5弾・9話 四方同時戦


「そうか。クーレーはわたしを探しにこの世界に来た時、マサカハサラと呼ばれる組織に捕まってしまったのか……」

 秋水は法代から自分の息子・クーレーの行方を聞くと、右手を額に当ててうなだれた。

「ごめんなさい……。でも、クーレーはわたしにこの指輪を残してくれたんです」

 そう言って法代は制服のボレロの胸ポケットから、青い透明な宝石のついた指輪を取り出して秋水に見せた。

「これは……。ミスティシアの妖精が遠くへ旅をする時に肉親や友に持たせる生命複石(ライフトレーサイト)じゃないか。この石が光っている時はクーレーが生きている証拠だ。手荒な真似はされてなくて良かった……」

 秋水は指輪を目にして安心する。

「だけど、クーレーを捕らえたマサカハサラの本拠先がわからないんですよね……」

 法代が不安げに言うとルルル、という音が鳴って法代は制服のスカートのポケットに入れておいた貝型の通信機器シュピーシェルを急いで取り出し、上蓋を開く。貝の上蓋にはオリーブグリーンの制服に三つ編みヘアの少女の姿が映し出される。

「どうしたんですか、安里さん?」

『法代ちゃん、保波市の四ヶ所でハヤワーンが同時出現したの! 比美歌ちゃんは北、炎寿は東、わたしは南にいるから、法代ちゃんは西をお願い!』

「ハヤワーンが四体同時に……? わかりました、今行きます!」

 法代はシュピーシェルの蓋を閉めると、通学バッグにしているモスグリーンのデイパックを背負って、現場へ行こうとした。その時、秋水が声をかけてきた。

「マサカハサラが出たんだって? わたしも連れて行ってほしい。マサカハサラの奴らにクーレーの居場所を教えてもらいたいんでね」


 保波市の北、保波駅から北へ数百メートル先にある児童公園。そこにあるブランコやジャングルジムなどの遊具で遊んでいた地元の子供たち、子供たちに付き添う母親、散歩の一休みに来ていた老人の目の前に一匹のドームマウンテンよりも大きな蛙型のハヤワーンが出現して、たまたま絹石町の学校から帰ってきた比美歌が異変を察して駆けつけてきたのだ。

 公園に来ていた人々は逃げ出し、比美歌の前にマサカハサラの老科学者幹部、アサダハヤドも現れる。アサダハヤドは深緑のドライバーキャップにゴーグル、皮手袋とブーツ、白い長そでのシャツに深緑のサルエルと上着の服装で長い鷲鼻に灰色の顎髭を生やしていた。

「来たか、妖精の娘よ。このハヤワーンはウシガエルを改造した特別なハヤワーンだ。被害を広めたくなかったら、捕虜になるのだな」

 ウワハハハ、とアサダハヤドは笑った。

「わたしは捕虜になんかならないわ」

 そう言って比美歌は服の下に入れていたライトチャームを取り出して念を込めて、白い光に包まれると背に白い海鳥の翼を生やし、五線譜とト音記号をあしらった白いタイトワンピースに青いアームカバーとグラディエーターサンダルと翼型フリルのヘアバンドを装着したアクアティックファイターに変身する。

 それから比美歌はチャームを白いフルートステッキに変えて、アサダハヤドとウシガエルのハヤワーンに立ち向かう。

 

 保波市の東にある隣町との境目である総合公園の駐車場には女幹部、アーキルラースが赤と黒の体のハネカクシのハヤワーンを率いて、町の人たちをおびやかしていた。その時、炎寿がオリーブグリーンの制服の姿で現場に駆けつけてきた。

「来たわね、妖精」

 エンジ色に白縁の腹部の出たトップスと生成り色のゆったりパンツの上から学者が着るような白衣をまとい、長い髪を後ろで高く結いまとめ、浅黒い肌に鋭角な眼と高い鼻と細い口唇に三角形の顔のきつめの美人のアーキルラースが出現した炎寿を目にしてほくそ笑む。ハヤワーンは体調二メートルの大きさで、炎寿が毒虫の類で触ると火ぶくれのような痛みに侵される知識を持っていたから、注意せねばと決めた。

「マサカハサラ、一体違う場所に同時出現とは何のつもりだ!」

 炎寿がアーキルラースに向かって訊いてくる。

「何のつもりって、あんたたちを捕らえによ。今までのハヤワーンの経験データを元にして、しかも同時投入よ。時間はかかっちゃったけど。それでも、やるっていうのなら歓迎よぉ」

