6弾・7話 濡れ衣騒ぎ


「それじゃあまた明日」

 根谷法代は小学校からの友人である本多澄子と元木織音とは教室を出て自宅へ向かっていった。法代たちが通う保波第二中学校は法代の住む磯貝五丁目から北東へ歩いて十三分の距離にあり、男子は灰色のボタン付きの詰襟とスラックスで女子は灰色のボレロジャケットにジャンパースカートと赤いリボンタイ付きの白いシャツの制服で、五月もあと数日で終わる今は気候が暑くなって汗ばむようになったため保波第二中学の生徒は詰襟やボレロジャケットを脱いだ状態で通学していた。

 法代は屋根や壁色も形も異なる家々が並ぶ住宅街の中を移動し、教科書やノートが詰まった通学バッグを持って小学校より距離が増えた通学路を早足で歩いていた。黒い切妻屋根にミントグリーンの板壁の花屋『NEYAフラワーハウス』にようやくたどり着いた頃、母が配達用の小型の自動車に客人に届ける苗やプランターを入れているのを目にした。

「ただいまー……って、お母さん配達に行くの?」

 法代が母に尋ねると母は法代に行ってくる。

「そうなのよ。駅の向こう側の人たちの所に行かなくちゃなんないからね。店番よろしくね。あと日が暮れる前に洗濯物を片付けおいてね。真久里の面倒も見ておいてね。お客さんが難しい注文をしてきたら、お母さんのケータイにかけてね」

「はぁい……」

 母に留守中の用事を頼まれた法代は休みたかったと思いつつも、母に従うことにした。母が配達車に乗って出かけてしまうと、法代は宿題もあるし今日やった授業の復習や明日の予習もしなくちゃいけないのにと考えつつも、一旦自室に戻って制服から普段用の緑のシャツとヒッコリーパンツに着替えると通学バッグから宿題と教科書とノートいくつかを抱えて店のレジのあるカウンター机で勉強しながら店番をやる合理法を使うことにした。

 五歳下の弟の真久利はすでに学校から帰ってきているけど姉が店番をしている時は家から出ないようにと言っておいたし、宿題や復習をしながら店番をすれば夕方以降の勉強時間を縮められるメリットもある。客が来ればオーダーに応えて夕方六時の閉店まで辛抱できる。

「中学校に入ってからは思ってたより手のかかることが増えたからなー……」

 中学校に入ったクラブは茶道部で部費も体力も必要もなかったから過ごしやすく委員会も週一回で文化祭や卒業生の送別会などの学校行事を担う文化委員会に入った。クラブと委員会のある日は法代は店番と家事は免除されたが、他の日は店番や配達、両親不在の家事や弟の世話を担うことになった。

 更に勉強も十日で二ヶ月分の授業のおさらいをする中間テストもあったし、夏休み前には実技四教科も含めた期末テストもあった。勉強は嫌いまでとはいかないけど好きではない法代は追試と補習を受けないように勉強していた。

 それからして母が帰ってくると法代は店番が終わったと覚り、二階に上って洗濯物を畳もうとした。だけど洗濯物は祖母がとっくに片付けていた。

「おばあちゃん、わざわざやらなくても良かったのに」

 店のある真逆の方角の二階のベランダに通じる両親の寝室で祖母の毬藻(まりも)が家族五人分の衣類を持ち主分に分けて畳んでいた。

「いいのよ。これぐらいのことは」

「だけど、わたしがお母さんに言われたことだし……」

「でもね才実(さいみ)さんは法代が中学生になったからって法代に頼っているじゃないの」

「そうかなぁ」

 祖母は父・房幸(ふさゆき)の母で母の才実は息子嫁である。父は会社勤めで月曜日から金曜日まで会社に通い、家では母と一緒に花屋を営む。弟の真久利はまだ小学二年生で法代が中学生になると登校は姉に付き添ってもらい、下校は祖母が迎えに来てくれるようになった。

「おばあちゃんは留守番と真久利の下校時のお迎えをしてくれるだけでもありがたいのに」

「大丈夫だよ。あたしはまだやれる。ところで……」

 祖母が法代に尋ねてきたので法代はあることを思い出してきた。

「ルミエーラ嬢と歩歌さんの前に今までより手強い敵が出てきたけれど、〈進化の装具〉のおかげで進化して撃退したってのは本当のようだね」

 それを聞かれて法代は真顔になって頷いた。

「うん。二人ともそれぞれ影と風の怪物に襲われたけど倒したって」

 法代は祖母に教えた。法代の左胸には半透明の緑の半円の石に金色の枠のブローチが付いていた。ブローチには古代マリーノ文字と呼ばれる彫りが刻まれていた。

「房幸は半分妖精、真久利は法代と同じ四半妖精で妖精の力を受け継がなかったとはいえ、法代が二つの世界の悪と戦う宿命(さだめ)を背負ってしまうとはねぇ」

祖母の毬藻は呟いた。法代は四分の一だけ妖精の血が流れており、しかも水妖精の間に伝わる勇士・アクアティックファイターに覚醒したのだった。祖母は人間の七十代の老女の姿であるが、これは妖精世界ミスティシアの妖精が時と場合によって姿を変える変化自在法による姿で、実際は若々しいのだ。

