安里が保波高校に入学してから四日目、新入生オリエンテーション、クラブ活動決め、委員会選びと過ぎていき、金曜日からようやく通常の授業が開始した。 月曜日の入学式から木曜日までは午前中授業で昼食は家で食べていたが、授業が始まった日から弁当持参する決まりだった。弁当を持ってこなかった生徒のために包装おにぎりやサンドウィッチを売っている購買部もあったが、安里の場合ブリーゼが朝に弁当を作ってくれた。 教室では仲の良い友達同士で食べることが多く、自分の席を離れて友達のいる席で食べたり、校舎の裏庭や工程で食べる生徒も見かけた。 安里はバッグから弁当用の巾着を出して机の上に置き巾着から出した弁当箱は小さな二段組で魚の形をした容器で箸も付属している。中を開けると下はのりとおかかしょう油ののり弁、上はプチトマトやサラダ菜、ウィンナーと卵焼き、いちごが二粒入っている。購買部の近くの自販機で買ったテトラパックのお茶にストローをさして食べようとした処、名前を呼ばれた。 「真魚瀬さん」 安里が箸を持ったまま顔を上げると目の前に二人の女子生徒が立っていた。一人は褐色のレイヤーショートに大きめの目に卵に目鼻の女の子でやせ気味、もう一人は黒髪のボブカットに垂れ目でショートヘアの女の子よりも五センチほど小さい背丈の女の子であった。 (えっと、確か……) 入学式の日、安里は自己紹介での名前と顔を思い出す。その時、二人の本名を呟くように言った。 「宇多川比美歌(うたがわ・ひみか)……、田所郁子(たどころ・いくこ)……」 安里に名前を呼ばれて二人はうなずく。 「うん。宇多川比美歌、わたしの名前、覚えていたんだ。で、こっちは中学校が同じで田所郁子で郁ちゃん」 比美歌は素直に言いながら返事をし、郁子はほのぼのそうに返事をする。 「あの真瀬さん、良かったらわたしと郁ちゃんと一緒にお弁当を食べない? 真魚瀬さんだけ何か独りって感じだったし……」 比美歌は安里に話かける。 「い、いいよ。一人で食べているの慣れているし……」 安里はぶっきらぼうに答えて、卵焼きを箸でつまむ。比美歌と郁子は安里の様子を見て悪びれるように言って教室を出た。 「あ、そうなんだ。じゃあね……」 周囲の同級生たちも安里の様子を見て、安里から目を背ける。 授業中はまだ良かった。みんな高校の授業に耳を傾けていたし黒板に書かれた記号や単語を書き写していたから。昼食が終わるとすぐに次の授業に入り安里はホッとしていた。学校に来てから安心できるのが授業だけだった。ミスティシアでも学校に通っていたけれど、安里は他の同世代の子たちよりも勉学に秀ででいたため、他の子たちは安里から距離を置いていたり話しかけてくることもなかった。 ミスティシアでの安里――アンフィリットは飛び級で自分より年上の子たちと同じクラスになったが、年上の子たちは自分より年下のアンフィリットの出来の良さに嫉妬し、アンフィリットは誰にも寄り付かなくなってしまった。安里が学校にいる時一人でいることは当たり前のことになっていた。 五時間目、六時間目の本日全ての授業が終わり、掃除の時間になって席の列ごとに掃除場所が決まっていて、安里は他の一人ずつの男子と女子と一緒に廊下を掃除をした。バケツの水で雑巾を濡らして余分な水気をしぼりモップにつけて左右に一歩ずつずらして磨く――。他の教室では男子がどっちが早く磨けるか競争したり机と椅子を一組ずつ教室内の前後に動かすという作業の音が聞こえてきた。安里は掃除なんてしたことがなかった。マリーノ王国の伯爵邸では掃除や皿洗いは女中の人魚がやっていてくれたからだった。雑巾をしぼった手を匂っていたし強くしぼったためにヒリヒリしていた。教室の近くに手洗い用の水道と石鹸があったから匂いはとれた。 掃除が終わるとHRに入り、先生からの帰りの言葉と別れのあいさつで締めくくる。 「起立、礼、さようなら」 HRが終わるとみんな教室を出てクラブに出る者、委員会に参加する者、アルバイトがある者と分かれていく。保波高校では曜日によってクラブと委員会が異なり、アルバイトは許可されているが原則として十六歳以上と定められていた。