水の妖精の勇士としての能力に目覚め、同級生の比美歌はその一人だったことを安里ことアンフィリットのお供である不思議生物のジザイとブリーゼは話を聞いて、喜んでいた。 「アンフィリットさまの学校の同級生が妖精の血を引いていたなんて……」 ブリーゼは呟く。ジザイは比美歌がシデーモを倒した時に手に入れたカニの甲羅によく似た黄色い欠片はファンタトレジャーのコハクコウラと判明し、安里は集めるファンタトレジャーはあと五つとなった。 「それで比美歌さんと結託しましたか?」 ブリーゼが安里に尋ねてきたので、安里はそれを聞いて口ごもるもこう答える。 「普段と戦いは別だからって、学校では親しくしてほしくない、って言ったから」 安里の発言を聞くと、ブリーゼはピシッと言った。 「何を言っているのですか。水の妖精の勇士となったのならば、日常でもやり取りをするのが当然なのですよ。普段と戦いは別という考えはきつすぎます」 ブリーゼに言われて安里は沈黙する。安里は自分の部屋に戻って明日の学校の準備をしながら考え込んでいた。 (普段でも宇多川さんと仲良く、ったって宇多川さんもどうせ後でわたしの出来の良さに妬んだりひがんだりするよ……) 比美歌のことは同級生や水の妖精の勇士の同格になるぐらいで、友達にはなれないと思っていた。 比美歌は安里と別れた後、バスに乗って公団前に降りて三階建て団地の真ん中の棟に入り、三階の一角にある自分の家へと帰っていった。 比美歌の住む団地は二部屋リビングキッチンと風呂とトイレのある内装で、今日はタクシー運転の仕事が休みだった父が洗濯物をたたんでいた。 「比美歌、お帰り」 「ただいま、お父さん」 リビングにはテレビとローテーブルと壁に備え付けのエアコン、大切なものを入れる小タンスの他、部屋の隅に小さな黒い仏壇があり、仏壇には比美歌によく似た顔立ちの女性の写真が飾られていた。比美歌が七歳の時に病死した母、笑歌(えみか)である。比美歌は仏壇に手を合わせてから父に同級生のこと、もちろん安里のことを話したのだった。 「お父さん、わたしのクラスにね、ギリシアから帰ってきたばかりで日本のことはよくしらない女の子がクラスにいるんだけど。わたし、その子と偶然スーパーで出会って『次の日のライブへ行こう』って誘ったの。けど、ライブが終わった後にその子は『あまり親しくしないでほしい』って言われちゃって……」 比美歌は流石にシデーモと呼ばれる怪物や自分と安里が怪物と戦う妖精になったことは話さなかった。 「そんなことがあったのか」 「わたしって、お節介だったのかな?」 比美歌がしょんぼりして言うと、父は言った。 「その子はまだ日本に来たばっかりなんだろ? 長く住んでいたギリシアを離れて日本に移ったことになったんなら多少の時間はかけないと。あと、その子の言っている通りにいっつも親しくしているとかえって、うざったいと思われることもあるからな」 父の台詞を聞いて、比美歌はしょっちゅうだと安里に鬱陶しがられるのかと考えた。 (だけど、一人の真魚瀬さんって何か寂しそうなんだよね……。何とかして打ち解けたいよ。そうだ、苗字じゃなく名前で呼んでみよう) 安里と仲良くなるために比美歌は思いついた。 翌朝、安里はオリーブグリーンの制服を着てバスに乗って保波高校へ向かっていった。バスの中は男女問わずの保波高校の生徒や他の学校の生徒、スーツ姿のサラリーマンやOLも乗っており、後ろ側の二人がけの座席に比美歌と比美歌の中学校時代からの友人、田所郁子が座っていた。 「おはよー、安里ちゃん」 比美歌がバスに乗っているのを目にして安里は目を丸くした。 「あ、おはよ……。宇多川さんもバス通学だったんだ……」 安里は今まで知らなかったとはいえ比美歌に返事をした。田所郁子はぼんやりしていたが目を開けて起きている。 