十二月二十四日、この日はクリスマスイブで、家によってはクリスマスの当日や 前日のイブにクリスマスを祝う。 保波市の住宅街の中にあるレンガ色のプレハブ造りのマンション『ベルジュール 磯貝』の四〇三号室でも、クリスマスを祝う家族の姿があった。 ダイニングキッチンのテーブルにはケーキやローストターキーにサラダやスー プ、クランベリーソーダやペットボトルの紅茶に牛乳パック、床が畳の居間には一 メートル丈のクリスマスツリーが置かれ、リースやプレゼント箱や天使などのオー ナメントで飾り付けられていた。 「メリークリスマス!!」 真魚瀬夫妻と安里と炎寿、招待された比美歌と法代が飲み物を入れたグラスをぶ つけ合って、乾杯の音頭を取る。 クリスマスのご馳走はブリーゼと炎寿が作り、ターキーに至ってはブリーゼがわ ざわざ千葉市のデパートまで行って買ってきてくれたのだった。炎寿はサラダとス ープを作り、サラダにはキノコやカマンベールチーズを使い、スープはマッシュル ーム入りのクラムチャウダーである。誰もが料理を味わい、しめのケーキは丸太型 のブッシュ=ド=ノエルで、ホワイトチョコレートのクリームに星のサブレとチョ コプレート、サンタのマジパンが乗せられていた。ケーキの飾りはブリーゼが平等 に六等分してくれた。 「はー、おいしかった」 「もうお腹いっぱい」 比美歌と法代が真魚瀬家でクリスマスパーティーを祝い、ご馳走に満足する。 「クリスマスって、やたらと豪奢だな。元は欧米人の祝いだってのに......」 そう言いながら炎寿はみんなが食べた後の皿やコップを流しに運んでいく。 「でも、わき合ってたけどね」 安里がケーキの残りを箱の中に入れて、冷蔵庫に戻した。 「ブリーゼ、ジザイ。わたしや法代ちゃんも誘ってくれてありがとう。お父さん、 夜の出勤でわたし一人だけだったから」 「わたしんちはお父さんが出張中で、弟は児童会のクリスマス会で、冬子ちゃんと 織音ちゃんちは家が遠かったから......」 法代も自分の家でクリスマスが祝えなかったところ、真魚瀬家で祝えたことに感 謝する。 「ううん、わたしもみんなと祝うことが出来て良かったよ。ミスティシアではなか ったし」 安里が言うと、比美歌と法代はミスティシアにクリスマスがないことを聞いて寂 しそうな顔をする。 「ミスティシアにクリスマス、ないのね」 「そういうの、何か寂しいですよね」 それを聞いて炎寿が苦笑いして返事をする。 「まぁ、ミスティシアには国によってだが、年中行事があるからな」 「おお、思い出しましたぞ。アンフィリット様、フェルネ殿。ミスティシアのマリ ーノ王国では、もうすぐ祝賀会が開かれるのでしたな。今一度、マリーノ王国に帰 ってご両親と国のみんなに会っていただければ?」 ジザイが安里と炎寿にマリーノ王国の祝賀会参加を勧める。 「マリーノ王国の祝賀会ねぇ......。お父様、お母様、女王さまにも謁見したい し。けどなぁ......」 安里は溜息を吐いた。 「やっぱり、マリーノ王国の年齢の近い妖精と会いたくないの?」 比美歌が尋ねてくると、安里は軽くうなずく。マリーノ王国での安里は勉学も舞踏 も歌唱も優れていたため、同世代の妖精から妬み僻みを受けてきた。マリーノ王国 時代での学校は十二歳の時点で高校生クラスだったのだから。マリーノ王国にドレ ッダー海賊団が現れて、国民全員を捕らえられた時は安里はブリーゼとジザイと共 に人間界に亡命し、人間の学校と暮らしを送ることになった。 「それに、クーレーの叔父さんや従兄弟たちに何て言えばいいのかもね......」 