3弾・6話 比美歌の第三の力


 秋に入ると空気が冷たくなり、校庭の木の葉も赤や黄色や茶色に染まり、日の入りも早まっていく。保波高校では秋の中間テストの後は文化祭の準備期間に入り、各クラスで催し物を出すことになっていた。

 一年四組のクラスでは委員長の深沢くんと鹿沼さんが黒板に催し物の候補を書き、更に多数決で決めることになっていた。

 黒板には「お化け屋敷」「ゲーム大会」「アマチュアバンド」「ファッションショー」と書かれており、投票の末ファッションショーに決まった。

「……以上を持ちまして、一年四組はファッションショーに決まりました」

「これからモデル係と服飾係と照明係と音響係を決めようと思います」

 深沢くんと鹿沼さんが言った時、男子の大概が照明と音響に立候補してきた。

(ああ、先越されちゃったよ……)

 裁縫が下手な安里は心の中で悔しがったが、比美歌が手を上げて委員長に向かってこう言った。

「はーい。わたしは真魚瀬さんをモデルに推薦します」

 続けて郁子も言ってきた。

「わたしも真魚瀬さんをモデルに推薦します」

 比美歌と郁子が自分をモデルに立候補してくれたため、安里は服飾係にならないでホッとした。LHRが終わって掃除の時間、安里は比美歌と郁子に礼を言った。

「二人とも、フォローありがとう。わたしが裁縫苦手なのを知ってて、モデル係に推薦してくれて……」

「照明と音響は男子が立候補しちゃったのもあったしね」

「安里ちゃんってホント、家庭科はグダグダだよね。ギリシアの大学に飛び級していたから家庭科の方も出来ると思ってたら、だもんね」

 郁子がモップで床を磨きながら安里に言った。放課後になると一年四組の生徒たちはクラブ活動に行ったり、教室に残ってどんなBGMにしようか、どんな服のデザインにしようか話し合っていた。クラブ入部者は自分のクラスの催し物の他、クラブの催し物もあるため掛け持ちする人もいた。

 安里たちもモデル係のメンバーは教室を出てモデル歩きやポージングの練習をすることになった。テレビやDVDでのファッションショーのモデルの歩き方を真似るのは難しく、蛇行したり手と足が同時に出たりと失敗した。

「モデル歩きって簡単だと思ってたら意外とムズイ」

「モデルも結構大変なのね」

 安里以外のモデル係の人がモデル歩きに苦戦しており、安里は呑み込みが早くモデル歩きをつつがなく覚えたのだった。

「真魚瀬、上手いな」

「どうやってコツをつかんだんだ? 教えてくれよ」

 モデル係の男子が安里に教えを乞うと、安里は「えっ」となる。

「そっ、それはそのう……」

 安里がどうしようとなっていると、通学バッグを持った炎寿が安里たちを目にして声をかけてくる。

「安里、何をやっているんだ?」

「あっ、炎寿。クラブ活動に行くの?」

「うむ。わたしも本当は放課後の文化祭準備に出たいのだが、クラブもあるから少ししかできん」

「あっ、そうなんだ……。炎寿はクラスで何をやるの?」

「わたしのクラスでは模擬喫茶をやることになった。安里のクラスでは何を?」

「わたしはファッションショーよ。んで、わたしが廊下にいるのはモデルの練習なんだけどね、みんなわたしの歩き方が上手いから教えてくれって……」

 安里の話を聞いて炎寿は考えてから他のモデル係に言った。

「みんな、安里からモデルの練習を教えてもらうより安里のモデル練習をマネしたらどうだ?」

「え、炎寿!」

「教えてもらうより真似た方がいいとわたしなりの見解だけどな。じゃあ、わたしはクラブへ行くよ」

 そう言って炎寿は去っていってしまった。他のモデル係は炎寿の意見を聞いてこう言ってきた。

「それはいい方法かもしれないな」

「真魚瀬さん、モデル歩きして。見て覚えるから」

「わ、わかった……」

 安里は他のモデル係のためにモデル歩きをする。安里の歩き方を見て、他のモデル係もモデル歩きの練習を始めたのだった。

 一方教室では服飾係がどんな服をデザインして作ろうか話し合っていた。

「この服のリボンは何色がいい?」

「靴はどんなのにしようか?」

 女子たちは「わたしの考えた服」で語り合っていた。服飾係になった比美歌は自由帳に自分の考えた服をいくつか描いて悩んでいた。ノートにはワンピースや上下セットやパンツスタイルが描かれていた。