「宇多川さん、わたしとそんなに親しくなってないのに名前で呼ぶなんて……」 「でもクラスで苗字で呼ばれているのは安里ちゃんだけでしょ?」 「それはそうだけど……」 バスはやがて保波高校の近くのバス停に着き、次々と保波高校の生徒が下車する。男女ともに制服は同じ色だが、通学鞄は個人によって異なっていた。比美歌は茶色のデイパックで郁子は同型の白いデイパックだ。安里は他の生徒にまぎれて早歩きで校舎に向かっていった。 教室に着くと廊下に近い自分の座りショルダーバッグの教科書やノートを机の中に移す。その時、比美歌と郁子が教室に入ってきて「おはよー、みんな」とあいさつする。 比美歌の席は真ん中の後ろから三番目の席で、その前が郁子だった。 (しまった、宇多川さんと席は近いんだった) 安里は席順を思い出した。比美歌は席に座ると安里の方を見つめており、安里は教科書を開いて視界をそらした。 (わたしのような出来のいい子と宇多川さんのような趣味や特技はあっても普通の子とは仲良くなれっこないんだから……) 安里は授業では本当に優秀だった。数学の公式は四問とも全問正解で、国語も教科書の文を噛まずに読み、英語もスペリングが上手く、体育の授業も五〇メートルを六.七秒で駆けてしまうほどだった。 体育の授業では校庭に出て男女共に襟と袖口がオリーブグリーンの白い体操着に男子はオリーブグリーンの半ズボン、女子は黒いスパッツを着用し、運動靴を履く。 「真魚瀬、お前それなりに運動神経ありそうだから運動系のクラブに入ればいいのに」 四角い顔に角刈り頭に一八〇センチ越えの背丈のガタイのいい体育の先生が安里に言ってきた。 「いっ、いえいえ、わたしが運動のクラブに入るとみんなひがむので……」 「え?」 「あ、いいえ。何でもありません。では」 安里はそそくさと女子の列に戻り、次の生徒が五〇メートル走の測定に出る。 (わたしだって好きで優秀に生まれてきたんじゃないのにな……) 安里はマリーノ王国にいた時、泳ぎが誰よりも上手く、そのために他の人魚や海妖精から安里の泳ぎの速さと上手さを妬まれ、また舞踊も上手く、バランスを崩さない安里の上手さをみんなはひがんだ。 四時間目の体育が終わり、次は昼休みで教室で友人や同じグループの子と一緒に食べる生徒がいて、安里はやっぱり一人でブリーゼが作ってくれたお弁当を食べようとした。 「安里ちゃん」 名前を呼ばれて声を上げると目の前に比美歌と郁子が立っていた。 「今日も一人なら一緒に食べようよ。その方がいいって」 比美歌が今は使っていない席に座り、郁子も近くの席に座る。比美歌のお弁当はサンドウィッチだった。 「わぁ、おいしそう。比美歌ちゃんが作ったのよね?」 「いいよ、一つあげる。郁ちゃん、うずらの卵と交換して」 郁子はフォークでうずらの卵を比美歌に差し出し、郁子は比美歌のランチボックスからハムキュウリサンドを一つ取る。 「安里ちゃんも一つどう? 交換はブロッコリーで」 「い、いいの? じゃあその紫のやつ……」 安里はブロッコリーを比美歌のブルーベリージャムサンドと交換した。安里はおかずとご飯を食べてからジャムサンドを食べた。 「あ、おいしい」 ブリーゼはサンドウィッチも作ってくれるけど、ブリーゼが作ってくれたものよりもおいしく感じた。 「そうだ。安里ちゃん、次の授業まで何をしている?」 比美歌が尋ねてきたので、安里は「えっ?」という顔つきになるが、すぐに返事をした。 「次は歴史の授業だからその予習を……」 「そっか、お弁当を一緒に食べてくれてありがとう。じゃあ」 比美歌と郁子は席を立って教室に出た。 一人は慣れている筈なのに比美歌と郁子と昼食をとった後は安里は清々しく感じた。 「まぁ、アンフィリットさまがやっと……、ご学友と一緒に昼食を!?」 安里は学校から帰ってくると比美歌と郁子と一緒にランチしたことをブリーゼに話すと自分のことのように喜んだ。 