安里はクラブも委員会もアルバイトもやっていないため、家に帰ることにした。 校舎を出ると校庭ではサッカー部やテニス部、野球部や陸上部がクラブ活動に励んでおり、一年生が体育座りで二年生三年生の試合を見学していて、体育館でもバドミントン部やバスケットボール部が練習しており、科目教室中心の第二校舎の音楽室では吹奏楽部の楽器練習の音が響き、理科室では科学部が薬品を扱っての実験の様子が目に入る。 バス停に着くと自分の所属クラブがなかったり委員会のない生徒たちが十人ほど待っていた。その後にバスが来て安里は定期券を運転手に見せて乗り込む。 バスの中は保波高校生だけでなく他所の高校の生徒やお出かけ帰りの着飾った主婦やラフな普段着の大学生などが座席に座っていて安里は空いている席に座って背にもたれる。 授業も掃除もHRも終わって一息ついているのに、安里は何故か比美歌と郁子にぶっきらぼうな態度をとってしまったのか引っかかっていた。 (ここはミスティシアじゃないのにな……) 人間というのは自分から友達を探すことが多いものだろうか、と安里は考えてしまった。家にいる時でもブリーゼからは「友達を作りなされ」と言われていたが、安里は一人でいることが多かったため誘われてもどうやって返事をしたり対応をとればいいかわからず、あの行動をとってしまったことには理解していた。 バスが通りに入る頃、安里の耳に声が聞こえてきた。 「アンフィリット……、どこにいる……、アンフィリット……」 野太い男の声だった。しかしバスの中はそのような声を出している者の姿は見かけず、安里はさっきの声は人間でないことに気づいた。 (もしかして、ドレッダー海賊団!? お父さまやお母さま、女王さまや国のみんなを万年水晶に閉じ込めた……) ドレッダー海賊団の一人が魔力を使って自身の声を安里の脳内に送っていたと気づいた安里は続けて〈声〉を傾ける。 「どこにいる、アンフィリット。おれはドレッダー海賊団船長に仕えるグロワーだ。今、町の西の瑠璃大橋(るりおおはし)の下にいる。もし来なかったら、この町の人間も動物もマリーノ王国のようにするぞ」 安里の脳内の〈声〉はきつく忠告してきた。しかし今、バスは走行中でしかも瑠璃大橋は安里が下車する磯貝五丁目の二つ前の湾岸銀行前を降りて西南に進んだ所にある、一度五丁目で降りて走って瑠璃大橋まで行くかどうしようかと悩んでいると、青信号なのにバスが止まった。 「何だ? どうしたんだ?」 「あっ、救急車と警察のパトカーが来ている。事故だ、事故」 他の乗客が窓から覗いてみてみると、窓の外ではサイレンが鳴っており、警察官がパトカーのマイクを出して自動車などのドライバーに注意を呼びかけていた。 「現在、自動車同士の衝突事故が起きましてけが人が出ました。走行中の皆さん、しばらくお待ちください」 安里が席を立ってフロントガラスの向こうを目にする。白い服とヘルメットの救急隊員がタンカにけが人の男を乗せて白い車体に赤い十字とサイレンランプの救急車に乗せており、二台の自動車は黒いミニバンも赤いミニワゴンもフロントがひび割れて前面がひどく凹んでおり、ミニワゴンの近くにいる若い男が〈POLICE〉と書かれた黒いベストを着ている警察官から尋問を受けていた。その近くには白と黒の車体のパトカーが赤いサイレンを光らせていた。 「ありゃ〜、こりゃ相当時間がかかるな」 中年のバス運転手が事故の様子を目にして呟き、安里は思いきって運転手に頼んだ。 「すみません、わたしをここで降ろしてくれませんか? ちょっと……、用ができたので」 「えっ!? 君、磯貝五丁目まで行くんじゃなかったの? ……まぁ、乗り越しじゃないから今回は降ろしてあげるよ」 「ど、どうもすみません」 運転手は安里の要望を聞いてバスの前扉を開けて安里はバスから降り、瑠璃大橋へ向かっていった。事故現場は大通りの近くで他にも事故のせいで停まってしまった車をいくつも見かけた。 安里は瑠璃大橋まで行くには野辺川(のべがわ)を泳いでいった方が早いとさとって町の中の住宅街とコンクリートの小橋のある野辺川に行った。安里は野辺川に着くと近くに人間がいないか確かめる。