「何でも安里さんと歩歌さんの話によれば、二人の大切な人が危ない目に遭ったのは〈禍を起こす者〉の配下が起こしたからで、安里さんと歩歌さんが〈進化の装具〉によって進化して倒せられたっていうから……」

 法代は祖母に事の次第を話した。

「〈禍を起こす者〉ねぇ……。あたしも百二十年生きているとはいえ、そのような伝説や予言は聞いたこともないねぇ」

 祖母は過去の記憶を引っ張り出すが〈禍を起こす者〉の情報はどれも該当しなかった。

「安里さんは恋人の神奈さんの時、歩歌さんは中学からの友達である郁子さんの時で。わたしは家族も友達もアクアティックファイター仲間も同じように大切だって思ってる……」

 そのどれかが〈禍を起こす者〉に襲われたら自分はちゃんと立ち向かえることが出来るのか、自分の大切な人が禍に遭わせずにすることが出来るのか、と不安気に答えてきた。すると祖母が法代に言ってきた。

「法代が大切にしているのは人のこととは限らないんじゃないのかい?」

「えっ。どういうこと?」

 法代が祖母に問うと祖母はきっぱりと言い返してくる。

「それは……自分で探してみることだね。頼れる相手に聞くんじゃなくって」


 翌日、法代は朝食を済ませると弟を連れて家を出て真久利を磯貝小学校に送り届けると自身が通う保波第二中学校へ足を向けていった。男子も女子も白いシャツに灰色の制服を着て、ぞろぞろと校舎に入っていく。

 法代の教室は第一校舎の東側にあって一年六組の教室では座っていたりおしゃべりし合ったりしている生徒が見られた。

「法ちゃん、おはよう」

 丸顔にショートヘアの元木織音(もとき・おりね)が法代にあいさつしてきた。

「おはよう織ちゃん。澄ちゃんは朝練?」

 法代と織音は茶道部だが澄子はバドミントン部に所属しており、体育館でクラブの朝練に出ていた。

「澄子は運動神経あるからね。今は筋トレや素振りの練習や後片付けをやっているけど、一年生でレギュラー入りするかもしれない」

 織音の言葉を聞いて法代は澄子のこれからを聞いてぼやく。

「澄ちゃんは上手くいけば一年生でレギュラー入りか……。澄ちゃんに比べてわたしと織ちゃんは先輩も後輩も同等の扱いの茶道部だもんね」

 法代はとてつもない運動音痴でよく転んだり走るのが遅かったりとしていたが、アクアティックファイターとして覚醒してからは水泳と素潜りだけは得意になっていたが、小六から出来るようになったことは澄子や織音には内緒にしていた。

「いいじゃん。運動神経のある法代だと何か想像しづらいし」

「確かに言えてるよね」

 織音とふざけ合っていると朝練を終えてきた澄子が教室に入ってきた。

「おはよう。朝のHRはこれからのようね」

 法代と澄子と織音の三人は小学校からのつきあいで中学校も同じになった。


 中学校での生活は週に二日は六時間授業で三日は五時間目が終わるとクラブ二日、委員会一日で構築されており、授業が全部終わると校内清掃とHRである。児童会が生徒会の名称になっただけでなく、活動は小学校と同じではなかった。特に生徒会は他の生徒の要望に応えたり部活や学校行事も調整しなくてはならなかった。

 法代はクラブと委員会は帰りが早いこともあって店番をするために澄子と織音に別れのあいさつを告げてから急いで帰らなくてはならなかった。しかも走るのが遅くてよくつまづくため、通行人たちは法代の様子をチラ見したりつまづくたびにハラハラしていた。

「せめてわたしの分身がしてくれたら……。そしたら澄ちゃんと織ちゃんと帰れる日が作れたのにな〜」

 法代は途中の空き地を通りかかった。空き地の両隣と後ろは住宅が建っていて、空き地は元々は家があったのだが二年前に火事が起きて住人は逃げて無事だったが、家屋はなくなってしまい別の家に住むことになったため更地になった。空き地は生い茂る無数の雑草と石と土砂がたまっており、法代は空き地でよからぬ気配を感じて立ち止まった。

