3弾・5話 同じマンションの男子高校生


   地上より数百メートル地下にあるヨミガクレの本拠地。女王の間で仲間のサキヨミウラシが冥府の闇で変貌した上に、アクアティックファイターに倒されたことを知ったタケモリノイクサとマジカケタマツグはうなだれていた。

「まさかモリタテに続いて、サキヨミまで倒されるとは……」

「これからどういたしましょうか」

 青い火の行燈で照らされ、厚い白い布の仕切の中にいる女王に尋ねる。

「そう戸惑うな。モリタテもサキヨミもいなくなったが、アクアティックファイターの戦力は未知数。逆転の機会はまだあるというものだ」

 女王は自信を持って幹部に伝える。

(女王さまは仲間が二人も消えたというのに、なぜあんなに落ち着いていられるのだろう? 冷静にもほどがある)

 タケモリは女王の様子に疑問を持ちながらも女王の言葉に従うことにした。


「行ってきまーす」

 安里と炎寿は朝食を終えると、通学バッグを持ってマンションを出て、バス停に向かっていった。『ベルジュール磯貝』を出て、住宅街を出た道路のバス停へ向かい、他にバスに乗ろうとするサラリーマンや大学生に混じって、バスを待った。

 バスが来ると乗り込んで、バスはビル街の方へ向かっていく。バスの中でいつも通りに比美歌と郁子と合流すると、保波高校に着くまで昨日のテレビ番組の話をしあった。バスがビル街の中に入ると、クレーン車やトラックなどの重機が停車し、黄色いヘルメットに作業服の工事現場の人たちが集まっていて、道路の補正やビルの修復を行(おこな)っていた。

「あー、まだ続いているんだね、工事」

 郁子がバスの窓から工事現場を目にして呟く。数日前、保波高校の体育祭の後、安里たちは巨大な怪物に変貌したサキヨミウラシと戦い、サキヨミを倒した。人間の犠牲者は出なかったものの、町がめちゃくちゃになる被害を出してしまった。テレビや新聞などの報道ではビルと道路の老朽化ということに発表されていたが。

 バスが保波高校近くに着くと、安里たちは降車して保波高校の門に入っていく。どの生徒も秋の始まりの今は、男子はオリーブグリーンの詰襟とスラックス、女子は白いセーラーシャツとオリーブグリーンのブレザーとからし色のスカートである。

「おはよー」

「おーっす」

 市内や市外から登校してくる生徒があいさつし合う中、安里たちは校舎の中に入り、炎寿は一年五組、安里・比美歌・郁子は一年四組の教室に入っていく。

 一年四組の教室の中ではクラブの朝練に行っている生徒、お喋りし合う女子、宿題の見直しをしている男子など様々だった。

「おはようございます、お三方」

 そうあいさつしてきたのは眼鏡の男子、委員長の深沢修(ふかざわ・おさむ)だった。

「深沢くん、おはよう」

 安里・比美歌・郁子は深沢くんにあいさつすると、自分の席に着いてバッグから教科書とノートを出す。安里は空いている席のうちの一つ――神奈くんの席を目にする。

(もうあの日から何日も経つんだな……)

 体育祭の後の学校で安里は偶然とはいえ、神奈くんが幼馴染の鈴村史絵(すずむら・ふみえ)から告白されたが、史絵とは姉弟としか思っていないと振ったのを目撃したのだった。

 安里は夏休みが終わってから自分は神奈くんが好きなのだと気づいた。人間界に着てからもマリーノ王国にいた時も好きな人はいなかったし、好かれることもなかった。

 体育祭が終わってから神奈くんと史絵は別々に登校するようになっていた、と一学年での話で安里は耳にしていた。

(まぁ、鈴村さんが思っていたより元気で良かったよ)

 安里は校内で史絵を見かけていたが、神奈くんに振られて陰気になっていたり、自暴自棄になっている様子がなくて安心していた。


 授業と帰りのHRと校内清掃が終わると、クラブのある生徒は活動場所へ行き、予備校やアルバイトのある生徒、帰宅する生徒に分かれて、炎寿は体操部、郁子は手芸部に行き、安里は比美歌と一緒に校舎を出ていった。