町中に人魚が出たら騒ぎになるのには安里も承知していたからこっそりとコンクリートと土管のある堤をつたって下降し、少し濁っているけれど泥も毒素もない流れの勢いがありそうな野辺川に飛び込んだ。 バシャン、という音と同時に安里は明るい茶色の髪と眼と保波高校の制服の姿から深いピンク色の長いウェーブヘアに明るい紫の眼とヒラヒラした薄紫色のセパレートの服を着た紫の鱗と尾ひれの人魚に姿を変えた。安里にとっては久しぶりの人魚姿である。人魚に戻った安里ことアンフィリットは川上に向かって野辺川を泳いでいった。 太陽が西へ傾き空もうっすらと赤みがさしている空の下の瑠璃大橋は川の対を結ぶ青い鉄橋で自動車が上りと下りに走っており、橋には自転車と人間が歩くための歩道も設けられていた。瑠璃大橋は町中と違って芝生の土手と様々な種類の樹が植えられており、今は桜の木がピンクの花を咲かせて春の様子を現していた。 人気(ひとけ)はなくアンフィリットは川の真ん中で自分を呼んだ者を探していた。 「わたしよ、アンフィリットよ。呼んだのは誰!? 出てきなさい!」 アンフィリットが叫ぶと、脳内で聞こえた野太い男の声の持ち主がアンフィリットの対になっている場所からザバッと水しぶきを立てて出てきたのだった。 「来たか、マリーノ王国の生き残りよ」 男は水面から五センチほど足元が浮いており、二メートル近いガタイのある筋肉質な体つきに浅黒い肌、眼は鋭い金色の眼で髪の毛はカーキ色で短髪だが真ん中の髪は立てており黒いアークカバー付きのトップスと生成り色のズボンと爪先出しの黒い長靴を身につけていた。口がやたらと大きく八重歯が上下四つも出ている。 「あ、あなたなのね……、わたしを呼んだのは」 アンフィリットは男を見て尋ねてくる。 「そうだ。おれはドレッダー海賊団のドレッドハデス船長の副官グロワーだ。ハデス船長の命令によりお前を連れて行く」 グロワーはアンフィリットに言ってきた。 「ドレッドハデス……。わたしの父や母、マリーノ王国の女王さまや他のマリーノ王国の住民を万年水晶に閉じ込めた者の名は……。 お父さまやお母さま、女王さまやみんなをどうしたの!?」 「安心しろ、まだ水晶の中にいる。だがハデス船長の術から唯一逃れたお前を連行しなければな。お前はマリーノ王国の城の文献によれば、水の妖精の勇士となる予言を告げられているそうだな」 「!」 グロワーの台詞を聞いてアンフィリットは沈黙した。ドレッダー海賊団はすでに水の妖精の勇士のことを知っていて、それでアンフィリットを捕まえようとしていると。 「アンフィリットさま!」 その時、ウミガメ姿のジザイが現れてアンフィリットとグロワーの姿を見て察する。 「ジザイ、どうしてここに!?」 「はい。先程ブリーゼから連絡が届いてアンフィリットさまが四時半を過ぎても帰ってこないとの報告が。それで探しに来たのでございます」 「でも、どうしてドレッダー海賊団がこの世界に来て、水の妖精の勇士であるわたしを捕まえようとしてきて……」 アンフィリットはジザイに今の状況を伝える。ジザイはグロワーの姿を目にすると彼に警告した。 「ドレッダー海賊団よ、アンフィリットさま今、勇士の力は持っていない。今回は大人しく引き下がってもらおうか!」 ジザイの警告を聞いたグロワーは鼻で笑うと指を鳴らして。グロワーの近くの水底から一人の怪人が現れた。体が無数のヒトデを合わせたような怪人で、白や青や紫で左しかない赤い眼がかえって不気味さを彷彿させる。 「水のならず者、シデーモだ。シデーモ、アンフィリットとその従者を捕まえろ」 「ブククク」 シデーモと呼ばれた怪人は泡沫を発するような声を出してグロワーの命令に従って、アンフィリットとジザイを襲ってきた。シデーモは両腕から渦潮を出してきて、アンフィリットとジザイに向けて放ってきたのだ。 「アンフィリットさま、危ない!」 ジザイに言われて、アンフィリットはシデーモの攻撃をとっさに避けた。シデーモの攻撃は土手の川べりに当たり、渦潮とぶつかった箇所がえぐれた。 「なんて破壊力……!」 アンフィリットはシデーモの攻撃を見てゾッとする。グロワーがアンフィリットに言った。 