3弾・7話 文化祭ディスティニー


 青く晴れ渡る秋空の下、保波高校ではあと一週間で文化祭が行われる頃だった。生徒たちは昼休みや放課後に自分たちのクラスやクラブでの催し物の衣装や道具などを作ったりと勤しんでいた。

 安里たち一年四組はファッションショーを催すことになり、モデル役の人が服飾担当の人がデザイン作成した服を着て、見に来てくれた人に感想を述べてもらってもらう形式だった。一年四組の教室では準備室として使われ、午前中は校内を歩き回って発表し、午後は体育館でショーを行う段取りとなっていた。

 教室内では女子が使うことになり、男子は無人教室を借りて衣装合わせをしていた。安里たち三人のモデル役の女子は服飾係の女子が作ってくれた衣装のチェックをしていた。

「うわぁ、安里ちゃん。かわいい!!」

 郁子は比美歌と一緒に作った服を安里に着せてみて声を上げる。

 安里はひざ丈まであるマーメイドドレスを着ていた。袖はフリルのベビードールでレースとチュールをふんだんにあしらい、胸の中心には青いラインストーンのブローチ、色は青紫で海の深さをイメージしており、レースは波、チュールは泡をイメージしているという。靴は古着屋で購入したとはいえ、エナメルのパンプスが映えていた。髪型も三つ編みからおろしたセミロングのウェーブヘアにし、模造真珠を縫い付けた紫のリボンとチュールのヘッドドレスを着けていた。他にも模造真珠を連ねたチョーカーと紫のサテングローブ。

「いや〜。試着とはいえ、びっくりするほど似合うよ、安里ちゃん」

 比美歌が安里に言うと、他のモデル役の女子も安里のマーメイドドレス姿を目にして感心する。机の上には針など裁縫道具の他に、作りかけの衣装や衣装に合わせるアクセサリーと靴も置いてあった。衣装は他にもシフォンブラウスやフリルスカートなどもあり、作り主の個性や趣が主張されている。

 その時、廊下の後ろのドアからノック音が鳴り、教室にいた女子生徒たちが一斉に振り向く。

「男子かしら?」

「だったら今のうちに着替えを終わらせないと!」

 ショーの本番に着る服を途中で着ている女子が急いでジャージの上下を着た後に、ノックしてきた人たちが扉を開けてきた。

「失礼します」

 入ってきたのは一年二組の人たちで、三〜四人いた。

「あのー、宇多川比美歌さんっている?」

 入ってきた一年二組の女子が訊いてくる。

「宇多川はわたしだけど……」

 比美歌は二組の面子に返事をする。

「ああ、良かった。ちょうどいてくれて。宇多川さんにお願いがあるの」

「?」

比美歌だけでなく、安里や郁子、他の四組の何のことかと思う。

「わたしたち一年二組は文化祭の出し物でバンドをやることになったんだけど、ボーカルの子が昨日下校中の事故で十日入院することになっちゃって。そこで歌の上手い宇多川さんに代役を頼みに来たのよ」

「ええええっ!?」

 それを聞いて比美歌と安里たちも驚く。まさか他のクラスの出し物の代理を頼まれるなんて思ってもいなかったからだ。

「い、いくらわたしが歌を唄うのが上手いからって、いきなりそんなこと……。それに自分のクラスの出し物の衣装だって……」

 比美歌が困っていると、郁子が言ってきた。

「歩ちゃん、衣装の方はわたしや他の人たちが手分けしてあげるから、頼みに乗ってあげなよ」

 続いて安里も言ってくる。

「二組の人たちも比美歌ちゃんのことを頼ってくれているし」

 続いて他の女子たちも背中を押してきた。

「行ってあげなさいよ」

「自分のクラスの出し物のことは問題ないわ」

 比美歌は仲間たちの台詞を聞いて、二組のお願いに乗ることにした。


 その日の夜、比美歌は一年二組の人たちから渡された歌詞のメモと演奏用の曲が入ったディスクで歌唱の練習を始めた。

 亡くなった母が妖精界ミスティシアの妖精で比美歌はセイレーンの血が入っていて歌が得意とはいえ、カラオケで唄うのと自製の曲を聞いて唄うのは違うと感じた。

「うーん、サビと冒頭はともかく、サビ前がリズムとりにくいなぁ」

 夜でしかも団地の一角なので、比美歌は曲のディスクをCDプレーヤーに入れて音漏れしないようにイヤホンを付けていた。

 比美歌の部屋は四畳半の間取りで、白い学習机と本棚、二段チェストに雨戸付きの窓には白とピンクのマルチボーダーのカーテン、フローリングの床にはベージュのじゅうたん、出入り口の隣の押入れの上段には布団、下段には衣類を入れるプラスチックの引き出し。