「安里ちゃん、買い物に付き合ってくれる?」

「うん、いいよ」

 二人はバスに乗って磯貝五丁目で途中下車して、商店と住宅街の並ぶ合一街の中にある『スーパー丸木屋』へ向かっていった。

 炎寿ことフェルネが人間界に来る前に安里がブリーゼとジザイと共に住んでいた低層マンション『メゾン磯貝』の近くにあるスーパー。今日は特売日のため、肉屋や野菜

が割引になっているだけでなく、卵が一パックお一人様五十円のため比美歌は安里を誘ったのだった。安里の協力もあって比美歌は二十個の卵を百円で手に入れられた。

「これが欲しくてわたしにお願いしたの?」

「ごめんね。付き合わせちゃって」

「いいよ。比美歌ちゃんが求めていたのなら」

 夕方の合一街を歩いて『磯貝五丁目』のバス停に着くと、安里と比美歌は再びバスに乗って、バスが磯貝四丁目に着くと安里と比美歌は別れて、安里はマンションに向かっていった。

「やれやれ、比美歌ちゃんのお願いに付き合っていたら、遅くなっちゃった」

 空はオレンジと紫に染まり、日が赤く西に向かっていた。秋になると日の入りが早くなるため、下校時間を早くする学校もある。

 安里がマンションのエントランスに入ると、先に同じマンションの住人がいたことに気づいた。背は安里より二十センチほど高くて細身に近く、面長顔につり上がった目に端正な顔立ち。髪型は前髪を閉ざした天然パーマ。紺色のパイピングブレザーに青いバーバリーチェックのスラックス、白いシャツに赤いネクタイ。手には学校指定の四角い紺色のバッグで、中心に校章が入っていた。

「あ、えと……こんばんは……」

 安里は同じマンションの住人の他高校の男子高生にあいさつする。

「ああ、こんばんは。君は確か四〇三号室の真魚瀬さんだよね?」

「はい、そうですけど。あなたは……?」

「おれは五〇四号室の脇坂迅(わきさか・じん)。君ときちんと会うのは初めてだよね」

「あ、そうなんですか?」

「敬語はよしてくれよ。おれ、これでも真魚瀬さんと同い年なんだぜ?」

 脇坂くんは安里に言った。

「四階までさ、一緒に帰らないか?」

 安里は脇坂くんと四階まで帰ることになり、一緒に階段を昇っていった。

「夏休みの終わりに新しい人たちが引っ越ししてきたから、どんな人かと思ってたらっ結構いい人そうで良かったよ」

 脇坂くんは安里のことは夏の終わりに知ったのを話してきた。

「脇坂くん、どこの高校?」

「おれ、舟立(ふなだて)高校のインテリア科一年。真魚瀬さんは?」

「保波高校の普通科一年。従姉妹の炎寿も普通科で隣のクラス」

「今日帰ってくるの遅かったみたいだけど、クラブか委員会でもあったの?」

「ううん、同じクラスの友達の買い物に付き合っていたら、いつものバスに遅れて……」

「おれ、クラブのない日はよくバス停で真魚瀬さんを見かけていたけど、なかなか声をかける機会がなくってね。今日話すことが出来て良かったよ。出来たら真魚瀬さんと友達になれたらなー、って」

 それを聞いて安里は耳を澄ませた。まさか男の子が、それも人間界の男子高生が安里の友達になりたいと言ってきたのだから。

「友達っても、休日には一緒に出掛けたり遊んだりするくらいの友達で。おれ学校にも友達はいるけど、同じマンションの住人はいないからさ」

「い、いいよ。それくらいなら……」

 安里は脇坂くんに返事をした。四階に来ると安里は脇坂くんと別れた。

「じゃあ、わたしここだから……」

「ああ、また会ったら遊びに誘うよ」

 そう言って脇坂くんは一つ上の階に昇っていった。

「はーっ」

 安里は脇坂くんの姿が見えなくなると、息を吐いた。

(同じ学校のクラスメイトでもない男の子から話しかけられるなんて)