「シデーモはハデス船長が生み出した特殊生命体だ。ただのならず者ではないぞ」 シデーモは次々に渦潮を出してきてアンフィリットとジザイに向けてくる。渦潮が水面に当たるたびに激しい水しぶきと音が立つ。 「うわあ!!」 ジザイがシデーモの攻撃を受けて西の土手に弾き飛ばされた。ジザイは仰向けになって手足をばたつかせた。 「ジザイ!!」 アンフィリットがシデーモの攻撃を受けたジザイを見て叫ぶ。 「次こそお前を倒して捕らえる。ゆけ、シデーモ」 グロワーがシデーモに命令し、シデーモは新たな渦潮を出してくる。上半身だけ水面から出しているアンフィリットはどうしたらいいか留まっているままだった。 「わたしはドレッダー海賊団を撃ち破る水の妖精の勇士としての運命を持って生まれてきたのに……。わたし、何も出来ていない……」 目の前の状況を全身と精神で感じているアンフィリットは悔しくてたまらなった。 「……だけど、お父さまたちやマリーノ王国のみんなを水晶に閉じ込め、ジザイを襲ったドレッダー海賊団は赦しはしない!!」 その時、アンフィリットの体がパールパープルの光が発せられ、その眩しさにシデーモもグロワーもまぶたを閉ざした。 「うわぁっ!?」 ひっくり返っているとはいえ、対岸にいるジザイもアンフィリットの変化に気づいた。 「あれは……、とうとうアンフィリットさまが勇士に目覚めたのか!?」 光が弾けると、アンフィリットは深いピンクの髪と紫の眼はそのままだが、頭部には魚のヒレを思わせるフリルが付いた紫のヘアバンド、胴体は鳩尾と上胸がシースルーになっている薄紫のトップス、袖が魚のヒレ型で、後ろ裾が長い薄紫のフィッシュテールスカート、両脚は紫の編み上げパンプスで脚リボンがひざまで巻かれている。水の妖精の勇士の戦闘服のようだった。 アンフィリットは姿が変わった自分を見て目を丸くする。 「これが水の妖精の勇士……」 もちろんグロワーとシデーモも目の前の出来事に驚いていたが、グロワーは気を取り直してシデーモに命令した。 「どうせ姿が変わっただけだろ。シデーモ、やってしまえ!」 グロワーの命令を聞いてシデーモは再び両腕から渦潮を出してアンフィリットにぶつけてくる。アンフィリットは水の妖精の勇士になれたのは良いが、どうやって戦えばいいかわからずシデーモの攻撃から逃げ出した。ただ水の上を走っており、白い水しぶきが舞っていた。 「わぁ〜、どうしたらいいの〜!?」 アンフィリットが水の上を走りながら困っていると、起き上がれるようになったジザイが泳いできた。 「アンフィリットさま、妖精の勇士は自分が使いたい技を思い浮かべて想像通りに発動させるのです。ようやく覚醒したのですから、立ち向かってください!」 「わ、わかった」 アンフィリットは技を想像するがシデーモが攻撃を繰り出してくるので、集中したくてもできず、ようやくコンクリートの支柱の裏に隠れることができて、アンフィリットはまぶたを閉ざして自分が使いたい技を想像していた。 (わたしが使いたい技、これだ!) アンフィリットは精神を集中させて彼女の周りの水が浮き上がり、いくつものの水の玉になって浮いてグロワーに向けて飛ばしてきた。 「マーメイド・アクアスマッシュ!!」 アンフィリットは両手をグロワーの方へ向けて飛ばし、アンフィリットが出した水の玉がグロワーとシデーモにぶつけられて両者は柱にぶつかった。 「アンフィリットさま、よくやりました! もう一つ別の技を使ってあのシデーモという怪物を倒してくだされ! シデーモは純粋な生き物ではないから心置きなくやってくだされ」 「そうなの……。わかったわ」 ジザイに言われて、アンフィリットは頷いてシデーモを倒すための技を思い浮かべる。するとアンフィリットの頭の中に言葉が流れてきて唱える。 「悪しき深海の闇よ、この光を導くアンフィリットが清き流れで輝き払う。 マーメイド・スプラッシュトルネード!!」 アンフィリットの両掌から光を帯びた水の竜巻が出てきてシデーモを呑み込んで、シデーモは断末魔を上げて水が弾けると同時に光の粒子となって散り、後には青い小さな欠片が残ってアンフィリットの手に入る。 