「……気のせいか?」

 しかしこんなことをしている場合ではないと悟って家に帰っていったのだった。

 家に着くと母はまた配達に行っており法代は店番、祖母と弟は二階にいて法代は自宅学習をしながらお客さんの対応をしていた。やがて母の配達車が戻ってきて駐車場にしまうと母が法代に尋ねてきた。

「お母さん、お帰りなさい……」

「法代、さっき町中で歩いていなかった?」

「え、何のこと? わたし、ずっと店番してたよ?」

「変ねぇ。わたしが駅前を通ってたら法代が歩いているのを目にしたのよ。体格と髪の長さが同じだったから『あの子店番を放ってほっつき歩いている』と……。わたしの見間違いが人違いだったのかしら」

 母は不思議がり法代も何が何だかと口を閉ざしてしまった。すると店の奥から祖母が出てきて法代のアリバイを証明してくれた。

「法代はずっと店の中にいたよ。台所で皿洗いを終えた後覗いてみたら法代は勉強しながら店番してたし」

「おばあちゃん!」

 祖母が教えてくれたので法代は安心する。母は祖母が日頃から孫に甘いのできつく言ってくる。

「まぁお義母さんが法代のことをちゃんと見ていたからいいけれど……。もし法代が町中を徘徊するようになったら甘やかされた故の素行の悪さになってしまうんですよ」

「わかったからおばあちゃんにあまりきついこと言わないで" わたしはちゃんと店番も勉強もしてるし」

 法代は母と祖母のやり取りを止めた。だけど母が駅前で目にした法代のことが疑問に思ったのだった。


 次の日、法代がいつものように中学校の教室に入ってくると、澄子と織音が法代を不思議そうに見つめていた。

「おはよう……って、二人ともどしたの?」

「法ちゃん、あんた昨日何してた?」

 織音が尋ねてきたので法代は店番をしていたと答える。

「わたしが家で勉強してたらさ、突然インターホンが鳴って二階の窓から覗いてみたら法ちゃんがいて、何か用かと一階に降りてみたら法ちゃんの姿がなくって……」

 織音が昨日のことを法代に伝えてくると澄子も言ってくる。

「わたしも昨日家にいて勉強し終わった後に一休みしようとしたらインターホンが鳴って、そしたら法代が来ていて玄関のドアを開けたらいつの間にかいなくなってて」

「そんな! 二人ともわたしがいたずらをしてきたって思っているの? わたしはちゃんと店番を……」

 法代は澄子と織音に自分の現場の不在を訴えた。法代の様子を見て澄子と織音は気まずい表情となる。

「別にあたしたち法代を疑っている訳じゃあ……」

 ここでチャイムが鳴ってみんな自分の席に着いて法代も着席した。

 やがて一時限目、二時限目、三時限目と過ぎていき、四時限目は体育の授業だったのでみんな体操着とジャージに着替えて授業の場所へと向かう。中学高校は隣り合うクラスの男同士女同士で体育の授業を受けて、男女ともに体育の授業は同じ時間でも内容が違うのだ。

 法代も澄子も織音も学校指定の体操着と黒いショートパンツ、男子は紺で女子はえんじ色のジャージを着て教室を出た。

「昼食前の体育ってきついよねー」

「でも運動した後のランチがおいしいっていうし」

 他の女子が話し合っている中、体育の顧問の先生と体育係の女子が数人法代の前に現れたのだった。

「根谷さん、今日の授業で使うハードルが解体されているのはどういうことよ?」

 みんな剣幕を出してきていて法代を睨みつけてきたのだ。法代は何のことだが困り顔をする。

「ど、どういうことですか?」

 先生が訊いてきたので法代が返してくると女子の一人がこう言ってきたのだ。

「とぼけないで。わたしたち、運動用具の倉庫から根谷さんが出て逃げ出すを目にして倉庫を覗いたら、ハードルがバラされていたのよ」

 法代は何かの間違いだと察した。自分は体操着に着替えていたし、校舎から外の運動用具の倉庫にたどり着くまでに距離も時間もある。その時、澄子と織音が出てきたのだ。

「あたしたち、ずっと法代と一緒でした」

「法ちゃんは走るのは遅いけど、こんなことはしません」

 朝のHR前の件で気まずくなっていた澄子と織音だったが、法代のアリバイを証明してくれた。その時、法代は廊下の窓から怪しい人影を見つけてすぐ姿を消したのを目撃したのだった。

(まさか、あいつがわたしに身の覚えのないことを背負わた犯人?)

 法代は引き返して急に走り出した。

「ちょっと根谷さん?」

 先生が止めようとしたが法代法代はみんなに向かって言ったのだった。

「わたしが犯人を捜しに行きます!」

「はあああっ!?」

 誰もが法代の台詞と行動に疑ったが、澄子と織音は法代が悪い子ではないことを信じたのだった。