「おい、比美歌。風呂から出たぞ」

 扉の向こうから入浴していた父の声が飛んできた。比美歌はイヤホンを外して引き戸を開けて父に尋ねてくる。

「ねぇ、お父さん。お母さんの歌に対する感覚ってどんなんだった?」

 それを訊かれて父は思い出す。

「真美歌か? 亡くなった母さんは一度聞いた曲を一回で覚えてしまう特技を持っていたなぁ。絶対音感っていうのか? 比美歌は他のクラスの人たちに頼まれてバンドボーカルのピンチヒッターになったとはいえ、お前は母さんの子なんだから出来る筈だよ」

「そうなのかなぁ」

 父の根拠を聞いて比美歌は呟く。


 そんな訳で二日目と三日目と過ぎていき、比美歌は学校の休み時間と放課後、家での一、二時間をアマチュアバンドの歌の練習にあてていた。比美歌の練習の際には安里と郁子と炎寿も携わっていた。

「いくら二組からの頼まれごととはいえ、比美歌も大変だな」

 第一校舎と第二校舎の間の中庭で炎寿が安里と郁子に言った。学校で歌の練習をする時は比美歌は中古のCDウォークマンに曲のディスクを入れていた。

「それでも昨日おとといよりは上手くなっているけどね。比美歌ちゃんは何度かオーディションも受けているし、カラオケではいつも高得点だし、出来るよ」

 郁子が言った。比美歌は練習を終えると、三人に向かってこう言った。

「みんな、ようやく曲のリズムとテンポを掴めたから、今日から放課後は二組の人たちと練習に出なきゃいけないんだ。郁ちゃん、衣装の方よろしく」

「うん。わたしの方は大丈夫だから練習に行ってきて」

「あんなに頑張って練習したんだもの。成功するよ」

 郁子と安里も比美歌を元気づけるように言った。


 学校にいる安里たちは気づいていなかったが、保波市の上空にタケモリノイクサが宙に浮いて町の様子を目にしていた。時間ごとに変わる信号機、色も形も異なる道路を走る自動車、町を歩く老若男女、赤や黄色の葉をつける街路樹や庭木……。ヤドリマの呪符をたくさん撒けばヤドリマがたくさん生まれるが、タケモリは今回は観察に来ているだけだった。

(モリタテもサキヨミもマジカケもいなくなったとはいえ、これから我々に起死回生の時は来るのだろうか?)

 そう考えつつも、タケモリは黒いひずみを出して、その中に入って消えていった。


 十一月三日文化の日。保波高校の文化祭。校門の看板は実行委員の看板係が作り、金銀のモールで縁取りされており、校舎に入るとメイド服や動物の着ぐるみを着た生徒が文化祭の来客に案内のチラシを配る。

「ふわーっ、すごいなー」

真魚瀬夫妻に連れられて保波高校にやって来た法代が声を上げる。校舎前でも各クラスやクラブの催す屋台が出ていたからだ。焼きそば、たこ焼き、チョコバナナ、カフェスタンド、手作りクッキー。食べ物の他にも美術部の人が作った手作りアクセサリーや鉄道部の人がゴールデンウィークや夏休みを利用して撮影した日本各地の電車の写真集もあった。

「まずは炎寿さんのクラスに行ってみましょうか」

 人間姿のブリーゼが法代に促すと、校舎の中にも賑やかで華やかだった。各学級や科目教室によって異なるが、自分たちの催し物を来客に見てもらおうと呼びかける生徒や催し物を見るために教室に入る人々の様子が目に入った。

 一年五組の教室に入ると制服の上からエプロンを着た五組の生徒たちが出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ!」

 教室の中は四つの机を一つにして上からガラ入りのビニールクロスをかけて、机上には花を活けた花瓶が置かれており、黒板にはメニューが書かれていた。

「おお、法代。それに、伯父さんと伯母さんも」

 制服の上から黒いサロンエプロンを身に付けた炎寿が法代と真魚瀬夫妻を目にする。

「えへ、来ちゃいました。じゃ、注文願います」

 法代は六つある席の一つに座り、真魚瀬夫妻も席に座って、それぞれオレンジジュース、コーヒー、紅茶を注文して飲んだのだった。


 その頃、安里は第一校舎内を歩き回って郁子たちが作ってくれた服を着て、三階に来ていた。三階は三年生の教室と放送室、視聴覚室があり、三年生の催し物を見に来た来客や生徒たちが着飾った安里を目にしていた。