グロワーはシデーモが倒されたのを目にすると悔しがって捨て台詞を吐いて退散した。グロワーは左手から何もない場所に闇のひずみを出した。 「おのれ、アンフィリット! 覚えていろ!」 グロワーは自分が出した闇のひずみに入って姿を消した。 「やった……、倒せた……」 野辺川の真ん中でアンフィリットは自分が水の妖精の勇士として覚醒し、最初の敵を倒せたことに気を抜かせた。 「よくやりましたな、アンフィリットさま。おや、これは……」 ジザイはアンフィリットの手の中の青い欠片を目にして尋ねる。 「うん。シデーモを倒したら出てきたの」 アンフィリットの手の中には青い星型の小物が入っていた。どうやらヒトデらしく、青い中に銀色の粒が入ってキラキラ光っていた。 「これはファンタタトレジャーの一つ、ルリヒトデですじゃ! 七つ集めるとマリーノ王国を取り戻せるというお宝ですぞ! 随分大昔にマリーノ王国に危機が訪れた時、ファンタトレジャーが国を守って禍(わざわい)を回避し、その後はまたミスティシア各海に眠ったという伝説があります。アンフィリットさま、やりましたな!」 「うん……。でも、あと六つあるのかぁ」 西に日が傾いて空が朱色になりかけている野辺川でアンフィリットとジザイは七つあるファンタトレジャーを取り戻せたが、あと六つとなると全部手に入れられるか考え込んだ。アンフィリットとジザイは磯貝町近くの川辺に着くとジザイは人間の姿になり、アンフィリットも水の妖精の勇士姿で土手に足をつける。 するとアンフィリットがまた紫色の光に包まれたかと思うと、保波高校の制服を着た真魚瀬安里の姿に変わり、安里の胸元には金色の鎖に小瓶の形をしたペンダントトップが下がり、二枚貝と波を思わせる紫色の紋章が入っている。 「おお、水の妖精の勇士としての力は普段はこのチャーム(お守り飾り)の中に収まるようですな。チャームを持ち歩いていれば、いつでもどこでも海賊が現れても大丈夫ですな」 「そうなんだ。ジザイ、今日はもう帰ろう」 ジザイと安里はブリーゼの待つメゾン磯貝へと歩いて帰っていった。 地球の太平洋のどこかの海底――。海底には灰白色の土砂や岩、枝や盆のようなサンゴに色も大きさも形も異なる海藻が漂い、小魚が群れを作って遊泳し、エビやカニや貝が生息する中で、一隻の巨大な潜水艦が停泊した。 その潜水艦は地球のホオジロザメのような形で黒と灰色の機体、潜水艦の中には司令室、通路も室内も青みがかった黒で薄黄色い照明がポツポツと天井に設置されていた。 司令石の中心には玉座があり、そこに座るのはやたらと白い肌に冷たい黄褐色の目つき、白いロングジャケットに右手に黒い手袋、両脚は黒い長靴で左腕が白銀の金属製の義手、頭部には甲殻類の頭部を思わせる白い帽子、こわばったほおにぼさぼさの黒髪の長身の男が座っていた。 「グロワーよ、水の妖精の勇士がとうとうこのヒューマトピアに現れたというのだな……?」 玉座の男の前にはグロワーが片ひざを立ててひざまづいていた。 「はい。ただの人魚の小娘だと思って侮っていました……」 「他には不思議生物だけで他の水の妖精の勇士はいなかったのだな? なら好機ではないか。相手が一人だけなら捕らえるのは容易いことだ。下がれ」 「はっ、失礼します、船長……」 グロワーは立ち上がって頭を下げると司令室を出る。玉座に座る男こそ、アンフィリットの国、マリーノ王国を襲い、女王や住民を万年水晶に閉じ込めたドレッダー海賊団の船長、ドレッドハデスである。 ミスティシアではならず者の海賊であったドレッドハデスはやがてミスティシアの支配者になることを望むようになり、まずはじめにマリーノ王国を支配下におこうとした。しかし唯一の助かった国民であるアンフィリットがお供の不思議生物と共に人間界ヒューマトピアに逃走し、更にアンフィリットが悪を撃ち破る水の妖精の勇士の運命を背負っていると知ると、アンフィリットを捕らえにヒューマトピアに来たのだった。 「水の妖精の勇士よ……、必ずやしとめる……」 ドレッドハデスは左手の義手を掌握して呟いた。 |
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