「うーん、どうしたらいいものか」

 比美歌が唸っていると郁子が顔をのぞかせる。

「歩ちゃん、どんなのにした?」

「あ。郁ちゃんがデザインしたのどんなの?」

「わたしはこういうのを思い付いた」

 そう言って郁子は自分のデザインした服の絵を比美歌に見せる。

「うっ……」

 比美歌は郁子のデザイン画を見て息を呑む。フィッシュテールスカート、ト音記号と五譜線の入ったワンピース、アームカバー付きのドレス、ビスチェにスリットスカート……。色や型は違えど、アクアティックファイターの衣装に似ていたのだ。郁子にはアクアティックファイターのことは秘密にしているのに、ましてやアクアティックファイター姿の自分たちを目にしていない筈なのに。

「いっ、郁ちゃん、この服、どうやって思い付いたの?」

 比美歌はぎこちない笑みを浮かべて郁子に訊いてきた。

「ん〜、図書館に置いてある『幻獣図鑑』の人魚やセイレーンとかの妖精をイメージして描いてみたんだ。ナイス発想でしょ?」

「そ、そうなんだ……。わたしはてっきり……」

「てっきり、何?」

 郁子の言葉で比美歌は思わずアクアティックファイターのことをこぼしそうになって口をふさいだ。その様子を目にして郁子が尋ねてきたのだ。

「そういえばさ、歩ちゃんて七夕の時から何かこそこそしているよね」

「え……」

 郁子の台詞を聞いて比美歌は固まる。更に郁子は言い続ける。

「歩ちゃんって、安里ちゃんと法代ちゃんと炎寿ちゃんと行動する時って必ず、この三人か三人の誰かと一緒にいるよね。七夕のアウトレットの時はともかく、海神公園でのプールと海神神社の夏祭りと船立海岸の花火の時、わたしを置いて帰ったりわたしを先に帰らせたりとしてたけど、安里ちゃんたちと一体何をやっているの?」

 それを聞いて比美歌は沈黙した。自分たちは水の妖精の勇士で、ヨミガクレという輩と戦っていることを。その戦いには必ず郁子をはじめとする無関係の人たちを巻き込まないようにしていることを。

「そ、そんなこと、郁ちゃんには関係ないでしょ」

 思わず言ってはいけないことを言ってしまい、比美歌の言葉を聞いて郁子は切れた。

「ひどい! わたしには関係ないって? こっちは気にして聞いてきただけなのに、そんなにきつく言わなくたっていいでしょ!!」

 郁子に切れられた比美歌はしどろもどろになり、他の同級生が二人の様子に振り向く。

「ごめん……。今のは悪気があって言った訳じゃ……」

 比美歌が謝ると郁子はバカにされたと思って、荷物を通学バッグの中にまとめると黙って教室を出ていった。

「郁子ちゃん?」

 教室を飛び出していった郁子を目にして、安里は彼女に何があったのか追いかけようとしたが、開きっぱなしの扉から取り残された比美歌を目にしたのだった。

「比美歌ちゃん……?」


 帰りのバスの中、安里とクラブを終えた炎寿は比美歌が郁子と何があったのか訊いてみると、七夕になってからの自分たちの行動に郁子が尋ねてきたので、つい「関係ない」と言ってしまって切れられたことを聞いたのだった。