「あのドレス、素敵」

「あの子、モデル歩き上手いわね」

 安里は裁縫が出来ないためにモデル役に抜てきされたのは良かったものの、他の人から好奇の目で見られるのは少なかった。マリーノ王国にいた頃は同世代の妖精からは嫉妬やひがみ、飛び級で上の世代の妖精からはもの珍しさで見られていたからだ。

(今まで、いいように見られていなかったから不思議……)

 安里はそう思いながら階段を下りて二階に足を踏み入れた。二階は二年生の教室と図書室がメインで、ここでも催し物を見に来ていた人たちから注目を浴びていた。

「あれ、真魚瀬じゃないか」

 その時、二年生の教室の一つから出てきた人物が声をかけてきたので思わず歩みを止めた。

「かっ、神奈くん!」

 神奈くんと同じバスケット部員の大嶋くん、中嶋くん、小嶋くんも一緒だった。

「奇遇だな。おれたち二年三組の催し物を見に行ってたんだ」

 神奈くんは親指を二年三組の教室に向ける。二年三組は映像研究会との共同でオリジナル映画を上映していた。そのため教室の出入口の窓と校庭側の窓には暗幕が掛かっていた。保波高校では人数不足や予算問題でクラブとクラスで共同で出し物を行うこともあった。

「真魚瀬、似合うぞ。このドレス」

 小柄な小嶋くんが安里の着ている服を褒めてくれた。

「そういえば、他の一年四組の人も手作りの服を着ていて歩いているのを見かけたな」

 大柄な大嶋くんが言った。

「そうそう。あの服考えて作った人ってセンスあるよなぁ」

 細身で長身の中嶋くんも賛する。

(にしても、今のドレスを着ている真魚瀬って、誰かに似ているんだよなぁ……)

 神奈くんは声には出さなかったが、衣装係に作って貰った服を着ている安里を見つめて、こう思った。

「ど、どうかしたの?」

 安里が尋ねてきたので神奈くんは我に返る。

「あ、いや、何でも……。それより真魚瀬。あの子のこと、知っているか?」

「あの子って?」

「それはこの間の……」

 神奈くんが言いかけた時だった。

「あっ、いた、真魚瀬さん!」

「次の衣装、完成したから着替えてきてよ」

 安里と同じクラスのモデル役の女子が安里がなかなか戻ってこないのを気にして探しに来たのだった。

「あ、ごめんなさい。それじゃあね、神奈くん」

 安里はそう告げると迎えに来た女子と一緒に一年四組の教室に戻っていった。神奈くんは取り残されたように立っていた。


 保波高校文化祭は時間が流れていき、正午は家から持ってきた弁当や調理の催しを行うクラスやクラブの焼きそばなどを食べて腹ごしらえし、午後はクラスやクラブごとによって、体育館で発表したり商品や材料が切れて早く片付けるクラスもあった。体育館では吹奏楽部の楽器演奏やチアリーディング部の実演、演劇部の出し物である『雪の女王』の劇、三年一組が行う手品ショー……。一年四組のファッションショーにスタンバイしており、体育館の袖口で準備していた。

「これでよし、と」

 モデル役の安里たち五人は各々が着る衣装をまとっており、また衣装係の女子も五人が自分の作った服を着てショーの参加をすることになった。

「あっ、比美歌ちゃん」

 安里は一年二組の人たちと一緒にアマチュアバンドで演奏する歌詞のメモを見て、つま先でリズムを取っていた。アマチュアバンドのメンバーはスタッズ付のベストや革ジャン、ゴシック系のワンピースを着ており、比美歌もギンガムチェックに黒いデニムのスカートの衣装を着ていた。

「歩ちゃんも準備に必死だね」

 郁子が比美歌の様子を目にして安里に言う。

「うん。そろそろ始まるから行くね」

 一年四組の催すファッションショーが開始され、音響と照明を担当する男子がモデルと衣装の良さをアピールするために曲を流してライトを照らす。

「うわー、素敵!」

「安里、郁子と比美歌の考えた服を着ていると、みんなの想いが一つになったように見えるな」

 観客席にいる法代と炎寿が着飾った安里や他の面々を見て感想を述べる。ブリーゼとジザイも安里の活躍を目にしてほほえましく感じていた。

 ファッションショーが終わると、司会役の女子生徒が次の催し物を放送で伝える。

『次は一年二組のバンド演奏です』

 体育館の舞台の幕が降りている間に一年二組の人たちがドラムやキーボードなどの楽器を出して準備をし、比美歌がメンバーと一緒にマイクを持って準備を整える。

(き、来た……!)