 マリーノ王国にいた時は男子から話しかけられた時は先生からの呼び出しだったり係の用事ぐらいなもので、「友達になってくれ」と言われたことは全くなかったからだ。

 安里は四〇三号室の自分の部屋に入り、制服からシャツとミモレスカートの普段着に着替えると、今後の秋の中間テストに備えて勉強をし始めた。それからして学校のクラブ活動を終えた炎寿、会社から帰ってきたジザイも家に集まって真魚瀬家は夕食にありつく。ブリーゼが作ってくれた夕食のコロッケを食べながら安里はマンションに帰ってきた時のことを考えていた。

「ルミエーラ様、帰ってきてからぼんやりしてますが」

 カモメ姿のブリーゼが話しかける。

「あ、うん。ブリーゼは脇坂さんって知っている?」

「脇坂?」

 炎寿がその名前を聞いて尋ねてくる。

「ああ。以前町内会で出会った五〇四号室に脇坂さんですね。町内会で脇坂さんのお母様は勤め先のデパートを休んできて町内会に出たとおっしゃってました。

 脇坂さんには銀行員のご主人と高校生の息子さんがおりましてね」

 ブリーゼは脇坂家の人たちについて安里に教える。

「うん。帰ってくる前に脇坂さんとこの息子さんと出会った。船立高校の一年インテリア科……」

「その脇坂という男子に何て声をかけられたんだ?」

 炎寿が訊いてくると安里は箸を止める。

「あっと……。脇坂くんはわたしたちがここに引っ越してきた時からわたしを目にしてあいさつしようとしていたけど、なかなか言えなかったって」

「ああ、そうか。マンションの先住民のあいさつはみんなブリーゼ殿とジザイ殿が回っていたからなぁ」

(でも脇坂くんはわたしと「友達になりたい」って言っていたけど、引っかかるな……)

 安里はそのことは黙っていることにした。


 次の日の朝、安里と炎寿はバス停に向かう所、エントランスで脇坂くんと出会った。

「おはよう、真魚瀬さん」

 安里は脇坂くんに声をかけられたことにビクつくが、落ち着きを払って返事をする。

「おはよう、脇坂くん……」

「奇遇だね。真魚瀬さんと会うなんて。君は真魚瀬さんの従姉妹の……」

「朱堂炎寿だ。初めまして」

 炎寿は脇坂くんにあいさつする。

「良かったら三人でバス停まで行かないか? 何か話し合おうじゃないか」

「だとさ。どうする?」

 脇坂くんの思いつきで安里は断ったら相手の機嫌を損なわせる訳にもいかず、賛成した。

「うん。そうする……」

 三人はマンションのエントランスを出て、住宅街の中を進んでいった。安里の左右に炎寿と脇坂くんが立って歩いた。

「朱堂さんはご両親がアフリカに転勤することになってアフリカより安全な日本の親戚の元に来たんだね」

「ああ……」

(とはいっても、これは人間界で生活するための口実だからな)

 炎寿は心の中で付け加えた。

「だけど安里なんかは幼い頃から成績優秀で日本の高校に入学する前はギリシアの大学に飛び級していたんだぞ」

「え、炎寿!」

 炎寿が安里の建前の過去を話すと安里は止めようとした。だが脇坂くんは、

「へぇ。真魚瀬さんって帰国子女だけでなく、こんなに優秀だったのか。日本の高校に通うことになったのは日本の教育制度もあるんだろうけど」

「ははは」

 安里の建前の過去を聞いた脇坂くんはすんなり信じ、安里は乾いた笑いをとる。そうこうしているうちに三人はバス停に着き、脇坂くんは住宅街沿いのバス停に、安里と炎寿は道路の向こう側のバス停に向かっていった。脇坂くんの学校は舟立海岸の近くにあるので保波高校とは反対側の方向で、海岸行きのバス停には他に数人の職場へ行くために待機していた。

