2弾・5話 夏祭りでの初対面


 ここは海神町の中にある住宅街。赤や黒の屋根に生成りや灰色の壁の住宅が並ぶ中、太陽光で充電するソーラーパネルのある茶色の屋根に赤いレンガ壁の一戸建ての家があった。この家の真向かい側が道路を挟んで七階建てマンション『フルール』が建っていた。

 レンガ壁の家は保波高校に通う神奈瑞仁の家で、父は貿易会社勤めで中学校教師である母は非番で、四つ上の大学生の兄、秀彦(ひでひこ)も大学が休みのため家におり瑞仁はクラブ活動のない日は夏休みの宿題に勤しんでいた。

 瑞仁の部屋は五畳間で机と椅子とベッドと本棚、クローゼットに青いダンガリーの絨毯、机の下は通学用の紺色のデイパックやクラブ活動の時に使うエナメルのスポーツバッグが置かれていた。

「えーと、この単語を訳すとこうなって、日本語に置き換えると『わたしはアメリカに住んでいます。でも英語はあまり話せません』……」

 瑞仁はTシャツにナイロンパンツの姿で学校から出された英語の問題集を解いていた。他にも国語や数学、自由研究のレポートや読書感想文まであるから、まずは問題集から片付けることにしたのだ。

「瑞仁ー、昼ご飯できたわよー」

 一階の台所から母の呼ぶ声が聞こえてきたので、瑞仁は壁の時計を見て指針が一二時二〇分になっていることに気がついた。

 ダイニングに来ると、母と兄が食卓に着いていてざるそばを食べていた。ネギなどの薬味にスーパーで買った惣菜のエビやサツマイモなどの天ぷらもある。

 瑞仁の母はセミロングの髪をアップにしてTシャツとハーフパンツのラフな服装、兄の秀樹は薄手のシャツに涼しげな素材のイージーパンツを着ていた。兄の秀樹は保波市とは別の町にある房総(ぼうそう)大学の商業科に通っている。大学に通っている時はサークル仲間と食事をしたり合コンに参加して遅く帰宅することもあった。

「ごちそうさま」

 瑞仁たちが昼食を食べ終えると母が食器を片付けて洗って瑞仁と秀樹が二階の自室で学校からの課題を済ませようとした時、呼び鈴が鳴った。

「悪いけど、瑞仁、秀樹。出てちょうだい」

「誰だろう?」

 母に言われて瑞仁と秀樹が玄関に出ると、そこにある人物が立っていたのだ。

「君は……!」


 保波市の低層マンション『メゾン磯貝』。そこの二〇一号室に住む真魚瀬安里は自由研究のレポートとして古代日本の石器に関する本を図書館から数冊借りて読んではレポートになりそうな文章や用語を本から抜粋してレポート用紙に書き写していた。

「日本の古代の産物ってこんなにあるのね……」

 安里は器に何十本の線の模様が刻まれた縄文土器や石を削ってネックレスにした勾玉や円い銅板を美しい彫りを刻ませた銅鏡などの写真を見て呟いた。

 ミスティシアでも古代妖精が作り出した装飾品や石版に刻まれた文献、彫刻や武器などが山や川や海底など遺跡で見つかることもあった。文字の形や剣の素材を調べれば種族や国などのルーツがわかる。

「ヨミガクレも古代の産物みたいだったし……」

 安里はドレッダー海賊団に代わる新たな敵、ヨミガクレのタケモリノイクサやハガネノモリタテが今自分が読んでいる古代日本の古代物に似ていることに気がついた。

(偶然? それとも……)

 その時、ダイニングにある電話がプルル、と鳴った。安里たちが人間界で暮らすことが延長してから電話会社と契約して電話番号と電話機を手に入れたのだった。

「はい、もしもし。真魚瀬です」

 ジザイはこの時、清掃会社に行っており、ブリーゼも町内会の会議に出かけていたので安里一人だった。

『あ、もしもし。安里ちゃん? 宇多川比美歌です。あー、良かった。安里ちゃんが家にいてくれて』

 電話の送り主は比美歌からであった。比美歌は安里から電話番号を教えてもらっていた。

「ああ、比美歌ちゃん。何か用?」

『うん。七月最後の土曜日に保波市と海神町の間にある海神神社で夏祭りが開かれるから、一緒に来ない? お父さんはこの日、非番で家にいるし』

「お祭りかぁ」

 安里は人間界に来てからお祭りをいくつか目にしていたが、友達と一緒に行くことはまだなかった。

 ミスティシアのマリーノ王国にいた時も女王の生誕祭や行事祭りに参加したとこはあったが常に一人だった。同世代の妖精たちは安里の出来の良さをひがんでいただけでなく、安里の父が女王仕えの伯爵で、しかもそれなりに稼ぎも良かったから祭りの日に新しい晴れ着を着てくる安里を妬んでいたからだった。