 比美歌はこの一週間の練習を思い出して気を引き締めたその時だった。

「うわぁーっ!!」

「キャーッ!!」

 客席から悲鳴が聞こえてきたのだった。

「い、一体何が起きたんだ!?」

 バンドメンバーの一人が幕の袖から客席をのぞいてみると、いつの間にかスポットライトを大きくさせて胴体と四肢を持った怪物が出現して、体育館に来ていた人たちは驚いて外に逃げ出した。

「うわっ、何だありゃ!?」

 バンドメンバーの男子が怪物を目にして、比美歌と衣装を着たままの安里がヨミガクレが出たと察して、他の人たちに言った。

「みんな、怪物が出たわ。幕を開けたら襲ってくるから、ここにいて!」

 それを聞いてみんなはギョッとなった。

「怪物だって?」

「マジかよ?」

 みんなは安里と比美歌の言葉を信じてこの場に留まった。その隙を見て安里と比美歌はこっそり舞台裏から抜け出して、観客がいなくなった体育館に出る。そこには炎寿と法代、カモメ姿のブリーゼとウミガメ姿のジザイもいた。

「出たか、妖精どもめ」

 ヤドリマの左手に乗っかっているタケモリノイクサが一同を目にして言う。

「こんな時に限ってヨミガクレが出るなんて」

「楽しい文化祭が台無しだな」

 法代がうろたえ、炎寿が口をとがらせる。

「ルミエーラ様、比美歌ちゃん。他の人たちがいない今が倒す時です」

 ブリーゼが安里と比美歌に促した。

「わかった」

「みんな、行くよ!!」

 四人は密かに持っていたライトチャームを出して、祈りを込めて光に包まれて、アクアティックファイターに変身する。


 ヤドリマは三つの爪がついた右手を伸ばしてきて、四人は四方に散り法代は海藻型エネルギーの縄であるウィーディッシュ=エナジーバインドを出し、炎寿は指を弾かせて爆火を起こすバイパー=エクスプロードを出し、安里が水の礫を出してぶつけるマーメイド=アクアスマッシュを出し、比美歌が音符型エネルギーをぶつけるセイレーン=ビューティーサウンドを出して、ヤドリマの両足首を縛り、ヤドリマの目の前で爆ぜて、ヤドリマの胴体に水の礫と音符が当たり、ヤドリマは後方に怯む。

「ヤドリマ、負けるな。攻撃しろ」

 タケモリがヤドリマに命令し、ヤドリマの顔面の黒い板が四方に開いて、真っ白な電球を出して激しく発光せる。

「うわぁっ!!」

 ヤドリマの出した眩しい光で四人はまぶたを閉ざし、その場に止(とど)まっているとヤドリマの動きを封じていた法代が拘束を解いてしまい、ヤドリマは右手を強く床に叩いてその震動で四人は強く後ろに飛ばされる。

「わあっ!!」

 ステージ下の壁に強く叩きつけられて、ヤドリマが安里たちに近づいてくる。

「冥府の闇で生きているヨミガクレが光を使う道具をヤドリマに変えて勝ってしまうとはな」

 ヤドリマの肩に乗るタケモリが矛盾の理論が敵に効果があったのを目にして発言した。安里たちは立ちあがってまぶたを開けようとするも、ヤドリマの発光が強すぎたためか上手く視界が治まらない。

 その時だった。体育館内にメロディが流れてきて、ヤドリマの動きが止まり、タケモリが音色を聞いて耳に当たる部分を手でふさいだ。

「うぬっ。何だ、この音は……!」

 タケモリが目にすると、比美歌がライトチャームをフルートに変えて、邪な者を大人しくさせる笛の根を出していたのだ。

「比美歌ちゃん、でかした!」

 安里が比美歌の放つフルートの音を聞いて誉める。フルートを吹いているうちに比美歌の眼は見えるようになっていき、まぶたが全開すると比美歌はフルートを伸ばして杖に変えて、詠唱する。

「物に宿りし邪気よ。聖なる歌い手の勇士が無に還す。セイレーン=クリアパッション!!」

 フルートの先端をト音記号型に描いて白い光の波動がヤドリマに向けられる。タケモリはここで撤退し、ヤドリマは体が縮んで元のスポットライトに戻った。

「やたらと静かになったぞ……?」

 怪物が出現したことで体育館から校庭や中庭に避難していたり、幕が下りたままの舞台上にいた人たちがさっきまでは大きな音がしたり不思議な音色が流れていた体育館が静かになったのを耳にする。神奈くんが様子を見に来ると、だだっ広い体育館の中にはスポットライトと四人の少女とカモメとウミガメが立っているのを目にした。