 アーキルラースは挑発するように炎寿に言うと、炎寿は制服の胸ポケットに入れていたライトチャームを出して、念を込めて赤い光に包まれれると、ハーフアップの髪型に赤と黒のスリットスカートの衣装に変化する。

「わたしはマサカハサラに捕まったり敗北したりなんかしない!」

 炎寿はチャームを変化させた赤い柄に銀の刀身の剣を出して、ハヤワーンに立ち向かう。


 安里は保波市の南、磯貝三丁目の中にある交差点に駆けつけてきた。交差点は四方の道路と店や小会社のあるビルが建ち並び、街路樹のいくつかと信号機の一機がへし折られ、残骸が灰色のアスファルトと白線の上に散らばり、更にドライバーが乗り捨てた自動車が何台か残されていた。そして道路の真ん中には長い脚に黒い羽毛のヘビクイワシのハヤワーンがいたのだ。そのハヤワーンは一般のヘビクイワシと違って、三メートルはあることであった。そのハヤワーンの背の上にはマサカハサラの巨漢幹部、カウィキテフが座っていたのだ。

「来たな、アクアティックファイターよ」

 百九十センチ近い背丈に筋骨隆々の体、四角い顔につり上がった眼と大きめの顎、浅黒い肌に褐色の瞳、頭に長い布をまとめた帽子をかぶり、二の腕が剥き出しの黄色と黒の衣装をまとっているカウィキテフが安里を目にして呟く。

「まさか四ヶ所同時に仕掛けてくるなんて、どういうこと?」

 安里がカウィキテフに尋ねてくると、カウィキテフはフンと鼻を鳴らして答える。

「決まっているだろう、長の命令だ。お前たちをそろそろ捕らえないと、長の気が治まらんのでな」

 そう言ってカウィキテフは持っていた小さな笛を吹いて、ハヤワーンが安里の方へ突進してきた。安里は途端に懐に入れていたライトチャームを取り出して念を込めて紫の光に包まれて、深いピンク色のウェーブヘアに紫色のフィッシュテールスカートの姿に変身して、ハヤワーンの突進をジャンプで避けて着地する。

「来い、アクアティックファイターよ」

 カウィキテフが安里に挑発を仕掛けてくる。


「はぁ、はぁ。何かヤバいことになっちゃってる〜!?」

 法代と秋水が保波市の西に出現したハヤワーンの現場に来てみると、スーパー丸木屋の駐車場に黒い毛並みに筋骨隆々の体のゴリラのハヤワーンが車や建物を拳で破壊し、自動車の屋根やアスファルトが陥没してガラスや地面が放射状に割れ、建物のドアや窓も盛大に枠は歪み、ガラスは大きな孔が空けて割れ、店員や客はみんな逃げ出していた。

 ゴリラのハヤワーンは標準のゴリラよりも一回りあり、映画のキングコングを思わせた。しかも出入口近くの青果売り場のバナナやリンゴ、トマトやレタスなどの作物をかじり、その食べかすが周囲に散らばっていた。

「うわ、ひどい……。マサカハサラもここまでするのかしら?」

 法代がゴリラハヤワーンの様子を目にして呟くと、法代と秋水の前にターバン姿の小男たちが操る小型気球に乗った、一人の立派なターバンとガウン姿の青年が現れる。

「ふふふ、待っていたぞ。妖精よ」

「あ、あなたはマサカハサラの上位幹部!?」

 法代が青年に尋ねてくると、青年は答える。

「上位幹部? 違うな。我はマサカハサラの長、タマームファイーズだ。わざわざ我が自ら進行してきたのには、お前らを今度こそ捕らえるためにな」

 タマームファ―イズが法代に告げてくると、秋水がタマームファ―イズに尋ねてくる。

「待ってくれ! あなたは、わたしの息子を捕らえているというのは真か?」

 タマームファ―イズは冷ややかな目つきで秋水を見据える。

「わたしはクーレーの父親だ! 人間界に来た時事故で記憶を失っていたが、このお嬢さんのおかげで失われていた記憶が戻った! 息子と会わせてくれ! どうせなら、わたしが犠牲を払ってでもいい……」