「これは困ったことだな……」

 比美歌の話を聞いて炎寿が呟いた。

「わたしたちは、他の人の被害を出さないようにしているのにな」

 安里も言ったが、比美歌は浮かない顔をしていた。

「わたしだってそう言いたかった。けれど……」

 どうやって説明したらいいかわからなかった、と比美歌は答える。そうこうしているうちにバスは磯貝四丁目に向かっており、安里と炎寿は四丁目に着くと比美歌と別れた。

「比美歌ちゃん、あまり気にしない方がいいよ」

「もしかしたら郁子も後で考え直してくれるだろうし……。じゃあな」

 安里と炎寿はバスを降車して比美歌に告げていった。比美歌は中学からずっと一緒だった郁子とケンカしてしまったことに心を痛めて、バスの中を突っ立っていた。

 磯貝五丁目にある三棟の団地。真ん中の三階の一角に比美歌は住んでいた。比美歌はタクシー運転手の父と二人暮らしで、この日父は非番だったので夕飯を作ってくれた。

 比美歌は夕飯の酢豚をぼそぼそ食べ、父が比美歌に尋ねてくる。

「どうしたんだ、比美歌。今日学校で何があったんだ?」

「うん……。今日、放課後で文化祭の準備をしてたんだけど、郁ちゃんとケンカして切れられちゃって……」

「郁子ちゃんとケンカ? まさかお前がけしかけてきたんじゃないよな」

「違うよ。郁ちゃんがしてきた質問に『郁ちゃんには関係ない』ってつい言っちゃって……」

「まぁ、比美歌と郁子ちゃんに何があったのかまでは深く訊かないが……。悪気がないのなら素直に謝るのが一番だぞ?」

 父は比美歌にこう言った。

翌日、比美歌がバスに乗り込むと、いつもいる筈の郁子の姿がなかった。途中で除慰謝した安里と炎寿も朝はたくさん乗っているバスの中に郁子がいないことに不思議がった。

 教室に入ると郁子は既に教室にいたが、比美歌を目にすると昨日のことで寝に持っており、そっぽを向いた。

「どう見ても怒ってるよね……」

 安里が郁子の様子を目にして比美歌に言った。

(どうやったら郁ちゃんのほとぼりを冷ますことができるんだろう)

 比美歌は苦い顔をした。その日の郁子は一人でトイレに行き、一人で別教室に行き、一人で教室を出て別の場所で昼食を採っていた。郁子のへそ曲がりっぷりを見て比美歌は悩み、安里もどうしたらいいかわからずにいた。


 地下数百メートル下にある洞窟はヨミガクレの本拠地。青白い火の行燈に四方を白い布の仕切で囲まれた女王の間。幹部のマジカケタマツグとタケモリノイクサは女王にこれからの地上侵略をどうするか報せていた。

「次もお前が行け、マジカケ」

 仕切りの中にいる女王が小高い声を出してマジカケに告げた。

「しかしマジカケはアクアティックファイターのいる学校の道具をヤドリマにしてしまったから同じ手は使わない方が……」

 タケモリが女王に忠告したが、マジカケは頭を下げてかしこまっていた。

 そう言って女王はマジカケに前に一枚の札を出す。邪気が生き物のようにうごめていていた。

「女王さま。それは、モリタテの時と同じ……」

「タケモリ。つべこべ言うな。どんな手を使ってでも、わらわの邪魔をする者は排除し、地上を我らの支配下に置くために」

 タケモリが止めようとした時、女王は刺すように言った。マジカケは女王からもらった呪符を受け取ると、アクアティックファイターを倒すと決めた。


 土曜日、安里と炎寿、それから法代は比美歌の相談に乗るために磯貝四丁目と三丁目の間にある閑静な公園に来ていた。この公園は小さく、滑り台とブランコだけの遊具と青いプラスチックのベンチ、公園内にはクスノキとサルスベリと桜の木が植えられており、秋の今は暖色系の葉をつけていた。

「そんなことがあって郁子さんとケンカしちゃったんですか」

 ベンチに座る比美歌の話を聞いて法代が返事をした。

「うん……。学校の教室内だったし、アクアティックファイターのことを知られそうだったのもあって、『関係ない』って言っちゃったから……」

 比美歌はうなだれて法代に言った。

「学校で相手にしてくれないのなら、郁子の家に行ってみたらどうだ」

 炎寿が比美歌に言ってきた。

「郁子ちゃんの家に行って、どうするの?」

 安里がこんなことを言ってきた炎寿に訊くと炎寿は返答する。

「比美歌一人なら追い返されるかもしれないが、四人ならわたしたちが一人ずつ説明して、郁子を説得させた方が良かろうと思って」

「まさか、郁子さんにわたしたちの秘密を話そうって訳じゃないですよね?」

 法代が炎寿に尋ねてくると、炎寿は違うと言うように話してくる。

「そんなことは言わない。だが、わたしたちがいれば、郁子も比美歌の誤解も解いてくれるという寸法でな」

「そうなのかなぁ……」

 安里は炎寿の案を聞いて口を一文字にする。

「四人で、か……。もし安里ちゃんたちがついてきてくれるのなら、わたしはうれしいよ。何の解決口がないまま不仲なのは困るし」

 比美歌は安里たちに礼を言った。


 郁子の家は三丁目の中央部にある七〇坪ある敷地にL字型の洋館が建てられ、庭の白樺の木にプランターのサルビアと見栄えが良かった。屋根はコーヒーブラウンの切妻屋根で壁はモカミルクの色合いで、窓もテラスも玄関ドアもモダン風としゃれていた。