「そ、そんなに興奮しなくても……」 今日の晩色である梅肉入りトンカツを食べながら安里はブリーゼに言った。 「いやいや、マリーノ王国ではご友人のいなかったアンフィリットさまがたとえヒューマトピアでもご学友と昼食を共にしただけでも成長ですぞ。次は放課後のお付き合い、その次は休日の外出。そして最終的には……」 安里の向かい側の椅子に座るジザイが期待してうなる。 「そんなに先のことなんてわからないよ。第一、宇多川さんとは海賊と戦うための同士だし……」 安里はジザイに返事をした。 次の日、安里が学校に来ると登校中のバスで出会ったのは郁子だけだった。比美歌はどうしたのかと尋ねると、何でも自宅の団地の階段で足を滑らせてくじいてしまい、二時間目の授業あたりに来るという。安里はそれを聞いて一旦驚くが、大したケガじゃなくて良かったことに安堵する。 二時間目の公民の授業で比美歌が左足首に包帯を巻いて教室に入ってきた。 「自分ちの団地の階段で転んだんだって? ドジだけど気の毒だよな」 「捻挫で良かったよ。骨折だったらシャレになんないよ」 クラスメイトが比美歌の足を見て呟いた。休み時間になると郁子と安里が比美歌の席に近づいた。郁子が比美歌に尋ねる。 「足、大丈夫?」 「平気よ、四、五日すれば治るから」 比美歌は笑いながら郁子に返事をすると安里に視線を向ける。安里は痛々しい比美歌の足を見てしどろもどろになる。 「あ、あのさ、宇多川さん……。無理しないでよ?」 「うん、気遣ってくれてありがとう」 「ありがとう」と言われて安里は今までに感じなかったものを心に感じる。 午後の授業もHRも掃除も終わり、生徒たちはクラブ活動や委員会、アルバイトや予備校などの活動にはげんだ。 クラブも委員会もない安里はショルダーバッグを肩にかけてバス停に行こうとした時だった。 (アンフィリット) 耳で聞きとった声ではなく頭の中に響いてくる声だった。しかも声は冷たい感じの女の声だった。 (アンフィリット、わたしと戦え。保波高校から西北にある自動車スクラップ場にわたしはいる) 砂嵐を起こすシデーモを引き連れたドレッダー海賊団の幹部フェルネだった。安里はフェルネの呼びかけに応えて教室を出て校舎を抜けて保波高校から西北に向かって十分歩いた場所にある自動車スクラップ場。タイヤがなかったりボンネットが潰れていたりフロントガラスが割れている自動車が何台も置かれ、積まれている自動車もあった。地面は乾いた薄茶色の土で風で土煙が舞い、澄みきった青空をかすませることもあった。安里はたった一人で自動車スクラップ場へ来て自分を呼び寄せた者と対面する。 「来たか、アンフィリット」 時々風で舞う土煙に向こう側から長い髪に赤い蛇腹黒い鱗に蛇体の娘、フェルネが現れる。 「こんな所にわたしを呼んでどうするの?: 安里はフェルネに尋ねる。 「決まっているだろう。お前との決闘だ。前は二人目の水の妖精の勇士の出現でお前とまともに戦えなかったから。今度こそお前と一対一の勝負をな」 「それがお望みなのね。わかったわ……」 安里は制服の胸ポケットに入れていたチャームを取り出して首にかけてチャームを握って念じると紫色の光に包まれて、長い深いピンクのウェーブヘアと紫色のコスチュームの姿に変わる。 「では、いくぞ」 そう言うなりフェルネは蛇尾を大きく振ってアンフィリットに叩きつけようとしてきた。それを見たアンフィリットはとっさに大きく跳躍して避けるものの、フェルネの蛇尾の威力は思っていたより破壊力があり、アンフィリットの真後ろにあった青い乗用車のボンネットが真上から岩を落としたように凹んだのだった。アンフィリットは四角いワゴン車の屋根の上に着地するとフェルネの攻撃力を見て引く。 (廃棄されているとはいえ、自動車があんなに歪むなんて……) アンフィリットがワゴンの上に立っているのを目にしたフェルネは口からいくつものの火の玉を吐き出してきた。