5弾・2話 マダム=テレーズのメッセージ


炎寿もやっと、自分の武器が持てるようになったのね〜。おめでとう」

 炎寿がようやく自分の武器覚醒の起きた日の夜、真魚瀬家の食卓で、安里は炎寿に言った。食卓はネギトロ丼やシーザーサラダやみそ汁といった普通の食事であるが、炎寿は安里だけでなく、ブリーゼとジザイからも喜ばれた。

「これで四人とも、どんな敵が来ても手強くありませんね」

「もう心配はない、ってことですね」

 だけど炎寿は丼をつまみながらこう答えてきた。

「……わたしとしては、これからが別の試練が来そうな気がするんだが」

「あ、そうか。マサカハサラに襲われそうになったとはいえ、岸尾くんを巻き込んだんだよね」

 安里は炎寿の武器覚醒時に岸尾くんもいたことも聞いていたが、幸い岸尾くんは変身した炎寿のことは知らず、そのまま自分の家へ帰っていった。

「別の試練、といいますと?」

 ジザイが炎寿に尋ねてくると、炎寿は軽く唸って答える。

「マサカハサラが壊滅しても、また人間界とミスティシアをおびやかす悪が出てくる、とか」

「でも、わたしたちは四人ともチャームの武器化の覚醒が上手くいったんだし、新しい敵が来ても、四人で迎えればいいよ」

 安里は気楽そうに言ってきたが、炎寿は肩をすくめる。


 その日の晩、安里と炎寿、比美歌と法代は不思議な夢を見た。真夜中の二時を過ぎていて、雲が月を覆っていて形がわからない空、それぞれの家の自室で寝ている四人は同じ夢を見たのだ。

 安里、炎寿、比美歌、法代は暗闇に覆われた海の中にいた。まるで深海のようで、自分の身体だけが発光している変な感じだった。

「アクアティックファイターよ……」

 どこからか女性の声がしてきた。低くも高くもなく、中音の声であった。

「誰……? わたしを呼ぶのは……」

 四人が返事をすると、"声"は続いてくる。

「わたしは、テレーズ……。今の世代のアクアティックファイターの予言をした占い師だ……」

 それを聞いて安里は思い出した。安里が人魚のアンフィリットとして生まれた日、アンフィリットの未来を予言した占い師の名だ。

「マダム=テレーズ? あなたは今、どこで何をしているの? 何故わたしに話しかけてくるの?」

 アンフィリットはマダム=テレーズに尋ねてきた。マダム=テレーズは続けてくる。

「わたしはアンフィリット様が生まれて五年後に天寿を全うして、体は無になった……。今のわたしは霊魂だけの存在……。わたしの魂はマリーノ王国の王城のある場所に留まっている……。だけど、これから聞いてほしいことがある……。

 そなたたちが今の悪より上の悪と戦う日が、いずれ訪れる。その悪の名は、まだ語れぬが今のそなたたちでは敵わないだろう……」

「そんな……」

 それを聞いて四人は肩を落とした。チャームの武器覚醒が成功したとはいえ、今の悪であるマサカハサラより上の悪では敵わない、と言われてマダム=テレーズは話を続ける。

「その巨悪を倒す方法はある。それはそなたたちの進化だ」

「進化?」

 四人はそれを聞いて耳を傾ける。

「アクアティックファイターの進化は……、〈進化の装具(エヴォリュシオン=ガジェット)〉が必要だ。〈進化の装具〉は、そなたたち自身やその親や先祖の"想い出の場所"にある……。それが見つかれば、今より上の巨悪を倒せるだろう……」

 ここでマダム=テレーズの声が消え、安里は目覚めた。窓のカーテンは閉ざされ、月は曇り空に覆われ、真っ暗であった。

「〈進化の装具〉、"想い出の場所"……」

 安里は呟いた。


 それから朝になり、安里と炎寿は寝間着から普段着に着替えて朝食と皿洗いと洗濯物干しを終えると、夕べあったことを話し合った。

「わたしも、その夢を見た」

 炎寿は安里にそう言うと、聞き返してきた。

「やっぱりあなたも見たのね。比美歌ちゃんと法代ちゃんにも聞いてみるよ」

 そう言って二人は二枚貝型の通信機器、シュピーシェルを取り出して、安里は比美歌、炎寿は法代に昨夜の夢の内容を聞くことにした。すると安里のシュピーシェルの上蓋の画面からレイヤーショートの少女、炎寿のシュピーシェルの画面からは黒いストレートヘアの少女が映し出される。