「えっ、そしたらグラシアンさんが……」

 法代は秋水をそう止めたが、タマームファ―イズはしばし考えるも軽く笑って秋水の言葉に応えようとした。

「ほう。そうするか。だが我は小童や中年の妖精よりも、若くて美しい女の方が望みでね。ハヤワーン、あの小娘をひっ捕らえろ」

 タマームファーイズはハヤワーンに命令し、果物をかじっていたハヤワーンはタマームファーイズの言葉に従い、立ち上がってドラミングをした後に法代の方へ突進してくる。

 法代は制服の胸ポケットに入れていたチャームを取り出して念を込めると、緑色の光に包まれて、海藻を思わせる意匠が入った薄緑と深緑色のレイヤードドレスに灰茶色のツインテール姿のアクアティックファイターに変身する。それからチャームを武器のフレイルに変えて、ハヤワーンに立ち向かう。


 保波市の北の児童公園では、比美歌はウシガエルのハヤワーンと交戦しており、音符型エネルギーの攻撃、セイレーン=ビューティーサウンドや唄いながら超音波を発するセイレーン=フォルテシモウェーブを使いながらハヤワーンと戦っていた。しかしハヤワーンは自身の体から出る粘液で音符型エネルギーを受け流したり、地響きがするような超音波を口から出してフォルテシモウェーブをかき消してしまうのだった。

「思っていたより手強い!? ならばこれを!」

 比美歌はフルートステッキを吹き口に口唇を当てて、ハヤワーンを大人しくさせようとする。ソプラノ状の音色は聞く者を和ませる効果があるのだが、ハヤワーンには無駄骨であった。というのも、ハヤワーンのバイクの騒音のような声を発するので、フルートの音色がかき消されてしまうのだ。

 しかも比美歌は次第に疲労困憊し、一瞬油断すると、ハヤワーンの口から長い舌が飛び出して比美歌をぐるぐる巻きにした。

「ああ……っ!!」

 両腕だけでなく背中の翼も巻きつかれてしまい、比美歌は身動きが取れなくなる。

「くっくっく……。あえてウシガエルのハヤワーンにしたのはその為なんじゃよ。堪忍するんじゃな」

 アサダハヤドがほくそ笑んで比美歌に言ってきた。


 保波市の東の総合公園の駐車場では、炎寿が火柱を出すバイパー=ヒートピラーや指をはじくことで発火を出すバイパー=ヒートエクスプロードを出して、ハネカクシのハヤワーンと戦うも、ハヤワーンは思っていたより動きが身軽で炎寿の攻撃を触覚で察して回避してしまうのだった。

 そのうえ体から出す液で火炎攻撃を防いでしまうので、炎寿は剣から出す熱気の盾を駆使したり炎の渦を出して戦っていた。

「戦ってどれ位になるかしら? もう疲れたでしょう?」

 アーキルラースが両者のいる場所から百歩離れた所に立ち炎寿に言った。

「何を言っている……。わたしは、いや、わたしたちは負ける訳にはいかない!」

 炎寿がそう言うも、全身から汗が出て腕も脚もこわばっており、炎寿自身もどれ位戦っているかわからなかった。炎寿が今度こそ剣を振るった時、ハヤワーンがさっとよけて炎寿の真上にのしかかろうとしてきた。

 炎寿はハヤワーンの液に当たらないようにと咄嗟に避ける。ダス―ンとハヤワーンは駐車場の地面に亀裂を入れて、その震動で炎寿が転んで左ひざをすりむいた。

「うあっ」

 炎寿のひざから血が出て白い肌をにじませた。

「っ……」

 炎寿はひざをおさえつつも、ハヤワーンの攻撃だけは避けないと、と思うがひざをすりむいた今では素早く動けないと止まっていた。


 保波市の南の町中交差点では安里がヘビクイワシのハヤワーンの対峙をしており、カウィキテフが馬を操るカウボーイのようにハヤワーンを上手く操っていた。

「マーメイド=アクアウェッジ!!」

 安里がチャームを変化させた三又槍(トリアイナ)の先から水の楔を出してハヤワーンに向けて飛ばしてきた。ハヤワーンは安里の攻撃を防ぐように嘴で水の楔をつつきつぶして、水の楔が弾け散る。

「だったら、連射よ!」

 安里は水の楔を三回連続で出してハヤワーンに向けて放つも、ハヤワーンは両翼を広げて羽毛を水の楔に向けて乱射し、水の楔と羽矢は相殺して地面に散る。

「思っていたより手強い……。だったら接近戦で……」

 安里は三又槍を持ち直してハヤワーンに立ち向かおうとした時、安里は自分たち以外の存在に気づく。

 ビルの中にある町中展示場のガラスの向こうに茶色の着物に杖を持ったおばあさんがいたのを。どうやらハヤワーンが現れた時に逃げ遅れたらしい。

(人がいたんだ。助けないと)