「あっ、君たちは……!」

 神奈くんが四人を目にして尋ねてくる。安里は神奈くんが来たのを目にして沈黙するも、比美歌が神奈くんに言った。

「怪物はもういないわ。じゃあ、わたしたちはこれで」

 そう言ってアクアティックファイター姿の四人とブリーゼとジザイは体育館の非常口から去っていき、人目のつかない所で変身を解いて、安里と比美歌は体育館の舞台裏に戻り、法代と炎寿も避難した人たちに混じる。

 すると体育館の舞台上の幕が上がって、怪物が出て舞台に隠れていた人たちが体育館の観客が次々に戻ってきたのを目にして、こう言った。

「怪物がいなくなった。大勢の人たちも来ている。文化祭を続けよう」

 一年二組の発表であるアマチュアバンドが行われ、メンバーのドラムやギターやベースの演奏と共に比美歌が熱唱する。安里と郁子は炎寿や法代、真魚瀬夫妻と共に観客席にいて、舞台の上の比美歌を見つめていた。


 続けていれば夢は叶う 望んでいれば願いは叶う

 Dream on the stage!!

 Let,s go to the tommrow 明日を信じて

Let,s go to the future 未来はきっと輝いている


 演奏で赤や黄色や青のスポットライトが照らされ、誰もが比美歌の歌に耳を傾けている。

「ヤドリマが出た時はどうなるかと思ったよ」

 法代が小声で安里と炎寿に言った。

「うん。でも、比美歌ちゃんの活躍は上手くいったし」

「比美歌はホント上手いよな」

 炎寿が言うと郁子が声をかけてくる。

「そりゃあ、歩ちゃんは昔から歌が得意だもの」

 そして演奏は終わり、観客の生徒や来客が拍手を浴びせる。吹奏楽部や演劇部よりも激しかった。

 比美歌が舞台袖に戻ると、一年二組の生徒たちが比美歌に礼を言った。

「ありがとう! 上手くいったよ」

「他のクラスからとはいえ、宇多川さんのおかげで成功したわ」

 一年二組の人たちからの礼を受けて、比美歌は照れ笑いをした。

 ところで、来客の中には比美歌の歌を聞いて観察していた者がいた。三十歳くらいの男性で、ストレートの黒髪を軽くパーマしていて赤いサングラスに白いジャケットとジーンズと黒いモカシンの服装。彼は比美歌を気に入っていたようだった。


 夕方になり文化祭は終わり、後片付けもして生徒たちが帰る頃、男性は保波高校の近くにシルバーグレイのレンタカーを停めて、校門から出てくる生徒たちの中に自分が目をつけた少女が来るのを待った。十何組かの生徒が出た後、四人組の少女が話し合いながら下校する様子を目にして、急いで車から出たのだった。

「ちょっと君!!」

 四人組の女子生徒は男性に声をかけられたのを耳にして立ち止まって振り向いた。

「君、さっき唄っていた子だよね? ぼくはこういう者なんだけど……」

 そう言って男性は比美歌に名刺を差し出した。

「Jポップ音楽プロデューサー、玉城五夢(たましろ・いつむ)……。って、えええええ!?」

 比美歌は男性の肩書を目にして大声を上げて、他の生徒たちが二組の様子を目にすると、玉城氏は慌てだし、四人を学校から少し離れた場所に寄せて説明した。

「玉城五夢っていったら、元有名バンド『COOLS BOYS(クールボーイズ)』のメンバーで、解散後はいくつもののヒット曲を生み出しているじゃない!」

 郁子が玉城氏を知らない安里と炎寿に玉城五六の素性を話す。

「君の歌唱力には正直ぼくの心に通じた。宇多川さんには是非、ぼくの下(もと)でプロデビューさせたい」

 それを聞いて比美歌は目を丸くする。オーディションには通らなかったが、まさかプロデューサーに直接スカウトされるなんて思ってもいなかったからだ。しかし、比美歌はこんなチャンスは滅多にないと思い、決めた。

「わたし、やります! 玉城さんの下で」

 比美歌はスカウトされたからには玉城氏の期待に応えようと決意したのだった。

 朱色の空と真紅の夕日が比美歌と玉城氏に脚光を浴びせていた。