「郁子ちゃんや法代ちゃんも誘う?」

『うん。人数が多いほうがいいし。それじゃあ土曜日の夕方四時半に保波駅で待ち合わせね』

「うん、わかった。じゃあまたね」


 ブリーゼが人間の姿で町内会から帰ってくると、安里は比美歌から夏祭りを誘われたことを話した。

「夏祭りですか。いいですよ、行ってきてくださいな。ああ、こんなこともあろうかと、この間ルミエーラ様のためにあれを買っておきました」

「あれって?」

 するとブリーゼは居間に入って大きめの紙袋を持ってきて安里に渡す。

「これは何?」

 安里が紙袋の中を開けてみると、中には一着の着物と帯、草履と巾着が入っていた。

「ルミエーラ様、日本のお祭りではこの浴衣を着てお祭りを楽しむそうですよ」

「わぁ、ブリーゼ。ありがとう。お祭りの日になったらこれを着るよ」

 そして祭りの当日。夏休みの宿題を終わらせた安里は普段着のシャツとスカートの姿からブリーゼに浴衣の着付けをしてもらい、祭りに行く準備をする。

 ブリーゼが安里のために買ってきてくれた浴衣は紫の地に桃色と白の朝顔模様で、帯は黒と赤の縦縞、草履は黒に紫の鼻織、巾着はかごが黒くて布地が白い水玉であった。

「ああ、あと髪を結い上げると浴衣の映えが良くなるんですって」

 ブリーゼは安里の髪をポニーテールにして結い上げて更にフヨウの花の髪飾りをつける。

「それじゃあ、行ってきます」

 安里はブリーゼとジザイに見送られて保波駅へ向かう。安里以外にも海神神社のお祭りへ行く人々の姿が見られ、浴衣を着ていたりいつものTシャツとパンツ姿の人の様子も目に入った。保波駅のホームに入ると、比美歌と郁子と法代も浴衣を着ていた。

「安里ちゃんも浴衣にしたんだ。きれいな浴衣だねぇ」

 郁子が安里の浴衣を着て褒める。郁子の浴衣は黄色の地に青い風鈴柄で、比美歌は白地に赤と黒の金魚柄で、法代は緑色のメロン浴衣であった。

 四人がそろった処で、保波駅より北にある海神神社へと向かっていった。

 海神神社は緑地帯に建てられた神社で、朱色の鳥居に石畳に社、周囲には屋台がいくつもあり、人の声や料理の音が聞こえて活気が溢れていた。夕方のため薄暗くなっている祭り会場は焼きそばやお好み焼きなどの湯気が浮かび上がり店員の顔には汗が浮いていた。

「どれにしようか迷っちゃうな〜」

 郁子が屋台の料理やお菓子を見てキョロキョロする。

「わたし、そんなにお小遣い持ってきてないのよね」

 比美歌が呟いた。

「それなら屋台料理を一つずつ買ってみんなで分ける、ってのはどう? わたしが焼きそばで比美歌ちゃんがお好み焼きだけ、っていう風に」

 安里がお小遣いをあまり使わないで屋台料理を分け合う方法を思いついて伝える。

「さすが安里さん、頭いい!」

 法代が安里のアイディアを褒め称える。そんな訳で四人は焼きそばやお好み焼きやたこ焼きを一つずつ買って四等分にして分け合って食べた。

 日が暮れると神社の木に吊るした提灯が赤や黄色や緑に輝きだして、祭りのムードを上げる。神社の社の近くではやぐらがあり、町内会の青年が太鼓を叩き、町内会の女の人が地方の踊りを踊っている様子が目に入った。踊りの曲は音響係がCDで流しており、一曲ごとに変わっていった。

「は〜、日本のお祭りってこんなに賑やかなのね」

 安里が祭りの様子を見て呟いた。

「安里ちゃんは長いことギリシアで暮らしていたもんね。ギリシアのお祭りってどんなのだったの?」

 郁子が尋ねてきたので、安里・比美歌・法代はギクリとなる。

「え、えーと、それは……」

 安里がしどろもどろに説明しようとした時、誰かに声をかけられた。

「あれっ、お前らも来ていたのかよ。奇遇じゃん」

 振り向いてみると、そこには紺色の浴衣を着た神奈くんが立っていたのだ。

「かっ、神奈くん!」

 安里は神奈くんを見て思わず叫んだ。

「こんばんは、神奈くん。本当に奇遇ね」

 比美歌が神奈くんを見てあいさつする。

「今日は四人とも浴衣かぁ。みんなイカしてるじゃん」

「あ、どーも」

 法代が照れ笑いしながら答える。

「あのー……、神奈くんもお祭りに来たの? 一人?」

 安里が神奈くんに尋ねてくると、神奈くんは首を振る。

「いや、兄貴と近所に住む友達と」

「へー、神奈くんにお兄さんがいたのね」

「ああ、大学二年生で今友達と別の場所にいる」

「あと、友達ってどんな……」

 安里が神奈くんに尋ねてきた時だった。背筋が凍えるような気配を感じ取ったのだ。比美歌と法代も感じており、三人は顔を見合わせる。

(ヨミガクレ……)

