよりも上手くいっているのを知って安心する。

「今度の休日はさ、久しぶりにみんなでカラオケに行こうよ」

「うん!」

「いいな、それ」

 安里と炎寿はうなずき、郁子は上目づかいで比美歌に言ってきた。

「あのさ、歩ちゃん。わたし歩ちゃんが転校するって知った時、置いてかれてる感があって、言いたくても言えなかったんだ……。今だから言えるけど」

 郁子から本音を聞くと、比美歌は軽く笑った。

「郁ちゃん、ありがと。だけど、わたしがどこへ行ったって郁ちゃんの友達だよ」

「歩ちゃん……」

 安里と炎寿は比美歌と郁子の友情の高さを目にして、この二人ならいつまでもやっていけると思ったのだ。

 学校は違っても比美歌とはまた会えるし、比美歌も歌手になる夢が近づいたのだから。

 安里たちアクアティックファイターにまたしても新たなる敵が現れても、仲間との友情と信じる思いで乗り越えられていけると誰もが胸に秘めていた。

 ヨミガクレとの戦いは終わったが、安里たちの運命はまだ続いていく――。


〈第三弾・完〉