『安里ちゃん、久しぶり』

『おはようございます、炎寿さん』

 レイヤーショートの比美歌と黒髪ストレートヘアの法代がそれぞれ安里と炎寿にあいさつしてくる。

「おはよう。今日、比美歌ちゃんに聞きたいことがあるんだけど……」

『またマサカハサラのまつわる事件が?』

「いや、そういう訳じゃないんだけど、聞いてくれる? 比美歌ちゃん、夢を見た?」

『夢……? ああ、マダム=テレーズというマリーノ王国の住民がわたしに〈進化の装具〉を教えにきた、っていう夢?』

「うん、そう。わたしも見たの。もちろん炎寿も。まだ聞いてはいないけど法代ちゃんも見たと思う。夢の内容、覚えているよね?」

 安里は比美歌に訊いてみた。映像の中の比美歌は何かを思い出していると、口を開いた。

『マサカハサラより上の悪を倒すための、わたしたちの進化と言っていた。その進化の条件が、わたしたち自身やわたしの肉親の"想い出の場所"に手がかりがあるって言ってた』

「比美歌ちゃんも覚えていたんだね。夢の内容を」

 安里はマダム=テレーズのメッセージの内容は比美歌も聞いていたことに一息をつく。


『〈進化の装具〉はわたしたちやその肉親の"想い出の場所"にある、か……。"想い出の場所"ったって、年齢や時期によって異なるしなぁ』

 炎寿からの通信を受け取った法代は今の"悪"であるマサカハサラより上の"悪"に立ち向かうためのアクアティックファイターを進化させる〈進化の装具〉の話を聞いて呟いた。

「マサカハサラより上の"悪"はまだ不明だからともかく、わたしたちやその肉親の"想い出の場所"に行けば〈進化の装具〉が見つかるらしいからな……。取り合えず、マダム=テレーズからのメッセージはブリーゼ殿とジザイ殿に尋ねてみるよ。また何かあったら話すよ」

『はい、わかりました』

 きりのいいところで炎寿は法代との通信を終えて、シュピーシェルの画面から法代の映像が消える。炎寿は立ち上がって、安里の元へ尋ねてくる。

「炎寿も通信を終えたのね」

「ああ。昨夜の夢の内容をブリーゼ殿とジザイ殿に聞いてみようと思う」

「ブリーゼとジザイに? あの二人がわたしが生まれた時にマダム=テレーズの予言を聞いているとはいえ、その話を信じてくれるかしら?」

 安里は自信なさげに言ったが、ブリーゼとジザイにも夢の内容を伝えることにしたのだった。


「マダム=テレーズがアンフィリット様とフェルネ殿の夢の中に出てきた、ですと?」

 ジザイは居間で安里と炎寿が見た夢の内容を聞くと、眼をひん剥きながら声を出した。

「うん……。でもマダム=テレーズはもう亡くなっているけど、魂はマリーノ王国の王城のどこかにあって、そこからわたしたちに今の悪より上の"悪"の存在を教えてくれたんだって」

「マサカハサラより上の悪は何なのか不明だが、その悪を倒すための〈進化の装具〉が必要だと教えてくれた」

 安里と炎寿の話を聞いて、ジザイは「ウーム」と唸る。

「その〈進化の装具〉というのは、マサカハサラより上の悪を倒すためのアイテムなのですな? しかし"想い出の場所"にあるというのが、いまいちわかりづらいですね……」

 ジザイは前足の先を額に当てて考える。その時、マンションの町内から帰ってきた人間姿のブリーゼが玄関から入ってきて、居間で話し合っている三人の姿を目にして尋ねてくる。

「おやまぁ、一体何のお話をしてらっしゃるんですか」

「お帰り。実はね……」

 安里は自分たちが見た夢の内容をブリーゼに教える。

「マサカハサラより上の悪、その悪を倒すための〈進化の装具〉、そしてそのアイテムが眠る自身や肉親の"想い出の場所"……」

 この三つのワードを聞いてブリーゼは呟く。その時、ブリーゼが何かをひらめいたように言ってきた。

「マリーノ王国に行けば、アンフィリット様の"想い出の場所"があるのではないのでしょうか。マダム=テレーズの霊魂が語る"想い出の場所"とはそこではないのでしょうか?」