 神社からそう遠くない場所にヨミガクレの気を感じた三人は神奈くんと郁子に誤魔化してこう告げた。

「ごめん、郁子ちゃん。ちょっと、野暮用を思い出して。すぐ戻るから!」

「わたしも!」

「ああ、待ってくださいよぉ!」

 そう言って安里・比美歌・法代は神社の木々の群生の中に入っていき姿を消していった。

「三人とも……どうしちゃったの?」

 郁子も神奈くんもキョトンとなる。


 ヨミガクレの出現は神社より数百メートル離れた空き地だった。空き地は一五〇坪の広さで周囲には誰も立ち入れないように有刺鉄線が張られていた。

 安里たちは神社の敷地内を出る時に木の群生の中でアクアティックファイターの姿に変身してヨミガクレの反応がする場所にやってきたのだ。

「よく来てくれましたね、アクアティックファイター……」

 空き地には銅鏡を顔にかざした姿に白い巫女のような服をまとった者が立っていたのだ。

「わたしはヨミガクレの占い師。先読占師(サキヨミウラシ)と申します。タケモリ殿やモリタテ殿の生み出したヤドリマを倒した妖精がどんな輩かこの目で見たくて、わざわざここまできました」

 サキヨミウラシは恭しくも嫌味のこもった挨拶を安里たちにかけてきた。サキヨミの円い顔には二つの赤い目と口が付いているのは確かだが。

「本当にそれだけなの? あなたの目的はそれだけじゃないでしょう」

 安里がサキヨミに言ってくる。続いて法代も言ってきた。

「そうですよ。今日はせっかくのお祭りの日で、もしお祭り会場にヤドリマなんかが出たら……」

「祭り会場はパニックになることは間違いないわ。となると、わたしたちがヨミガクレの邪魔をさせない!!」

 比美歌がサキヨミウラシにそう言うと、サキヨミの貼り付けたような目がにやけた形から切れの入った形になる。

「おやまぁ、いい度胸ですね。では、早速ヤドリマの相手をしてもらいましょう」

 すると空き地の地面が盛り上がって土管にワニのような手足と両目と牙を生やした怪物が出てくる。

「まさかここに建物があった時の下水管をヤドリマにするなんて……」

 安里は突如現れたヤドリマを見て呟くも、サキヨミが答える。

「ここに建物があった時の名残り……正しくは取り残された寂しさと言った方が正しいでしょう」

「どういうこと?」

 法代が尋ねてくると、サキヨミは答える。

「このヤドリマは建物とつながっていた。つまり共同体で、建物が古びて取り壊された後、この下水管だけは残されており、一人だけになってしまった思いが染み付いてしまったのです」

「それってつまり……」

 比美歌が言おうとした処、ヤドリマは牙を飛ばしてきて牙の矢群は安里たちに向かってくる。しかし法代が緑色の波動の盾、ウィーディッシュ=エナジーバリアを出してきて防いでくれた。

 続いてヤドリマは四本の脚で突進してくるが、安里が水泡のつぶてを飛ばすマーメイド=アクアスマッシュを撃ち放ち、比美歌が音符型のエネルギー弾、セイレーン=ビューティーサウンドを繰り出してきて、ヤドリマはひっくり返って、その拍子に土煙が舞う。