「郁子ちゃんの家がデザイン事務所ってのは聞いていたけど……、すごい豪勢。ミスティシアの陸妖精の家もこんなのが多いけど」

 安里は郁子の家を見て、その造りに呆気にとられる。

「正しくはここは住居でデザイン事務所は二丁目のビルの中にあるの。わたしも何度かここに来ているけど」

 比美歌は他の三人に。言った

「だけど広さはルミエーラの実家のムース伯爵の家の方が上だけどな」

「いやぁ、妖精世界と人間界と比べても……」

 炎寿の台詞に法代が突っ込みを入れる。比美歌はおそるおそるインターホンを押して、ピンポーンの後に声が出る。

『どちらさまですか?』

 低めの女の人の声がした。比美歌は息を整えてから返事をする。

「あのっ、郁子ちゃんのお母さんですか? わたし比美歌です。どうしても郁子ちゃんに会いたくって、来ました」

『郁子の友達? 郁子から『誰も家に入れないで』って言われているのよね』

 それを聞いて安里たちは苦い顔をする。すると二階のカーテンのかかっている窓から郁子が顔をのぞかせた。

「あ、郁子だ」

 炎寿が二階の郁子を目にした。すると窓を開けて郁子が顔を出してきて言ってきた。

「比美歌ちゃんだけでなく、安里ちゃんたちまで……。何しに来たの?」

 郁子はしかめ顔をしつつも、母に四人を家に入れるようにと促した。


 安里たちは郁子の家にお邪魔して、郁子の部屋に入る。郁子の部屋は六畳間で机も椅子も本棚もナチュラルウッドで、レースと白地に色糸刺繍のカーテン、クローゼットの上のロフトを寝床にしており、天井近くの壁には冷暖房機、ベージュの小花模様の壁髪、床のフローリングにはサーモンピンクのじゅうたんが敷かれていた。

「比美歌ちゃんだけでなく、安里ちゃんや炎寿ちゃんや法代ちゃんまで、わざわざ家に来るなんて……」

 郁子は椅子の上に座って、四人はじゅうたんの上に座っていた。郁子は学校の時とは違って、水玉のブラウスにチョコレート色のジャンパースカートの服装だった。

「まぁ、その何だ。郁子、比美歌のことを許してやってくれないか。比美歌も反省している」

 炎寿が郁子に率直に言った。

「でもねぇ、あの時いなかった炎寿ちゃんが何を言っているの?」

 炎寿の台詞を聞いて郁子が眉を吊り上げる。

(ほ、本当にどうしよう……)

 安里と比美歌、法代もこの気まずさに戸惑っていた。


 マジカケタマツグは磯貝三丁目の奥にある雑木林に来ていた。雑木林はかつて住宅街を造るために森林を削った場所の名残で、ブナやカシワ、ヤツデなどの木が生えており、今は赤や黄色や茶色の葉が散って地面に散らばっていた。

「され、どんな人が作りし物をヤドリマにしようか……」

 マジカケは女王から渡された呪符を見て考える。呪符は無数の虫がうごめているように鼓動を感じ、邪気がいつもの倍のように思えた。マジカケが雑木林をうろついていると、一つの祠が目に入った。その祠は相当古く、石の台にはコケやツル、祠そのものは泥や枯葉で汚れており、木材の表面が乾いて亀裂が所々入っていた。

「祠か……。うむ、祠の中に祭られている御神体らしき気配を感じる。そうだ、ご神体をヤドリマにしてみよう」

 そう決めたマジカケは祠の観音開きの戸を開け、埃と共に御神体の波動も吹き出た。

「おお、これは……」

 マジカケは祠の中に祭られている御神体を目にする。御神体は土偶で、色褪せたものなのか元からそうだったのか赤茶色で、しかも両目は瑠璃、胸の中心には首飾りのように金粒とメノウがはめ込まれていた。