「マリーノ王国ぅ!?」

 それを聞いて安里と炎寿は声をそろえるが、安里は気を重たくする。

「あそこには、あんまり行きたくないしな」

 マリーノ王国での安里は勉学面では他の同世代の妖精とは違って、語学も数学も化学も音楽も、人間でいう八歳の時には一二歳並の面を持っていた。安里は人間の八歳の時点で一二歳のクラスにいて、人間界の保波高校に入る前は大学生になっていた。それが理由で安里は同世代の妖精たちからねたまれ、更に年初めのマリーノ王国の新年会で、その妖精たちにふっかけられてきたのが原因で、マリーノ王国に帰ろうとする気持ちが薄れていた。

「でもマサカハサラより上の"悪"を倒すための〈進化の装具〉が手に入らないぞ?」

 炎寿が安里に尋ねてきた。ふとジザイがあることを思いついたように言ってきた。

「そうだ! ムース伯爵とエトワール夫人にアンフィリット様にとっての"想い出の場所"がどこか聞いてみれば、わかるのでは?」

「お父さまとお母さまに? わたしとの想い出、っていってもいっぱいあるしなぁ」

 安里は腕組して考える。妖精は若い時期が長く、二〇〇年の寿命も持っているため、想い出も記憶も大なり小なり善なり悪なり様々だ。安里は人間年齢は一六歳だが、六〇年くらい生きているのだから。

 その時、家の電話が鳴り出して、ブリーゼが電話に出る。真魚瀬家の家庭電話は玄関近くに置かれており、ブリーゼは受話器を受け取ってかけてきた相手に聞いてくる。

「もしもし、真魚瀬です。……あ、はい。少々お待ちください」

 ブリーゼは受話器を台の片隅に置いて安里に言ってくる。

「アンフィリット様、学校のお友達からですよ」

「誰だろう」

 安里は居間を出て、玄関の下駄箱近くのラック棚に置かれた電話に出る。

「はい、もしもし。真魚瀬です。お電話替わりました……」

『あっ、もしもし。おれ、神奈瑞仁だけど。真魚瀬、携帯電話持っていないから家の電話にかけてきたんだけど……』

 安里の恋人となった同じクラスの神奈くんだった。電話に出たのが神奈くんと聞いて安里は態度を変える。

「それで? うん、わかった。今日の昼一時半に保波駅で。必ず行くからじゃあね」

 安里は電話を終えると、炎寿たちに言った。

「お昼ご飯を食べたら、わたし一人で保波駅に行ってくるからね」

 この時の安里の表情が明るくなったのを目にして、ブリーゼとジザイも炎寿も三分前と比べて変わりすぎているだろ、と思っていた。


 安里は昼食を食べ終えると、普段用のベーシック系の服装から神奈くんとデートするための上が白で下が黒のハイウェストスカートのワンピースとラベンダー色のフリル付きボレロカーデの服装にして、パステルカラーのリップやアイシャドーやチークを使ったメイクをして、出かけていった。

 マリーノ王国では親しい友人も男友達もいなかったけれど、神奈くんのこととなると胸がわくわくしてきた。マンションの外は空気は冷たいけれど陽は温かく、街路樹の木には緑の芽が吹いていた。道路では市内バスや乗用車が走り、ジャンパーや薄手のコートを着た町の人々が歩いていた。

 人間界に来てから一年三ヶ月、保波高校に入学してから一年が経とうとしていた。安里はその間に人間界の学問や娯楽、文化や文明を学習してきて、この世界になじんできていた。何より変化が大きかったのは自分自身の恋だった。ミスティシアでは誰とも恋をすることなかったのに、人間界に住んでから同じクラスの神奈くんが好きになっていた。

 神奈くんとの両想いまでに彼の幼馴染の女子の出現や安里と同じマンションに住む脇坂迅からのアプローチ、神奈くんが好きになったのがアクアティックファイターの方の安里だったりと試練が出てきたけれど、高一の学年末テストの後に神奈くんからの告白を受けて恋が叶った。

 バスやタクシーの停泊場や駅ビルのある保波駅の構内の柱に彼はいた。一七〇センチ半ばの背丈に前髪を斜めにした髪型、切れ長の眼に端正な顔立ち、細身ながらも筋肉質の体躯、黒いスタジャンにカーゴパンツと厚手のスニーカーとカジュアルなデイパック姿の神奈くんは安里を見ると、表情を変えた。