 安里はハヤワーンより人命救助を先にして、ビルに取り残されたおばあさんを助けようとした。

「おっと、そうはさせんぞ」

 カウィキテフがハヤワーンの横腹を軽く叩き、ハヤワーンはおばあさんのいるビルの処へ行って蹴爪と嘴でガラスを叩き割って、ハヤワーンはおばあさんの襟首を嘴でつまんで持ち上げる。

「た、助けて〜」

 それを目にして安里はカウィキテフに向かって叫んだ。

「人質を取るなんて卑怯よ! おばあさんを離して!」

 だがカウィキテフは冷めたような表情をして安里に冷たく言った。

「おれにはわかるんだぞ。お前らのような輩は人質を向けられると、手を出せなくなるのを」

「……っ」

 安里は三又槍を構えたまま立ち止まった。無関係の人間を巻き添えにする訳にはいかない。だがどうすればいいか静止していた。


 保波市の西にあるスーパー丸木屋の屋外駐車場では法代がゴリラハヤワーンと戦っているさ中で、ゴリラハヤワーンは拳で叩きつける度にアスファルトの地表が砕けて凹む。普段は運動が苦手でよく転ぶ法代は変身すると身体能力が上がって身軽になれるも、敵の動きに合わせて戦い方をしなくてはならず、攻防を繰り返していた。

 法代はフレイルを使った拘束技、ウィーディッシュ=エナジーウェブバインドを発動させて、法代がフレイルを振るうとハヤワーンの周りに海藻型エネルギーの綱がいくつも出てきてハヤワーンをがんじ絡めにする。

「ウィーディッシュ=エナジーイノセンス……」

 法代はハヤワーンを悪素を浄化させて元の生物の原型に戻す技を発動させようとした時、ハヤワーンはエネルギーの綱をそれぞれ片手で引きちぎり、更に近くにあった店の客が乗り捨てていった乗用車を持ち上げて法代に向けて投げつけてきた。

「ウィーディッシュ=エナジーウォール!!」

 法代は両手からエメラルド色の光の波動の防壁を出して投げつけてきた自動車は光の壁に当たってひしゃげて爆破する。

 ドォン、という音と共に黒い煙と赤い炎が爆ぜて法代は後方に飛ばされる。

「きゃあっ!!」

「法代くん!」

 秋水が法代に声を飛ばす。すると気球に乗っていたタマームファ―イズが法代と秋水に向かって言い放つ。

「お前たち妖精の実力がどういうものか、我が自分の目で確かめてよくわかった。戦うよりも我のコレクション室で大人しく静止していた方が似合うということが。我々に降参しろ。さすれば町の破壊を止め、他の人間にも危害を加えたりしない」

 だが法代は煤と石塵で汚れつつも起き上がってタマームファ―イズに向かって叫んだ。

「そしたら、わたしたちは戦えなくなる。だって世界の災厄を打ち払えるのは、わたしたちアクアティックファイターだけだもの! マサカハサラのコレクションになる位なら、全力をかけて立ち向かう!!」

「法代くん……」

 秋水も法代の姿を目にしてその勇姿に心を揺さぶらせた。

「そうか。それがお前たちの答えか。ならば、もっといいショーを出してやらんとな」

「……?」

 法代と秋水は首をかしげるも、タマームファ―イズは小指ほどの笛を出して吹くと、その音によって一羽の鳥のハヤワーンが姿を現す。それは大鴉のハヤワーンであった。だが只の大鴉ではなく、翼長が十メートル近くあり目が赤く三角状に並び、蹴爪の足が三本ある。

「ふふふ、日本神話のヤタガラスのハヤワーンだ。遺伝子操作術で生み出した良作だ。それからよく見ろ」

 タマームファ―イズは秋水と法代に言うと、ヤタガラスの真ん中の脚に一人の少年が鎖で拘束されていたのだ。アザラシの皮を半端にかぶったその姿は……。

「クーレー! クーレーじゃないか!」

 秋水が少年を目にして叫んだ。法代も少年を目にして言葉を失う。四ヶ月前に自分の目の前でマサカハサラにさらわれたローン族のクーレーであった。