法代がマサカ=ハサラに囚われているクーレーのことを思い出して呟く。法代の 手元にはクーレーの命の分身ともいえる青い透明な石の指輪があり、その石が光っ ている間はクーレーの生きている証拠であった。 「ですが、人間界の一日でだけでも、祝賀会に出てみればよいではないですか。そ れに妹御もまだ対面していないではないですか」 ブリーゼが安里に問いかけてきた。安里が人間界にいる間に両親のムース伯爵と エトワール夫人には第二子となり安里の妹が生まれていたのだ。 「うーん、どうしよっか」 安里はつぶやいた。その時、炎寿が安里の迷いを止めさせるような言葉を発し た。 「わたしとしてはムース伯爵やエトワール夫人に申し訳なく感じるのだがな。ほ ら、あの二人はわたしの後見人でもあるし」 それを耳にして安里は躊躇いつつも、祝賀会に参加することになったのだった。 学校の終業式、年末の大掃除も終わり、年が明けて新年の一月一日となった。日 本では家によって日の丸の旗を玄関に差したり、門松を門前に置いたり、玄関戸に 紅白水引を飾ったりとしていた。 その次の一月二日、安里と炎寿、真魚瀬夫妻、比美歌と法代もミスティシアのマ リーノ王国の祝賀会に参加するために保波市の海岸、舟立海岸に来ていた。ミステ ィシアへの出入口は地球各所にあるが、妖精や妖精の血を引く者、妖精以外のミス ティシアの住人にしか入れない。安里は人間界で姿を変える変化自在法を解除して 人魚の姿に戻り、深いピンクのウェーブヘアに薄紫の瞳と尾ひれ、パールパープル のティアード装飾のミスティシアの衣装なった。炎寿も変化自在法を解いて、瑠璃 色の長い髪に赤い瞳と赤と黒の鱗に覆われた蛇尾を持つ姿になった。ブリーゼとジ ザイも他の人間がいない所を見計らって、本来の姿であるカモメとウミガメの姿に 戻り、朝の海の中に入っていった。比美歌と法代も深い青と白い波がさざめく中、 冬の海の中に入っていった。不思議と海の中は冷たくなく、衣服もライトチャーム から発せられる見えない膜に防護されて、濡れることはなかった。 安里たちは岩や海藻、冬でも動ける魚介類のいる海の中を移動して、岩の洞穴が 虹色に輝いているのを見つけて、飛び込んでいった。 虹色の空間を泳ぐ中に青い点を見つけて入ると、地球の海よりも明るい青で、白 い砂底に灰色の岩礁、地球では見られない赤や黄色や緑のヒレや鱗の魚たち、臙脂 色や茶色や青緑の形の異なる海藻、安里たちは水中にいるとはいえ、陸と同じよう に呼吸が出来ていた。 「久しいな、ミスティシアの海......」 人魚姿の安里は人間界では一年に対し、四年も経っているとはいえ故郷の海がそ んなに変わっていないことに実感していた。 「そっか。安里ちゃんが人間界に移り住んでから、一年になるんだね」 「一年も人間界にいたら、情も移るんでしょうね」 比美歌と法代が安里の人間界生活の時間を聞いて言い合った。 「全く。三人ともぼーっとしてないで、マリーノ王国に行くぞ」 蛇亜人姿の炎寿が三人に言った。 マリーノ王国はミスティシアの東の海の海底にある水妖精の国。建物は貝殻や土 砂や珊瑚を固めた丸みを帯びた家あり、奥に進むにつれて身分ごとに住める家屋が 大きくなり、国の中心には巨大な巻貝のような王城がそびえ立っていた。国の住民 はアンフィリットのような人魚や背に翼を持つセイレーン、海藻柄の衣を着たウィ ーディッシュ、アザラシの皮を被ったローン、ラッコのような姿に甲殻類を人型に した妖精、ジザイやブリーゼのような不思議生物もいた。 