「おっ、来たか」

「ごめんなさい。もしかして、長く待ってた?」

「いや五分だけど。もしさ、普段行かない場所の公園とかに行ってみないか?」

「うん。どこだっていいよ」

 安里と神奈くんは切符を買って、埼葉アーバンパークラインの電車に乗って、保波駅より北のある町で降車して、初めてきた町を歩き回った。そこの町の公園は小学生の子が遊んでいたり、幼稚園くらいの子が滑り台やブランコや砂場にいたり、公園の木の枝には緑の芽が吹き、花壇には赤や白のチューリップに紫やピンクのヒヤシンスが植えられていた。

「普段行かない場所を探索するってのも、いいもんだろ?」

「うん、そうね」

 安里は神奈くんとのひと時を過ごし、公園で散歩した後は商店街の喫茶店で一服した。安里はチョコレートパフェ、神奈くんはエスプレッソを頼んだ。

「もうすぐ修了式で春休みになるけど、おれのクラブのない日はどこへ行こうか?」

 神奈くんが尋ねてきたので、安里はそれを聞いて返事をしだした。

「もしかしたら、わたし春休みに日本にはいないかもしれない……」

「えっ、まさか引っ越しと転校する訳!?」

 安里の発言を聞いて神奈くんは動揺する。

「いや、そういう訳じゃないんだけど……。春休みになったら、わたしが生まれ育ったギリシャに行って別の親戚に会いに行くって話なんだけど……。わたしが通っていた小中学校の同級生にふっかけられたことを思い出しちゃって、でもどうしようと迷っていて……」

 本当はこれから現れる巨悪を倒すための〈進化の装具〉を探しに故郷のマリーノ王国へ向かうことをギリシャに置き換えて伝えたのだった。安里の話を聞いて神奈くんはこう答えてくれた。

「親戚に会うだけにして、真魚瀬が小中学校の時の同級生にはなるばく会わないようにすればいいだけじゃねーの? 大事なのは過去の嫌な記憶じゃなくって、今をどうしたらいいかなんだから」

 神奈くんの話を聞いて安里は何となく理解した。神奈くんの言っていることには一理はある。マリーノ王国に戻って、〈進化の装具〉が眠る"想い出の場所"を探す時にスエーテたちに会わないようにすればいいだけ、なのだと。

「ありがと、神奈くん。わたし、神奈くんのアドバイス通りにするよ!」

「えっ、ああ、そうか……。それよりも言いたいことがあるんだけど」

「言いたいことって?」

「お前、まだ携帯電話持ってねーのかよ。おれとの今後のデートのやり取りと家族に用事を伝える時に使って、買えばいいじゃねーか」

 それを聞いて安里は一先ず沈黙してから考える。

「帰ったら、お父さんとお母さんに頼んでみるよ……」


 安里と神奈くん初めて行った町のデートを終えた後、保波駅のホームで別れ、安里は夕方の四時半頃に保波市に到着した。

『ベルジュール磯貝』に戻ってくると、炎寿とブリーゼとジザイにマリーノ王国へ行って"想い出の場所"を探しに行くと伝えたのだった。

「いいのですか? 学校時代の同級生に会いたくないからと拒んでいたのに……」

「マリーノ王国に行ったらお父さまたちと出会って"想い出の場所"を探すだけにして、〈進化の装具〉を見つけ出したら、また人間界に戻るわ。スエーテたちに会わなきゃいいだけなんだから」

 安里は〈進化の装具〉を見つけるためにマリーノ王国での行動予定を話した。

「あと安里が出かけていった後に比美歌と法代が家に来て、二人もそれぞれの"想い出の場所"を探すと行っていた。あの二人は人間界生まれだから、〈進化の装具〉も人間界にあるだろう」

 炎寿が比美歌と法代も"想い出の場所"探しに向かっていることを安里に教えた。

「春休みになったらマリーノ王国へ行こう。お父さまとお母さま、そうでなくてもわたしの学校時代の先生に聞くことが出来たら、"想い出の場所"がどこなのかわかる筈よ」

 安里たちアクアティックファイターに新たな試練が出現するも、彼女たちはこれから出てくる"悪"と戦うために決意したのだった。