「じゃあね、真魚瀬さん、朱堂さん。また会おうね」

 脇坂くんは手を振って反対側のバス亭に向かう炎寿と安里に言った。

「ああ」

 炎寿は軽く返事をし、安里は軽く頭を下げた。それから船立海岸行きのバスが来て、脇坂くんがバスに乗り込む。続いて保波駅行きのバスが来て安里と炎寿はバスの中で比美歌と郁子と合流し、バスは保波高校へと向かっていった。

 保波高校に着くと安里は比美歌と郁子と共に一年四組の教室に入り、先に来ている生徒たちにあいさつをし、安里は教室の中の神奈くんに目をやる。

(脇坂くんと出会ってから、何かあいさつしづらいな……)

 安里は神奈くんを目にして思った。それから神奈くんに悟られないように自分の席に着いた。いつものように授業が始まり、安里は中間テストの勉強に集中しないと言い聞かせて授業に身を入れようとした。だけど――。

(神奈くんを見るたび脇坂くんが……)

 どの授業でも神奈くんを目にしてしまうので神奈くんへの思いと脇坂くんの顔が浮かんでしまうのであった。

「真魚瀬さん」

 自分を呼ぶ声がしたので安里は思わず立ち上がった。

「あっ、ハイ!!」

 歴史の授業の尾崎由美子(おざき・ゆみこ)先生が立ち上がった安里を目にして眉をつり上げる。尾崎先生はアラフォーの美人の先生で、ミディアムボブとローズピンクの口紅とモード系の服が似合う人だ。

「教科書八十五ページを読んで下さい。試験範囲だから」

「はい……」

 安里は尾崎先生に言われて世界史の教科書を復唱する。

(今日の安里ちゃん、どうしたんだ?)

 安里の様子を目にして比美歌と郁子はいつも授業をきちんと聞いている安里の様子が今日は違うのを目にして不思議に思った。

 昼休みになり、生徒たちは食堂へ行ったり購買部で買ったり、教室や校庭などで食事を採る。安里も教室で比美歌と郁子と一緒に家から持ってきた弁当を食べて、比美歌と郁子は安里がいつもと違うことについて訊いてくる。

「安里ちゃん、今朝から何かうつむいているけど何があったの?」

 郁子に尋ねられて安里は箸を止める。

「え、そうかな」

「いや〜、いつもの安里ちゃんだったらこうシャキッとしていて、授業に身を入れていて……」

 比美歌がいつもの学校での安里の様子を語ると、安里は気まずい顔をする。

「昨日の夕方と今朝学校に行く時のマンションで、上の階の男の子に話しかけられてね。わたし、男の子に話しかけられたことがそんなにないから」

 それを聞いて比美歌と郁子は訊いてくる。

「男の子って、どんな人? 学校は?」

「脇坂迅くんといって、船立高校の一年インテリア科に在籍していて……」

 安里は他の教室にいる生徒に訊かれないように小声で話す。

「舟立高校かぁ。あそこって工業中心高校なのよね。インテリア科に所属しているってことは、おしゃれ系の男子かしら」

 比美歌が脇坂くんのことを聞くと、安里は脇坂くんの顔と様子を思い出す。

「会った時はどっちも制服だったから、おしゃれなのかまでは知らない……」

「でも、羨ましいな。近所にそういう男の子がいて」

 郁子が言うと安里は口には出さなかったが、どぎまぎした。神奈くんの方をチラ見すると、神奈くんは他の男子たちと一緒に笑って話をしながら昼食を食べていた。

(神奈くんは聞こえてないみたいね)