 三人が止めを刺そうとした時、ヤドリマは地面に潜り込んで、土煙の中の安里たちが探していると、法代が腰までに地面に埋められてしまった。

「法代ちゃん!!」

 安里と比美歌が地面に埋もれた法代を目にした時、比美歌の後ろにヤドリマが現れて、口から土砂を出してきて、比美歌は土砂で前のめりに倒れる。

「比美歌ちゃん!!」

 安里が比美歌の危機を目にした時、ヤドリマは安里に向かってきた処で、安里はバックステップで避ける。

「ふふふ。長いこと地中にいた物の念は寂しければ寂しい程強いのです。七年間幼虫は土の中で暮らしていたセミのようにね。

 しかしアクアティックファイターは一人一人だと参るのは、わたしの占いがあったようで……。しかし、今の状況だと……」

 サキヨミが喋っていると、ヤドリマの動きが止まった。いや正しくは四肢を海藻型のエネルギー波動、ウィーディッシュ=エナジーバインドで拘束されたのだ。

「何ですと!?」

 法代は腰まで地面に埋もれて全体的に動けなくても技を使うことは出来たのだった。

「どうやら詰めが甘かったようですね」

 法代はニイッと笑うと、安里と比美歌がそろい踏む。

「どんなに一人でいた土管の念が強くてヤドリマにされていても!」

「妖精の倒した方をミスれば、どうってことないわ!」

 安里は光を帯びた水流、マーメイド=スプラッシュトルネードを放ち、比美歌は特殊音波を口から放つセイレーン=フォルテシモウェーブを発動させた。

 二つの攻撃がヤドリマに向けられ、ヤドリマは紫と白の光を浴びて、呪符が剥がれて一つの土管となって地面に落ちた。

「こうもやられるとは……。撤退です」

 ヤドリマが倒されると、サキヨミは姿を消して去っていった。


 ヨミガクレとの戦いが終わると安里たちは急いで神社の木の群生に戻り、変身を解除して浴衣の姿に戻った。

「ごめんね〜。随分待たせちゃって……!」

 比美歌は何とかして郁子に謝った。

「みんな、遅いよ! わたし一人で同じ場所にいなくちゃいけなかったんだから!」

 郁子は一人にさせられたことを不満に思って頬を膨らませていた。見ると祭り会場はみんな鉄板の掃除などの片付けをしており、終わる頃になっていた。

「郁ちゃん、後でコンビニのだけどアイスかかき氷をおごってあげるよ……」

 比美歌は郁子に詫びると、安里は郁子に訊いてくる。

「郁子ちゃん、神奈くんはどうした?」

「ああ、神奈くん? さっき電車に乗り遅れるからって、駅の方へ行ったよ」

 郁子は安里に教える。

(あーあ、神奈くんと話したいことがあったのになぁ……。一緒に来ていた友達ってどんな人だったのかが)

 ふと安里が神社の石畳に目をやると、エンジ色の二つ折りの財布が落ちているのを目にした。

「あら、お祭りに来ていた人が落としたのかしら? 中の物を拝見して届けないと」

 安里は財布を開けて、中にある保険証とレンタル店の会員証の名前を見て財布の持ち主が誰だが分かった。

「神奈……瑞仁」

(! これは神奈くんが落としていったんだ! まだ駅の近くにいる筈!)

 安里は財布を持つとみんなに言った。

「みんな、先に帰ってて! わたし、神奈くんに財布を届けに行ってくる!」

「あっ、安里ちゃん!」

 安里はカンカンと草履の音を立てながら神社を出て、駅に向かって走っていった。

 その頃駅では、神奈くんが兄と一緒に切符を買おうとした時、財布がないことに気づいた。

「あれ……、財布がない! どっかで落としたんだ!」

「ええ!?」

 兄の秀彦が弟が落し物をしたことに気づくと声を張り上げて、周囲の人々を驚かせる。すると神奈くんを呼ぶ声が聞こえてきたので、ハッとなった。

「神奈く〜ん!!」

 それは安里であった。しかも慣れない草履で走ってきたためか足が腫れ上がっている。

「ま、真魚瀬!」

 安里は息を切らしながら神奈くんに財布を手渡す。

「これ……神社に落ちてたよ」

「え!? あ、ありがとう、真魚瀬!!」

 神奈くんは安里から財布を受け取り、秀彦がニヤニヤしながら弟に言った。

「すまないねぇ。わざわざ弟の財布を届けてくれて」

「いいえ。そんなこと……」

 安里が神奈兄弟に返事しようとした時、駅構内のコンビニからペットボトルを三つ抱えた女の子が出てきて、神奈兄弟に歩み寄る。

「秀彦さん、瑞仁。ジュースこれでいいかしら……」

 女の子は神奈兄弟の合わせに立っている安里を見て足を止める。

「あ、あなたは……?」

 安里は女の子を見て尋ねる。女の子の背丈は安里より一〇センチ近く高く、額出しのショートヘアに釣り目、中間肌、今の服装は黒地に深いピンクのハマナス柄の浴衣を着ていた。

「ああ、この子? 瑞仁の幼馴染の鈴村史絵ちゃんだよ。今日家の近くのマンションに引っ越してきたばかりで町案内のついでに祭りに連れてったんだ」

 秀彦が安里に史絵についての説明をする。

「あ、兄貴。いいだろ、そんなこと……! ほら、電車乗り遅れちまう。じゃあな、真魚瀬!」

 そう言って神奈くんは兄と史絵を連れて改札の中へ入っていき、安里は神奈くんに幼馴染の女の子がいたことに呆然としていた。

(あの子……、本当に神奈くんの幼馴染なの?)