新年の今は祝賀会で、町広場は大型不思議生物の骨と皮で出来た露店がいくつも 並び、マリーノ王国は海中にも関わらず、熱を発する石を使ってパンケーキに似た 食べ物を焼き、陸の野獣肉の串焼き、杏やリンゴに似た果物を水あめで包んだ菓 子、食べ物屋の他にも天然石のアクセサリーの店、白いハンカチやスカーフを色付 きの海藻で染めた布を売る店、貝や珊瑚の器を売る店、と活気があって賑やかであ った。 安里たちは二、三階建ての家屋が多い上流階級者の居住区へ行き、その中の紫サ ンゴと白波貝を多くはめ込んだ家、ムース伯爵の屋敷へと入っていった。 「ただいま、お父様、お母様......」 アンフィリットは海水に強く薄くても丈夫な岩の玄関戸を開けて、久しぶりに帰 ってきた自分の家の中に入る。 「おお。お帰り、アンフィリット」 玄関に入ってすぐの所で、アンフィリットの実両親である金髪に紫の眼、銀色の 鱗と尾ひれを持つ暗い灰色の衣を纏った男人魚のムース伯爵、深いピンク色の髪に 水色の眼に紫の鱗とひれを持つ菫色の簡易ドレスをまとったエトワール夫人が出迎 えてくれた。 「お久しぶりです。今は祝賀会に参加するために帰ってきました」 アンフィリットは両親にあいさつする。 「まぁまぁ、フェルネだけでなく、比美歌ちゃんや法代ちゃんも来てくれたのね。 わざわざ人間界からとはいえ......」 「あ、はい。こちらこそ......」 「お邪魔します......」 比美歌と法代もムース伯爵とエトワール夫人に恭しく挨拶する。 「祝賀会は三日間開かれるが、人間界では一日弱だから問題ない。大いに楽しんで いきなさい」 ムース伯爵が比美歌と法代に言った。 「はい。ところでラルーシェ様は?」 定期的にミスティシアに行ったり来たりをして報告しているジザイが夫妻に尋ね ると、エトワール夫人はこたえる。 「今寝ているの。みんなはラルーシェのことは初めて会うのよね。アンフィリット もだけど。さ、中に入りなさい」 エトワール夫人に促されて、一同は家の中に入っていった。部屋や廊下は天井も 壁も白石灰で舗装され、壁付けの棚や家具や窓は石英やカルサイトのような石の板 で作られ、窓枠はサンゴや巨大不思議生物の骨、天井や壁のランプは半透明球体の 石にヒカリゴケを入れて照らす仕組みであった。 両親の寝室には巨大な貝のベッドが二つずつあり、その間に小さな貝型のベッド があり、小さなベッドには金髪に銀色の鰭と鱗を持つ赤ちゃん人魚が海藻の繊維の 布団の中で寝ていたのだ。 「うわー、かわいい」 法代は赤ちゃん人魚、アンフィリットの妹であるラルーシェを見て思わず声を出 した。 「比美歌ちゃんと法代ちゃんは知らないけれど、妖精の乳児期は一年ぐらいで、次 の七、八年は人間の一、二歳と同じで、個種によって幼児期が異なるんだ」 ムース伯爵が妖精の乳児期についての説明を比美歌と法代に教える。 「まずは晴れ着に着替えなさい。アンフィリット、あなたのドレスを貸してあげな さい」 エトワール夫人はアンフィリットに仲間たちに祝賀会用のドレスに着替えるよう に促した。 アンフィリットの実家の私室はそれぞれ四畳の勉強部屋と五畳の寝室兼憩い部屋 に分かれており、一番後ろのクローゼットはお互いの部屋を行き来できるようにな っている。 アンフィリットの部屋も勉強部屋は壁付けの石英の棚で、海藻の繊維の本が置か れ、机や椅子も石英で、寝室も大きな貝のベッドにヒトデやスカシパンやアメフラ シの形のクッションが床に置かれ、床には巨大魚の皮のラグが敷かれ銀色に青い線 が入っていた。他にもミスティシアにしかない物がたくさんあった。