「これは……。まぁヤドリマの対象物体は古ければ古い程、強いヤドリマになるからな」

 土偶を目につけたマジカケは闇の呪符を御進退に宿し、呪文を唱える。

「人の手により造られし物よ。今ここにヨミガクレの手により、ヤドリマとして生まれん」

 すると土偶は命が宿ったようにドクンッ、と動き、土偶は大きくなっていき、巨大な魔神増と化した。


 磯貝三丁目内にある郁子の家にいる安里たちはヨミガクレの気配を感じて顔を見合わせる。

「これは……、こんな時に限って!」

 安里が口走ったのを耳にすると、郁子は何のことかと疑問に思った。

「ごめんね、郁ちゃん。一度ここを出てまた来るから」

 比美歌は困ったように立ち上がり、郁子の部屋を出て安里・炎寿・法代もついていく。

「一体、どういうことよ……」

 一度に四人も飛び出すなんて、と郁子はますます不思議に感じた。


 安里たち四人は気配のあった三丁目内の雑木林に向かっていき、雑木林の一番高い木と同じ大きさのヤドリマを目にして驚く。

「うひゃあ、大魔神だぁ」

 法代はヤドリマを目にして叫び、ヤドリマの肩に乗っているマジカケが四人に向かって言った。

「来たか、アクアティックファイターよ。これがわたしの生み出した最強のヤドリマだ!!」

 ヤドリマは深い青の眼を見下ろす。安里は他の三人に言った。

「みんな、行くよ」

 四人は首に下げていた小ビン型ペンダントを出して祈りを込める。

「ライトチャーム、わたしをアクアティックファイターに変えて」

 薄紫・純白・緑・真紅の光が発せられて光が弾けると、光と同じ色の衣装をまとったアクアティックファイターの姿に変身する。

 ヤドリマは厚い板のような腕を勢いよく下してきた所、法代が掌からエメラルド色の防御壁、ウィーディッシュ=エナジーバリアを出して防いで、安里・比美歌・炎寿がジャンプをして、それぞれマーメイド=アクアスマッシュ、セイレーン=ビューティーサウンド、バイパー=ヒートエクスプロードを発動させて、ヤドリマに水の礫、音符型のエネルギー弾、赤い爆炎がぶつけられるが、ヤドリマは平然としていた。

「ふふふ、ヤドリマの媒体となる道具は古ければ古い程、攻撃も防御も高いのだ!」

 マジカケがヤドリマの肩から安里たちを見下ろすように言った。アクアティックファイターは今までより強いヤドリマを相手にして、今回は苦戦すると悟った。


「全く、歩ちゃんたち、一度に四人きたと思ってたら、突然四人とも出ていって。一体、何がしたいんだか」

 郁子は自分の家に来て、いきなり飛び出していった比美歌たちの後を追って雑木林に足を踏み入れた。その時、激しい音が奥から聞こえてきたので進んでみると、何と四人の少女が一体の巨大な石の魔神を相手にして戦っているのを目にしたのだった。

「なっ、どういうことー!?」

 郁子は目の当たりの状況に目を丸くして、二本生えているナラの木の間からその様子を見つめた。

「マーメイド=アクアトルネード!」

「セイレーン=フォルテシモウェーブ!」

「バイパー=ヒートピラー!」

「ウィーディッシュ=エナジーバインド!」

 四人はそれぞれ光を帯びた水竜巻、歌声混じりの超音波、炎の柱、海藻型のエネルギーの綱を出して、ヤドリマに攻撃を浴びせた。ヤドリマの左足首に海藻型の綱が引っかかってヤドリマは大きく前に転倒した。

 ズドォーン、と大きな音と同時に地面が揺れて、ヤドリマの左手が近くの

一本の木をへし折ってしまい、折れた木が郁子の方に向かって倒れてくる。

「きゃあああー!!」

 郁子は悲鳴を上げて、比美歌が郁子の声を聞いて折れた木の下敷きになりそうな郁子を見つけて、背中の翼を羽ばたかせて間一髪で郁子を助けたのだった。ズズーンと折れた木が落下したが、郁子は無事だった。