それに気づいたアンフィリットは急いで水の玉を出してフェルネが出してきた火の玉を消して、白い水蒸気の煙が出て二つが弾ける。 「わたしが出せるのは火だけではないんでね」 フェルネはそう言うと深呼吸をして勢いよく口から薄い赤い霧のような息を吐き出してきた。 「な、何!?」 アンフィリットはフェルネが口から出したのが火ではなく赤い霧のような息を出してきたのを目にした時、自動車を持ち上げるクレーンに泊まっていた二羽のカラスがフェルネの出した息にかかってけいれんさせ、落下してきて地面に叩きつけられる。 「ど、どういうこと……!?」 アンフィリットはフェルネの息にかかったカラスの姿を見て驚き、やがてカラスは大きくびくつくとパッタリと逝ってしまった。 「毒の息……。あれを吸ったらまずいんだわ……」 アンフィリットがカラスの死を目にしてフェルネの吐く毒の息を吸わないように気をつけようとするも、フェルネは再び深呼吸をして毒の息をアンフィリットに向けて吐き出してきたのだ。 「マーメイド・アクアスマッシュ!!」 アンフィリットは水の玉を出して毒の息を防ごうとしたが一歩遅く鼻と口に毒の息がかすかに入り、目まいを催して体がぐらついて地面に落下した。 「あうっ」 アンフィリットは地面に叩きつけられただけでなく、手足がしびれて動きたくても動けなくなってしまった。体がしびれて動けないアンフィリットを見てフェルネが蛇の下半身を這わせて近づいてくる。 「流石の水の妖精の勇士も毒には弱かったか。しかし動けない水の妖精の勇士は赤子の手を捻るのも同然。お前は船長の元へ連れて行く。動けない相手に止めを刺すのは卑怯だからな」 そう言ってフェルネはアンフィリットを抱えてドレッドハデス船長のいる戦艦へ連れて行こうとしたその時だった。空から音符型のエネルギーが飛んできてフェルネは後方に飛ばされて後ろの車体にぶつかった。 (この攻撃方法は……) 体は動けないが意識のあるアンフィリットは気づいた。アンフィリットとフェルネの斜め上の上空には翼を持ち白い装束姿の比美歌がいたのだ。 「安里ちゃんに手を出さないで!」 比美歌はアンフィリットの前に降り立ち、アンフィリットの体を支えてフェルネに向かって叫ぶ。 「おのれ、セイレーンの勇士め! 一度ならず二度もわたしにたてつくとは! 次こそは必ず!」 そう言ってフェルネは闇のひずみを出して中に入ってひずみは消えた。 「安里ちゃん、大丈夫!?」 比美歌がアンフィリットに問いかける。 「う、宇多川さんだって……、足をケガしているでしょうに……」 アンフィリットは比美歌の左足首を見て言い返す。比美歌の足は引きずっていたのだから。 「でも、どうしてここがわかったの……?」 「うん、普通に後をつけたらバレると思って足首も捻っていたから、変身して空から安里ちゃんを尾行していたの。そしたら安里ちゃんがピンチになっていて……」 「宇多川さん……」 (ああ、そうか。誰かが危ない目に遭った時、残った方が助けてくれる。これが仲間っていうんだ……) マリーノ王国にいた時には感じなかった他者からの思いやり。昨日まで友達も仲間と呼べる存在がいなかったアンフィリットはようやく友情を知ることが出来たのだった。 「ありがとう、宇多川さん……。いいえ、比美歌ちゃん」 「安里ちゃん、やっとわたしのこと、名前で呼んでくれた」 アンフィリットは毒の息を吸ったためにしばらく体が動かなかったが、一時間もすると毒が抜けて歩けるようになった。 安里と比美歌は制服の姿に戻り、一緒にバスに乗って帰っていった。 空はすっかり朱色に染まり西日になっていたが、この日は最高に素晴らしい日となったのだった。 |
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