アンフィリッ トは寝室からクローゼットに入り、中には何着ものの服やアクセサリー、地上用の 靴やバッグが置かれている。 比美歌は胴体がマリンブルーで、袖とスカートが波状のデコルテドレスで、白い エナメルのようなパンプスとアイオライトのブレスレットと楕円イヤリングとヘア ピン。 法代はライムグリーンの長袖シースルーのプリンセスミニのドレスで、ライムグ リーンのバレエシューズのような靴とペリドットのアーモンドイヤリングとカチュ ーシャ。 フェルネはカーマインのベアトップフレアミニのドレスに黒いひじ上のレースグ ローブ、アクセサリーはメノウのブレスレットと半円イヤリングとバレッタ。 アンフィリットはラベンダー色のスクエアネックとケープスリーブとチューリッ プスカートのドレスで、アクセサリーは虹色月長石のブレスレットとイヤーカーフ とティアラを選んだ。 そして胸元にはライトチャームを提げて。 「んまぁ、みんな似合っているわ」 エトワール夫人はドレスアップしたアンフィリットたちを目にして声を上げる。 ムース伯爵とエトワール夫人も礼服を着ており、ムース伯爵は金糸で縁取りされた 灰色のグラデーションのガウン、エトワール夫人は長袖に長いトレーンスカートの 水色のドレスを着ていた。エトワール夫人の腕の中にはラルーシェがスヤスヤと眠 っていた。 アンフィリットたちは多くの妖精たちに混じって王城の中に入っていった。大広 間では多くの妖精たちがドレスや礼装用の服をまとい、大理石の様な床、高い天井 には白い光沢の巻貝を使ったシャンデリアがいくつも下がり、数十の円卓の上には 透明な石を使った水差しのドリンクや酒、陸で手に入れた赤や黄色や緑の果物を使 ったデザートやお菓子、陸の鳥獣類の肉料理に野菜、マリーノ王国の郊外で捕まえ た魚や甲殻類の料理、スープも濃いポタージュや薄い透明なものと、人間界と違う けれど、似ているご馳走であった。 アンフィリットたちが着いて間もなく、大広間の一段高い台座からマリーノ王国 の女王、セーヌが昇ってきて、来訪者にあいさつを告げる。セーヌ女王も普段より も豪奢なドレスをまとい、パールピンクのタフタっぽい生地にレースやフリル、金 銀のスパンコールやクリスタルビーズを施したドレスであった。青緑の巻き毛に深 い青い眼、真珠色の肌に瑠璃色の尾ひれと鱗に一八〇センチの長身である。 「マリーノ王国の皆、祝賀会に来てくれてありがとう。新しい年では大いに気持ち よく過ごせるよう、身分や種族問わずの者たちを招待しました。祝賀会は三日間行 うので、楽しんでいってください」 女王のあいさつが終わると、来訪者たちはグラスを手に取って酒やドリンクを飲 んだり、小皿を手にしてご馳走を取ったりと食べ始めた。アンフィリットたちも祝 賀会の料理やお菓子を次々に取って食べた。 「うわっ、おいしい!!」 法代が祝賀会のご馳走を魚の切り身のソテーを食べて興奮した。 「これがマリーノ王国の味......。塩味(しおみ)は他の味と比べて高めだけれど、 辛すぎず甘すぎず酸っぱすぎず、一言で言えば素晴らしい!」 比美歌がロブスターに似た甲殻類の蒸し焼きと付けダレを口にしてレポートす る。 「ああ、そっか。二人はマリーノ王国の食べ物を口にするのは初めてだったんだ な」 フェルネがご馳走を食べてはしゃぐ法代と比美歌を目にして呟いた。 「そうだ、アンフィリット。お前は人間界で学習してからマリーノ王国に帰ると言 っていたが、今は何をしているんだい?」 父のムース伯爵に訊かれて、アンフィリットは赤紫のフルーツサイダーを飲むの を止めて答える。 「十二月の初めに秋の期末試験をやって、今は冬休みに入っていて、ああそうだ。 