「だ、大丈夫?」

 比美歌は郁子に問いかけると、郁子は自分を助けてくれた少女を目にして呟いた。

「比美歌、ちゃん……」

 それを聞いて比美歌は郁子に自分の秘密がバレてしまった、と感じたが、起き上がったヤドリマが右手に炎寿、左手に安里と法代を捕まえて抱えていた。

「み、みんな!」

 比美歌はさっきの隙に仲間がピンチになってしまったことを目にするが、ヤドリマに乗っているマジカケがニヤッと笑う。

「残るは貴様だけだ。全く部外者を助けたりしなければ良かったものの」

 それを聞いて比美歌は怒りを感じて、マジカケに振り向いた。

「部外者、ですって。郁ちゃんは大事な友達よ! 友達を助けるのは当たり前よ!!」

「歩ちゃん……」

 郁子は気づいた。比美歌の行動がおかしかった理由を。友達である自分を怪物との戦いに巻き込ませないことを。

 するとその時、比美歌の首に下げていたライトチャームが純白の光を発し、その眩しさにマジカケもヤドリマも郁子も安里たちも目がくらむが、ライトチャームが小ビン型から細長い筒の形に変化していく、光が治まると一本の銀色の横笛――フルートに代わっていたのだ。

「比美歌ちゃんの武器が出てきた……」

 安里は比美歌の武器出現を見て言葉を放ち、炎寿と法代も嬉々となる。

「それが何だというのだ! ヤドリマ、やれっ」

 マジカケはヤドリマに命じ、ヤドリマは片足を上げて比美歌を踏みつぶそうとしてきた。だが比美歌はフルートの吹き口を吹き、七色の石が付いたピストンを押してメロディーを奏でる。高くて甘い音色がヤドリマの聴覚を刺激してヤドリマが苦しみだし、ヤドリマに捕まっていた安里たちは手が緩んだ隙に抜け出した。

「な、何だ。この旋律は……」

 マジカケもフルートの音色に苦しみ、安里たちと郁子は上手い演奏にしか聞こえなかった。

「この音色は邪気ある者には効果があるんだわ」

 安里は比美歌が奏でるフルートを聞いて気づいた。ヤドリマもマジカケももだえ苦しんでうずくまっていると、比美歌はフルートを口から離して詠唱する。

「物に宿りし邪気よ。聖なる歌い手の勇士が無に還す」

 するとフルートが伸びて長めのステッキに変化して、比美歌が手に取るとト音記号を空(くう)に描いて技を放つ。

「セイレーン=クリアパッション!!」

 ステッキから描いたト音記号から白い光の波動が放たれ、ヤドリマだけでなくマジカケも受けて断末魔を上げる。

「女、女王さまー!! 申し訳ありません……!!」

 ヤドリマもマジカケもどす黒い邪気が霧のように消えていき、光が治まると後にはハート顔土偶と勾玉のネックレスだけが残されて地面に落ちた。

「マジカケタマツグは勾玉だったんですね」

 法代がマジカケの本来の姿を目にして言う。

「ヨミガクレは古代物のヤドリマで、長く生きていられるようになっているうちに新しい時代の物をヤドリマにする力を得られたらしいが……。となると上層部は誰の手によって生み出されたんだか」

 炎寿は腕を組んで考える。その時、郁子が四人に尋ねてくる。

「みんな、これはどういうこと……?」

 安里たちは変身した自分の姿を一般人である郁子に見られたが、事情を説明したのだった。

「安里ちゃんと炎寿ちゃんは妖精世界の生まれで、比美歌ちゃんと法代ちゃんは妖精の血を引いていたために、アクアティックファイターになった……?」

 安里たちの話を聞いて郁子は驚くも、今までの彼女たちの行動と自分だけ取り残されることの辻褄が合っていることに納得した。

「今まで黙っていてごめんなさい。郁ちゃんのような関係ない人を巻き添えにしたくなかったのよ」

 比美歌は郁子に謝った。安里たちは変身を解いており、普段の姿に戻っていた。

「そういうことなら無理はないね。意地を張っちゃってたし。許してあげるよ」

「郁ちゃん、ありがとう」

 郁子には正体を知られてしまったが、このことで比美歌と郁子は仲直りすることが出来た。その様子を安里・法代・炎寿も見つめていた。