 安里は神奈くんの様子に安心した。


「あー、やっと終わったー」

 秋の中間テストが終わり、保波高校の生徒たちは一息つく。またテストの後は午後から部活動も再開するため、弁当やお店で買った食品を持ち込んで部活動を受ける人も板。

 安里もようやくテスト勉強とテストが終わって肩をほぐしていると、五組のから炎寿がやって来て声をかけてくる。

「安里、わたしはこれからクラブ活動に行くが、安里はどうする?」

「わたしは帰るよ。クラブに入ってないし」

「いや、済まないが一緒にいてくれないか?」

「どういうこと?」

 安里が首をかしげると、炎寿が自分の通学バッグから巾着に入った弁当箱を二つ出してきた。

「何でお弁当が二つ?」

 安里が席から立ち上がって炎寿に尋ねてくる。

「ブリーゼ殿がわたしの分だけでなく、安里の分まで作ってな、『もし良ければ二人で食べて下さい』って持たせたんだ。良かったら一緒に食べてくれ」

「……やれやれ」

 安里はため息をついた。比美歌と郁子は先に帰り、安里は体操部に所属していてこの後部活に行く炎寿と一緒に弁当を食べた。

 教室には他にもクラブに行く生徒が何人かいて、神奈くんも母親が作ってくれた弁当を食べていた。この十数日間は安里はなるべく脇坂くんのことを考えないようにし、マンション内で脇坂くんを目にしても会わないように避けていた。


 さて、マジカケは保波高校に来ており、体育館内の用具入れの中をうろついていた。用具入れの中はボールや点数表などといった体育の授業や運動系クラブで使う物が置いてある。マジカケは用具の一つを目にして、ヤドリマの呪符を貼りつけて呪文を唱えた。

「人の手により造られし物よ。今ここにヨミガクレの手により、ヤドリマとして生まれん」


 午後一時になるとクラブ活動の時間になり、校庭や科目教室、体育館でクラブ活動が行われる。体育館ではバスケット部、バレーボール部、体操部が使い、バレーボール部が屋外ランニング中の時はバスケット部がパスやドリブルの練習をし、体操部が床にマットを敷いて練習していた。炎寿もレオタードに着替えて他の部員たちと一緒に練習している中、神奈くんたちバスケット部はゴールシュートの練習をしていた。

 その時、炎寿と教室でバスの時間を待っていた安里は悪しき気配を感じていた。

(ヨミガクレ……!)

 するとバスケットボールの籠がむくむくと大きくなり、鉄枠が四本の脚となり、赤い眼と裂けた口を持つ怪物に変貌したのだ。

「うわーっ、化け物だーっ!!」

 その場にいたバスケット部員と体操部員は一目散に逃げ出し、炎寿だけが取り残されると同時に駆けつけてきた安里がやって来る。

「炎寿! ヤドリマの気配がしたわ。って、もう知ってたか」

「ああ、丁度みんないなくなった。行くぞ」

 安里と炎寿はライトチャームを出して念じる。二人はそれぞれ薄紫と真紅の光に包まれ、光が弾けると薄紫のフィッシュテールスカートの衣装、赤と黒のスリットスカートの衣装のアクアティックファイターに姿を変えた。


「これで全員か!?」

 顧問の先生が部員を校庭に集めて確かめる。突然怪物が現れたのなら、誰だってパニックになるだろう。すると体操部の女子が叫んだ。

「先生、朱堂さんがいません」

「何だって!?」

 バスケ部と体操部の顧問の先生が声をそろえる。

「本当だわ、朱堂さんがいない」

 体操部の先生が部員に炎寿がいないのを目にすると、神奈くんが立ち上がる。

「先生、おれ探しに行ってきます!」

「おい、待て。神奈!」

 バスケ部の先生が止めたが、神奈くんは体育館へ向かっていった。


 体育館では変身した安里と炎寿がヤドリマと戦っていた。ヤドリマが背中の籠からバスケットボールを連射していき、安里と炎寿は拳と蹴りで跳ね返していった。

「ほぉ、なかなかやりおるな」

 マジカケタマツグが現れて、ヤドリマと戦う安里と炎寿を目にする。

「ヨミガクレの幹部! どうして学校にヤドリマを……」

 安里がマジカケに訊くと、マジカケはこう答える。

「学校にはたくさんの人の手で造られた物がある。黒板、ミシン、楽器……。こういう長く続いている場所はヤドリマを大量生産させる場所に相応しい。まさかお前たちがここの学校に通っていたとはな」

 その時、体育館と校舎をつなぐ出入り口に人がやって来た。神奈くんだった。

「まだ残ってんだろ!? 早く逃げるんだ!」

(神奈くん、どうしてここに!?)