クリスマスというお祝いの前に学校の他の友達と一緒に水族館へ遊びに行ったんだ けどね......」 「だけど?」 「それがね......」 アンフィリットは両親に人間を支配しようとしていた付喪神の一団を倒した後 に、地球の珍しい動植物や化石鉱石を奪って集める集団、マサカ=ハサラと戦うこ とになったことを話した。そして更に人間界にやって来て、父を探しに来たローン の少年、クーレーのことも説明した。 「そうか。クーレーという子がマサカ=ハサラに捕まってしまったのか......」 「でも、その子は生きているんでしょ? わたしたちが後でクーレーの叔父さんと 従兄弟たちに伝えておくわ」 ムース伯爵夫妻はアンフィリットから聞いた話しを受け取ると、アンフィリット はほっと胸をなで下ろしたのだった。但し、人間の男の子とデートしたことは上手 く誤魔化した。 「ありがとう、お父様、お母様」 するとその時だった。後ろからアンフィリットのことを呼んできた。 「あれぇ? あそこにいるのってアンフィリット? 二、三年も見ていなかったか ら、てっきり別の国に留学していたかと思ってたら、今日みたいな催事には出てい たのね」 アンフィリットが振り向くと、そこには四人の女の子の妖精がいたのだ。四人と も人魚で髪の色やヒレの色や背丈は違えど、アンフィリットに対する視線は同じだ った。 「あ......」 アンフィリットは自分に冷ややかな視線を向けてきた女の子たちを目にして固ま る。 「アンフィリット、マリーノ王国にいない間に肥満までとは言わないけど、太っ た? あっちで何かいいもん食べてんでしょ?」 「あっちで何の勉強をしているの? やっぱ、わたしたちを見下すために政治家の 勉強でもしているの?」 「昔から頭良くて物覚えのいいアンフィリットだから、友達になれそうな子なんて いないわよねー」 アンフィリットの初等学校時代の同級生だった。彼女たちはアンフィリットの出 来の良さに嫉妬している妖精の一組で、彼女たちはアンフィリットがマリーノ王国 の祝賀会に出ていると知って、現れたのだ。 「君たち、よさないか」 ムース伯爵が四人組に注意したが、やめなかった。 「アンフィリットのお父さん、本当のことじゃないですか。美人で賢くて将来有望 な娘のいる父親としては自分たちの自慢なんでしょ?」 リーダー格のこげ茶色の髪に尖った黄色の眼と黄色の尾ひれとドレスのスエーテ が言ってきた。 「わたしたちはそんなことは思っていない。第一、マリーノ王国がドレッダー海賊 団に占領された時、君たちだって動けなかったし、マリーノ王国が解放されたのは アンフィリットのおかげなんだぞ。感謝ではなく嫌味を吹きかけるなんて、妖精と して最低だろう」 ムース伯爵がスエーテたちに注意してきても、止まるどころか続けてくる。 「アンフィリットは大人しい振りをしていて、本当はわたしたちのことを上から目 線で、自分の賢さを自負していて、威張ってんのよ。 だから友達出来ないのよ」 それを聞いてアンフィリットは傷ついたが、何も言い返さなかった。賢いアンフ ィリットだからこそ、こういう輩に限って火に油を注いでくると理解していた。だ が悔しくて体が小刻みに震えていた。 「おい、アンフィリットはそんなんじゃないぞ」 スエーテたちにからかわれているアンフィリットを目にして、フェルネが出てき たのだった。 「あんたも来ていたの、元海賊のフェルネ。あんたがマリーノ王国にいられるよう になったのは、自分の償いの意志ではなく、女王さまとムース伯爵の情けのおかげ なんだからね!」 