 安里は一瞬目を見張るも、ヤドリマが神奈くんを目にしてバスケットボールを向けてきた。

「あっ、危ない!!」

 炎寿はバスケットボールを拳で跳ね返し、安里は神奈くんの手を引いて戦闘場所から離れさせる。

「君は……、花火大会の時の……」

 神奈くんはアクアティックファイター姿の安里を目にして言う。

「あなた、ここに残っている友達を探しに来たんでしょう? その友達は別の場所にいるから安心して」

 安里は軽く笑うと、神奈くんに向かってヤドリマに立ち向かう。

「バイパー=ヒートピラー!!」

 炎寿が指を弾いて、ヤドリマの周りに炎の柱を発生させて、炎によってヤドリマの体に付いていた呪符が燃えてヤドリマは断末魔と共に体が縮んで、体育館の床にバスケットボールとボール入れが落下して大きな音を立てる。

「やるな、アクアティックファイター。次こそは必ず……」「

 マジカケは闇の歪を床に出してそこに入り、消えていった。


「あの、君たちは……」

 神奈くんはアクアティックファイターの二人を目にして尋ねてくる。安里はまだ神奈くんがいたことに少しビクついたが、こう言った。

「わたしたちはヨミガクレと戦うアクアティックファイター。それでは、次のヤドリマを探しに行くわ」

 そう言って安里と炎寿は神奈くんに背を向けて、体育館の開いている窓から去っていった。

「アクアティックファイター……!」

 神奈くんは不思議な女の子たちの総称を聞いて呟いた。


 安里と炎寿は急いで一年四組の教室に戻り、変身を解いて体操部の先生に無事だということを教えた。体操部の先生も部員も炎寿の無事に胸をなで下ろした。だが怪物騒動でクラブは中止になり、みんな家に帰ることになった。安里と炎寿は昇降口で神奈くんと出会った。

「あれ、珍しいな。真魚瀬も残ってたなんて」

「ああ、炎寿と一緒にお弁当を食べて、クラブが終わるのを待ってたんだけどね……」

 安里は言い訳も入った返事をした。

「怪物騒ぎでクラブは中止になっちまったけどよ、怪物を退治してくれた女の子が二人現れてさ、濃いピンクの髪の子がおれを助けてくれたんだぜ! 舟立海岸の花火大会の時と同じだったんだ。完全にあの子に惚れた。もし今度会えたなら、お礼を言っておかないとな! もうすぐ駅行きのバスが来るから、帰るわ。じゃあな!」

 そう言って神奈くんは安里と炎寿と別れを告げて校舎を出ていった。

(神奈くんはわたしが好きだったんだ……!)

 それを聞いた安里は表情が明るくなり、神奈くんは自分を好いていたことを知ると心が軽々しくなったのだった。

 帰りのバスに乗っている時も、家に着いてからも、夕食を食べている時も安里はルンルン気分だった。

 そして入浴の時、安里は人間界で使う変化自在法を解いて、桃色の長いウェーブヘアにパールパープルの鰭と鱗の人魚に戻った。

(あれ……)

 安里は学校にいる時と人魚の姿で入浴している時の自分の姿を目にして思った。

(神奈くんは濃いピンクの髪の子に惚れていた、と言っていた。学校にいるわたしの髪は茶色……。神奈くんが好きだと言っていたのは……)

 安里は神奈くんは普段の安里ではなく、アクアティックファイターになった安里に惚れていたことに気がついた。しかもアクアティックファイターであることは学校のみんなや近所の人、多くの他の人たちには秘密である。だからといってペナルティはないが。

(何てことだ〜! 神奈くんは変身したわたしの方が好きだったんだ〜!!)

 その勘違いに気づいたのが遅すぎた安里は頭を抱えたのだった。