スエーテの発言を耳にして、フェルネは頭に来たが口をつぐんだ。続いて比美歌 と法代も現れて、スエーテたちに絡まれているアンフィリットを庇った。 「安里ちゃんにはちゃんと友達がいるわよ」 「あなたたちは安里さんがどうやって海賊と戦ったり、人間界に出た悪者と立ち向 かってきたかを知らないのに」 比美歌と法代を目にして、スエーテと取り巻きは鼻で笑って言い返す。 「ああ、あなたたちがアンフィリットの仲間の半端妖精ね。純粋でない妖精が祝い の場に来るなんて生意気! でも人間って変に甘い所や同情しやすい所があるか ら、アンフィリットの肩を持つのは当然ね」 そしてこれ以上場の空気が悪くならないようにするために、アンフィリットたち の前からそそくさと去っていった。 「安里ちゃん、大丈夫?」 比美歌がアンフィリットの様子をうかがう。 「あ、うん......。みんな、ありがとう......」 アンフィリットは浮かない顔をして、比美歌たちに礼を言った。 「ああいう連中の言葉は気にするな。一方的な僻みなんだから」 フェルネがアンフィリットに活気づけるように言った。 「でも、さっきの人たちも安里さんに対する態度、ひどすぎませんか? やきもち にも程がある」 法代がスエーテたちの態度を目にして、顔をしかめる。 「安里ちゃん、わたしと初めて出会った時の気持ち、わかったよ......」 比美歌が九ヶ月前の安里の様子を思い出して言った。だけど安里は苦い顔をし て、仲間たちに言った。 「みんな、見苦しい所、見せちゃったね。折角の祝賀会だっていうのに......」 アンフィリットの様子を目にして、ムース伯爵とエトワール夫人は娘に苦い思い 出の場所に呼び戻してしまったことを悪く思っていた。 アンフィリットたちはムース伯爵邸に戻ってドレスからマリーノ王国に来た時の 服に戻って、人間界に帰ることにした。ミスティシアでは一日のところ、人間界で は六時間しか経っておらず、九時にマリーノ王国に行った時には、人間界は昼の三 時で、空は薄い青紫と紅色に染まり、海も暗い青になっていた。 ジザイは人間の姿に変わり、比美歌と法代を自宅まで送ってあげることにした。 「それじゃあ、安里ちゃん、炎寿ちゃん」 「また、次の時に......」 安里と炎寿も人間姿のブリーゼと共に人気(ひとけ)のない舟立海岸を出て、正月 の三が日はあまり人のいない保波市に戻っていった。 『ベルジュール磯貝』に戻ってからも、安里は普段用のコートを無造作にベッドの 上に置いて、窓からの景色を見つめていた。 「ブリーゼ、わたしはアンフィリットにいけないことをしてしまったか?」 炎寿は居間でココアを飲みながら、マリーノ王国での安里と同期の妖精たちのや り取りを思い出して呟く。 「いえ、フェルネさんは悪くありませんよ。ですが、あの子たちは自分の知らない 場所でアンフィリット様がどういう風に過ごしてきたか知らずに、噂や少ない情報 でアンフィリット様を僻むようになったんですよ。ですが、妬み僻みはいつかは消 えゆくものです。アンフィリット様もフェルネさんも、あの子たちも悪くはないん ですよ......」 ブリーゼは炎寿にそう言った。 (スエーテたちは、わたしに対する扱いが変わっていなかった。わたしはみんなの こと、見下したことなんかないのに) マリーノ王国では四年の歳月になっていたのにも関わらず、同世代の妖精から見 た自分はそんなに妬ましく思えるのか、と安里はぼんやりとしていた。 |
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